第505話【キャム、全権大使になる1】
<<キャム視点>>
時が過ぎるのは早いものだな。
「竜の咆哮」結成から20年あまり。
「竜の咆哮」はS級グループとして相変わらずダンジョン探索をしている。
3年前に俺からリーダーを譲り受けた盾持ちのヤンは今もリーダーとして頑張っているみたいだな。
ここ5年は国の依頼を受けて、この世界にある9ヶ所のダンジョンを次々と探索する日々だった。
俺個人もS級冒険者となり、この国の冒険者の頂点に立ったのだ。
そんな俺だが、つい先日から居酒屋『冒険者ギルド』の主人になった。
俺がダンジョンを回っている間に親父が死んだんだ。
もうここは居酒屋と呼べるような場所じゃ無くなったが、それでも巨大な建物となった冒険者ギルドの片隅で、元の居酒屋程度の広さは確保してあった。
親父の細やかな我儘みたいだな。
ここに帰って来てからしばらく、面倒なギルドマスタの仕事をやっていたが、ついこの間信頼できる後輩に任せた。
今の俺はというと、ギルドの1階にある細やかな居酒屋スペースで酒を呑みながら冒険者やギルド職員の相手くらいしかしていない、自遊人ってとこかな。
いちおう、この場所のオーナーは俺ということになっているが、そんなことはどうでもいい。
既に冒険者ギルドと言う巨大な組織は世界中のあちこちに支店を出しており、王都に本部がある。
俺も各所にあるダンジョンを回りながら全ての支店に行ってみたが、どこも共通するのは酒を出すスペースを確保していることだ。
そう言えば、いろんな人が親父の店を見学に来てたっけ。
一応親父の店は「冒険者ギルド発祥の地」と言われており、この居酒屋『冒険者ギルド』を参考にして作ったからだそうだ。
ここの運営も、ギルドマスタを辞めてからは俺の手からは離れているし、関与する気も無い。
S級冒険者と元ギルドマスタの肩書、そしてこの場所の家賃収入があれば、充分楽な暮らしが出来るのだ。
そんなのんびりと生活している俺だが、今日は王都から客が来たようだ。
「S級冒険者キャム殿、王より出頭要請が出ております。
身辺の整理をして、王都に来るようにとのことです。」
そうか、とうとう来たか。
子供の頃崖から落ちた俺の前に現れたマリス様。
あれから30年、ついにあの時の約束を守る時が来たのだ。
「明後日の出立で構いませんか。」
「全く問題無いが、そんなに早く身辺整理が出来るのですか?」
「ええ、ここの運営も既に皆に任せてありますし、大丈夫でしょう。
今晩、仲間連中と呑み明かしたいくらいでしょうかね。」
「分かりました。」
「ありがとうございます。
リュウ!俺は明後日王都に行くぞ!
しばらく戻れんだろうから、今晩は呑み明かすぞ!
俺の奢りだ、来たい奴は来るように伝えてくれ!」
大声で、そう怒鳴るとギルドマスタのリュウが出てきて、職員全員に素早く指示を出す。
掲示板に向かう者、主要なギルドに向かう者、ダンジョンに向かい冒険者に伝える者。
しばらくすると、この村、いや、もう立派な街になった俺の故郷中から様々な職業の老若男女が続々と集まって来たのだった。
「これは驚いた。キャム殿、本当に引き継ぎは完了されているのですな。
わたし達も参加させて頂いて構わないですかな。」
ギルド職員の的確な行動と笑顔で集まって来た様々な仲間達を見て、使者殿も、驚きつつも状況を理解してくれたようだ。
俺は使者殿へ微笑みながら「どうぞご遠慮なく」と返した。
<<王からの使者視点>>
わたしの名はリト・グラフ。
グラフ伯爵家の次男にして王都騎士団の副団長を拝命している。
「リト様、団長がお呼びです。」
従者が訓練中のわたしを呼びに来た。
わたしは頷くとすぐに訓練の指揮を部隊長の1人に任せ、急いで団長の元へと向かった。
「団長、お呼びでしょうか? あっ、これは陛下失礼いたしました。」
「まあまあ、今日は団長に相談に来ただけじゃ、気にせずともよい。
それよりもこっちに来るのだ。」
いつものように団長室に入っていくと、そこには国王陛下がおられた。
片膝をついて敬礼を示すが、王より寛大なお言葉を頂き、指さされた団長の隣へと座った。
「実はな、王よりご下命があり、リトにはアーネストまで行って欲しいのだ。」
「アーネストと言えばあの「冒険者ギルド発祥の地」と言われているダンジョンの街でごさいますか?」
「そうだ、そこでひとりの男と会ってきて欲しい。いいかリト、これから話す内容は極秘事項だ。しっかりと話しを聞いて必ず成功させるのだぞ。
よいな。」
王と最側近の騎士団長との間での密談案件に、俺の背中には冷たいものが流れるのを感じていた。
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