第446話【ユートピア計画9】
<<ゼロス視点>>
「シルビア星にネズミが入ったようだな。」
魔力感知の自動迎撃魔道具が反応した。
自動迎撃魔道具に連動している監視カメラが雌ネズミの姿を写している。
「あれは確かマサルと一緒にいる監査部の犬じゃないか。
確かユウコとか言ったな。」
自動迎撃魔道具は確実にユウコを襲っているのだが、上手くかわされたりしてユウコに命中させることはかなわなかった。
だが、ユウコが飛ばしたロケットが時空空間の壁を破壊する光景は各所に放ってあった監視カメラが詳細に捉えていたのだ。
「なるほど、電磁波による振動か。
健康被害が問題となり、こちらの世界ではかなり昔に使われなくなった技術ではあるのだが、アースでは未だ一般的に使用されている技術だな。
確かに電磁波であれば時空空間の破壊に有効だろうな。
まあ、シルビア星は解放されてしまったが、奴らの手段は判明した。
ふふふ、時空空間の改善が必要になるな。」
<<マサル視点>>
サハラ砂漠の真ん中、複数の国に跨がる砂ばかりの地域。
絶えず紛争ばかりが行われているこの辺りは、未だゼロスの幻影が解除されていないにも関わらず、楽しげに要素が何処にもない。
砂の荒野にたまに見掛ける人影は列を作る女性の姿が多いようだ。
恐らく別の街に出稼ぎに向かっているのだろうが、そこに華やかさなどは無く、ただ、暑い風と砂を避けるための粗末な布地が見えるだけだ。
姿を消して近付いて見ると、僅かな隙間から未だ幼い顔を見付けた。
彼女の手を引いているのは恐らく姉であろうか。
彼女もまた、貧困による成長不良で幼く見えるのだった。
微かに聞こえる話し声は、妹を心配する姉と、少し大人ぶった妹との微笑ましいものである。
ああ、この子達にとってこれが最上位の幸せなのだろうか…、そう思うと彼女等の幻影を外してしまうのが本当に良いことなのか迷ってしまうのだ。
「ダメだな、やはり幻影は解除すべきだな。
その上でアースも国際連合に加盟させて、抜本的な解決をしなきゃな。」
地球にいた時からこの現状は知っていたつもりだったが、見ない振りをしていた贖罪かもしれない。
もしかしたら、ただのお節介な偽善かもしれない。
でもあの頃と違って今はそれだけの力があるんだから、やれることはやりたいと思うんだ。
そう決めて、俺はゼロスの痕跡を追うのだった。
<<ゼロス視点>>
ブーブーブーブーブー
研究室に移動し、ユートピアの改良を行っていると、
けたたましく警報が鳴り響いた。
「なにごとだ?まさかアースまで?」
果たして、アースの周りを取り巻いていた時空空間が崩壊したのだ。
「おのれ!アースまでもが!
ただ、幻影を誘発させる魔道具は起動されたままだな。
ならば混乱させてやろう。」
別に用意しておいた恐怖のシナリオを発動し、これまでの幸福のシナリオと入れ換えていく。
「先ずはニューヨークからだな。」
恐怖のシナリオ。
それはこのユートピア計画を始める前に用意しておいたシナリオ。
幸福のシナリオが幸せな時を永遠に得られるものであれば、恐怖のシナリオはそれの真逆となるもの。
それぞれの個人が最も恐怖と感じるシーンを繰り返し体験させることが出来るシナリオだ。
例えばウォール街であれば世界的な株価の下落であり、農業生産国では大干ばつなどの逃れようが無い長期的に大影響があるような危機を繰り返すシナリオを指す。
何故こんなものを用意しているのか。
簡単なことだ。
家畜とはいえ、知的生命体はいくら自らが最高だと選んだ幸福であっても、すぐにその幸福感に馴れてしまい、不平に変えてしまう。
だからこそ、恐怖のシナリオが必要なのだ。
徹底的な恐怖は幸福感を思い出させ増幅させる。
そう、定期的な機械のメンテナンスのようなものだな。
そして、部分的にメンテナンス時期をずらすことで、収穫量の大幅な減少を起こさないように調整してやるのだ。
数百年に1度くらいの頻度で繰り返してやれば、大抵の知的生命体は教訓として幸福感を忘れないものなのだよ。
そんな恐怖のシナリオだが、今回は家畜どもを混乱に陥れるために使用する。
そう、アース全体で一斉に恐怖のシナリオを発生させ忍び込んでいるであろう マサルの奴を混乱させてやるのだ。
そして、その対応にマサルが追われている間に、幻影の魔道具を、見付からぬようにあちこちに設置しておくのだ。
そうすれば、全てを取り除くことは難しくなり、諦めざるを得なくなるだろうて。
最初の計画よりは収穫量は減るであろうが、仕方無いというものだな。
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