第306話【異世界に米を 3】

<<ヒロコ視点>>


山田弘子はゲームセンターで時間を潰していた。


開店して直ぐに飛び込んだいつもの溜まり場。


学校に行けばそれなりに友達もいるから退屈はしないんだけど、授業はめんどくさいから、あんまり行く気になれない。


ここなら一緒に遊んでくれる子達もいるし、喧しく鳴り響くゲーム音楽が気分をまぎらわせてくれるわ。


ここにたむろしている連中の中にはタバコや酒、酷いとクスリまでやってる奴もいるけど、案外秩序はあって住み分け出来ているのよ。


わたし達はこの中では真面目組かな。






わたしの名前は山田弘子17歳。平凡な名前でしょ。


会社でバリバリの営業マンをしているお母さんとふたり暮らし。


お父さんは最初からいなかった。


小学生まではお婆ちゃんも一緒に住んでたんだけど、死んじゃったの。


それからふたり暮らし。


だからここ3、4年の朝晩はレンチンご飯。


お母さんは土日もほとんど家にいないから、しばらくお母さんの顔を見ていない気がする。


お婆ちゃんは何事にも厳しい人だったけどわたしには優しかったかな。


お母さんがいなくて寂しかったけどお婆ちゃんがいてくれたから大丈夫だった。


けど中学に入って直ぐに死んじゃったの。


末期ガンだった。病院にも行かず、放置していたみたい。


お母さんも知らなかったって、泣いてた。


かなり痛かったんだろうけど、我慢してたんだろうね。


全然気付いてあげられなかったの。


お婆ちゃんが亡くなって3日後にはお母さんは仕事に戻って行った。


何事もなかったように。


変わったのは、わたしのご飯がレンチンになったことくらいかな。


それとあんまり学校が好きじゃなくなったこと。


お婆ちゃんが死んでからよく忘れ物をするようになった。


参観日にも誰も来ないし、洗濯もおざなりに。


ある日、汚い服を着てるって揶揄われた。ひとり言い出すと寄ってたかって皆んなが揶揄い始める。


1度だけ、気が付いた先生が止めなさいって言ってくれた。


でもそれっきり。


学校が嫌になった。でもお母さんには言えないよう。


お母さんはいつも忙しそうだし、わたしが起きている間に会うことはほとんどない。


疲れてるんだろうね、たまの休みの日もずーーと寝てるしね。


そんな人に言えるわけないじゃん。


学校に行っても保健室にいる時間が増えた。ってかほとんど保健室で仮病。


保健室にはわたしと同じような境遇の子が何人かいて、気を張らなくていい。


あんまり話しをすることも無いし、お互い干渉しないけど気にし合う微妙な距離感。


でも今のわたしにはちょうど良かった。


成績はぐーんと落ちた。しようがない。


高校進学の時もお母さんはあんまり言わなかった。なんとなく分かっていたんだと思う。


「高校だけは出ておきなさいね」って。


だから高校へは進学した。県内最悪のFラン。


わたしを含めてバカばっかだけど、いじめとかはあんまりないし、校則も結構自由だから居心地は良い。


最近赴任してきた数学の女子教師は少しヒステリーなおばさんで、ガミガミうるさい。


だから数学の時間はゲームセンター通いするようになったんだけど、最近は数学だけじゃなくなってきたんだよね。


とりあえず小学校程度の学力があればテストは何とかなるから、授業出てなくっても落ちこぼれることはない。


こんな学校でも落ちこぼれる子はいるんだよ。




とにかく、今日も

ゲームセンターで時間つぶし中。


ここの常連の子と対戦ゲームしている。話したことは無いけど、なんとなく雰囲気で分かり合っているんだ。


シューティングゲームに夢中になっていると、急に胸が痛くなって苦しくなってきた。


どうしたんだろうと思っていると、そのまま椅子からづり落ちる。


「キャー」って声とか喧騒が聞こえるけど、よくわからない。


そのうち、耳に「新しい世界でやり直さないですか。」って事務的な声が聞こえた。


新しい世界かあ、いいかもねって思った瞬間、意識がなくなった。



<<安田千尋視線>>


いつものゲームセンターのいつもの席。また今日もあの子がやって来た。


わたしと同じくらいの下手さだから、やっていて楽しい。


だって対戦ゲームで相手が強かったらすぐ終わるじゃない。時間つぶせないもの。


彼女とは話したことは無いけど3日に1回くらい対戦している。


名前なんか知らないし、それもここのルールだと思ってる。


ゲームに夢中になってたら、知らない男の人が店に入ってきた。


髪がぼさぼさで陰気で嫌な感じの人。


あっ、こっちに来た。前にいる名前も知らない子は後ろ向きだから気付いていない。


危ないよ、言葉になる前にその男の人は女の子をナイフで刺していた。


店員が気付いて男を取り押さえる。わたしは怖くて全く動けなかった。


そのうち、救急車がやってきて女の子を運んでいく。


顔は真っ白になっていて、わたしの前の席には大きな血だまりが出来ていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る