第307話【異世界に米を 4】
<<ミリヤ視点>>
さてあのバカ女、どうしたものかしらね。
腹立ち紛れに、とっととムーンに放り込んじゃったけど。
本来ならなかったことにしてポイ捨てしたいところだけど、せっかくビンゴで当たったんだし、ビンゴに当たったことの連絡が運営課長にもいってるだろうから、無かったことにするのは難しいわね。
いっそ早く死んでくれたらいいのに。
あらいやだわ、本音が駄々洩れじゃないの。エリートにあるまじき所業だわね。
とにかく送ってしまったんだから、しばらく様子を見ましょうか。
<<ヒロコ視点>>
ゲームセンターで夢中になってたら、急に真っ白な部屋に連れていかれて、こんな田舎に放り込まれてしまった。
全く意味わかんないよー。
女神......ミ..なんだっけ?
女神とかって名乗ってたけどあの嘘くさい高飛車なおばさん、いったい何者だったの?
まあ、もう会わないだろうからいいけどね。
さてここはどこだろう?
日本じゃなさそうだけど。だって歩いている人達の顔が日本人じゃないもの。
じゃ外国?でも話している言葉は理解できるの。よくわからないわ。
街の中を歩いてみる。
テレビでしか見たことないけど、なんとなくテーマパークみたいな洋風な町並みね。
幅10メートルくらいの通りには、馬車や人力車がところ狭しと通っている。
端を歩かないと轢かれちゃうわ。
通りの両脇にはお店がずらりと並んでいる。
店先に書いてある文字は日本語ではないけど、なんとなくローマ字に似ているわね。
売っているものとローマ字読みした看板が一致するものが多いから大体読めるわ。
肉屋、八百屋、本屋、雑貨屋、服屋とだいたいのものはこの商店街が揃いそう。
あっ、あそこにあるのは食堂かしら。
そういえばお腹が空いたわ。何か食べたいけどお金がない。
ポケットに手を入れると、100円玉が6枚入っていた。
ゲームセンターで両替した残りだわ。
でも、日本じゃなさそうだから使えなさそう。
なにげに100円玉を1枚取り出して丸めた手の上に置き、親指の指先で弾いてみる。
20センチほど真上に飛び上がった硬貨は真っ直ぐ元の位置に戻った。
ひとりでいることが多かったヒロコの特技のひとつ。
20回くらいだったら連続も余裕で出来る。
なんとなく始めたけど、これって1回やり出すと止まらないのよね。
胸の前に突き出した右手の上で100円玉が何度も跳ねている。
「やあ、面白いことしてるね。君は器用だ。」
商店街の通りを真ん中くらいまで来たところで、ハイキングにでも行きそうな男の子が声を掛けてきた。
同じくらいのその男の子は、わたしの右手で跳ねる銀色の硬貨を珍しそうに笑顔で見ていた。
「ほんと器用だね。おっと失礼、僕の名はセイム。君は?」
「....」
「ごめん、ごめん。突然声を掛けられてすぐに答えられるわけないよね。
僕達向こうの広場で大道芸をやっているんだ。君も来ないか?
少しだけど、金も稼げるぜ。」
よく分からないところで人を信じるのってどうなのって思うけど、ここのこと何も分からないし。この男の子も悪い子じゃなさそうだしね。
それにお金がもらえるなら少しでも行ってみるかな。
「わたしはヒロコ。この街は初めてなの。セイム案内してくれる?」
「もちろんさ、さあ広場に行って君のその芸をみんなに見せてあげて。」
セイムが左手を出してくれたけど、手をつなぐのは躊躇われた。
「ああ、ごめんね。初対面で手をつなぐなんておかしいよね。ついいつもの癖でさ。」
困っている女の子に気が付いてくれるなんてセイムって優しいのかな。
手をつながなくて悪かったのかな。
恐る恐る左手を出すとセイムは満面の笑みを浮かべてわたしの左手を優しく握ってきた。
「さあ行こう。」
広場にはすぐに着いた。
大きな神殿があり、その前に大きな環状道路。その真ん中が広場になっている。
広場の内側に向いて環状道路に沿うように立ち並ぶ多くの屋台とそこに群がる大勢の人達。
さらにその内側にはいくつかの人のかたまりがあり、そのひとつに近づいていく。
セイムに手を引かれて早歩きしながら人のかたまりを伺うと、紙芝居や人形劇、歌を歌っていたり、踊っていたりと様々な見世物をやっているみたいだった。
やがてセイムが立ち止まると、そこにはひときわ大きな人の集まりがあった。
「さあヒロコ。さっきの芸をやって見せて!」
セイムに促されるが目の前の大勢に躊躇してしまう。
ひとりでいることが多かったヒロコは元来小心者なのだ。
ただ、言葉と態度だけでも虚勢を張っていないと自分を保てなかった。
でもそれは日本、それも山田弘子の住んでいた小さな世界の中だけの話。
ここには弘子のことを知っている人は誰もいないはず。
弘子はここではヒロコとして自然に生きようと思う。
ちょっと怖いけど、セイムがわざわざ連れてきてわたしのコイン芸を見せようというんだから、変なことにはならないはず。
「よし!」
気合を入れて一歩前へ。コインをポケットから取り出し、右手親指で上にはじく。
新しい出し物が増え、観客の目がヒロコに集まる。
10回ほど連続していると、拍手がパラパラと上がってきて、それを聞いた観客が更にヒロコの前に集まった。
自分を褒めてくれる。自分に関心を持ってくれる人達がこんなにいる。
ヒロコは嬉しくて左手をポケットに突っ込み、左手でもコインをはじき出した。
右手と左手をこうさせたり、右手ではじいた硬貨を左手で受けたりと、自分が出来ることを一生懸命見せていると、拍手は一層大きくなった。
やがてBGMのように鳴っていた音楽が鳴りやんだので、ヒロコも硬貨を手に収めて、皆がやっているように観客に頭を下げるのだった。
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