第4話【リズ、猫を被る】

<<マサル視点>>

魔法の練習をしながら歩いていくと大きな街が見えて来た。


「マサルさん、あれがナーラの街ですよ。キンコー王国のナーラ大公爵領の首都です。」


さらに街道を進んでいくと、騎士が隊列を組んでこちらに向かってやって来た。


出会いがしら道を譲って行き過ぎるのを待っていると、ひとりの騎士がこちらに近づいて来た。


「そこにいるのは、リザベート嬢じゃないですか?ライアン殿の娘さんの。」


「もしかしてジャン・ロメオ様ですの?」


「そうです。久しぶりですね。ライアン殿は一緒ではないのですか?」


「父と母は、昨日ヨーシノの森でたくさんの魔物とビッグベアに殺されましたの。」


少しの沈黙の後、リズは消え入りそうな声でそう言った。


「えっ、ライアン殿のような手練れがですか。しかも奥方といえばマリアン様ですよね。


元A級冒険者のお二人が。それ程のビッグベアだったのですか?」


ジャン騎士は、心底驚いた様子だがすぐにリズの気持ちを察知し沈痛な声に変わっていく。


「そうなんです。体長が4メートル近くあり、物理攻撃、魔法の両方に対し耐性が異常でした。


父の剣も母の火魔法もほとんど効かなかったのです。


わたしは、母に逃がしてもらったのですが、すぐに追いつかれました。


あわやのところで、このマサルさんに助けて頂いたのです。」


リズは、気丈に振る舞うとはっきりとその時の様子を語った。


「それは、残念な事でした。お悔やみ申し上げます。


しかし、リザベート嬢だけでも無事で良かった。


体長4メートルのビッグベアですか。


もしかして報告のあった個体では。

ちょっとここでお待ちくださいね。」


ジャン騎士は、そう言って走って隊列に戻っていった。


しばらくして、ジャン騎士は、壮年の男性と一緒に戻って来た。


「わたしは、ナーラ領騎士団団長のヘンリー・ナーラだ。


話しはジャンから概ね聞いたが、あのライアンとマリアンがビッグベアに殺されたというのは、本当だろうか。」


驚きと憔悴の混じったような問いかけだった。


もしかすると、リズの両親とは旧知の仲だったのだろうか。


ナーラを名乗ると言うことは、領主の一族だろう。


威厳のある話し方の中にもリズを労わるような優しさを感じた。


「娘のリザベートです。

リズと呼ばれています。


2人は、確かに亡くなりました。

こちらのマサル様と一緒にヨーシノの森に埋葬してきました。」


涙目になりながらも気丈に振る舞うリズ。


「して、その魔物は、どうなったか、わかるか。」


ヘンリー騎士団長の問い掛けにリズは、俺が倒した事を告げ、解体の時にとっておいたであろう、爪と牙を取り出した。


「確かにビッグベアのものだ。


大きさから見てもほぼ4メートルに間違いないだろう。


本当に君1人で倒したのかね。」と俺に聞いてきたので、そうだと答えた。


ヘンリー騎士団長は、少し怪訝そうな顔をしたが、すぐにリズの方を見て、それらを預かって良いか確認した後、丁重に布に包んでしまい込んだ。


「さて、実は我々騎士団は、これからそのビッグベアを倒しにヨーシノの森に向かうところだったのだ。


今、討伐証明を確認したので討伐自体は完了となる。


御協力感謝する。


ただ別の個体がいるかもしれないので、申し訳ないがここにいるジャンと一緒に討伐した辺りに向かってもらえないだろうか?」


ヘンリー騎士団長は、ジャン騎士に何か指示を出した後、俺に向かってそう頼んできた。


聞いてみると既に10数人の被害者が出ているらしく、あの魔物がほかにもいるとなると被害の拡大が予想されるため、俺も調査・討伐に協力することにした。


別に急ぐ旅でもなければ、ナーラに行ってもやることもないのだから。


リズはこれ以上危険な目に合わせるわけにもいかないので、ヘンリーに預かってもらうことをお願いしたら、2つ返事で引き受けてもらえた。


リズは俺と一緒に行きたがったが、ヘンリーに「足でまとい」になるからと説得されてしぶしぶ了承していた。


ジャンを隊長とした騎士5名と俺を加えた総勢6名の調査隊は準備を整え、ヨーシノの森に向かった。


道中はジャンと情報交換をしながら進んだ。


ジャンは上級貴族ロメオ家の次男であり、現在は騎士団副団長をしているとのこと。


リズの父ライアンはA級冒険者として騎士団と共に治安維持や魔物退治をしていたらしい。


時には、教師として騎士団の武術指導しており、ジャンも入隊当時はしごかれていたようだ。


元々ロメオ家とライアンの家は仲が良かったのでライアンとはジャンが幼少期からの知り合いで、ライアンがマリアンと結婚して冒険者を引退し行商人になってからも度々会っており、リズのことも良く知っていたとのことである。


「しかしあのライアン殿とマリアン殿が2人がかりでも勝てなかったビッグベアによく勝てたものですね。」


ジャンが俺にその時の様子を聞いてきた。


転移の話しは、しない方がいいと判断し、詳しくは言えないが、と前置きしてから、遠くの国から来たこと、家宝の魔剣を持っており、それで仕留めたこと、リズがいたのは偶々だったこと、諸国を旅しておりキンコー王国には初めて来たことを話した。


このまま進むとヨーシノの森に着くのが夜になってしまう為、この日はアイカ村で1泊することになった。




<<リズ視点>>

街道を歩いていると見知った鎧を着たナーラ領騎士団が、正面からやってきた。


騎士様は、基本的に貴族様なので道傍に避けて通り過ぎるのを待つのが礼儀だ。


マサルさんにそのことを話すと、やっぱり知らなかった。


2人で止まって通り過ぎるのを待ってると、1人の騎士様が隊列を抜けてこちらに近づいて来た。


何か粗相したかしらと恐々としていると、わたしの前で立ち止まって話しかけてきた。


「そこにいるのは、リザベート嬢じゃないですか?

ライアン殿の娘さんの。」


うわぁ、話し掛けられた。

ここはひとつヨソイキの言葉で猫を被らなきゃ。


えっ、わたしのことを知っている?


鎧で顔が見えにくいけど、そういえば聞き覚えのある声だ。


「もしかしてジャン・ロメオ様ですの?」と問い掛けるとそうですと返ってきた。


やっぱりジャン様だ。


お父さんとお城の訓練場に行った時にお菓子をくれた親切な人だ。


ジャン様は、お父さんのことを聞いてきた。


少し寂しさが溢れてきたけど、マサルさんが横にいてくれるから頑張れる。


昨日ビッグベアに襲われてからの話しをジャン様にした。


ジャン様は、わたしのことを気遣ってくれた。


しばらく待つように言われたので、その場で待っていると、ジャン様よりも華やかな鎧の騎士様がジャン様の案内でやって来た。


騎士団の団長と名乗るその騎士様は、ナーラ領領主様の身内に違いない。だってナーラ家の方だもの。


騎士様って言うだけで雲の上の人なのに、領主家の方なんて緊張するにも程がある。


粗相しないようにしなきゃ。


ジャン様に話した内容を要約して話し、ビッグベアの爪と牙を見せると納得してくれたようだ。


団長様は、わたしにとても優しく接してくれる。


お父さんお母さんやわたしのことも知っているような口ぶりだった。


団長様は今度はマサルさんに向かって、1人で本当に倒したのかと確認した。


マサルさんは、「そうです。わたしが倒しました。」とだけ答えた。


あまりにも素っ気ない態度に団長様の顔色がちょっとだけ変わったので、かなり心配したが、特にお咎めも無くホッとひと息です。


爪と牙を団長様に渡したら、マサルさんが騎士様達とヨーシノの森に行く事になったみたい。


マサルさんは、世間知らずなので、1人で行かせると騎士様にどんな粗相をするかわからないし。


慌ててわたしも一緒に行くと主張したけど、足手まといになると団長様に言われると引き下がるしかありません。


本当に心配だし、マサルさんと離れるのは寂しいですが女は度胸です。


準備が済むとマサルさん達は、来た道を戻ってヨーシノの森に向かって行ちゃった。


「さて、わたし達はナーラに戻ろうか。」


団長様が優しくおっしゃって下さったので、小さく頷いて団長様の馬に同乗させて頂いた。


馬上で団長様からお父さんお母さんの話しを聞きました。


「わたしとライアンとは幼馴染でなぁ、小さい頃からよく一緒に悪さをしたものだ。


わたしはナーラ家の2男でライアンは、リード伯爵家の次男だった。」


お父さんが貴族だったなんて初めて聞きました。驚きです。


「2人共跡継ぎじゃなかったので将来は、王国騎士団に入る事になっていた。


ライアンは小さい時から剣の才能があり強かった。


14才の時には、騎士団の誰よりも強くなっていて15才の成人と同時に正騎士になるだろうと言われていた。


ところが、15才の成人式の5ケ月前にリード家は、陰謀により無実であるにも関わらず爵位剥奪となってしまった。


当時王都で王宮魔術師長だったユリウスが、自分の不正をリード伯爵に知られてしまい、それを隠す為にあるはずも無い謀反をねつ造し、リード伯爵に被せたのだ。


ユリウスに術を掛けられていた王は、その言葉を信じ、リード伯爵の爵位を取り上げ成人前のライアンを除く家族全員を処刑してしまった。」


なんてことでしょう。お父さんにそんな苛酷な過去があったなんて全く知りませんでした。


「その後ライアンは、冒険者となりユリウスの度重なる暗殺の手をかいくぐりながらも王国1の剣術使いと言われる冒険者になっていった。


実はマリアンは、わたしの妹でな、小さい時からライアンのことが大好きだったのだ。


マリアンは魔法が得意でな、自分もライアンと一緒に冒険者になると言って成人式の日にライアンの元へと行ってしまった。


その後、2人は回復師と斥候の2名を加え、後に王国史上最強と呼ばれるパーティ「赤いイナズマ」が誕生したのだ。」


お父さんとお母さんが強いのは知っていましたが、王都最強と呼ばれていたなんて驚きです。


「数年後ライアンは、とある依頼の遂行中に自分の家族を死に追いやったユリウスの当時の悪業を知ることとなった。


ユリウスはその頃国王に対し謀反を企てクーデターを起こそうと画策していたのだ。


ライアンは、事前にそれを察知し、王都で騎士をしていた私のところに知らせに来た。


わたしは、それを騎士団長に報告しクーデターの首謀となる貴族数名を暗躍のうちに捕らえ、蜂起したユリウスの軍に対し王国騎士団として対峙した。


もちろん「赤いイナズマ」もそこに加わり、大きな問題になる前にクーデターを鎮圧できた。


ユリウスを処刑したことで国王も術から解放され、ユリウスを重用した事を非常に後悔された。


国王はリード家の悲劇を大変嘆き、ライアンにリード伯爵家の再興を提示された。


ライアンはそれを固辞し、1冒険者として国のために陰ながら尽力したいと言った。


もとよりライアンに野心の無いことを感じた国王は、名誉男爵の地位を与え、国内で自由に生きることができる特権を与えた。」


その後、「赤いイナズマ」はさらに活躍したが、わたしの誕生と共にパーティを解散し冒険者をやめたとのことだった。


2人は、自由に国内を回れる特権が与えられているので、行商人として新しい生活を始めたそうだ。


その後ヘンリー様は、王都からナーラ領に戻り、ナーラ領騎士団の団長として今に至る。


お父さんとお母さんはナーラ騎士団にもたまに顔をだして剣術の教練をしていたのだ。


「リズのお母さんはわたしの妹だからリズは姪になる。


今日からは、ナーラの城が君の家だ。

成人したらわたしが立派な婿を用意しよう。」


ええっ、なんてシンデレラストーリー?なんて思ったけど、わたしにお城での生活なんて似合わないと思うの。わたしにはマサルさんがいるし……(キャ)


ともかくマサルさんが戻ってくるまでは、騎士団長の叔父様のご厄介になるしかないよね。

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