虫の解放

虫の解放 前編





「すみません! ちょっとお伺いしたい事があるんですけど」



 少年は少女を引き留めた。



 彼はどうしても、彼女が持っているその虫ついての詳細を知りたかったのだ。



 その、どうしようもない衝動は、押さえられなかった。



「はい」


 彼女は元気良く返事をした。


 振り返ったときに、その少女の黒髪がふわりと舞って、花のような良い香りがした。



「あの、貴女の、いま抱えているその虫……とても、珍しい虫ですね」



 と少年は声をかけた。



「ええ。実は私も、この虫について、あまり良く知らないんです」


 と少女は言う。


「えっ。貴女が飼っている虫なんじゃ」


 少年は疑問に思って、そう問いかけたが、彼女は首を横に振った。



「……私は、この虫を勝手に連れてきたんです」



 と彼女は悲しそうに言う。



「私はある時、一人で迷子になった事があるんです。正確には神隠し。と言うべきかもしれません。

 とにかく私は、今まで見たことも無いような世界に、一人で放り出されてしまったんです。すごく不思議でした」



 少年は、少女の話を真剣に聞いた。


 少女は虫を抱えたまま、震源な表情をしていたから、


 自分も、彼女の話だけは最後まで聞くのだと決意していた。



「そこは狐の世界でした」


 と彼女は言う。



「狐が支配する世界だったんです。私は、その世界の中でたった一人の人間の女性でした。それで、彼ら狐たちは、私を殺そうとしたんです」



 彼女は一瞬、少年の表情を伺った。変な女だと思われていないかと、心配そうな表情を浮かべていた。



 しかし、少年が依然として、興味深そうに聞いていたので、まだ話を続けても良いのだと理解したらしく、少女は再び話を続ける。




「私は、抵抗しました。足掻いて、足掻いて、そうしたら狐たちが表情を変えたんです。こいつには、我々の子を孕んでもらおう。そう言っていました」



「興味深い話ですね」

 と少年が言う。



 少女はコクりと頷き、話を続ける。



「そうして、狐たちが持ってきたのはこの虫でした。この虫には、狐の遺伝子が組み込まれているらしいのです」

 


「狐の遺伝子? この虫に?」

 と少年が疑問の表情を浮かべる。



「本当の事かどうか知りません。でも、狐の子なんか産みたくないじゃないですか。私は、逃げようと思ったんですが、どうしても虫の美しさに惹かれて、つい、虫を盗んで元の世界に戻ってきてしまったんです」



「…………確かに綺麗な色をしている」

 と少年が言う。



「信じてくれるのですか?」

 と少女言った。



「そうしたほうが面白いですから」

 と少年が言った。




「…………でも、困ったことが起きたんです」


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