風呂場のアヤカシ

風呂場のアヤカシ




 薔薇の香水の香り、花柄の壁紙、大理石、白く清潔な空間、窓ガラス、摩天楼。



 明け方のマンションの一角だった。



 ちょっとオシャレな建物が建ち並ぶ、都会の景色。


 女性は会社員だった。



 彼女は慶応大学を卒業した後、広告代理店に勤めた。



 彼女は、とても要領の良い人間だった。


 彼女には、周りの景色が人より鮮やかに見えていた。



 彼女の仕事は上手く行っていた。


 昔から、この女性は空気を読む能力とか、人の顔色をうかがう能力とかが優れていた。



 ずば抜けた天才という訳ではなかったが

 IQというよりEQが高かった。



 つまり、感情のコントロールが上手かった。


 それで、かなり重要な仕事を任されることもあったが、ほとんど成功させていた。



 彼女は、冷静沈着だったので、仕事が成功し、周りからチヤホヤされても、舞い上がらなかった。



 いつまでこの優秀さを保持していられるか分からないから。


 と、考えていたのだ。



 女性には交際相手はいなかった。


 もちろん学生時代には多々、経験はあったのだけれど就職してからは仕事一筋だった。



 彼女はそれで幸せだと思っていた。



 今日は、仕事は休みだった。


 しかし、彼女は規則正しい生活リズムを送りたかったので、



 いつも通り、早い時間帯に起床した。


 女性が、シャワーを浴びて、髪を乾かして、化粧をしようとリビングに戻った時だった。



 ガサッ、

 ガサッ、



 と音がしたのだ。



 音の方向を見た彼女は驚愕した。



 誰かがいる。


 しかし、人間ではない。確かに形は人間そっくりだったが 、


 服は来ておらず、角を生やしていた。


 床にしゃがみ込んでいる。



 「うぁ、うぁ、ふー、ふー」

 と苦しそうな声を漏らしていた。




 真っ白な体に、赤い血管のような模様が見える。



 その人間ではない何かを目の当たりにして、彼女の心臓の脈拍は上昇した。



 気が動転した。


 今まで、このような事態に遭遇したことは、無かった。



 どう対処して良いかが分からなかった。



「ああっ。生まれる!」



 バケモノが声を発した。


 その声を聞いて、彼女は、


「あっ。こいつ、メスだ。ここで出産しようとしているんだ」



 と瞬時に理解した。



 どうしたら良いだろう。

 と、彼女は思う。



 警察か、自衛隊か。



 そんな事を考えているうちに、そのバケモノの股の間から、出血が確認できた。



 血は緑色だった。




 すると、直後、バケモノの股間から、卵がポンと生まれたのだ。



「うそ」

 と、彼女は言う。


 状況に追い付けない。



 しかし、女性が呆然とその場に立ち尽くしていると、バケモノが、立ち上がり、こちらを振り向いた。



 その表情は、まるで人間の女のように色っぽかった。



「じゃあね」

 バケモノが言った。



 股の間から、依然として緑色の血を流し続けている、



 その裸のバケモノは、ベランダの方に向かって、歩き始めた。



 バケモノは、ベランダの窓を開けると、

 飛び降りた。




 ここは七階である。


 朝日がまぶしい。



 開いた窓から、清々しい風が舞い込んで来た。




 女性の部屋の真ん中に、バケモノの卵だけが残された。



 日の光が、差し込んで、

 彼女は目を細めた。




(完)







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