狐少女のせかい

狐少女のせかい



 いつもはそんな事を考えないのだが、今日は特別に、いつもと違った道を歩いて帰ろうと思った。



 少女は学校の帰り道だった。

 季節は春で、桜の花びらが散っている。




 柔らかい春の匂いを感じながら、少女はいつもとは違った道でを歩いた。



 高校生活にも慣れてきた頃である。



 彼女は勉強の事とか、どこの部活に入ろうか、とか考えていた。



 彼女は友達が少なかった。


 入学したばかりだという事もあったが、それ以上に、彼女自身が孤独が好きだったのだ。




 孤独は、人を自由にすると思っていた。

 孤独は、神様がくれた優しさなのだ。とも思っていた。



 少女は、いじめられている訳でも、嫌われている訳でもなかった。



 ただ少し、口数が少ないから、なんとなく何処かのグループに属したり、沢山の友達に囲まれ続けている、という状況ではなかったのである。



 少女は歩いた。そのうち、回りの景色は、見慣れないものになっているのに気がついた。



「あれ? ここはどこだろう?」

 と少女は静かな声で呟いた。



 先ほど、赤い橋を渡ったのだったが、その橋を渡ってから、辺りの景色が変わった。



 どこか神仏的な景色になっている。



 地面はアスファルトではなく石段みたいだったし、回りの建物はまるで神社が立ち並んでいるようだった。


 彼女は少し不安に思ったが、これも楽しいかも知れないな、と思い、引き返さなかった。



「おい! なぜ人間がいるのだ!」


 その時、少女の近くで声がした。



 彼女は辺りをキョロキョロと見回したが、声の主らしき人物はいなかった。



「おい! ここだ!」


 少女はその時、自分の目の前に、小さな狐がいる事に気がついた。



「まあ、狐がいる」

 と少女は驚いた。



「俺たちにとっちゃぁ、人間がいる事のほうが驚きだぜ」



 と狐が言った。


 少女はどうしていいか分からず、ただ立ち尽くしていると、



「とっ捕まえろぅ!」

 と威勢の良い声がして、辺りの茂みから、沢山の狐たちが飛び出してきた。



「どうしよう。大変な事になっちゃった」



 彼女は焦りを感じていたが、大勢の狐たちに抵抗できずに、そのまま捕まってしまった。




 目を覚ますと、どうやら自分が巨大な祠ような場所に監禁されている事に気がついた。



「目を覚ましたか」

 と、先ほどの狐が言った。



「ええ、パッチリ」

 と少女は言う。



「お前を生きて返すわけにはいかぬ!」

 と狐が高圧的に言った。



「あら、それは恐ろしいわ」

 と少女が言った。



「しかし、お前をどう殺してやろうかと、今、みんなで話し合っている最中なのだ」


 狐は、鬼の形相で少女に言う。


「火炙りにしてやるか、水攻めにしてやるか、煮て食ってやろうかと考えているのだ」

 


「狐さん、どうか私を助けて」

 少女は命乞いをしたが、狐は聞き入れてくれなかった。



「ダメだ。残念ながら、お前はここで死ぬ運命なのだ!」



「そんな事を言わずに、ねえ、助けて」


 彼女は、狐の尻尾をギュっと掴んだ。


 その時、狐が、



「あひょぉ」

 と変な声をあげた。



「な、な、なぜ人間が、我々の弱点を知っているのだ」


 彼女はキョトンとしていたが、すぐに、この狐は尻尾が弱点なんだ、と分かった。


「ねえ、助けてよ」


 彼女は再び、尻尾を掴んだ。そうして、サワサワ、サワサワ、と撫で回した。



「ふへぇええ」

 と狐が悶えた。



「あはは」


 少女はその、狐の反応が面白くて、何度もサワサワ、サワサワと尻尾を撫で回した。


「あっ、ふへ、ふへぇ、ふへへへ」



 そうして狐が、ニヤけた顔を真っ赤にしながら、泡を吹いて倒れたのだった。



「待たせた。我々は、この人間の女をどう殺してやろうか決めた」



 その時、祠の外から、他の狐たちがやって来た。


「あへへ、先輩がた。こ、こいつはダメでしゅ。こいつは、我らの弱点を知っておりましゅ」


 と狐が言う。



「何だと? この人間の女、我々の弱点を知っているだと?」


「はい、さようで」



「ならば話しは変わった。俺たちは、この女を煮て食ってやろうか、と思ったが、それはできぬ。こいつには、我々の子を産んでもらおう」



 と狐は言った。



「なんですって?」

 と少女は驚いた。



 そのうち、狐たちが何処かへ消えて、再び祠に戻ってきたとき、



 彼らは、ある一匹の虫を連れてきたことに少女は気がついた。



 狐たちが連れてきた虫は、綺麗だった。



 水晶のように透き通った赤や青や緑や紫の玉のような形をしていて、ピンク色の脚が左右に五本づつ、合計十本あった。




 黄色いキバのようなものを生やしていて、目は青い色をしていた。



 お尻から、鮮明なピンク色の細長い尻尾を伸ばしていて、それはヌルヌルしていた。



「これは、快楽の虫と呼ばれる虫だ!」

 と先ほどの狐が言った。



「こいつには、我々の種……つまり狐の遺伝子が組み込まれている。先ほど、俺たちの仲間が入れたのだ」



 と狐が言う。


「まあ、狐の遺伝子ですって?」


「ああ、今からお前には、我々の子孫を残してもらう!」



 狐が威勢良く言ったので、彼女はそれは嫌だなと思って反抗する事にした。



「誰がアナタたちの子孫を残すものですか」


 と狐たちに飛びかかって、少女は、狐の尻尾という尻尾を撫で回した。



「あひょ」

「うへぇ」

「ひやぁ」

「ぐふぅ」

「ぱぁー」



 狐たちは思い思いの叫び声をあげて、その場に倒れた。



 残ったのは、例の虫だった。


「なんて綺麗な虫でしょう」

 彼女は虫の美しさに惹かれた。



 そうして、虫をヒョイと掴みあげると、以外と大きい事に気がついた。


 小さなチワワくらいの大きさがあった。



「可愛らしいかも」



 少女は、虫を抱えたまま、もと来た道を引き返し、そうして再び人間の世界へと戻って行ったのだった。





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