第11話 山岸襲撃
「おい、なにしてやがる」
保栄茂は戦闘の素人ではない。エアバーストを封じた以上、グレネードでも放り込まれない限りは、この裏にいるのが一番安全だと分かっているはずだ。
「おーい、お前たちの追っている女はここだ」
「このハゲ裏切りやがったな」
銃声は止まなかった。撃ち方を止めて部下に傷を負わせられるのはこりごりなんです、という山岸の声が聞こえそうだった。
一発の弾丸が保栄茂のもみあげを消し飛ばす。
即座に保栄茂が体を引っ込めた。カウンターに背中をつけた保栄茂が頭の横を必死に擦っている。
「ないない」
呆然と呟いていた。もみあげがなくなっていた。血がでていたが、それよりももみあげが大切なようだ。
「クソ野郎共がもう許せねぇ、丸刈りにしてやる」
ショットガンを持ち出した。
そんな豆鉄砲じゃ意味がない。言いかけたが、保栄茂の放った弾丸は飛び散りもせず一つの塊のまま兵士の一人のボディプレートを捕らえた。
散らばるわけがない。もともと一つの弾丸なのだ。スラグ弾。衝撃は期待できる。貫通はしないだろう。だが、弾はどういうわけかアーマーを貫通した。一人が倒れた。
「そいつを運び出せ」
機械的に銃撃を浴びせ続けていた部隊が一気に慌ただしくなった。
「金をかけた防弾装備だってこいつの前じゃただの紙切れだよ。ほら、お前も使え」
拳銃のマガジンを渡された。それを装填して撃ち込んだ。腕に当たった。兵士がもだえた。出血しているらしい。ということは貫通したのだ。
ただ衝撃を与えているだけではない。弾丸が防弾繊維やトラウマプレートを貫通して、中で肉を滅茶苦茶にしているのだ。
突如舞い込んだ虎の子に笑いかけた。
「どういう代物だよこれは」
「特殊穿孔弾だよ。どういう理屈で貫通するのかはわからねぇがモンローとノイマンの連中が居ないのは確かだ。着弾してからもう一度火薬に火がつくんだろうさ、よく分からんがな」
ご託を聞いて耳が詰まった。
「殺せるのならなんでもいい」
さすがに9mm弾では胸部のプレートを貫通しきれなかった。
首や腕、脛などの部分を狙い二人を倒した。
むこうもやられっぱなしではない。陣形を組み直していた。先頭にいるのは山岸だった。盾もなく防弾装備でもない。
「もしかして交渉再開か」
呼びかけに山岸が笑った。
「ご冗談を」
銃身が異様に長い銃をこちらに向けた。手首のあたりが虹色に光った。パーティー会場でみた現象。撃ってくる。
「お前が悪いんだぞ」
銃、りくにしろしめす。撃たれる前に撃てばすべて世は事もなし。
先制の一発をお見舞いした。
特殊穿孔弾の弾頭は綺麗に山岸の顔を捕らえるはずだ。二階堂もそれを確信していた。構えや指の絞りは万全、経験も十分だ。
山岸は健在だった。なにも装備をつけていないはずの山岸が弾丸を耐えられるはずがない。あの完全武装の防弾装備を貫く威力だ。外れたか、といえばそうでもない。
装弾不良か。まだちびちびやっている酔漢のグラスを狙った。ウィスキーが弾け、飛び散った。狙いは正確で銃も故障していない。
だったらなぜ。
仕返しとばかりに山岸が撃った。後ろの棚にあるウィスキーやウォッカがはじけ飛んだ。
交渉の出来ない司令官に生きる価値がない。二階堂と保栄茂は同意に達した。
二人で山岸を狙った。
今度は明らかだった。山岸に着弾する直前に虹色の輝きがあった。保栄茂のショットガンの口径が大きく分かり易かった。
弾丸が思ってもみない方向に弾かれた。跳弾は飲兵衛のグラスを割った。テーブルが濡れた。
「なんだありゃあ」
山岸は涼しい顔をして距離をとっていた。その後ろから部隊が撃つ。攻撃は激しくなるばかりだ。
カウンターではなく人間を狙って撃っている。カウンターが防弾仕様だとバレたようだ。
カウンターに潜って首を引っ込めた。
「おいハゲ、そのうち爆弾が飛んでくるぞ。どうすんだ」
「あいつらだって許可がいる。銃器は使えても投擲型の爆発物は難しい」
「だったらここで永遠にアナグマか」
「いや、時間の問題だ。通信系統は店に仕込んでおいたEMPで壊滅してるだろうから、外から馬鹿が走り込んでくる。そしたら爆弾を使えって許可が下りたって事だ」
耳元を弾丸が風を切る音と店の中を銃声が跳ね回るせいで鼓膜がきりきり舞だ。
このままだと助かったとしても音楽が聴けない。
保栄茂が声を上げた。
「おい裏もやべぇ」
店の裏口の扉も破られそうになっている。強固な扉だが破られかけているらしい。設置型の爆薬が爆発する音が聞こえていた。
後ろの棚も大分風通しが良くなって、キッチンが丸見えになっていた。
「そっちがその気ならこっちだってそうなんだよ。おい、二階堂援護しろ」
言われなくてもそのつもりだった。保栄茂はカウンター下の床を開けてなにかを探っていた。
なにかを訊く必要はない。最終手段を持ち出しているのだ。それがなにかは見たこともなかったが。
山岸はじりじりと前進しつつあった。さすがに一人では抑えきれない。
飲んだくれていたテーブル席の方が動き出した。グラスを割られたせいで酔漢警察たちは完全に頭にきていた。
「おまえなぁ」
アルコールに脳をやられて気が大きくなった酔漢たちは赤らんだ顔で銃を構えて撃ちまくった。制服警官が発砲するといつでも始末書があるものだが、そんなことはもう頭にない。
「ふざけるなよ、大企業に雇われたゴミ共がァ。こちとら国家の犬だぞコラ。昼間から酒を飲めるんだぞ。平民共がァ」
命百円酒千円だ。酒の恨みをはらさんとばかりに昔ながらのニューナンブをシングルアクションでよく狙いもせず撃ちまくった。
弾丸は逸れに逸れ店の電球を割り、テレビを破壊した。床にあたり、酔漢仲間の頭を貫いた。
脅威と見なされ山岸部隊の弾丸の尽くが酔漢にむいた。酔漢たちはろくにカバーも取っていない。あっという間に蜂の巣になった。
とはいえ時間稼ぎには十分だった。二階堂が笑った。
「酔いすぎてテメェが四丁流のつもりだったんだろうな」
「どっちにしろ準備OKだ」
保栄茂が肩から担ぎ出したのは筒状の、だが一見して武器だと分かる代物だった。
「バズーカか」
「無反動砲と呼べと教えただろうが」
構えた。
「カール・グスタフに挨拶しろ」
無反動砲のバックブラストがガラス瓶の破片と棚の残骸とをキッチンに吹き飛ばした。対戦車榴弾が山岸に猛進する。着弾。
爆風に首を引っ込める。
さすがにこれではひとたまりもないだろう。人間に直接撃てば拾う骨も残らない。未亡人は空っぽの棺桶に向かって泣くことになる。
カウンターから覗き見る。頭を引っ込めた。山岸が余裕の表情で立っている。
床と天井に大穴が空いて、辛うじて生きていた酔客にとどめを刺した以外はなんの代わり映えもない。若干耳が聞こえにくかった。
保栄茂が砲身を投げ捨てた。
「なんてやつだ」
「店を壊しただけになったな」
「くそ、どうせもう手遅れだったんだ」
ショットガンを撃ちまくった。保栄茂が放った特殊穿孔スラグ弾は空しく山岸の体の前で跳ね飛んでいった。
「どうあがいてもドン詰まりだ。逃げるしかない」
「んなこといってもな、この連中が裏口も抑えてるのはわかりきってるだろうが」
「その裏口から突入されるのも時間の問題なんだろ」
「壁だっていつ吹き飛ばされるかわからねぇ」
できることはない。投擲物の許可が下りるのをただ抵抗して待つくらいしかない。真っ暗だった。引き金を引く指の力がなくなる。息苦しいガスマスクを剥いでしまいたい。
山岸の後ろに軽装の人間が走ってきた。おそらく伝令だ。ハンドサインがでた。山岸が頷く。終わりを下っ端が連れてきた。
覚悟した。爆弾が投擲され、カウンター裏は血に染まる。
爆発音。
店内ではない。外だった。山岸の後ろにカバーしていた部隊が丸ごと吹き飛ばされていた。
何かが飛んでいる。
飛来するその姿は鳥だ。
鳥のような姿をしたドローンの群れが山岸の部隊を吹き飛ばしていた。
山岸は平気なようだが、部隊はそうはいかない。
頑丈な防弾装備のおかげで外見は無傷に見える。だが、爆圧のせいでガスマスクの中は血に染まっていた。山岸が情けない声をあげた。
「やめろ」
ドローンは店内にも侵入した。テーブル席やらを吹き飛ばし、二階堂の頭の上をかすめてキッチンで爆発した。
カウンターにぶち当たってそこでもまた爆発した。マリアの飲んでいるミルクの水面がゆれた。
拳銃を片手に耳を押さえて保栄茂に喚いた。
「どうなってんだよ」
「わかんねぇが、今しかねぇ」
片手でショットガンを撃ちながら保栄茂が撤退しようとした。
浄子の腕を引っ張って肩に担ごうとした。
ちょっと待てよ、保栄茂に声をかけた。保栄茂が声を張り上げた。
「そんなやつおいてけ」
「馬鹿、生きてりゃあいつらの敵に助けて貰えるかも知れないだろ」
「だったらてめぇで担いでいくんだな」
「わたしにゃ無理だろ」
保栄茂に浄子を託す。山岸に牽制射撃をかまして裏口を覗きに行った。ここも爆撃されているらしい。窓の外には漂いたての煙と倒れた兵士たちの姿がある。
保栄茂が浄子を担ぎ上げていた。
「面倒ごとを増やしやがって、死ぬか援護するかしろ」
味方が敵に飛ばしている弾丸というのは思っているよりも頼りになる。それを二階堂は知っていた。
一人だけでまだ制圧を敢行しようとしている山岸に9mmを浴びせかける。
近づいてくればすぐに終わったのに。調子に乗って損したな。
内心で山岸を笑った。
するする、と床を何かが滑るようにやって来た。
膝下ほどの高さしかないロボットだ。ロボットは小銃を背負っていた。でかい銃口だった。ドローン攻撃から続く第二波が来たのだ。
山岸や二階堂に弾丸をばらまいた。敵の敵ではあるが、こちらの味方ではないらしい。
外れた弾丸が山岸の部下にあたる。通常弾やFMJでは防弾装備を貫けはしない。だが、衝撃は大したものだ。
衝撃で兵士の体が動いた。これほどのエネルギーがあるのならば防弾装備ごしでもただでは済まない。
9mmとは比べものにならないはずだ。首に当たれば頸椎が砕けるかもしれない。そうなると麻痺が残る。
「このガラクタ」
山岸の大口径リボルバーがロボットのカメラを穿った。どうやら遠距離操作されているらしく視界を失って沈黙した。
山岸がロボットの上にジャンプした。ロボットは床に沈み込んだ。空間に押し込まれたようで、周囲の床も円形に沈み込んだ。
別のロボットが乱入してきた。山岸が正確な射撃でカメラを撃った。
カメラを破壊されてなにもみえなくなったようだ。向こう側の操縦者が闇雲に撃ち始めた。ロボット側には生身のチームメイトがいない証だ。山岸が部下を庇うように移動した。
今しかない。
「さっさとこい」
保栄茂に唾を飛ばす。
保栄茂が走った。
背中に担がれた浄子の脚が保栄茂の尻の前で揺れた。振り子時計のように揺れる脚と保栄茂の尻。ロボットの放った弾丸は、保栄茂の尻に飛び込むことを選んだ。
「畜生、尻に食らっちまった」
「我慢しろ、走れ」
裏口にもロボットが居るのが窓から見えた。保栄茂の血に濡れた尻ポケットからパルス砂を引きずり出し、ばらまく。ロボットの動きが止まる。裏口の重い扉を開け、外に出た。
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