第8話 死期襲撃

 相手の戦力は強大だった。リーダー格である山岸の長口上は余裕の表れだ。

 出会い頭に撃てば済むところを長い話しを一席打っている。浄子に恐怖を植え付けるためだろう。それが通用するほど浄子の頭は良くなかっただけだ。空振りに終わったのは間抜けに見えるが、二階堂の手は震えた。

 手が白くなるほど銃を握り震えを抑えた。

 二階堂は山岸らからすると予期せぬ乱入者のはずだ。二階堂が浄子を攫うという作戦はどこにもは漏れていない。ということは山岸は予期しない侵入者がいても長口上を晒す作戦プランを練っていたはずだ。

 最初から浄子を保護しようとする介入勢力の存在も勘定に入れていたのだ。その上で作戦立案をし、その中に長口上を含んでいた、ということになる。浄子の恨まれようは相当らしい。

 見た限り、相手はガスマスクをしている。

 この後間違いなく催涙弾が飛んでくるだろう。即座に机の左右に部隊が展開。催涙弾で苦しんでいるところを射殺されるに違いない。

 部隊の様子を思い出す。二人組の距離感が近い。ツーマンセルで訓練されているのだろう。左右二人ずつ制圧しに来る。これをただ受けると簡単に制圧されてしまう。

 ならばどうするべきか。

 考える時間は少ない。相手は軍事的な訓練を受けていた。良く弾のあたる素人の二階堂とは違う。

 だとするとこの状況で挽回できる可能性は。

「くそ」

 考えるまでもなく0%。

 かといって二階堂には懺悔や後悔、躊躇するほどの時間は残されていない。

 かつてないほど死へ向かうことを意識した。

 時間という回転するやすりに乗った二階堂を時間が上から重っている。生に歯止めされ、逃げ出すことも出来ず二階堂は削られ続けている。二階堂が内側に秘めている死が露出しかかっていた。

 体中の力が抜けていき、叫びたい気分になる。

 だが、やるしかない。

 右側から来た二人をなんとか倒し包囲を避けながら所々の机を倒し遮蔽物を用意し応戦する。

 左側からの攻撃はなにか奇蹟でも起きてはずれることを祈るしかない。勝つことは無理だが、逃げ出すことは出来る。目指すは脱出だ。

 抽象性は敗北の色を濃くする。だが、それ以外に可能性はない。

 生き残るぞ。

 スプーンが落ちて音をたてた。

 決意が二階堂の背中を押した。

 いざ、と二階堂は身構えた。

 気合いは十分である。

「いくぞ」

 小声で気合いを入れた二階堂の肩を浄子が掴んだ。

「なにしやがる」

 そのまま浄子は力任せに二階堂の体を引きずり上げた。幾つもの銃口の前に無防備な体を晒すことになる。

「ここですわー」

「なにしやがる」

 唐突に利敵行為に走った浄子の胸を兵士の一人が冷静に狙った。あくまでも目的は浄子の排除である。

 五.五六mm弾の弾頭がまっすぐ浄子に向かっていった。狙いは正確。訓練通り、カタログ通りの弾道だった。

 浄子の胸を貫くことは間違いない。

 だが、浄子が立ち上がった拍子に服に引っかかった金属の盆がひっくり返る。

 回転する盆が弾頭をいなす。

 兵士の渾身の一発は一八〇度向きを変え山岸たちに向かった。

 ただ床を穿つだけに終わるのが常識である。

 だが違った。

 爆発音。

 炸裂したのだ。

 くすんだ黒い煙の向こうで二階堂は目を見開いた。

「エアバースト」

 思わず声が出た。

 エアバースト。空中指向性瑠弾だ。簡単に言えば爆発する弾丸である。

 信管に基盤が組み込まれているのだ。銃に組み込まれたデバイスが自動で目標との距離を測定し、起爆タイマーが設定され、信管の基盤に何秒で爆発するかを自動でプログラムする。

 そうして発射された弾丸は不幸にも目標となった存在の上でどんぴしゃり爆発する。エアバーストの登場により塹壕や遮蔽物に隠れるという戦術は無力化された。

 小銃タイプは初めて見た。技術的、コスト的に問題があり、開発は不可能とされていたはずだ。

 爆発と共に吐き出された金属片は兵士たちの防弾防刃スーツに阻まれダメージはなかった。

 敵もエアバースト弾を使用してくることを想定した装備らしい。

 山岸は変わらず棒立ちを貫いていた。不思議なのはなんの防弾装備も整えていない山岸がなぜ、ああも余裕を貫けるかだ。エアバーストの破片にも当たっていない。これは単に運が良いだけではないだろう。

 催涙弾を使用しないのも納得だ。あれがあれば催涙弾は不要だった。その代わり、催涙弾よりもよっぽど恐ろしい獲物を持つプロを相手にすることになったが。

「ここですわー」

 叫ぶ浄子の脚を蹴って横倒しにしてまた机に肩を押しつけた。

「ふぎゃ」

「死にてぇのか。馬鹿が黙ってろ」

 ここにいてはどうせ死ぬだけだ。ハイヒールを脱いだ。エアバーストでくるのなら突入には猶予があるはずだ。

 隣に座っていたマリアのショルダーバッグを開けた。スニーカーを取り出すわけではない。緊急時の小袋を取り出した。

 この小袋に詰まっているのは対ハイテク戦用の電磁パルス砂だ。ずっと昔に保栄茂にお守りとしてもっていろと押しつけられた物だった。

 どうせゴミを狩るだけだから使うことはないと無視していたが、それは間違いだった。

 袋の口をあけて袋を振る。振りまかれた砂が空中で鈍色に光った。破裂音と電気の迸る音が二階堂の耳をつんざく。

 簡易的な電磁パルス発生装置だった。高い摩擦係数を持つ帯電媒体であり可燃物質でもある新物質サージャリンと銅粉末によって構成される粉じんだ。

 これらが空気と触れ合うと鈍色の爆発を起こす。この爆発がパルスを届けるのだ。電源なしにでも空気との摩擦だけで強力なパルスを発生させることができる軽量の電磁兵器だった。

 精密機械であるエアバーストにもきくだろうしガスマスクの視界を奪うこともできる。エアバースト弾を使い、エグゾスケルトンももっている。とすれば連中の装備は電気を惜しみなく使っていたハイテク装備で固められているはずだ。ガスマスクにもおそらくデジタルHUDが用意されているだろうし、それに障害が現れれば隙も生まれる。

 この電磁バルス砂は出力は強いがすぐに寿命が尽きる。核EMPほどのサージ電流は流れないため、電子機器を完全に破壊することは出来ない。

 それでもある程度は精密機器の類いを無効化できるはずだ。

 それはエアバースト弾のプログラミングが狂うことを意味する。

 立ち上がり場所を移る。机を倒し、遮蔽物を作った。パルス砂が効いているのか弾丸はてんでばらばらの方向に飛んでいく。基板が止まっているのか爆発さえもしない。

 狙いをつけて撃つ。もう、ギャング撃ちを隠すことなど考えていなかった。とにかく生き残らなければならない。

 正確に兵士の胸や肩に当たった。だが、アーマープレートとエグゾスケルトンに阻まれて弾丸が通らない。

 だったら、とガスマスクの目の部分を狙った。防弾加工されているようで、ここも通らない。

 なんにしても拳銃の口径が小さすぎる。弾丸の皮膜を剥いでナイフで十字に傷をつけた自家製ホローポイント弾を使っているのもネックだった。

 非装甲の一般人以上、マフィア未満を狩るための銃だ。利益度外視で正規兵以上の装備を整えた部隊には土台かなうはずがない。

 全身が装甲化されている。とはいえ十分ではないはずだ。

 耐弾といえども衝撃は与えられるはずだった。可動性が期待されるため装甲が薄くなる場所がある。

 最悪その部分がなくなっても死にはしないような部位。つまり防護の優先度が落ちるところだ。

 そこを狙えばなんとかなる。

 人体にはたしかにそういう部分があった。

 二階堂の放った弾丸がある兵士の肘の内側に当たる。兵士は明らかに怯み、武器を取り落とした。

 見立てたとおりだ。可動性を優先させるために衝撃を分散するためのトラウマパッドを配置していない。

 トラウマパッドは衝撃吸収材である。アーマープレートで弾丸の貫通は防げるが、衝撃の全てを吸収できるものではないのだ。かといってトラウマパッドがあっても万全とは言いがたい。固い防弾素材とトラウマパッド等の衝撃吸収材を重ねる合わせ技を用いても胸に弾丸が直撃すれば九mm弾頭でも息が詰まる。

 どれだけ硬い素材で体を守ろうとも柔らかい素材で構成されるトラウマパッドがなければ秒速三六〇mで飛来する鉛の塊が与える衝撃をもろに食らうことになる。トラウマパッドがあれば息詰まる程度で済むが、なければそれではすまない。

 貫通はしないため出血はしないが、骨や腱、筋肉には衝撃による大きなダメージを期待できる。

 西洋の鎧は剣による攻撃は防げるが、鈍器による攻撃には尽く弱かった。そのために鎧の下には布の分厚い服を着たのだ。

 これしかない。射撃には人並み以上の自信がある。可能性が生まれ、体が生に滾った。頭がかっと沸騰する。

 その自信を裏打ちするように射撃は冴え渡った。

 まるでウソのように弾丸が当たる。彼らがエアバーストに頼って距離を取っていたのが勝機を生んだ。

 もし催涙弾を用いて展開し包囲制圧されていたらひとたまりもなかった。制圧戦こそ人数による包囲が全てなのだ。

 山岸は銃を使うつもりがないらしく手ぶらの棒立ちで部下と二階堂との戦闘を見守っていた。

 マガジンを打ち切る頃には片手でも撃とうとしている兵士の姿が目立った。

 パルス砂の効果が切れようとした。すでに頬を擦過して切って行った通常弾もある。賢い兵士はヘッドセットをアナログに切り替えて生の世界で二階堂と戦っているはずだ。

 これ以上はまともに戦える気がしない。死を覚悟してリロードを終えた。

 山岸が握った右手を挙げた。

「撃ち方止め」

 兵士たちが銃を下ろす。二階堂はこれ好機とばかりに撃ち続けた。兵士たちが痛みに身を震わせる。

 浄子が二階堂の両腕を後ろから押さえた。ちょうど羽交い締めするような姿勢だ。

「なにしやがる」

「ほら、戦わなくても良いんじゃありませんの」

 頭を大きく振って浄子の鼻かしらに後頭部を叩きつける。悲鳴と鼻血を吹き出して浄子が倒れた。

 山岸が携帯を取りだした。今時珍しいアンテナタイプでそのアンテナは伸ばすと2m近い長さになる。天を貫く馬鹿のようなアンテナを揺らし山岸は電話にどうもどうも、と軽妙に挨拶した。

「あー、あなたでしょう。出来高なんて送って。政治屋はこれだから隅に置けないんですねぇ。契約解除して頂けますよねぇ」

 鼻血を出しながら浄子が喚いた。上等な服が赤黒い染みに汚れていく。

「ほ、ほらああいってますわよ」

「どうせ交渉決裂だろ」

 気にせず撃ち続けた。どうせ死にはしない。山岸もそれを見越して撃ち方をやめさせたはずだ。

 こっちは撃てるが向こうは撃ってこない。安心感が射撃を作業的にさせた。腕に衝撃を受けて力の加減を失ったらしい。一人の兵士が銃を乱射した。弾丸が逃げ遅れた客の何人かにあたる。人間が事切れ、銃が弾切れした。

「金ならたっぷり出せますよ。なに?幾らでもしない、と。でしたら生中継させていただきます。あなた方の敗北をね。いつもそうなんですよねぇ、後手後手に回って安物で済ませようとする。戦場を制するのは必ず人間ですよ。それも上等の。どうせならご自慢のロボットに任務をさせれば良かったのに」

 山岸がサングラスをかける。サングラスと携帯電話がなにかのコードで繋がった。フレームを押す。おおかたあのサングラスにはカメラが仕込まれているのだろう。遠隔で映像を発信して公開処刑でもしてやろうと企んでいるに違いない。

「ほらな」

「あらまぁ」

 戦いがまた始まりそうな雰囲気だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る