第33話 歩き出す二人

 愛莉についていくと、見覚えのある風景が目に入る。


「また公園か?」


 前に俺が告白した公園だ。


「また、ここに来たかったのよ」


 愛莉は嬉しそうに公園の中に走っていき、こちらに振り返った。


「今日楽しかった?」


「突然どうしたんだ? ……まあ楽しかったよ。久しぶりに遊園地なんて行けたしな」


 俺は愛莉を遠目に見つめ、公園内を見渡した。前に来た時は見ていなかったが、遊具は昔のままで、ところどころ塗装が新しくなっている。


「初めてのデートにしては上出来なんじゃない?」


 愛莉は上から目線で俺の目の前に立ち、いたずらっ子のような笑顔を俺に向けた。


「なんでそんな上から目線なんだよ」


 愛莉の頭を軽く叩いてやる。愛莉は「へへへ」と笑って遊具の方へ向かっていった。


「懐かしいなぁ」


 俺もゆっくりと愛莉の近くに行くが、遊具で遊ぶことはしない。近くで愛莉を見ているだけだ。


「昔はよく遊んだわね。二人で砂場に山作ってみたり」


 愛莉はブランコを漕ぎながら二人の思い出を語っている。俺も愛莉との思い出を振り返ってみた。


 中学の時は愛莉が学校を休んで、家の窓から飛び降りようとしているところを止め、高校では理香と付き合って、それに妬いた愛莉がまた学校を休んで、家に行ってみたら喧嘩になって。


 ……そして、俺も愛莉が好きだったことに気が付いてしまった。


 理香には申し訳ないことをした。こういうことを考えていると愛莉に怒られる。俺は顔に出やすいのだそうだ。


「あの子のこと、本当によかったの?」


 愛莉は俺の顔を見て尋ねてくる。理香のことを考えているのが伝わってしまったのか。


「いいんだ。前にも言ったろ? それに、今は理香のことを考えてたら、お前にも申し訳ない気分になる。だから、今は理香のことを忘れさせてくれ」


 自嘲気味に呟いてみる。愛莉は真剣な表情に変わり、ブランコを降りて俺のそばに来る。


「忘れさせて……あげよっか?」


 愛莉は俺にぐんぐん近づいてきて、息がかかるくらいの距離まで近づいた。


「……」


 俺は黙って息を呑む。そして、愛莉は一気に俺との距離を縮め、一瞬だけ唇にやわらかい感触。目の前には愛莉の顔があった。


「……恥ずかしかった」


 愛莉は俺から距離をとって視線をそらすと、足元の石を蹴飛ばした。


「あの子のことばっか考えてないで、ちゃんと私を見なさいよ」


「ああ、すまん」


 俺は呆然として愛莉を見つめていた。キス、されたんだな。そう理解するのに少しの時間が必要だった。


 まさか愛莉がそんなことをするなんて思わなかった。


「これでちょっとはあの子よりも私を意識できるでしょ?」


 愛莉は恥ずかしそうに呟いた。確かにその通りかもしれない。現に今は先ほどのキスが脳内をぐるぐる回っている。


 恥ずかしさが、今になって俺に降りかかってきた。なんせ、初めてのキスだったのだ。当然といえば当然だろう。


「俺にだって準備とかあるだろうよ……」


「ボケッとしてるあんたが悪いのよ。でも、いい手段だったでしょ?」


 恥ずかしそうに笑う愛莉に、俺も釣られて笑みがこぼれる。


「ありがとな」


「感謝しなさいよね」


 愛莉は満足気に微笑んで歩き始めた。


「時間もいい具合だし帰ろっか」


「そうだな」


 家に帰ると、弟が出迎えてくれた。彼女と共に。今帰るみたいだ。


「あ、おかえり。デート楽しかった?」


 健太は自分の彼女はほっといて俺に話を聞く体勢を整える。


「じゃあ私はこれで。お邪魔しました」


 彼女の姿を見たのは何ヶ月ぶりだろう。健太も最近はあまり家に連れ込まないようにしていたのか、見る機会はあまりなかった。


「お前、彼女送ってやらなくてよかったのか?」


「それは兄ちゃんもでしょー。そんなこといいからデートのこと聞かせてよ!」


 健太はこれを聞かないと動かないかのような雰囲気をかもし出して俺の言葉を待っていた。


 はぁ、と一息ため息をついて、今日のことをかいつまんで話してやることにする。健太は最後まで黙って聞いていた。


「やっぱり兄ちゃんには愛莉さんがお似合いだったってことだね」


「そういう言い方するな」


 健太の頭を叩く。理香を否定されたような気がして胸が苦しくなった。


「愛莉さんと付き合ってるんだから元カノのことは忘れないとダメだよ?」


 俺の顔を見て得意げに話す。やはり、俺の周りのやつらは読唇術でも持っているのではないだろうか。


「愛莉にも言われたよ。わかってるけど、理香と別れてからまだそんなに時間も経ってないんだ。仕方ないだろ?」


「まあそうかもね。理香さんから見たら、何だよあの男~って感じだろうしさ」


「そう言われると返す言葉もない……」


 健太は笑って俺の顔を覗き込んだ。


「まあさ、理香さんとも話してまとまったんだからもういいじゃん。今は愛莉さんを幸せにすることを考えないと愛莉さんが可哀そうだよ」


 健太はずっと俺と愛莉をくっつけたかったみたいだし、この結果には満足しているようだ。俺自身納得していないと言ったら嘘になる。


 理香と別れたことが間違いだったとは思わないし、愛莉と付き合ったことを間違いなんて思わない。


 理香には悪いことをしてしまったと思うが、もうその話はしないと決めたのだ。掘り返すことはない。そんなことしたら愛莉に怒られてしまう。


「わかってるよ。お前も彼女のこともっと構ってやれよ。今日、久々に家に着たんだろ?」


 健太は気まずそうに笑うと、「まあね」と呟いた。


「僕のことはどうでもいいじゃん。愛莉さんとの話、もっと聞きたいな」


「どうせ夕飯の時に質問攻めにするんだろうが」


「まあねー。じゃあさっさと夕飯作っちゃうね」


 健太はキッチンに消え、俺はリビングで健太が料理をしているのを眺めていた。


 夕飯時は案の定弟に質問攻めにされて、洗いざらい吐かされた。健太は俺の話を聞いて嬉しそうに頷いて「お幸せに」と言って、食卓から姿を消した。






 ……


「ほら、学校行くわよ」


 俺の快眠は、布団を剥がされたことによる寒気で妨害された。


「まだ時間には余裕があるだろ? アラームもなってないし……」


「彼女が迎えに来てやってんだから早く起きなさいよ」


 愛莉が無理やり俺の体を起こした。愛莉の顔が目の前にあって、顔が赤くなる。


「起きるから、先に外出てろよ」


 俺は愛莉を部屋の外に追い出し、着替えを始めた。


 なぜ愛莉が俺の家に入れたのか、と思ったが、また健太が上げたのだろう。もう朝練習で学校に向かっていて、真相は知る由もないが。


「行ってきます」


 返事は返ってこない。親は寝ているだろうし、健太はもうすでにいない。


 家を出て、鍵を掛ける。愛莉は退屈そうに俺の様子を眺め、俺が歩く横を陣取って歩いた。


「手、繋ぐ?」


 愛莉が横で呟いた。俺は黙って愛莉の手を掴むと、愛莉が顔を赤くして「返事くらいしなさいよ」と呟く。


 通学路には、すでに何人かの生徒が歩いている。

 

 人混みは嫌いだ。動きにくいしうるさい。しかし遅刻ギリギリのこの時間なら仕方がないことだと思う。

 

 しかし愛莉と一緒なら、自然とそれでも悪くないと感じる気がする。


 そんなことを思いながら、二人で歩き出した。

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俺と彼女と甘々な幼馴染 @山氏 @yamauji37

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