第30話 将太の告白

 次の日、俺はいつものように学校に向かうのではなく、少し時間を遅らせて家を出た。


「あれ、今日は遅いじゃない」


 三叉路で愛莉と会う。というより、俺は三叉路で愛莉を待っていた。


「たまには一緒に行こうと思ってな」


「なにそれ、気持ち悪い」


「その言い方、普通に傷つくんだが……」


「まあいいわ。行きましょ」


 俺は愛莉と並んで学校へ向かった。


「どういう心境の変化? あんなに嫌がってたのに」


「気分だよ、気分。たまにはいいかと思っただけだ」


 俺は、いつ愛莉に告白するかを考えていた。


「悩みの方は解決したの?」


「ああ」


「ふーん。よかったじゃない」


「心配かけたな」


「別に心配なんてしてないわよ。私まで滅入っちゃうから気になっただけ」


 少し顔を赤くしながら言う愛莉が可笑しくて、俺は笑いながら「そっか」と一言だけ言った。


 教室に着くと、蓮が自分の席に突っ伏して寝ているのが見えた。


「今日は来てるんだな」


 自分の席に座りながら呟いた。


「今日、帰りにどこか寄っていかない?」


 愛莉が自分の席に着き、俺の方を向いて言った。


「別にいいけど、行きたいところでもあるのか?」


「ちょっとね」


 愛莉はそういって笑い、前を向いた。


 俺は手持無沙汰になり、机に突っ伏した。


 そして放課後、俺たちは学校を出た。


「あれ、帰んねえの?」


 俺たちが家と反対の方向に歩き出したのを見て、蓮が言った。


 そういえば蓮に放課後寄り道していくことは言っていなかった。


「ちょっと寄るところがあるのよ。あんたも来る?」


「ふーん」


 蓮は少し考えるようなそぶりを見せ、手を合わせた。


「悪い、今日は先に帰るわ。ちょっとやることがあるからよ」


 そういうと、蓮は俺たちに手を振って帰っていった。


「じゃあ行くか」


 蓮を見送って、俺たちは歩き出す。すると、携帯が震えた。蓮からのメールだ。文面には「頑張れよ」と一言だけ書いてあった。


「あいつ……」


 愛莉には聞こえないように呟くと、俺は携帯をしまう。


 愛莉に連れられてやってきたのは本屋だった。


「欲しい本があるのよ」


 俺は特にほしい本があるわけではないので、愛莉のについていく。


「うーん……」


 愛莉は漫画のコーナーで何冊か手に取り、唸っていた。


「……決めた」


 結局持っていた本を何冊か棚に戻し、レジへと向かう。


 俺は愛莉が会計をしている間、店の入り口付近で待っていた。


「お待たせ、次行きましょ」


「まだ行くところあるのか?」


「あるわよ?」


 俺は愛莉に連れられ、歩いた。


 そしてやってきたのは、公園だった。


「……公園?」


「久しぶりに来たかったの」


 公園に来たのなんて、小学生以来かもしれない。


 昔はよく愛莉に引っ張られて公園で遊んでいた気がする。


 愛莉はベンチに座った。俺も愛莉の横に腰かける。


「昔はよく遊んだわよね」


「半ば無理やり連れて来られてただけだけどな」


「なによ。あんただって途中から楽しそうにしてたくせに」


「確かにそうかもしれないけど、休みになるたびに家に来られるこっちの身にもなってくれ」


「嫌だったの?」


「そうじゃねえけど……」


「ならいいじゃない」


「というか、公園になんのようだったんだよ」


「別に用事があったわけじゃないわよ。なんとなく来たかっただけ」


「なんだそれ……」


 俺は気が抜けた。しかし、これはチャンスなのかもしれない。


 今ここには遊んでいる子どもが数人と、俺たちだけだ。告白するなら、このタイミングな気がしてきた。


「……愛莉」


「ん、なに?」


 愛莉は首を傾げた。俺ははっきりと愛莉の顔を見て、言った。


「俺、愛莉のことが好きだ」


 言った瞬間、愛莉の顔が赤く染まる。


「はあ? なんの冗談よ、それ」


「冗談なんかじゃねえよ……」


 俺は視線を逸らし呟いた。


「なにそれ……じゃああの子と別れたのも私が好きだからってこと?」


「ああ。理香と付き合って、お前が好きだって気づいたんだ」


 愛莉は悩むそぶりを見せ、俺の目を見た。


「私の、どこが好き、なの?」


「……俺を外に出してくれたこと、かな」


 クラスで一人だった俺に、愛莉は唯一話しかけてくれた女の子だった。


 別にいじめられていたわけではない。一人も嫌いじゃなかった。でも、やっぱり誰かと話したいと思ったこともあったし、一人が寂しい時もあった。


「俺が今、こんな風になれたのは、お前のおかげなんだ。それに、俺のこと一番わかってくれるのはお前だ」


 だからと、俺は付け足した。


「俺と、付き合ってほしい」


 言い切って、顔が熱くなる。愛莉の顔も真っ赤だった。


「付き合うなんてありえないって言ってたじゃない」


「他のやつがいる前でそんなこと言えるわけないだろ。それに、あの時はまだ……」


「好きじゃなかった?」


「そうじゃなくて……お前のこと、はっきり好きってわかってなかったんだよ」


「……考えておくわ」


 そういうと、愛莉はカバンを持って逃げるように公園から出て行ってしまった。


 俺はその背中を眺めることしかできない。


「はぁ……」


 ため息を吐きながら、ベンチにもたれかかる。


 ついに、言ってしまった。言い切った達成感と、断られたらどうしようという不安が頭によぎる。


 俺はしばらくぼーっとベンチに座ったあと、家へ向かった。


「おかえりーって、兄ちゃん、いつにも増して疲れてるね」


 健太が俺の顔を見るなり怪訝な表情を浮かべる。


「なんかあったの?」


 愛莉からは何も聞いていないようだ。俺は今日のことを健太に話した。


「あとは愛莉さんの返事次第か。まあ、待ってるしかないね」


「そうだな……」


「その暗い顔やめてよ。まだフラれたわけでもないのに」


 軽く頭を叩かれ、よろける。


「それに、そんな気の抜けた兄ちゃん、愛莉さんが見たらまた心配かけるよ?」


 健太の言う通りだ。しかし、そんな簡単に切り替えれるものではない。


 いつフラれるかもわからない不安を抱えながら、俺は明日愛莉と会わないといけないと思うと、気が滅入った。


「ま、俺はそんなに心配してないけどね。愛莉さんも兄ちゃんのこと好きだと思うし」


 健太は俺のことを無視してキッチンへと向かった。


 夕食を終えて部屋に戻ると、携帯が震えた。蓮からのメールだった。「どうだった?」と一言だけ。


 俺は返信する気にもなれず、そのままベッドに倒れ込んだ。

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