第29話 将太の答え

 土曜日になり、俺は携帯の着信で目が覚める。


「誰だよ……」


 着信は愛莉からのものだった。


「……もしもし?」


『いつまで寝てんのよ』


「今日土曜だぞ。ゆっくりさせろよ」


『今あんたの家の前にいるから、さっさと起きて出てきなさい』 


「は? なんだそ……」


 言い切る前に電話が切れた。俺は体を起こし、着替えてから家を出た。


「やっと来たわね」


「おせえぞ」


 家の前には、愛莉と蓮がいた。


「出かける約束なんてしてなかっただろ」


「いいから、さっさと行くわよ」


 愛莉は俺の手を引っ張り、無理やり歩き始めた。


「おい! 愛莉!」


 俺は手を引かれながら、いつか見た夢のことを思い出していた。昔はよく愛莉に手を引かれていろんなところに出かけていたことを。


 そして、そんな愛莉に惹かれていたことを。


 俺たちは少し離れたところにあるボウリング場に来ていた。


「じゃあ、負けたらみんなにジュース奢りな!」


 蓮が意気揚々と一投目を投げる。投げられたボールはきれいに真ん中に進み、ピンを弾いた。しかし、すべてが倒れることはなく、両端に一本ずつピンが残っていた。


「マジかよ……。これ無理なやつじゃん……」


 蓮は大げさに崩れ落ちて、二投目を放る。


「はぁ……」


 結局倒したのは九本。蓮はベンチに戻ってくるなり項垂れた。


「くっそー……。ストライクだと思ったのに……」


「次は私ね」


 愛莉が立ち上がり、ボールを持った。


「頑張れー。将太が見てるぞー」


 愛莉が振り返り、蓮を睨みつけた。蓮は俺を盾にするように俺の背に隠れ、笑っている。


 愛莉と目が合う。ふいっと愛莉は俺から視線を逸らし、一投目を投げた。


 ボールはあらぬ方向へ向かい、レーンの溝に吸い込まれる。


「あ……」


 当然ピンが倒れることはなく、ボールが返ってくるあいだ、俺たちは微妙な空気に包まれていた。


 そして二投目。蓮は茶々を入れることはなく、愛莉の投球を見守っていた。


 今度はまっすぐ真ん中に向かい、ピンをすべて倒す。


「あれが一投目だったらなぁ」


 蓮が笑いながら愛莉に言った。


「あんたが変なこと言うからでしょうが!」


 愛莉は蓮の肩を叩き、頬を膨らませていた。


 次は俺の番だ。ボウリングはあまりやらないが、ある程度ならできるだろう。


 俺はボールを持って、レーンに立つ。


「よっ」


 少し助走をつけ、ボールを投げた。


 ボールはまっすぐにレーンの溝に向かい、そのまま流れていく。


「あれ……?」


 二投目も同じく、ピンを一本も倒すことなくレーンの奥に吸い込まれていった。


「これは俺たちの勝ちは決まったな、愛莉ちゃん!」


「そうね、何買ってもらおうかな」


 二人はすでに勝った気になっており、何を飲むかの話をし始めた。


「まだ終わってねえだろ!」


 結局俺のスコアはボロボロで、蓮にも愛莉にも遠く及ばなかった。


「じゃあ、俺コーラで」


「私も同じでいいわ」


「わかったよ……」


 俺は二人に飲み物を買ってくることになり、自販機に向かった。


「ほらよ」


 戻ってくると、愛莉と蓮が話していた。


「次は何賭ける?」


「そうね……。今度のお昼、購買で何か買ってきてもらう、とかどう?」


「俺をパシらせようとするなよ」


 二人に飲み物を渡しつつ言った。


「勝てばいいのよ」


「そうそう」


 聞く耳を持たず、二回戦は始まった。当然、俺が急に上達するわけもなく、結果は惨敗だったが。


 もう何ゲームか終わったところで、俺たちはボウリング場から出た。


「あー、楽しかった」


 愛莉がグッと伸びをして、俺の方を見た。


「ちょっとは気が晴れた?」


「ああ、ちょっとはな」


「まさかあんなにボウリングが下手だとは思わなかったけど……」


「うるせえな」


「そろそろ帰るか? 将太が起きるのおせえから結構いい時間だけど」


 時計を見ると、すでに一七時を過ぎていた。空も少し赤く染まり始めている。


「悪かったよ」


「まあ学食一回奢りだし、別にいいけど」


「じゃあ帰りましょ」


 俺たちは家に向かって歩き始めた。


「明日はどこ行く?」


 歩きながら、蓮が言った。


「明日も行くのかよ……」


「別にいいじゃない。どうせ暇でしょ?」


「そうそう、せっかくの休みだぜ?」


「明日は早く起きてよね」


「わかったよ……」


 結局土日の二日間、俺は蓮と愛莉と遊んだ。


 家に帰ると、蓮から電話がかかってきた。


「どうした?」


『いや、なんか変に悩ませたかなってよ』 


 蓮にしては珍しくしおらしい声音だった。


「別に気にしてない。決められなかった俺が悪い」


『そうだけどよぉ』


 否定することなく、蓮は言った。


『俺があんなこと言ったから悩んでたんだろ?』


「……それはそうだけど」


『結局、どうするんだ?」


「俺は……やっぱり愛莉が好きだ」


『それは愛莉ちゃんに直接言ってやれよ』


 蓮は笑いながらそう言った。


『ま、もう決まってるなら俺からはなんも言うことねえよ。じゃ、結果期待してるわ』


 そういって蓮は電話を切った。


 口に出して、さらに実感が湧いた。俺は昔から愛莉のことが好きだったんだ、と。


「……聞こえちゃった」


 扉が開き、健太がニヤニヤしながら入ってきた。


「なっ……お前……」


「やっと決めたんだね。よかった」


 健太は安心したかのように笑う。


「心配かけたな」


「ホントだよ。俺はずっと愛莉さんと付き合えって言ってたのに」


「別に、付き合うって決まったわけじゃないだろ」


「そうだねー。もう愛莉さんにも愛想着かされてるかもだし」


 健太はそう言って部屋から出ていった。


 その晩、ご飯を食べている時も健太はニヤニヤしながら俺の方を見て「頑張ってね」と声をかけてきたのだった。

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