第27話 気分転換と葛藤
次の日、教室に入ると蓮と愛梨が話しているのが見えた。いつも通り自分の席に着くと、蓮が俺に軽く手を振る。
「よう、なんかあったか?」
蓮にさえそんなことを言われる。そうとう顔に出ているのか……。ちょっとショックだ。
「何もない」
俺が蓮を一蹴して席に座ると、愛莉が俺の方を見た。
「あんた、大丈夫なの? 死にそうな面してるわよ」
俺はちょっと落ち込む。そんな顔してるのか、と。昨日の出来事がそんなに俺の中で重荷になっているのか?
「なんか落ち込んでるみたいだし、今日はぱーっと遊びに行こうぜ」
「そうねぇ。私は構わないわよ」
蓮の提案をあっさり愛莉は肯定した。俺も特に当時はないし、行ってもいいだろう。むしろ、少しでも気を紛らわせないと潰れてしまう気がした。
「俺も大丈夫。どこ行くんだ?」
「カラオケとかでいいんじゃね? この辺は帰りに遊べるところなんてあんまりないだろ」
蓮がそう言って、カラオケに行くことが決まる。久々に蓮たちと遊ぶような気がする。
「じゃあ俺は放課後まで寝るから」
蓮が寝る体勢を取って話は打ち切られる。
「あの子と話してきたの?」
「……ああ」
蓮が寝たのを見計らって愛莉が俺に尋ねた。よくもまあそこまで的確にわかるもんだ、と感心しつつも肯定する。
「ちゃんと解決したんでしょ? うだうだ考えてないで切り替えなさいよ」
「わかってるんだけどな」
愛莉がため息をついて俺を見た。口を開いた瞬間に「席つけよー」といつものように、怒鳴り声にも似た声で小林が教室に入ってくる。生徒たちは各々自分の席に向かい、騒がしかった教室は一気に静けさに包まれる。
俺は愛莉が何を言おうとしたのか気になったが、それを聞く術はなかった。
ホームルームが始まった。小林がくだらない話をして、教室内は笑い声で騒がしくなる。俺は寝る用意を整え、睡眠学習を始めたのだった。
今日の授業は時間が進むのが早く感じた。取り立てて面白かったわけでもない。案外カラオケが楽しみなのだろうか。
午後の授業は久方ぶりに起きていた。ノートを真面目にとり、教師の言葉に耳を傾けて。模範の生徒を演じるのだ。今更遅いとは思うが、テストには何も支障はない。だいたい一夜漬けでどうにでもなる。
授業が終わると、俺はさっさと鞄に教科書を詰めた。そして鐘が鳴るのを待つ。担任が教室に来て、話しているのも耳に入らない。俺は早く帰りたいと思っていた。
そしてついに鐘がなる。帰りのあいさつが行われ、教室内は騒がしくなるが、教室から出ていく生徒が大半のためにすぐに静かになる。
俺はいつものように人がいなくなるのを待ち、教室をでる。
昇降口には蓮と愛莉が待っており、俺に文句を言い出す。
「遅くなって部屋取れなかったらどうするんだよ!」
「こういう時くらいは早く出てきなさいよ」
二人して俺を責めるので申し訳ない気持ちもあるが、こればっかりは仕方ない。俺は人ごみが苦手なのだ。
「早く行こうぜ」
蓮が俺を急かし、愛莉が先に歩き始める。
蓮は俺が靴を履き替えるのを待って、携帯をいじりだす。
「お前さぁ、理香ちゃんと別れたんなら愛莉ちゃんと付き合わないのか?」
蓮が俺の方を見ずにそんなことを言うもんだから一瞬動きが止まった。
「そういうことじゃないだろ」
それに、理香と別れてすぐに別の子と付き合うなんて、俺には出来ない。気分的に。
「そうなのか? てっきり愛莉ちゃんと付き合うために別れたんだと思ってたんだけどな。昨日だってそのために理香ちゃんと話してたんだろ?」
蓮にはこの話をしていないはずなのに話が通っている。なぜだ……。
「どっから俺の話は回ってるんだよ……」
蓮は俺の様子を見て噴き出した。
「お前わかり易すぎるんじゃねえの? ほら、早くしろよ。愛莉ちゃん待ってんぞ」
俺が履き替え終わるのを見て、蓮は歩き出した。
カラオケは帰りにいけるにしても帰り道にあるわけではない。この前行った雑貨屋の近くにある。今日は金曜日ということもあってか、いつもより人が多いように思えた。
「今からだと、三十分ほど待ち時間があるんですけど……」
店員が申し訳なさそうに言う。
「ああ、大丈夫っすよ~」
蓮がいつもの軽いノリで店員に話をつけ、俺たちは待ち時間を受付近くで過ごすことになる。
「カラオケなんて久しぶりね」
愛莉も久々だったらしく、俺に話しかけてくる。
「俺もだよ。来る機会なんてあんまりないからな」
「お前らホントに高校生か? もっと遊ばないと損だぜ?」
蓮が笑いながらそんなことを言う。
「あんたは遊びすぎなのよ」
愛莉が冷静に突っ込むと、蓮はさらに笑った。
「厳しいねぇ愛莉ちゃん。でも、俺だって遊んでるだけじゃないんだぜ?」
「じゃあ何してんだよ」
得意げに蓮が言うものだから、何をしているのか気になった。愛莉も同じようで、俺の言葉に頷いている。
「んー……何もやってないかも」
蓮は自嘲気味に笑って俺たちの肩を叩いた。
「息抜きは必要だぜ? 俺はともかくお前らは特にな」
「そうね」
愛莉が何かを悟ったように頷き、どこか遠くを見る。
確かに蓮の言う通りだ。今は遊んで気を紛らわせることをした方がいいのかもしれない。
「おまたせしました。三名でお待ちの三谷 将太様」
突然俺の名前が呼ばれる。
「ああ、お前の名前で予約させてもらったからさ。すまんすまん」
思い出したように蓮が舌を出して謝る。
「そういうことは先に言えよな……」
別に俺の名前をこういうところで使われるのに抵抗はないのだが、急に名前を呼ばれると驚くものはある。
蓮が部屋の番号が入ったプレートと領収書をもらって、部屋に移動する。
「誰から歌う?」
蓮がマイクを取りながら俺たちに聞く。
「誰でもいいよ。どうせ歌うんだし」
「じゃあ将太からなー」
蓮は俺にマイクと曲を入れる端末を俺に渡してソファにどっかりと座る。
俺は適当に曲を入れて歌う。歌うのは好きだ。上手くはないが。
そして、悪い気分を紛らわすように俺たちは歌った。
「気分は晴れたか?」
愛莉が歌っている中、蓮が俺の隣に腰かけて聞いてきた。
「そんなにすぐ切り替えれるわけないだろ」
「それもそうか」
そう言って蓮は俺の隣から離れた。
「せっかく遊びに来てるんだから、もっと楽しそうにしなさいよ」
歌い終わった愛莉が俺の方を見て言った。
「いつも通りだろ?」
「それがいつも通りなら私はあんたと話してないわよ」
「なんだそれ……」
理香と別れてからすぐだ。元気なはずもない。
本当にこれでよかったのかと考えてしまっていた。
俺が考えている間に、愛莉は外に出ていった。
「なあ、将太」
愛莉が出ていった直後、蓮は歌うのを中断して俺に話しかけてきた。
「理香ちゃんと別れたの、後悔してるか?」
「あたりまえだろ。俺は理香を傷つけたんだ……」
「それは理香ちゃんのこと、好きだったからか?」
「それは……」
言葉が出てこず、俺は黙った。
「まあ、好きなんだったら別れねえよな」
蓮はマイクを置いて椅子に座る。いつの間にか曲は止まっていた。
「やり直したいって言ったら、理香ちゃんなら受け入れてくれると思うぜ?」
「そんな自分勝手なことできるかよ」
蓮は呆れたようにため息を吐いて「お前は何がしたいんだよ」と問いかける。
「理香ちゃんは好きだけど別れるって意味わかんねえよ」
「それは……」
「真剣に考えてみろよ。愛莉ちゃんと付き合うのか、理香ちゃんとやり直すのか」
「あれ、あんたら歌わないの?」
蓮がいい終わると同時に愛莉が戻ってきた。
「愛莉ちゃん歌っていいぜ」
「そう? なら歌おうかな」
何事もなかったかのように蓮は愛莉と話している。
俺はモヤモヤしながらも、気を紛らわせようとカラオケを楽しんだ。
「あー、楽しかった」
店から出た後、愛莉はすっきりしたように伸びをした。
「じゃあ帰るか」
俺たちは家に向かって歩き出した。
蓮と愛莉が話している間、俺は蓮の言ったことを考えていた。
理香と別れたのは本当に正しかったのか。しかし、自分から別れを切り出したのにやり直したいだなんて言えない。
愛莉に告白するのも、まだ自分の中で整理がついていないのに言えるはずもない。それに、断られることを考えてしまうと言い出しにくいというのもあった。
「じゃ、また学校でな」
「じゃあね」
気が付けば三叉路まで来ており、蓮と愛莉は自分の家に向かって歩き出した。
俺も家に向かって歩き出す。
結局家に着くまで、答えは出てこなかった。
「おかえり」
食卓に行くと、健太が料理を並べているところだった。
「今日はちょっと早めに作っちゃったから、まだお腹空いてないなら後で食べて」
「ああ、今食うよ」
俺は椅子に座り、少し早い晩御飯を食べ始める。
「まだ悩んでるの?」
健太は俺の前に座り、ご飯を食べ始めた。
「そうだな……」
「でも、別れちゃったんでしょ?」
「……」
健太の言う通りだ。理香とは別れてしまった。蓮はまだやり直せると言っていたが、俺はそうは思えなかった。
「お前、今でも彼女と喧嘩とかするか?」
俺が聞くと、健太はびっくりしたように俺を見て、考え始めた。
「え? うーん……。そりゃちょっと言い争いになることはあるけど、喧嘩ってほどじゃないかなぁ」
でも、と健太は付け足す。
「前に一回別れるくらい喧嘩したことはあるよ」
自嘲気味な笑顔を浮かべ健太は言った。
「そん時はどうしたんだよ」
「自然に仲直りしたよ。お互いに謝って。今の兄ちゃんの状況とはかなり違うから、参考にはならないと思うけど……。それに、兄ちゃんは喧嘩してるわけじゃないでしょ?」
確かにそうだった。別に理香と喧嘩しているわけではない。仲直りもくそもないのだった。
「兄ちゃんは今後、理香さんとどうなりたいの?」
「別にどうなりたいとかじゃなくて……」
「もう一回付き合いたい?」
「……」
理香ともう一度付き合いたいかと言われても、すぐに答えは思いつかない。
「じゃあ愛莉さんとは?」
「なんであいつが出てくるんだよ」
「だって愛莉さんのことで彼女さんと別れたんでしょ?」
「だからといって愛莉と付き合いたいかなんてわかんねぇよ」
愛莉のことは好きだ。しかし、今までずっと一緒にいたからこそ、付き合うとかそういう感情があるのかわからなかった。
「じゃあそれをよく考えてみたら?」
健太はそういうと自分の食器を片付けにいった。いつの間にか食べ終わっていたらしい。
「俺は愛莉さんと兄ちゃんが付き合ってくれたら嬉しいけど、兄ちゃんが前の彼女さんとやり直したいって言うならそれはそれで応援するし、相談にも乗るよ」
自分の部屋に向かいながら、健太は言った。
俺は自室に戻り、椅子に腰かけた。
「愛莉と付き合いたいか、か……」
健太が言ったことを反復して、背もたれに体重を預ける。
愛莉のことは好きだ。でもそれは今までずっと一緒にいたからであって、恋愛感情ではなかったはずだ。
じゃあ理香のことは? 初めて告白してくれた女の子。一時は付き合うことを決め、何度かデートもした。でも、結局愛莉のことが気になって別れることになってしまった。
理香よりも愛莉の方が大事だったのか? と言われれば、そうなのかもしれない。しかし理香が大事なのも本当だ。
「そもそもすぐに答えを出す必要があるのか……?」
言い訳なのはわかっている。しかし、すぐに答えを出そうと思っても何も浮かんでこなかった。
俺はため息を吐いて布団に潜り込んだ。
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