第24話 決断
昼休みに突入する。俺はゆっくりと中庭に向かって、理香を待った。なんだかんだ、理香は中庭に来てくれる。昨日のことを聞きたかったのだが、そんな勇気もなく、当たり障りない会話が続いていた。
「昨日はすみませんでした」
突然理香が昨日のことを謝ってきた。向こうから昨日の話を切り出してくるとは思っていなかったから驚いてしまう。
「俺はいいけど、何があったんだ?」
先ほどは聞きにくかったのだが、理香から話してくれたことですっと聞くことが出来た。
「それは……」
理香が言いよどむ。言いたくないことなのだろうか。無理やり聞き出したいわけでもないのだが、気になることは気になる。
「言わないとダメ、ですか?」
「いや、いいよ。言いたくないなら。もし、話していいと思える時がきたら話してくれれば」
それほど言いたくなかったのだろう。俺は立ち上がった。理香も俺につられて立ち上がる。お互いに自分の教室に戻り、授業の用意を始めた。
放課後になった瞬間の工事現場のような騒々しさは目を見張るものがある。学校一日過ごした満足感からなのか、はたまたこれからの部活に対するやる気の現われなのか。
俺はいつも通り教室に残って人が居なくなるのを待つ。
突然、教室の前の扉に見慣れた顔を見つける。そいつは学年の違う教室に入ってもいいのか、と言った感じできょろきょろしながら入ってくる。
「教室まで来るなんて珍しいな。いつもみたいに校門で待っててくれて良かったのに」
理香だ。いつもなら校門で待っているはずなのに、今日は教室まで来た。何か急ぎの用事だろうか。
「迎えに来ちゃいました」
えへへと笑う彼女に俺は顔が熱くなるのを感じた。
「帰るか」と俺は立ち上がって理香に近づく。理香の横を抜けて教室から出る。理香も俺についてくる形で教室から出て、昇降口で靴を替えた。理香は自分の学年の昇降口に走っていき、すぐに戻ってくる。
いちいち靴を替えに戻るなら昇降口で待てばいいのにと思ってしまうが、まあ厚意は受け取っておこう。
「お待たせしました」
理香は小走りで俺の元までやってくる。昨日と同じ距離感で俺の横に陣取る。手が触れてしまいそうな距離である。
校門を出て、理香の家のほうへ向かう。お互いに何も話すことはなく、ただ黙々と歩き続けていた。
「先輩は私のこと好きですか?」
理香が口を開く。またそれか。最近結構な頻度でその質問をされているような気がする。そんなに信用がないのかと不安と、少しばかりの苛立ちを覚える。
「好きだよ」
理香は安心したような、それでもやっぱり不安という難しい表情を浮かべた。
「最近、その質問よくするよな。何かあったのか? もしかして、俺が何かしたか?」
理香は首を小さく横に振る。弱弱しくも見え、やはり俺に原因があるんだろうな、と確信を持ってしまった。
「言いにくいのはわかるんだけどさ、俺が原因なら言ってもらわないと俺もわかんないし、俺だってお前のそんな悩んでるところ見ていたくないんだよ」
少し強く言い放ってしまっただろうか。理香はびっくりした顔で俺を見つめ、そして俯いてしまった。
「すみません」
また謝られる。謝ってほしいわけじゃない。むしろ俺が謝るべきところなんだろうに。
「なんでお前が謝るんだよ。お前が悩んでるのって俺が原因なんだろ?」
理香はまたビクッと反応を示し、俺が原因であると言うことに更なる確信を得るに至った。
「じゃあ先輩は、私が愛莉さんと話すのはもうやめてくださいって言ったらやめてくれるんですか?」
「何を言ってるんだお前。そんなの出来るわけないだろ、毎日嫌でも会うんだから」
愛莉と話すのをやめろ? 何を言い出すんだ理香は。
現実的に考えて特定の人と話すのをやめるなんて出来るはがない。それに、愛莉は幼馴染で俺の大切な友人だ。そんな愛莉と話さないですごすなんて想像も出来ない。
「でも、私はそのことで悩んでました。先輩が私より愛莉さんのことが好きなんじゃないかって! 本当は私と付き合うよりも愛莉さんと付き合ってた方が幸せなんじゃないかって」
理香は目にいっぱいの涙をため、辛そうに叫んだ。
そんなに愛莉と仲良く接していたのだろうか。理香が不安に思うほど。俺に自覚がないだけなのか?
「先輩は何も悪くないんです。私がちょっと我慢したらいいんです。でも、私は不安なんです。いつか先輩が私と別れて愛莉さんと付き合ったらって考えちゃうんです」
「そんなことあるわけないだろ! 俺がそんなやつに見えるのか。そっちの方がショックだぞ」
空気を換えようとしたつもりはなかったのだが、少しふざけた感じになってしまった。理香は俯いて涙をぽたぽたと垂らしていた。
「俺には、お前が泣いてる理由がわかんねえ。面と向かって言うのは恥ずかしいけど、俺はお前が好きだ。これじゃだめなのか? 愛莉との縁を切らないと満足してくれないってことか?」
「そういうわけじゃ……いや、そうですね。愛莉さんと話してるところをみると、どうしても不安になります」
「でも、俺は愛莉と縁を切るつもりはないぞ。愛莉も大切な友人だからな」
「わかってます。だから、私が我慢すればいいんですよね」
理香の悲しみに染まった顔を見ているのは辛い、しかし愛莉とは縁を切ることは出来ない。ならばどうする? 一つ、今だけ理香の悲しむ表情を見れば済む方法があるじゃない
か。
「なあ、別れるか?」
俺は自然とその言葉を口に出していた。
「お前が悲しむ顔は見たくない。でも、愛莉のことは受け入れられない。なら、別れた方がいいよ。それなら、俺は今この瞬間だけお前の悲しむ顔を見るだけで済む」
一言一言かみ締めるように。理香の耳にしっかりと伝わるように話す。声を発するたびに心が痛む。こんなこと、本当は言いたくなかった。蓮の予想は当たっていた。すぐに別れることになってしまった。せっかく彼女ができたって言うのに。
「それはいやです! 私は、先輩と別れたくありません。そんな悲しいこと、言わないで……」
理香は涙を零しながら叫んだ。俺の胸は痛むばかりだ。でも、今は悪役を演じることにしよう。今のままでは幸せにはなれない。俺たちが幸せになる方法はあるのか? 今はその答えが出る気がしない。
俺は大きく首を横に振った。
「俺にはわかんねえんだ。今のままじゃお互い悲しい思いしないといけないだろ? じゃあ付き合ってて幸せじゃない。なら、別れた方がいいよ」
別れたいわけじゃない。むしろまだ付き合っていたい。でも理香の悲しい顔をみないためにはこれしか思いつかない。それならば仕方ないではないか。
「私、我慢します! だから……」
「我慢されてたんじゃ意味ないんだよ」
理香の言葉を遮る。
「我慢して付き合ってるんじゃ結局幸せじゃないんだ。お前がよくても俺は絶対にいやだ。だから、別れよう、な?」
なだめるように理香の頭を撫でる。理香は嗚咽をもらし、泣き続けていた。
「絶対、いやです」
理香は頑なに別れることを拒んだ。俺だっていやだが、今回ばかりはどうしようもない。
「やっぱり、先輩は私のこと嫌いになっちゃったんですか?」
そう思われてもおかしくはない。それならいっそのことそう思ってくれた方がいいんじゃないか?
「ああ、そう思ってくれていい」
嫌いになったなんて俺の口からはっきりとはいえない。
「そう、ですか……なら仕方ないですね」
理香は涙を拭き、俺のそばから離れた。
「本当に短い間だったけど、私は幸せでした。愛莉さんと、お幸せに」
理香は逃げるように走っていった。俺は追いかけもせずに立ち尽くしていた。「はぁ」とため息をつく。なんでこんなことになってしまったのだろう。理香と別れることはなかったじゃないか。しかし、理香の幸せを望むなら……。
だが、理香は別れ際に言った。「短い間だったが幸せだった」と。俺は、これからどうしたらいいんだ。
自宅に着くまでの道のりは長く、歩を進めるたびに理香の顔がよみがえり、俺の胸を締め付けた。
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