第21話 愛莉の変化

 靴をしっかりと履き、家に向かって歩き出した。すると、携帯が鳴る。取り出してみると、蓮からの着信だった。


「もしもし、どうした?」


『いや、愛莉ちゃんどうなったかなーってさ。お前がすげえ深刻そうに走ってったから気になってよ』


 そんなに深刻そうな顔をしていたのだろうか。愛莉が休むなんて久々だったから焦っていたのかもしれない。家まで駆けつけてしまうほどだ。そうとう切羽詰っていたのだろう。


「まあ元気そうだったから大丈夫だ」


『そっか、大丈夫ならいいや。そんだけ確認したかったんだ。じゃあな』


 それだけ言ってブツッと電話は切れた。蓮にも心配かけたみたいだな。あいつも人の心配をすることもあるんだ、と失礼なことを考えながら携帯を操作した。理香に謝罪のメールを送っておく。いつものようにすぐに返事は来なかった。


 家に着くと、弟はすでに家に帰ってきているようだ。玄関にスニーカーが放ってある。


「ただいま」


 いつもよりも少しだけ大きな声で、弟に聞こえるように言った。「おかえりー」と壁に阻まれた小さな声が返ってくる。向こうも同じくらいの音量で聞こえていたことだろう。


「そういえば今日、愛莉さん学校休んだんだって?」


 健太が顔を出し、玄関で靴を脱いでいる俺の近くまで歩いてきた。制服の上にエプロンを着ている。


 こいつは愛莉の情報も網羅しているのか…?少し弟が怖くなってきた。


「なんで知ってるんだ?」


「え、愛莉さんに聞いただけだよ。兄ちゃんが来てくれたーって喜んでたから伝えとこうと思ってさ」


「伝えなくていいよ、そんなこと。お前は俺らの話になるとなんでも知ってるな。ちょっと気持ち悪いぞ」


「うわ、ひっどい。いろいろアドバイスしてあげてるのに」


「いらねえよそんなの。最悪、俺のことは別にいいけど愛莉のことはあんまり詮索すんなよ」


「プライバシーに関わるレベルでは詮索してないから大丈夫だよぉ。てか、兄ちゃんのことはいいんだね」


「聞くなって言っても愛莉とかに聞くだろうが」


「あたりまえじゃん。気になるもん」


 即答かよ。弟はけろっとした表情で食卓に戻っていった。今日の夕飯は弟の番だったかな。最近夕飯の準備ができていなくて弟にまかせっきりになっている。あとで礼でも言っとくか。


 俺は自室に戻り、鞄を置いて食卓に向かう。


「悪いな、最近作れてなくて」


 夕飯の用意をしていた弟の後ろから声をかける。「んー」と気の抜けた返事をして、弟は作業を続けていた。


「兄ちゃんさぁ、結局愛莉さんか、彼女さんかどっちが好きなの?」


 俺に背を向けたまま、健太は話し出した。


「今日も何もなければ彼女さんと帰るはずだったんでしょ? でも、愛莉さんが休んだから愛莉さんの家までお見舞いに行った。これって彼女さんからしたら浮気って思われても仕方ないんじゃない?」


 一緒に帰れない理由は話していないから大丈夫なのではないか、と考えてはいるのだが、甘いのかもしれない。明日直接謝っておこう。


「まあ、明日にでも謝っておきなよ。彼女さんも突然一緒に帰らなくなって、自分のことが嫌いになったんじゃないかって心配してるんじゃない? まだ付き合って間もないんだから、もっといちゃいちゃすればいいのに」


 健太があきれたように首を横に振る。そこらへんは俺たちの自由だ。こいつにあれこれ言われる筋合いはない。と思いつつも健太が言っていることも一理あると考えさせられる。


「うるせ」


 俺は吐き捨てるように言って、食卓を後にした。


 理香とのことはなんとかしなくてはいけない。そう思いつつ、携帯を見る。返事は、ない。前にもこんなことはあっただろう。返事が来ないくらいで何を焦っているんだ。自分の彼女くらい信じてやれと自分を叱咤し、自室に入る。自然な流れでベッドに転がり、天井を見上げた。ところどころ汚れが目立つ。俺は目を閉じ、考えた。


 愛莉は明日、ちゃんと学校にくるだろうか。理香は、いつも通り俺と接してくれるのだろうか。「浮気と思われても仕方がない」という言葉が俺の胸をグサグサと突き刺さる。もう一度、明日ちゃんと謝ろうと決意し、ベッドの上で転がる。うつぶせになり、枕に顔をうずめて声にならない声で叫んだ。


「どうしたらいいんだよ!」と。




 愛莉はちゃんと学校にきていた。教室につくと、愛莉が何事もなかったかのように座っており、その姿にすこし笑えた。


「何ニヤニヤしてんのよ。その顔、気持ち悪いわよ」


 もうきつい冗談まで言えるほどだ。ちょっと傷ついた。傷心して席に着くと、蓮が軽く手を挙げた。「よお」と一言。


 こいつはこいつで何も変わらなかった。昨日心配していたのがウソのようだ。「おう」と俺も一言で返すと、肘をついてぼーっと教室内を眺めていた。いつもの教室だ。もう少ししたら、担任の声で静まり返り、ホームルームの時間がやってくる。そんなことを考えていると、担任の小林が教室に入ってきた。まだ小林が何も言っていないのに、教室内は一気に静まり返る。かたまっていた生徒たちは自分たちの席に戻っていった。


 小林は満足そうにうなずくと、ホームルームを始めた。俺は寝る体制に入る。横で、蓮も同じ体制に入るところを見かけ、ひそかにクスリと笑った。


 授業はあっさりと終わり、気が付けばもう昼休みに入ろうとしていた。担当教師がめんどくさそうに黒板に文字を書いていくのを見、そして書かれた文字をノートに書き写していく。


 授業終了、そして昼休みの開始を告げる鐘が鳴り響いた。教師はほっとしたように「これ書き写したやつから終わっていいぞー」と言って教室を出ていった。俺は適当に書き写し、昼食のパンを持って教室から出た。

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