第18話 誕生日デート
次の日の放課後、俺は理香を家まで届けた後、愛莉たちと来た雑貨屋に足を運んだ。
理香へのプレゼントを買うためだ。
店内を回っていると、以前愛莉が言っていたことが頭をよぎる。
「これにするか」
俺はヘアピンを手に取った。そのまま会計を済ませ、店を後にする。
「喜んでくれるといいけどな……」
少し不安になりながら、俺は家に帰った。
日曜。理香の誕生日だ。俺は手早く準備を整え、家を出た。
まっすぐ理香の家に向かう。
家の近くに着いた頃、俺は理香にメールを送った。
理香の家に着くと、前にデートした時と同じように家の前にいた。
「わざわざ家の前で待ってなくていいんだぞ?」
「早く先輩に会いたかったんです……」
理香は顔を赤らめながらそう言った。言われている俺が恥ずかしいんだが……。
「どうぞ」
理香が家のドアを開けて俺を招き入れる。俺は理香についていく形で家の中に入り、靴を脱いだ。
きれいな家。玄関からきれい好きなのが伝わってくるようだ。玄関にはきれいにそろえられた靴。そして造花なのかわからないが、小さな花が下駄箱の上に飾ってある。
玄関をまっすぐ進んだろことにある階段に、理香は歩いていった。そこで振り返り、俺が玄関で止まっているのに訝しげな表情をする。
「どうかしましたか?」
「ああ、すまん」
俺は早歩きで理香に追いつき、そのまま理香の後ろを歩いた。階段をのぼってまたまっすぐ。閉められたドアにかかった「りか」と書かれたハート型のプレートが目に入った。
「小学生のころから使ってるプレートなんです。ちょっと恥ずかしいですね」
えへへと恥ずかしそうに笑う理香を見て、俺は少し安心する。
「大切に使ってるってことだろ? 全然恥ずかしくないよ」
「ありがとうございます」
理香は言いながらドアを開け、部屋の中に入った。理香の部屋は、俺の部屋のような殺風景さはなく、まとまった印象を受けた。勉強机にはちゃんと学校の教科書が、そしてベッドには可愛らしい猫のぬいぐるみがある。
カーペットもしかれてあり、部屋の真ん中には白く、丸いテーブルがおいてある。
俺は立ち尽くして部屋の中を見回していた。そんなにきょろきょろとみていたわけでは決してない。と言い訳だけはしておく。
「飲み物とか持ってきますね」
「別に気にしなくていいけど……」
理香は俺の返事を聞く前に部屋から出て行ってしまった。
少しして、理香がおぼんを持って部屋に入ってきた。上には様々な形のクッキーと飲み物とコップが二つ。
それをテーブルの上に置くと、理香は俺の隣に腰かけた。
「先輩が来る間に作ったんです。よかったら食べてください」
「誕生日なんだから俺が用意するべきだったな。ごめん」
俺がそういうと理香は焦ったように手を振った。
「そんな。気にしないでください」
「ありがとな」
俺はクッキーを一つ取り、口に運んだ。
「美味しいよ」
理香は嬉しそうに笑い、自分もクッキーを食べた。
「そうだ。誕生日おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
俺は持ってきていた紙包みを理香に差し出す。
「あんまりいいもん用意できなかったけど……」
理香は驚いたように俺からプレゼントを受け取ると、大事そうに両手で持った。
「開けてもいいですか?」
「ああ」
中からペアピンを取り出した。
「可愛い……」
理香はそのままヘアピンを髪に付け、笑って俺を見た。
「似合ってますか?」
「……似合ってるよ」
「嬉しいです……」
理香は俺に寄り掛かった。
びっくりして理香の方を見る。理香は耳まで赤くしながら呟いた。
ほんのりと甘い香りがした。思わず俺は顔を逸らした。
「……少しだけ、こうしてていいですか?」
「別にいいよ」
今日は理香の誕生日なんだ。少しくらいわがままを聞いてもいいだろう。
「してほしいことがあったら気にせず言えよ」
「はい」
寄り掛かったまま理香は言った。
少しの間、無言の時間が流れる。俺はなんとなしに理香の頭を撫でた。
「……」
「次のデートはどこに行こうか」
恥ずかしい気分を変えるため、俺は切り出した。
「私は先輩と一緒なら、どこでもいいですよ」
「行きたいところとかないのか?」
「そうですね……。映画を、見に行きたいです」
ぽつぽつと理香が言った。
「じゃあ次は映画だな」
「はい……」
また無言になる。
「誕生日に先輩が来てくれるなんて、夢みたいです」
今度は理香が口を開いた。
「先輩と付き合えるなんて思ってなかったので、今でも夢なんじゃないかって思っちゃいます」
「なんだそれ」
俺は理香の頭を撫でながら言った。
「俺だって理香と付き合うことになるなんて思ってなかったよ。告白された時、ホントにびっくりしたんだからな」
理香の頬に涙が流れるのが見える。
「……え」
俺は慌てて理香の顔を覗き込んだ。
「ち、違うんです。先輩と居られるのが嬉しくて……」
理香は涙を拭い、笑った。
気が付いたら、俺は理香を抱きしめていた。
思ったよりも小さい身体だ。寄り掛かられた時に感じた匂いが強くなる。
「せ、先輩?」
理香の体が跳ねる。そして、俺を抱きしめた。
「ごめん……」
俺は理香から手を離し、少し離れる。
「だ、大丈夫です。ちょっとびっくりしただけで……」
理香は顔を真っ赤に染めていた。俺もそうなのだろう。
なんであんなことをしてしまったのか、軽い自己嫌悪に陥る。
「嬉しかったです……」
理香の一言に少しだけ救われる。
俺は恥ずかしい気持ちを誤魔化すようにクッキーに手を伸ばす。クッキーを取ろうとした手が理香をぶつかり、お互いに慌てて手を引っ込めた。
「ご、ごめん」
「い、いえ。私の方こそ……」
俺は改めてクッキーを一つ取り、口に入れた。最初に食べた時よりも緊張して味が感じられない。
「……先輩の誕生日はいつなんですか?」
「俺は七月二〇日だよ」
「もう過ぎちゃってるんですね……」
理香は残念そうに呟いた。
「ん、ああ。そうだな」
「じゃあ、来年はお祝いしますね」
切り替えたように理香が微笑む。
「別にいいよ。恥ずかしいし」
「ダメですか……?」
悲しそうな顔をして俺を見た。俺は「ダメじゃないけど……」と呟いて、顔を背けた。
「私も先輩の誕生日、お祝いしたいです」
「わかったよ……」
理香は嬉しそうに笑って「ありがとうございます」と言った。そして、また俺に寄り掛かった。
「……今日は甘えさせてもらっていいですか?」
「気にすんな。甘えたくなったら甘えてくれていいよ」
「じゃあ、その……。頭を撫でてほしいです」
俺は理香の頭を軽く撫でてやる。理香は嬉しそうに微笑むと、目を閉じた。
「理香?」
しばらくすると、すうすうと寝息が聞こえ、理香の方を見ると気持ちよさそうに眠っていた。
「疲れてたのか」
俺は理香の頭を撫で、起こさないように体制を変えて、お姫様抱っこの形で理香を持ち上げた。
そのままベッドに下ろし、近くで腰を下ろす。
「ありがとな」
もう一度頭を撫でて俺は携帯を眺め始める。
どれくらい時間が経っただろう。窓の外からは夕日が差し込んでいた。
「んん……」
その時、理香が薄っすらと目を開ける。
「ん、起きたか?」
俺は理香の顔を覗き込んだ。まだぼーっとしているようで、俺をしばらく見つめていた。
「……えっ!?」
バッと理香は体を起こし、周りをキョロキョロと見回す。
「私、寝てました?」
「ああ、気持ちよさそうに」
「~~~~~~」
理香は顔を真っ赤にして手で覆った。
「恥ずかしいです……」
「疲れてたんだろ? 気にすんなよ」
「でも、せっかく先輩が来てくれてるのに……」
「またいつでも来てやるよ」
俺がそういうと、理香は顔を赤くしたまま不安そうに俺を見た。
「ホントですか?」
「なんで嘘つくんだよ」
言いながら、理香の頭を撫でる。理香は笑って「絶対ですよ?」と呟くように言った。
俺は理香の家出た。理香は家の前まで着いてきて、俺が見えなくなるまで手を振っていた。
家に帰る途中、俺は今日のことを思い出していた。
理香が作ってくれたクッキーの味や、理香を抱きしめてしまったこと。
そして、今日、理香は楽しかったのかを考える。理香はそれでいいと言ってくれているが、考えれば考えるほど不安になる。
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