第17話 誕生日

 次は理香とどこに行こうかと考えているうちに、家の近くまで来ていた。


「あ、兄ちゃんおかえりー」


 家に入ると、健太が玄関にいた。


「もう彼女は帰ったのか?」


「うん、さっき帰ったところ」


「俺のことより、初デートはどうだったの?」


「いつも通りだよ。何を期待してんだお前は」


「えー? キスとかしなかったの?」


 健太は不満そうに言って、やれやれと言った風に肩を竦めた。


「甲斐性なしだね、兄ちゃん」


「うるせ」


 俺は自分の部屋に向かい、ベッドに寝転んだ。


 今日のことが頭の中をぐるぐる回っている。


 デートをしたことで、改めて、彼女ができたという実感が湧いてくる。


「兄ちゃん、お腹空いたー。今日は兄ちゃんの当番だよー」


 健太の声が部屋の外から聞こえる。


 俺はため息を一つ吐いて、キッチンに向かった。


「今日のデートのこともっと聞かせてよ」


 晩御飯を食べている間健太に質問攻めされたが、俺は基本的に適当に誤魔化していたが。


 風呂なども済ませ、自室でまったりとしていると、携帯が震えた。


 画面を確認すると、理香からのメールだった。「今日は楽しかったです。ありがとうございました。」と今日何度も聞いた感謝の言葉が書いてある。「俺も楽しかったよ、ありがとう」と返事をして、俺は眠りについた。


 月曜日。俺はいつものように早く家を出た。


 三叉路を越えたところで、見慣れた女生徒の後ろ姿を見つける。


「お前がこの時間に家出てくるなんて珍しいな」


 愛莉だ。最近は一緒に登校することがめっきりなくなってしまったので、新鮮に感じる。


 俺は少し速足で愛莉の横まで行った。


「たまにはね。別にいいでしょ」


「中学の時以来じゃないか? 早く登校するの」


「そうかもね」


 愛莉が登校時間を遅らせるようになってから、俺が寝坊しない限りは朝一緒に登校することはなかった。


「昨日寝れなかったとかか?」


 俺は愛莉の顔を覗き込んだ。まだ少し眠そうな顔をしている。


「まあ、そんなところ」


 愛莉は顔を背けると、歩くスピードを少し早めた。


「一緒に登校すると、また私が彼女だって勘違いされるわよ?」


「それはもう今更じゃね?」


「あんたにはもう他に彼女がいるんだから、ちゃんとしなさいよ」


「ちゃんとってなんだよ。教室に行ったらどうせ俺たち話してるんだから、そういうこと言われるのは変わんねえだろ」


「じゃあ、あんまり話さないようにする?」


「別にそういうこと言ってるんじゃなくて……」


 少し愛莉の様子がおかしい。中学の時、一緒に登校しないようになってから喧嘩になったことがあった。その時のような感覚が俺の中で湧き上がる。


「冗談よ、本気にした?」


 愛莉はニヤリと笑って俺のほうを見た。


「びっくりさせんなよ」


 俺はため息を吐いて愛莉の横を歩いた。


「それで、デートはどうだったの?」


「お前もか……」


「健太君にも聞かれたんだ」


 愛莉は教室に着くまで、健太が昨日俺にしてきたことと同じようなことをずっと質問してきた。俺も同じように質問に答えるでもなく誤魔化していたが。


 教室にはまだ数人しか生徒は来ておらず、俺たちは特に話すでもなく自分の席に座って携帯をいじり始めた。


 始業が近くなり教室内が騒がしくなってきたが、まだ蓮が顔を見せない。


 ここ最近は朝から蓮がいたため、物足りなく感じる。


 結局蓮は朝の授業は顔を出さず、昼休みになった。


「じゃ、俺は理香と食ってくるわ」


「はいはい、お熱いことで」


 愛莉は俺に目もくれず手をひらひらとさせるだけだった。


 理香はまだ中庭に来ておらず、俺は座りながら理香を待った。


「お待たせしました」


 少しして理香が小走りでやってくる。俺は軽く手を挙げた。


「これ、今日のお弁当です」


「ホント、毎日悪いな」


「本当に気にしなくて大丈夫ですから……」


 理香は困ったように笑って弁当を受け取り、食べ始めた。


「……先輩、今週の日曜日って空いてますか?」


「空いてるけど、どうかしたのか?」


「よかったら、家に来てくれませんか?」


 不安そうに理香は俺を見つめる。


「別にいいけど、なんか手伝うことでもあるのか?」


「いえ……」


 理香は困ったように目を泳がせ、思い立ったように俺の目を見た。


「実は今週の日曜、私の誕生日なんです。出来たら、先輩と一緒にいたいなって……」


 どんどん声が小さくなっていく。


「誕生日なのか。わかった、日曜は理香の家行かせてもらうな」


 理香の誕生日のことは知らなかった。何かプレゼントを持っていくべきだろう。


「ほしいものとかあるか?」


「いえいえ、そんな。先輩が一緒にいてくれるだけで充分です!」


 理香は手をぶんぶん振って顔を赤くしていた。理香の言葉に俺まで顔が赤くなる。


「いつでも来てもらって大丈夫なので、日曜日、お待ちしてます」


 俯いて小さく言う理香に、俺は「わかった」とだけ返し、食事に向き直った。


「ごちそうさま。美味かった」


「ありがとうございます。明日も作ってきますね!」


「ありがとな」


「好きでやってることですから……」


 俺は空の弁当箱を理香に返した。


 それから理香と他愛ない会話をしながら、昼休みを過ごす。


「あ、もう昼休み終わっちゃいますね……」


 理香が時計を見て呟く。


「また放課後だな」


「はい、それではまた」


 小さく手を振って、理香は自分の教室へ歩いて行った。その姿を見送り、俺も教室に戻る。


「よっ」


 教室に戻ると、蓮がいた。


「今来たのかよ」


「休み明けってなんか起きれねーんだよなぁ」


「ホントに留年してもしらねえぞ」


「大丈夫大丈夫。単位はなんとかなるからよ」


 蓮はへらへら笑いながら言ったところで、始業の鐘が鳴った。


 放課後、俺は教室を出て校門へ向かう。


「先輩!」


 昇降口を出たところで、理香が後ろから走ってきた。


「ちょうど良かったな」


 俺たちは並んで学校から出た。


 学校から少し離れると、理香は俺の手を握った。


「だ、誰かに見られると恥ずかしいですから……」


「そうだな」


 俺は顔を背けながら手を握り返し、理香の家に向かった。


「それじゃ、また」


 俺は手を離して、理香に手を振った。理香も俺に手を振って、俺は自分の家に向かう。

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