第16話 初デート
「んん……」
目が覚め、携帯を確認する。まだ8時を過ぎたばかりで、時間には余裕がある。
俺は体を起こし、着替えを始めた。
食卓のほうから声が聞こえる。もう健太の彼女が家に来ているらしい。
俺はそのまま玄関に向かい、家を出ようとした。
「あ、兄ちゃん。もう行くんだ」
健太から声を掛けられる。
「おう、行ってくるわ」
一言だけ挨拶を交わし、俺は家を出た。
学校を越えて、理香の家へ向かう。
家の少し手前に差し掛かったあたりで、理香にメールを送っておいた。
「あ、先輩!」
家の前には理香が待っており、俺を見つけるなり駆け寄ってきた。
「おはようございます」
「おはよ」
嬉しそうに笑う理香を見て、俺も自然と笑って挨拶を返していた。
「私服姿は新鮮だな。可愛い」
顔を背けながら言う。
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、向かうか」
俺は理香に手を差し出した。理香は顔を赤らめながら俺の手を取り、俺たちは並んで歩き出した。
流石に休日ということで、水族館の入り口は人混みができていた。
「少し空くまで待ちましょうか?」
理香は俺が人混みが苦手なのを知っているため、心配そうに俺の顔を見た。
「気にしなくていいよ。並んでいこう」
俺は理香の手を引き、人混みの中に入っていく。
水族館の中は入り口ほどの人混みはなく、先ほどよりは歩きやすい。
「水族館にくるの、何年振りかな……」
記憶にある限り、個人的に水族館に行ったことなんてなかった。小中学校の遠足なり修学旅行なりで行った気がする程度の記憶だ
「私もです」
理香もあまり来ていないようで、周りをキョロキョロと見渡している。
「綺麗ですね……」
いろいろ回っている中で、理香は呟いた。
「そうだな……」
久しぶりに来る水族館はとても新鮮で面白かった。
俺たちは一通り回り、近くのベンチに座った。
時計を見るとすでに昼を過ぎており、少しお腹がすいてきたような気がした。
「何か食べるか」
「そうですね」
思い返してみれば、俺は朝から何も口にしていない。
俺と理香は水族館の中にある飲食店に入った。
各々注文をすまし、食べ物が来るのを待つ。何か話すでもなく、俺は周りを見てみたりしていた。
すると、理香が先に口を開いた。
「今日はありがとうございます」
「ん、別に感謝されるようなことはしてないけど……」
「そんなことないですよ」
理香は笑って言った。
「……むしろ俺のほうが感謝してるんだ。俺なんかと付き合ってくれて」
「私は、先輩が好きなんです。俺なんか、なんて言わないでください……」
恥ずかしげもなく言って、理香は俯いた。顔が熱くなるのを感じて、俺は理香から顔を背ける。
「なんで、俺なんだ?」
ふと気になっていたことを聞いてみた。
なんで理香は俺のことが好きなのか。自分で言ってて悲しいが好きになる理由が思いつかない。少し委員会で一緒になったくらいの関係だったのだから。
「そうですね……」
理香は考え込むように口元に手を当て、ぽつぽつと話し出した。
「最初は先輩のこと、ちょっと怖いなって思ってたんです。委員会の仕事もすごく嫌そうにしてたから……」
それから理香は俺のことを話し始めた。
「サボってる人もいるのに、先輩は言われた仕事はちゃんとやっててすごいなって思ったんです。困ってる人がいたら、自分から手伝ってあげたりとか……。私も困ってた時に先輩に助けてもらいました」
「そんなことあったっけな……」
確かにその時のことは少し覚えていた。しかし、そんな風にみられていたかと思うと、恥ずかしくなってくる。
「あと、1年生の時の学園祭の時ですかね。私がクラスの出し物の荷物を運んでるときに、一緒に運んでくださったり……。あ、図書室にお友達が来てたこともありましたね」
理香は顔を赤らめながら話を続けた。
「お友達と楽しそうに話してる先輩を見て、私も先輩と話してみたいなって思ったんです。でも、先輩には付き合ってる人がいるって噂も聞いていたので……」
「俺はずっと否定してたけどな」
愛莉との仲はずっと否定してきた。蓮が面白がって話すから付き合ってる、ということにされていたようだが。
「それで気が付いたら先輩のことを目で追ってて……。私、委員会で先輩に会うのが楽しみになってたんです」
「そ、そっか……」
理香が俺のことをそんな風に見ていたなんてと嬉しくなる。
「先輩はなんで私と付き合ってくれたんですか?」
理香が一通り話し終えた後、俺の目を見て言った。
「うーん……」
俺は理香から視線を外して考えた。理香と付き合うことを決めた理由……。
「返事したときにも言ったけど、嬉しかったから、かな」
一番に出てきた言葉はそれだった。
最低な話だが、俺はまだ理香のことを好き、とはっきり言える気がしない。そりゃ友人としてという意味なら嫌いなわけはないが、恋愛感情の好きとは別物だ。
しかし、勇気を出して告白してくれた理香を無下に突っぱねることなんて出来なかった。
愛莉と俺の噂のことがあったのもあるだろう。他の女の子と付き合えば、そういった噂もなくなる。そんな邪な気持ちがなかったとは言えない。
しかし、付き合って何日か経って、理香と話して、いろいろな表情を見て。少しずつ、俺は理香のことが好きになっていると思う。
「だから、もっと話してみたいなって思ったんだよ」
「ありがとうございます」
食事を終え、飲食店から出た。
「この後どうしようか。もう帰るか?」
水族館はもう一通り見てしまった。この後のことは何も考えていなかった。
「もう少し、一緒にいたいです……」
俺の手を握り、理香は俯きながら言った。
「じゃあ、もうちょっと見ていくか」
「はい!」
元気よく返事をして、俺の手を引いて中に戻る。
結局もう1周して俺たちは水族館を後にした。
あまり会話があったわけでもなかったが、理香は楽しかったのだろうか。
「今日は本当にありがとうございました」
理香の家に向かう途中、理香が呟くように言った。
「休みの日まで先輩といられて嬉しかったです」
顔を赤らめながら理香は言う。そして繋いだ手を少しだけ強く握った。
「また休みの時にでも行こう」
俺も繋ぐ手の力を少し強める。理香は「ぜひお願いします」と言って微笑んだ。
「あ……」
気が付けば、理香の家の前まで着いていた。理香は名残惜しそうに俺の手を離し、頭を下げた。
「まだ学校でな」
「はい!」
理香は顔を上げ、俺に手を振った。俺も手を振り返し、家へ向かう。
今日、理香を楽しませることができたのだろうか不安になる。
蓮に言われたままに水族館を選んだわけだが、成功なのかわからない。
理香は俺と居れるだけで、と言ってくれてはいるが、それでいいのかと思ってしまった。
しかし、俺が見ている限りでは理香は楽しそうだった、と思う。なんだかんだ俺も楽しめていたし、それでもいいのかもしれない。
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