第14話 ヘアピン
「待たせたな」
昇降口で待っていた二人に声をかける。蓮と愛莉は俺を見て、笑顔になった。
「いつも遅いぞ。もうちょっと早く来いよ」
「そうよ。女の子を待たせるなんてサイテーよ」
笑顔で文句を言われる。いつものことだとわかっていても、愛莉の「女の子を待たせるなんてサイテー」の部分は俺の心を抉った。
あまり理香を校門で待たせないように気を付けよう、と思いを改めて靴を履きかえた。
校門に近づくと、一人の女生徒の姿が目に入った。あ、と一言こぼす。今日は理香と一緒に帰れないということを話すのを忘れていた。
俺は頭を抱えながら校門に近づいていった。理香じゃないことを祈りながら。
「先輩」
祈りも空しく、校門で待っていたのは理香だった。嬉しそうに近づいてくる彼女を、心を痛めながら見ていた。
「すまん、今日は一緒に帰れないんだ。待たせちゃったのに悪いな」
理香にそう告げ、頭を下げる。理香の悲しそうな顔が俺の心をさらに傷つけた。
「……わかりました。また明日、ですね」
くるりと振り返って小走りで去っていく、その背中を虚無感のようなものを感じながら眺めていた。
「彼女と帰る約束してたの?」
愛莉が申し訳なさそうに聞いてくる。首を横に振って、勤めて明るくふるまった。
「いや、約束してたわけじゃないよ。ほら、買い物行くんだろ? さっさと行こうぜ」
俺が歩き出したのを見て、蓮と愛莉はついてきた。
「今日はどこに行くんだ?」
振り返り、愛莉に尋ねる。愛莉は「うーん」となぜか考えるそぶりを見せ、「雑貨屋」と答えた。
「雑貨屋って可愛いものが多いのよね」
嬉しそうに話す愛莉を見ていると、先ほどまでの落ち込んだ気分が少し晴れたような気がした。
雑貨屋は学校から案外近くにある。帰り道からは少し外れるのだが、決していけない距離ではなかった。距離が距離なので、うちの学校の生徒をよく見かけることになるのが玉に瑕、というやつだ。品揃え、という点に関してはよく知らないが、愛莉が頻繁に出入りしていることは話を聞いたことがある。
「髪留めが切れちゃって」
下した髪を触りながら愛莉はつぶやいた。
「お前、髪留めなんて使ってたか?」
俺の知る限り、愛莉が髪留めを使っているところは数回しか見たことがない。それも昔の話で、今よりも髪が長いときに「邪魔だから」と簡素な髪留めでまとめていただけ、というものだ。
「学校に行くときは使わないわね。遊びに行くときとか、勉強するときとか、髪が邪魔になりそうなときに使うのよ」
「学校の授業は勉強に含まれないのかよ……」
呆れ気味につぶやくと愛莉は笑って「当たり前じゃない。授業はまじめに受けてるフリしてるだけよ」と、胸を張って言った。こいつ、俺らにさんざん言っといてこれか。まあ、露骨に受けていない俺たちよりはマシなのだろうが腑に落ちない。
「あ、これ綺麗」
愛莉が手にしたのは、綺麗な花の模様のついた髪留めだった。確かに綺麗だが、愛莉がこれをつけているところを想像すると笑いがこみあげてくる。綺麗だが、さすがに似合わない。愛莉が似合うのは、綺麗な雰囲気のものではなく、可愛い感じのものだろう。理香とかは似合うのではないだろうか。
「お前がつけるならこっちの方がいいんじゃないか?」
俺は近くにあった猫をモチーフにした装飾がついたヘヤピンを取った。
「私じゃなくて、あんたの彼女にどうかなって思ったの」
愛莉は持っていたヘアピンを元の位置に戻し、他の商品を見始める。
「なんで理香が出てくるんだよ」
「こういうプレゼントしたら、理香ちゃんも喜ぶんじゃないの? あんた、他はダメそうだし」
言いながら、俺の方を向いて肩を竦めた。
「どういう意味だよ!」
「さあ?」
愛莉は俺から視線を外し、商品の方に戻った。
俺と蓮は手持無沙汰に愛莉についていき、周りの商品を眺める。雑貨屋というだけあって、割となんでもある。必要になりそうなものや、どうやって使うのか見当もつかないものまで、さまざまな物が陳列されていた。
「愛莉ちゃん、なんでお前を連れてきたんだろうな」
愛莉が少し離れて髪留めを物色しているところで、蓮が俺に耳打ちしてきた。
「愛莉と買い物に行くことは別に珍しくないだろ?」
「そうだけどよぉ。彼女ができたってのにわざわざお前を誘うって、やっぱり愛莉ちゃんってお前のこと好……」
「それだけはありえない」
蓮が言いかけた言葉を遮る。愛莉が俺のことを好きなんて、万に一つもありえない。
「そうは言うけどさ、お前がそう思ってても愛莉ちゃんがそうだとは限らないとは思わないわけ?」
蓮が食い下がる。弟にもこの話をされたことがあるが、こいつらは俺と愛莉をくっつけたいのだろうか。今は前からこういう話はされていたが、彼女ができてから頻繁にこの話
題を振ってくるようになった気がする。
「愛莉がどう思ってるかはわからないけど、俺には理香がいるから今はそういうの考えれない」
「まあそうだわな。お前が理香ちゃんと別れたりしたら、愛莉ちゃん怒りそうだしな」
そこで話を打ち切った。愛莉に直接聞きたくもあるが、どうにも恥ずかしさが勝る。自分のことが好きなのかと聞ける人間なんていないのではないだろうか。あの蓮でさえ、真面目に聞くことはできないと思う。
愛莉を見ると、先ほど俺が手に取った動物のついたヘアピンを持って満足そうに眼を細めていた。
「じゃあ、俺は先に帰るぜ」
愛莉が会計にいるあいだ、蓮は俺に手を振った。蓮の家はこの雑貨屋からそう遠くない位置にあり、俺とも愛莉とも家の方向が逆のため、待っていても意味はないと判断したのかもしれない。
「おう、また明日な」
俺も手を振り返し、蓮を見送った。満足そうに俺に近づいてきた愛莉を見て、俺も自然と笑みがこぼれた。
「やたら嬉しそうだな」
「そう? って、蓮はもう帰っちゃったのね」
「ああ。やりたいゲームでもあったんじゃないのか?」
愛莉はふぅん、と薄い反応を返し、歩き出した。俺も愛莉についていく形で歩き始める。
「今日はどうしたんだ? 髪留め買うためだけで俺を買い物に突き合わせてたわけじゃないだろ」
「ダメ?」
いじけたようにつぶやく。なんだ、今日の愛莉は様子がおかしいぞ。熱でもあるのではないか。
「久々に一緒に帰りたかっただけなんだけど、迷惑だった? 彼女と一緒に帰りたかったよね、ごめん」
「そうは言ってないだろ。別に俺はお前と帰るのが嫌なわけじゃない」
何で突然卑屈になっているんだ、こいつは。愛莉の言動に戸惑いながらも、並んで歩く。愛莉は「そう」と一言だけ満足気にうなずいて、歩いていた。
「お前、今日はどうしたんだ? やっぱり様子がおかしいぞ」
気になってしまい、つい聞いてしまう。愛莉は不思議そうな顔を見せ、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「わからない?」
いつもの愛莉からは想像もつかない冷淡な声が俺の胸を叩いた。「わからない?」と愛莉は言った。俺にはその答えがわからない。なんだ。なんでこんなことになっているんだ。
「はぁ……。わからないならもういい」
愛莉はため息をついて三叉路を右に曲がっていった。いつのまにか別れ道についていたようだ。ここで追いかけるのもおかしいか、と腑に落ちないながらも俺は左に向かって歩
いた。
家に帰ってからも考えてみたが、愛莉があんな態度をとるのかわからない。俺は何を思ったか弟に話してみることにした。藁にもすがる、とはこのことを言うのだろう。
弟が部屋に入ってきたときに今日起きたことの一部始終を話すと、弟はぽかんとしていた。
「それさぁ」弟が口を開いた。少し嘲笑交じりに話しはじめる。
「やっぱり愛莉さん、兄ちゃんのことが好きなんじゃないの? 今の彼女と付き合っちゃったからちょっと妬いてるんだよ。絶対そうだって」
「そんなこと言われてもどうしろっていうんだよ……」
「今の彼女と別れて愛莉さんと付き合っちゃえば?」
「馬鹿かお前。そんなことしても愛莉は喜ばねえよ。俺もそんなことしたくないし」
弟の言葉を全力で否定する。今のところ、俺は理香と別れる気はない。愛莉だってそれを望んでいるとは思えない。弟も本気で言っているわけではないと思うが、やはり相談する相手を間違えたか、と思ってしまった。
「うん、俺も本気で言ってるわけじゃないよ。これで兄ちゃんが別れたりしたら気分悪いしね。一回愛莉さんとちゃんと話してみたら? 話してくれるとは思えないけど、気にしてるってところを見せればちょっとは嬉しいと思うよ」
突然まじめに話し出した弟を見て、先ほどの考えを改めた。なんで最初からこういうことを言わないのか、と疑問に思ったりもするが、真剣に相談に乗ってくれるのはありがたい。
「ありがとな」
俺は礼を言い、弟と部屋を出た。
今日の晩飯は、いつもよりも明るい気がした。弟なりに気を遣ってくれているのかもしれない。
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