第13話 お弁当と愛莉たちとの放課後
次の日。目を覚ますと、いつものように枕元に転がっているはずの携帯を探した。すぐに見つかり、顔に近づけて電源を入れた。時刻は7時を少し回ったところ。
俺は体を起こして着替えだした。今日も結構ギリギリになりそうだ。
学校には予想通りに人だかりができ、教室に行くまで時間を取られた。
「おう、今日も遅かったな」
自分の席に着くと、蓮が手を挙げて俺に声をかける。手を挙げ返すだけに留めて、机に突っ伏した。人ごみにもまれると疲れる。
「朝からお疲れだねぇ。まあ、どうでもいいけど」
「まだ授業も始まってないのにそんなに疲れるなんて、寝坊でもしたの?」
愛莉が呆れたようにつぶやき、俺を見た。
「ああ、最近寝不足なんだよなぁ」
「彼女といちゃいちゃしてんだろ? 夜の遊びっつってな」
蓮が下品に笑う。こいつ、ホントに何言ってるんだ、と哀れみにも似た感情で蓮を見つめるが、気が付いた様子もなくニヤけている。
「よーし席につけよー」
担任の声で教室内は一気に静かになり、短いようで長いホームルームが始まった。
「そうだ。今日の帰り、ちょっと付き合ってくれない?」
愛莉が思い出したかのように俺のほうを向いた。
別に愛莉に付き合うくらい問題ない。ちょっと前なら結構頻繁にしていたことだ。しかし理香を送ってやらなくていいのか。いや、毎日帰る約束をしているわけではないし、今日くらい大丈夫だろう。
「ああ、いいよ。どこに行くんだ?」
愛莉の顔がぱぁっと明るくなったような気がした。なんか、嬉しそうだ。
「お、なになに、デートの約束かぁ?」
蓮がチャチャを入れる。「何を言ってるんだお前は」と、冷ややかな視線を送ってやるも、蓮は気にせずに話に入ってくる。
「俺も一緒に行かせてくれよ。どうせ暇人だからさぁ」
「いいわよ。どうせついてくるんだろうと思ってたから」
愛莉が即答で了承したことに少し驚くも、言い方にトゲがあるような気がした。
実際、先ほどまで感じていた明るくなったような雰囲気もなくなっている。
「なんかその言い方はひどくねぇ?」
蓮は文句を垂れながら笑っていた。なんだか笑い方に元気がないようにも見える。もしかしてちょっと落ち込んでいるのだろうか。
「まあ、買い物行くにしても人数多いほうが荷物持ちも増えて万々歳だろ?」
一応フォローしておいて、俺は授業が始まるのを待った。
昼休み、俺は中庭で理香を待っていた。
「おまたせしました」
理香は、黄緑色の包みを二つ持って現れた。
俺の隣に腰かけると、恥ずかしそうに顔を伏せながら包みを一つ俺に差し出した。
「え?」
「いつもパンみたいだったので、作ってきました。よかったら食べてください」
「いいのか? ありがとな」
礼を一言、その包みを受け取る。よく見ると、何かの花が描かれているようだった。
包みを開くと、水色のシンプルな弁当箱が姿をのぞかせた。ふたを開くと、まず卵焼きが目に入った。少し形が崩れてしまっているのが可愛らしく思える。ほかにも微妙に形の崩れたおかずが丁寧に詰められており、食欲が沸いた。
「いただきます」
弁当箱を膝の上に置き、手を合わせる。
理香は俺が食べ始めるのを見つめていた。少し食べにくいのだが……。
とりあえず一口食べる。理香が不安気に俺を見守っている。
「うん、おいしいよ」
理香の表情がぱっと晴れた。恥ずかしそうに、そして嬉しそうに笑って「よかったです」といった。
理香は安心したのか、自分の弁当を広げて食べ始めた。
「これから毎日作ってきましょうか?」
理香が笑顔でそんなことをいう。嬉しいのだが、やはり同時に申し訳なくも思ってしまう。
「本当にいいのか? あんまり無理するなよ?」
「私がそうしたいんです。嫌ですか?」
「嫌なわけないだろ。でも、やっぱり申し訳ないというか……」
理香は難しい顔をして俺のほうを見ていた。俺はどうしたらいいんだ。
「私がやりたくてやってることなんですから、先輩が申し訳なく思うことなんて何もないですよ」
理香が笑顔で言う。そうは言うが、毎日作ってきてもらうというのは申し訳なるのは当然だろうとは思う。
「そうかなぁ」
「そうですよ」
結局、理香に流されるままに明日から弁当を作ってきてもらうことになった。申し訳なさは残るが、理香がいいと言っているのだからいいのだろう。
教室に戻ると、愛莉と蓮はいつも通りに話していた。
「お、なんかいいことでもあったか?」
蓮が俺に気づくなりそんなことを言う。
「ん、別に何もないぞ」
理香が弁当を作ってきてくれるのは嬉しいが、言う必要もないことだろう。
「お前、理香ちゃんのことで俺たちにからかわれるのが嫌で何も言わないつもりだな? そうはさせねえぞ……って」
俺の肩に手を回してきた蓮の頭を愛莉がはたいた。
「別に無理に聞くことでもないんだからほっときなさいよ。そのうち勝手に話し出すわよ」
「勝手に話し出すって何だよ」
文句は言いつつも今は愛莉に感謝する。からかわれるのはあまり好きではない。好きなやつもいないとは思うが。
「それもそっかぁ」と蓮もすぐに引き、この話は終わった。
一日が過ぎるのは、案外早いもので、朝学校に来たと思ったら、感覚的には数十分でもう帰りの時間、なんて言うのはざらなことだ。そして、今日もそのざらなことに則って学校生活の一日は終わっていった。
「さ、帰りましょ」
愛莉が意気揚々と鞄を持って立ち上がる。蓮もゆっくりと立ち上がり教室から出ていく。俺は二人を見送ってから自分の席でぼーっと、何も書かれていない黒板を眺めていた。
周りに残っている生徒はだいたい部活生だ。毎日部活生たちは俺を見て「なんで帰らないんだろう」と思っていることだろう。正直どう思われていてもいい、というのが俺の本音だ。高校生のうちは好きに生きることにする。
教室内が静けさを取り戻したことを確認すると、俺は立ち上がった。鞄を持ち、昇降口に向かう。
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