第12話 水族館
校門にはすでに理香がおり、手持無沙汰に校門にもたれていた。
「すまん、待たせた」
頭を掻きながら理香に近づいた。理香は俺に気が付くと、小さく手を振ってもたれていた校門から、俺の方に近づいてきた。
「大丈夫ですよ。そんなに待ってませんから」
理香が笑顔でそういうと、背中を小突かれる。
「こういうのは普通、男が言うセリフだろー」
振り返って蓮を睨んでから、理香の方に視線を戻した。蓮は小憎たらしい顔をして俺を見ていたが、確かに連の言うことはごもっともなので睨むだけに留めておいた。
「じゃあな」
蓮が俺たちに手を振る。愛莉も、小さく手を振ってるのが見えた。俺は手を挙げて応答し、蓮と愛莉とは反対の方向へと進んだ。
理香と並んで歩く。会話が弾んでいるわけでもなく、並んで歩いているだけ。しかし、俺はこの雰囲気が嫌いではない。
「先輩は嫌じゃないんですか?」
躊躇うように発せられた声には、確かな震えを感じた。
「ん、何が?」
「本当なら愛莉さんたちと帰れるのに、私を送るために時間を取ってしまって……」
「別に嫌じゃないよ。どうせあいつらとは教室で会えるし。お前こそ、俺と帰るの嫌か?」
理香はブンブンと首を横に振った。
「嫌じゃないです! でも、先輩がいつ私のことを嫌いになっちゃうかと思うと不安で……」
俺はふぅ、と一息ついた。そして理香をまっすぐ見つめる。理香はびくびくとして、俯いていた。
「お前は、俺に嫌われるようなことしたか? いつも通りにしてるのに何で嫌いになるんだよ。理香を嫌いになることなんて、そうそう無いから安心しろよ」
俺は最後に笑顔で理香の頭を撫でてやった。俯いていた理香は先ほどの悲しげな表情ではなく、恥ずかしそうな、嬉しそうな顔をしていた。
理香の家までたどり着くと「ありがとうございます」と、理香が頭を下げて、少し微笑みながら俺に言った。
「そうそう、なんですね」
「ん、ああ。ならない保証はないからな」
「そっちのほうが現実味があって私は好きですよ」
俺は恥ずかしくなって理香から顔を背けた。
「また明日な」
そしてヒラヒラと手を振り、理香に背を向けて学校の方へと歩き出す。
「ただいま」
家に帰ると、弟が出迎えてくれた。何か企んでいるのだろうか。
「兄ちゃん、彼女さんといい感じみたいじゃない」
弟は蓮と似たような、ニヤニヤとした表情を浮かべて俺を見た。
「また愛莉か。あいつにも困ったもんだな」
「今回は愛莉さんじゃないよ。昨日と同じで帰ってくるの遅かったから送ってきてあげたのかなって思っただけ。今日の夜ご飯は兄ちゃんの日だよ? 貸し一つだからねー」
「ああ、すまん。今度なんかやる」
忘れていた。食卓にはおいしそうな料理が並べられていて、とても代わりに作ったとは思えなかった。
「なんか、やけに力入ってねぇ?」
俺が聞くと、健太はふふんと鼻を鳴らして胸を張った。
「ま、たまにはね。それより早く食べようよ。兄ちゃんの彼女の話も聞きたいしさ」
健太が自分の定位置に座り、俺もそれに倣う。健太と向かい合う形になって晩ご飯が始まった。
弟が俺を質問攻めにしているだけの晩飯であったが、彼の料理はおいしく、満足することが出来た。
「お前は昔から器用だったよな」
関心気味に呟く。健太は照れて頭を掻き毟っていたが、嬉しそうに笑った。
「器用貧乏ってよく言われてたけどね。料理だけはちょっと自信あるんだ。今度兄ちゃんにも教えてあげようか?」
「俺はいいよ、ある程度できれば。料理が好きなわけでもないし」
俺が遠慮気味にそういうと、非常に残念そうに健太は「そっか」と呟いた。
久々の兄弟そろっての晩ご飯は、楽しいと感じざるを得なかった。
「じゃあ風呂入って寝るわ」
俺は席から立ち上がると、食器を片付けて自室に向かう。
寝巻きを持ち、風呂場へと向かった。
「悪いな、毎日待ってもらって」
次の日の放課後、校門で待っている理香に声をかける。
「気にしないでください。待ってる時間って、結構楽しいんですよ?」
理香は笑ってそういうが、俺は少し心が苦しくなるのを感じた。
「明日からはちょっと早く来れるようにするよ」
「本当に気にしないで大丈夫ですよ?」
心配そうな顔をする理香の頭を、俺は軽く撫でた。
「俺がそうしたいんだ」
「……はい」
理香は嬉しそうにそう呟いた。
「……行くか」
恥ずかしくなって俺は先に歩き出した。理香は速足で俺の隣に並んだ。
「土曜日、水族館にでも行くか」
周りに同じ学校の生徒がいなくなったのを見計らって言った。
「はい! 今から楽しみです!」
理香は嬉しそうに笑って隣を歩いていた。なんだか、こっちまで嬉しくなる。
「土曜、俺も楽しみだ」
理香の家の前まで来たところで、俺はそう呟いた。
「はい! それではまた学校で」
そういって理香は俺に手を振り、家の中へ入っていった。俺は理香を見送ってから、帰路につく。
「あれ、将太?」
学校を通り過ぎようとした時、後ろから声がかかる。振り向くと、そこには制服姿の蓮と愛莉がいた。
「お前ら、先に帰ったんじゃなかったのかよ」
「そのつもりだったんだけどさ。先生に呼び止められちまって……」
「私はこいつを待ってたのよ」
不機嫌そうに愛莉が言った。
「まあちょうどよかったんじゃね?」
悪びれもせずに言う蓮に、愛莉はため息を吐きながら「行くわよ」と呟いて歩き出した。
俺たちも愛莉を追う形で家へと向かう。
「結局、どこに決めたんだ?」
「まだ考えてる」
蓮が茶化すように俺に聞いてきた。実際は水族館ということになってはいるが、わざわざ蓮に言うことでもない。アドバイスをくれたことには感謝しているが。
「ふーん?」
ニヤけながら蓮は言った。
「何? あんたたちどっか行くの?」
愛莉も会話に混ざってくる。俺と蓮がどこかに遊びに行くと思っているようだ。
「違う違う。こいつ、今度デートするみたいなんだよ。昼休みにどこがいいか俺に聞いてきてさ」
「なんで蓮なんかに相談してんのよ。健太君の方がよっぽどいいアドバイスくれるでしょうに」
愛莉の言うことはもっともだ。確かになんで俺は蓮に相談したのだろう。
「うえ、それ酷くね?」
「本当のことでしょ」
悪びれもなく愛莉は言った。どこか不機嫌そうに見える。
それからは他愛のない会話をしながら分かれ道まで歩いた。
なんだかこの三人で帰るのは久々のような気がする。思ったよりも早く三叉路についていた。
「そいじゃな」
「おう」
蓮は俺たちに手を振りさっさと歩いて行ってしまった。
愛莉は何か言いたそうに俺のほうを向いて、立ち止まっている。
「どうかしたか?」
話し始める気配のない愛莉に、俺は声をかけた。
「なんでもないわよ。じゃあね」
ふいっとそっぽを向いて愛莉は歩いて行ってしまう。
「なんだよ……」
俺は愛莉の背中をしばし見つめ、家に向かった。
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