第10話 放課後デート

 靴を履きかえて、歩き出す。蓮と愛莉も話しながら俺についてくる形になる。いつも待ってくれているのはありがたいとは思うが、今日だけは理香と鉢合わせることになるのが不安だった。


「なんか、今日歩くスピード速くねぇ?」


 蓮がそういうと、愛莉も「そうね」と同意する。そこまで速くしているつもりはなかったのだが、思いのほか早くなってしまっていたようだ。


「ああ、悪い」


 一言謝ってから速度を落とす。校門が見えてきたあたりで女性徒が一人、校門のところにいるのが目に入る。


 理香だ、と確信する。放課後になって時間もそれなりに経っているはずだし、こんな時間に制服姿で校門にいるなんて、待ち合わせか何かしかないだろう。


「ん? あれって将太に告白した女の子じゃね?」


 蓮が理香を発見する。結構距離があるというのに、蓮は顔がはっきり見えたというのだろうか。


「なになに、お前らこれから放課後デートか?」


 蓮が俺の背中を小突く。にやけているのが背中から伝わってきて、殴ってやりたい衝動に駆られるが、押さえておく。


「一緒に帰るって約束してたんだよ」


「放課後デートじゃねぇか! 羨ましいねぇ。愛莉ちゃん、俺たちも放課後デートする?」


「ばっかじゃないの。なんであんたとデートなんてしなくちゃいけないのよ」


「つれないねぇ」


 蓮は少し残念そうに呟いて、俺の後ろを歩いていた。


 理香は俺たちに気が付くと、パァっと顔を輝かせたが、後ろの二人を見て落ち込んだようにも見えた。


「すまん、待たせた」


「いえ、大丈夫です。そんなに待ってないですから」


 理香は顔を赤らめて俺の横まで歩いてくる。俺といるときに顔を赤らめるのは意識してしまうので正直やめてほしい。自意識過剰なのかもしれないが、これでも健全な男子学生なのだ。


「やっぱり将太の彼女じゃん」


 蓮が前に出て理香の顔を見る。


「見れば見るほど可愛らしいな……。これが将太の彼女とか……」


 信じられないようなものを見る目で俺を見る。いや待て、俺が告白したわけじゃないんだから俺をそんな目で見るのはおかしいんじゃないのか。


「俺は蓮、よろしくなー」


「田中理香です」


 いつもの軽い調子で理香に挨拶すると、理香はペコリと頭を下げる。蓮は驚いたように仰け反った。いちいちオーバーリアクションな奴だな、と思いながらもその光景を見守る。


「女の子に挨拶で頭下げられたのなんて初めてだ……」


「バカやってないでさっさと行くわよ」


 黙っていた愛莉が蓮の頭を叩いて歩いていく。蓮は叩かれた部分をさすりながら愛莉を追いかけて行った。


「じゃあな、理香ちゃん。また機会があったら」


 蓮はそれだけ言って愛莉の元まで追いついた。また何かいらないことを言ったのか、殴られていたが。


「帰るか」


 俺が声をかけると、理香は元気よく「はい」と返事をして歩き出した。


 理香の家がどこにあるかはわからない。横に並んで歩いているが、十字路が来るたびにチラチラと理香のほうを見てしまう。


 会話がない。理香が何か言っても、俺がほぼ一言で返して会話が終わってしまうため、続かない。それでも理香は笑顔で俺の横を歩いていた。なんか申し訳なくなってくる。


「先輩って兄弟とかいるんですか?」


「弟が一人いるよ」


「仲はいいんですか?」


「仲はいいと思うよ。よく話はするけどあいつ、俺の話を愛莉から聞いたらすぐに俺を質問責めにしやがるから、もしかしたら仲がいいとは言えないのかもしれない」


 ああ、と俺は付け加える。


「愛莉ってのはさっき居た、蓮と帰ってった奴な」


「さっき蓮さんを叩いてた人ですね」


 愛莉の覚えられ方が散々な気がしなくもないが、まあ、仕方がないだろうとも思う。実際理香の前では喋っていたわけでもないし、蓮を叩いていたのは事実なのだから。


「そうそう。あいつが俺の弟と仲が良くてな、俺の話がほとんど筒抜けなんだよ。多分、今日一緒に帰ったことも知られてるんだろうなぁ……」


 深いため息をつくと、理香は笑った。人の不幸は蜜の味、とはよく言ったものだ。俺が何か心配事を漏らしているときは、周りの人間が笑っている気がする。


「でも、今のこのことは先輩と私だけしか知らないですよ」


 理香は恥ずかしげもなくそんなことを言う。俺は赤面して顔を逸らした。


「あ、ここですよ。私の家」


 理香が立ち止り、つられて立ち止る。学校からそんなに歩いた気がしなかった。時計を見てみると、やはりそんなに時間は経っていない。せいぜい十分とすこしだろうか。理香の家は茶色い屋根の一軒家だった。これと言って目立った要素はない。普通の一軒家だ。何か期待していたわけではないのだが、なぜかガッカリしてしまう。


「豪邸とか期待しました?」


 俺の心を読むかのように理香が笑顔になる。「少しな」と自嘲気味に笑うと、理香は「ごめんなさい」と目を細めて笑った。


「じゃあ俺はこれで」


 俺は理香に背を向けて歩き出そうとした。


「明日も! ……一緒に帰ってくれますか?」


 その声は小さかったが、俺には、はっきりと聞こえた。俺は振り返り、理香に笑顔でこう言ってやる。「任せろ」と。


 理香は笑顔で俺に手を振り、俺もそれに倣って手を振りかえす。今度こそ俺は理香に背を向けて歩き出した。学校に戻ろう。そうした方が確実だろう。


 家に帰るまでの時間は、あまり長くは感じなかった。実際にそんなに遠くはないのだろう。


 家に入り、いつも通り自分の部屋に行くとカバンを放ってベッドに倒れこむ。これが習慣みたいになっているため、帰ってきてからは毎回ベッドに倒れこんでいる。


 俺が微睡みの一時を過ごしていると、慌ただしく誰かが部屋に入ってきた。


「兄ちゃん、愛莉さんじゃなくて告白してきた子と付き合ったみたいじゃん!」


 弟だ。出会って一言目がこれだ。多分また愛莉から聞いたんだろうが、本当に勘弁してほしい。家でくらいゆっくりさせてほしいものだ。


「そうだよ。別にお前には関係ないだろ」


 俺は立ち上がり、不機嫌にそう返す。そのまま弟には部屋を出て行ってもらおうと思っていたのだが、弟の様子が変だったので、追い出すことが出来なかった。


「どうした?」


「いやぁ、兄ちゃんは絶対愛莉さんと付き合うんだと思ってたからさ。俺、ちょっとショックだったんだけど、よく考えたら愛莉さんと友達じゃなくなるわけでもないし、そんな


に変わらないから、あんまり言うのもアレかなーって。今の彼女とどんな感じなのかは愛莉さんからでも聞けるし」


 弟にしてはまともなことを言っていると思っていたのだが、最期の一言ですべて台無しになっていた。


「俺にプライベートはないのかよ」


「だって気になるじゃん。兄ちゃんに聞いても絶対答えてくれないし、どうせ近くにいるだろう愛莉さんならいろいろ知ってそうだしさ」


 弟は悪びれた様子もなく邪悪に笑っていた。俺はもう、何を言っても無駄だと察し、大きくため息をついた。


「俺のことは出来るだけ話してやるから愛莉とかから聞くのはやめてくれ。変な脚色入れられて俺の立場が危うくなりそうだ……」


「大丈夫、兄ちゃんがどんな性癖でも、俺は受け入れるよ!」


「死んでくれ」


 俺は弟を部屋から追い出して部屋のドアを閉めた。


 暇をつぶそうと、本棚から適当に一冊取り出すと椅子をひっぱり出してきて座る。本を開くと読むことに集中した。


 何時間経ったのだろう。帰ってきた時間もあんまり覚えていないが、時計を見たら九時半を少し回ったところだった。いつもなら夕飯ができたら弟が呼びに来るのだが、来ない


場合は夕飯は自分で作って適当に食え、ということだ。今日はそんなにお腹も空いていないし、夕飯は抜いても大丈夫だろう。


「疲れたし風呂入って寝よう」


 俺は本を本棚にしまい、着替えを用意して一階に向かった。


 洗面所には誰もいない。風呂に誰か入っている気配もないので、俺は服を脱いで籠の中に入れる。弟はもう先に入っていたようだ。籠の中にはすでに服が乱雑に入っている。


 風呂の中で寝てしまいそうにもなったが、できるだけ早く済ませて風呂から出た。


 部屋に向かうと、ついていた電気を消してベッドにもぐりこみて目を閉じる。次に目を開けた時、部屋には外からの光が差し込み、部屋の中を照らしていた。


「ううん……」


 朝はどうにも弱い。起きようとすると布団が俺の邪魔をするのだ。彼は俺を外には出すまいとぬくもりを与えてくる。もう一度目を閉じようとして、学校の昇降口に群がる生徒


が脳裏に蘇った。

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