第9話 理香の不安
次の日の昼休み、俺は中庭にいた。適当に腰掛け、理香を待ってみる。
昼休みが始まって五分ほど経過しただろうか、理香が顔を出した。申し訳なさそうに弁当箱を持って、近づいてくる。
「待っててくださったんですか?」
おずおずと俺の横に腰掛けた。意外に距離は近く、鼓動が早まる。
「まあ、来るだろうと思ってたからな」
目を合わせるのが怖くて前を向いたまま話す。理香の顔は見えないが、雰囲気は確かにそこにある。怒っている感じはしない。むしろ申し訳ないという感じだろうか。
「すみません。私と居ても楽しくないですよね……」
「はぁ?」
唐突にそんなことを言うものだから、俺は理香の方を向く。そこには、今にも泣きだしそうな理香がいた。手に持っている弁当の包みを力強く握りしめ、泣き出さないように堪えているように見える。
「何言ってんだよ。別にお前は悪くないだろ?」
謝るつもりで来たのに、先に謝られてしまった。俺は、理香を宥めつつ泣き出さないか心配で顔色を窺う。
「謝るのは俺の方だ。それこそ、俺と居たって楽しくないだろ?」
「私が先輩と居たいんです。だから、楽しいとかじゃなくって、私は幸せなんです」
理香は、はっきりとそういった。言われた俺が恥ずかしいと感じてしまうような言葉だったが。
「ごめんな、ありがとう。なんか嬉しいよ。俺にもこんなこと言ってくれる人がいるんだなーとか思うと、俺も幸せだ」
言葉の途中から目をそらして、俯きながら話した。言ってて恥ずかしさのあまり死んでしまいたくなる。
「飯、食べよう。時間なくなっちゃうから」
俺は思い出したかのように昼食の話を持ち出した。お互いに手を付けていない状態だったし、話を変えたかった。後者の方が圧倒的な理由なのだが。
「そう、ですね……」
俺たちは先日と同じように黙々と昼食を摂る。もしかしたら俺たちにはこれでいいのかもしれない。そんな風に思う。パンを食べ終わり、理香を見る。まだ弁当は半分くらい残っていて、せっせと食べる姿はなんだか可愛らしかった。
「俺、楽しくはないかもしれないけど、この感じすごい好きかもしれない」
ぼそりと呟いたつもりだったのだが、理香には丸聞こえのようで、難しい顔をされた。俺にもなんでそんな言葉が出てきたかよくわからない。答えなんて出ないのだろう。ただ、俺はこの感じが嫌いじゃない。
「なんかさ、楽しいって思えるのも大事かもしれないけど、その環境が好きだって思えたらそれが楽しくなくてもいいんじゃないかな」
何言っているのかわからないかもしれない。自分でも何言ってるのかわからないのだが。
「……はい」
理香はうんうんと頷いていつもの笑顔に戻った。やっぱり理香には笑顔で居てほしい。声に出すことはしないが。
お互いに昼食は終わったが、何か話すでもなく俺は空を眺めた。快晴の空は、俺の心を……とそこまで考えて自分はやはりポエマーの気があるのではないかと不安になってきた。
「今日は一緒に帰ろうか」
昼休みも終わるころ、俺は立ち上がりながら言った。理香の顔は見えないが、きっと驚いていることだろう。
「え、でも」
不安げな雰囲気をまとった視線を感じる。理香はそれ以上言うべきか躊躇っているかのようにも思えた。
「家まで送るよ。毎日とは言えないけど、これからは出来るだけ一緒に帰ろう」
理香を見てみると、今にも泣き出しそうな表情を浮かべて、俺を見つめていた。やめてくれ、女性に泣かれるのはいつになっても慣れない。
「じゃあ、そろそろ時間だから俺は行くわ。帰りは校門で待ってて」
俺は逃げるようにその場から退散した。理香を置いてきたのは悪いと思うが、俺自身、耐えられそうにないと悟った。
教室に戻ると、愛莉と蓮が話しているのが目に入る。なんだかんだで仲がいいんだな、と再確認した。
俺は黙って自分の席に座り、授業の用意を始める。次は確か現代文だったはずだ。無駄話に花を咲かせることを祈りつつ、枕の代わりにもならない教科書を枕にして寝ようとした。
「ちゃんと謝った?」
愛莉が、寝ようとした俺に声をかける。俺は顔をあげて、愛莉を見つめた。
「謝ったよ。ていうか、俺は彼女との事を全部話さなきゃいけないのか?」
呆れ気味に言ってみる。愛莉に話すと自動的に弟に伝わっていくので、あまり話したくはない。自分から彼女のことを人に話す奴もそういないとは思うが、どうなのだろう。
「別に言いたくないなら言わなくていいけど」
不機嫌に映ったのだろうか。愛莉はふいっと前を向いてしまった。別に怒っているわけではないのだが……。
「ちゃんと謝ってきた。今日は一緒に帰る。これでいいか?」
「いいか? って何よ。別に言いたくないなら言わなくていいって言ってるじゃない」
「健太には話すなよ」
無駄だろうが、一応言っておく。健太に話されるのだけは勘弁してほしい。
「心配しなくても大丈夫よ」
心配する要素しかないのだが。しかし、相談する側としてこれを信用しなければならない。
授業の開始を告げる鐘が鳴り、愛莉は前を向く。俺は机に突っ伏して担当教師が教室に入ってくるのを待つ。教室の戸を開ける音が聞こえるのに、数分も必要としなかった。
教師の話が始まると、ああ、今日もあんまり面白くなさそうな話だな、と机に突っ伏したまま、睡眠学習に入った。
寝ていたこともあってか、授業はすぐに終わったように思えた。教室内はざわざわしていて、周りからは早く帰りたいオーラが出ている。そんな中、ダラダラとした雰囲気を漂わせた担任、小林が顔を見せ、雰囲気と違わずダラダラと帰りのホームルームを始めた。連絡事項だけ話すと、けだるそうに頭を掻きながら「あー、今日はこれ以上話すことないから終わるけど、チャイムが鳴るまでは外出んなよー」と一言。
小林は教卓のイスにどっかりと腰かけると、教室内はドッと喧しくなる。ある男子は周りを気にせずに着替え出し、それを他の生徒が悲鳴を上げて非難する。
俺を含め、帰宅部連中はチャイムが鳴るまでの間、各々自由に自分の作業をしている。
何の本かはわからないが、読書をしているもの、教科書とノートを広げて勉強をしているもの、そして周りの生徒と談笑しているもの、だ。
「学校が終わると、急に目が覚めるんだよなぁ」
蓮が不思議そうに首を傾げるが、答えは明白だろう、と心の中で突っ込んでおく。
「授業中ずっと寝てるくせに何言ってんのよ」
俺の心の声を代弁するがごとく、愛莉が言った。蓮は納得したような顔をしているが、少し考えればわかることだろうと俺は呆れて物も言えない。
しばしの談笑の後、チャイムが鳴る。先ほど着替えていた部活生はチャイムが鳴った瞬間に教室から走って出ていき、それを見送ってから小林が出ていく。そして、残った生徒
たちがダラダラと出て行った。俺はいつものように教室から生徒がいなくなるのを待ち、一人になったところで教室から出る。
昇降口にはいつも通りというか、蓮と愛莉がいる。今日は一緒には帰れないのに、と思うが、その話をしていないことに気が付く。まあ別にする必要もないだろう。
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