第6話 昼休みの約束
「ただいま」
俺は家に入ると、真っ先に自室に向かった。やはり自室が一番落ち着く。しかし、その一番落ち着く場所には先客がいた。
「兄ちゃん。おかえり」
弟だ。腕を組んで俺を睨み付けていた。多分告白されたことを聞かれるのだろう。
「俺の部屋で何やってんだ。さっさと帰れ。俺は疲れた」
「告白の件、どうしたのさ」
案の定そのことを聞いてきた。我が弟ながらわかりやすいやつめ。と脳内で愚痴をこぼしつつ弟を見据える。
「付き合うことにした」
一言。そういったら健太は安心したような悲しんでいるような微妙な表情を浮かべた。
「そっか。俺的には愛莉ちゃんとお似合いのカップルだと思ってたんだけどなぁ」
健太が嘆きながら俺のベッドに倒れこむ。俺は健太が倒れこんだ横に腰掛けた。
「お似合いかもしれないけど、俺はあいつと付き合う気はないし、多分あいつもそんな気はないだろ? 俺にも面と向かって言ってたし」
「照れ隠しーとか思わないわけ? これだから兄ちゃんは彼女もできないんだよ。あ、今日出来たか」
「思わん。あいつが照れ隠しとか想像できない。あとその言い方、何気に傷つくからやめろ」
俺はベッドに倒れたままの弟を引っ張り上げると、部屋から追い出した。
「ふう……」
やっと一息つける。そう思うと途端に体の力が抜けた。俺は先ほど弟がやったのと同じようにベッドに倒れこんだ。
今日はいつにも増して疲れたかもしれない。肉体的にではなく精神的に、だ。疲れた体に冷えた布団は心地良く、俺はいつの間にか寝てしまった。
目が覚めると辺りは暗く、部屋は不気味なくらい静かで視界は窓から射し込む外の光だけが頼りだった。
時間を確認しようと携帯を取り出す。開いてみると、画面には零時半を回っていた。案外長い間寝てしまったようだ。
今起きてしまったらもう朝方まで寝ることはできないだろう。俺は電気をつけることはせずにもう一度寝る体勢に入る。
……やはり目が冴えて寝ることができない。俺はあきらめて体を起こし、電気をつけた。光で一瞬前が見えなくなる。すぐに視界は良くなり、いつも通りの自分の部屋だ。
「はあ、どうしような」
起きたからと言ってやることはない。教科書とかもほとんど学校においてあるし、それ以前に俺は予習なんてしたくない。
ゲームに関しても俺はあまりゲームをやるほうではないので持っていない。
「やることねー」
まだ寝ようとしていたほうがマシだったのではないか。そう思えてくる。
「やっぱり寝よう」
俺は電気を消し、ベッドの上に寝転がる。頭まで布団を被り、光をほぼ完全に遮断する。
その後、俺は数十分の格闘の末に眠りにつくことができた。
深夜に起きてしまったためか、俺はいつもよりも早く起きてしまった。時間は5時を少し回ったところだ。
「なんでギリギリか早すぎるかしかないんだよ」
目覚ましをセットしていないのも原因かもしれない。俺は目覚ましに頼らなくても起きることはできるし、中途半端に睡眠を邪魔されるのは適わない。だから目覚ましはもともといらないのだが。
俺は起きてから自分が制服のまま寝ていたことに気が付いた。
「風呂、入るか」
俺は制服を脱いで、ある程度伸ばしてからハンガーにかける。そして着替えを持って風呂場へ向かった。
流石にこの時間に弟も風呂には入っていない。父と母は今はまだ帰ってくる時間ではないだろう。今はだれも風呂にいない確信があった。
洗面所につくと服を脱ぎ、それを洗濯籠に適当に放る。早朝ということもあって全裸というのは少し肌寒い。早く終わらせようと風呂場へと入っていき、シャワーを出す。最初は冷たい水が、数秒後にはお湯に変わった。
少し熱めのシャワーが心地いい。俺はしばらくシャワーを浴び、満足してから髪や体を洗っていく。
洗い終わると、さっさと体を拭いて風呂場を出る。濡れていると先ほどよりも寒い。早く着替えて少し早いが学校へ向かおう。俺は気持ち急いで着替えた。
朝食と、ついでに昼食も用意する。たまには手作り弁当もいいだろうと、力を入れてみる。
「行ってきます」
制服に着替え、学校の準備も整ったところで俺は家を出た。少し気になったが最悪学校に行く途中で何か買って食べようと思い、止まりそうになる足を動かす。
結局寄り道することもなくまっすぐ学校へ向かった。
学校についたとき、俺は携帯を確認した。7時30分と表示されている。授業まではまだしばらく時間がある。小さくため息をついて呟いた。
「早くつきすぎたかな」
「せ、先輩?」
突然後ろから声がかかる。振り返ると理香がそこにはいた。
「あ、お前なんでこんな時間にいるの?」
「ちょっと早く起きちゃいまして……先輩は?」
「俺もそんな感じ。もうちょっと遅く起きる予定だったんだけどな……」
理香は笑い、俺は苦い顔をした。しかしここで理香に会ったのは良かった。学校で一人でいるよりは幾分かマシになる。相手が理香ということで多少気まずくもあるが、付き合っているのだから一緒に登校するくらい問題ないだろう。
「昇降口までだけど、一緒に行くか」
俺は理香に声をかけた。このまま立ち止まっていてもただ時間が過ぎるだけだ。どうせ早く来たなら昇降口が人であふれる前には教室に入っておきたい。
「はい! 一緒に行きましょう」
理香は俺の横まで小走りで近づく。「彼女」ということを意識してしまってやはり気まずい。
俺は早く行きたいという気持ちを抑えつつ理香と並んで歩く。
「一緒に帰るのは時々ありましたけど、登校するのは初めてですね」
「そうだな。つっても帰るにしても来るにしても昇降口から校門までなんだよな」
「そうですねぇ。今度先輩の家の前まで迎えに行きましょうか?」
「何言ってんだお前は」
悪気はないのだろうが、この微妙な空気の中登校するなんて……と考えてしまう。しかし、付き合っているなら一緒に登校くらいしてもいいのではないか? もしかしてそれが普通だったりするのだろうか。
「別に迎えに来なくてもいいよ。申し訳ないし」
「そうですよね。学校でいつでも会えますからね」
そう。学校に居るのだから授業中でなければいつでも会える。正直四六時中会っていたら精神的にまいってしまいそうだ。
「無理に一緒に居なくてもいいだろ。会えるときに会えばいい」
「そう、ですよね…」
理香は落ち込んだ雰囲気で返事をする。何か申し訳ない気分になるが、仕方がない。こればっかりはどうしようもないだろう。
「……じゃあ、お昼は一緒に食べませんか?」
「ああ、別にいいよ」
昼飯くらいならまあ、大丈夫だろう。そんなに長い時間一緒に居るわけではない。俺は理香と一緒に居たくないのではないかと思ってしまうが、別に理香と一緒に居ること自体に抵抗はない。しかし「彼女」という立場に居ることで、気恥ずかしさがあるのだ。なんというか、愛莉や蓮に茶化されそうで落ち着かない。
なんだ、あいつらの所為だったのか。そう思うと気分が楽になった気がした。
「じゃあ、今日のお昼に教室に行きますね!」
理香は嬉々として話している。昼飯を一緒に食べるくらいでそんなに嬉しいものなのか疑問に思う。こういう問題は考えても無駄なんだろうと、考えるのをやめた。
「じゃあ、昼にな」
「はい、それでは」
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