第7話 初めての彼女と昼休み

 あっという間に昇降口に着いていた。俺は靴を履きかえて教室へ向かった。


 教室に入ると、金髪の男が机に突っ伏して寝ていた。蓮だ。教室の中には蓮しかいないようだ。こいつがこんなに早いなんて珍しい。というかおかしい。


「どうしたんだよ、今日はこんなに早く」


 俺が声をかけると、蓮はゆっくりとした動きで立ち上がり俺にフラフラと近づいてくる。


「お前、あの子と付き合うことにしたのかああああ!!」


 目の前まで近づいてきたところで蓮は大声を出して俺の肩を揺さぶった。ぐわんぐわん揺らぐ視界と、肩に入れられた力で少し気持ち悪くなってくる。


「放せコラ」


 俺は蓮の懐に拳をめり込ませて無理やり動きを止めた。


「うっ……。いや、すまん……、でもお前、力入れすぎ……」


 蓮は苦しそうにお腹を抱えていたが、俺の知ったことではなかった。


「今のは完全にお前が悪いだろ」


「でもびっくりするだろうよ。お前が愛莉ちゃんをほったらかしにしてあの子と付き合うなんてよぉ!」


「愛莉を放ってなんだよ。俺はあいつと付き合う気なんてサラサラねえよ。いい加減にしろ。てか、さっきも言ったけどなんでお前こんな時間にここにいるんだよ」


 正直、今は俺が理香と付き合ったことよりも蓮がこの時間にここにいることの方が不思議だ。


「ああ? 俺がこの時間に居たらダメなのかよ。昨日早く寝すぎて早く起きちまったんだよ文句あるか」


「いや、まずお前が早く寝ること自体異常なんだよな……」


「確かにな。で、やっぱりあの子と付き合ったのか。理香ちゃんだっけ?」


「ああ、そうなった」


 俺は自分の席に向かって歩き出す。蓮も自分の席に座り、体をこちらに向けた。


「お前ら、お似合いだったのにな」


「それ弟にも似たようなこと言われたぞ。そんなにか?」


「だってお前らいっつも一緒に居ただろ? 傍から見たら付き合ってるようにしか見えねえって」


「確かに愛莉とはよく話してるけど、それはお前も一緒だろ?」


「自分でいうのもなんだけどよ、俺って学校来てないから一緒に居てもあんまり目立たないんじゃね? ああ、あのカップルに追加でイケメン一人いるわー的な?」


「自分でイケメン言うなよ。……確かにお前、あんまり来てないもんな。そう見られるのはおかしくはないのかも……?」


「お前らこれから大変になるんじゃね? お前が愛莉ちゃん以外の女の子と歩いてるーなんてなったら噂になるかもだぜ?」


「ならねぇだろ。この学校の一生徒の恋愛なんてそんな興味ねぇよ」


「バッカだな。少なくともこのクラスでは話題になんだよ。あんまり目立つことしないほうがいいかもな」


「目立つことって……」


「ま、お前にそんな勇気ないかもしれないけどなー」


 蓮は心配してくれているのか茶化しているのかわからないテンションで話した後、いつものように机に突っ伏して寝始めた。


「ま、忠告受け取っとく」


 聞こえていないだろうが、蓮にそう呟き、前を向いた。教室の扉の窓に数名の生徒の姿が見える。


「って、もともと愛莉とは付き合ってないっての」


 俺は最後に蓮に対してツッコミを入れ、蓮と同じように机に突っ伏した。


「あんたら朝っぱらからよく寝ていられるわね」


「昨日は徹夜でゲームしてたからなぁ。それに、学校は寝るところだろ?」


 蓮は当然のように言う。先ほど早く寝すぎて早く学校に着きすぎたとか言ってなかったか?と頭をよぎるが、愛莉の深いため息によって吹き飛ばされた。


「あんたも学校は寝るところ~とか言っちゃう奴?」


 愛莉は俺の方を向いた。俺になんの期待をしているのだろう。長年付き合っているのだから俺の返事がどんなものなのか予想は付くだろうに。


「俺は寝る授業は決めて寝てるからな。学校は寝るところじゃないかもしれんが、一部の授業は寝るためにある」


「あんたに聞いた私がバカだった」


 愛莉は呆れ顔で俺の顔を見たが、すぐに真剣な表情を浮かべる。なんだろうか。


「あんた、昨日告白してくれた子にちゃんと答えてきたの?」


 理香のことだった。愛莉は蓮と違って俺を茶化すためにこのことを聞いているわけではなさそうだ。


「ああ、答えてきたよ」


「付き合うことにしたの?」


「ああ、そうなった」


 愛莉は笑顔を浮かべて俺の肩を叩いた。


「やったじゃない! これであんたは彼女いない暦=年齢から開放されたわね」


「別に嬉しくねえよ。てか叩くな、マジ痛いから」


 俺は愛莉の手を掴んで叩く手を止める。


「すぐ別れないでよね」


 愛莉はニヤリとして俺に言った。割とシャレになっていないのだが……


「気をつける」


「別れない、とは言わないのね」


「すぐ別れる可能性もなくはないからな。そこらへんは何とも言えないだろ?」


「そうね。即答で別れないなんて言ってたら信用できないわよね」


 愛莉は真顔でそう言った。すぐに別れない保障はどこにもない、それは確かだ。だが、付き合って間もないカップルは自分たちがすぐに別れることなんて想像しないだろう。しかし俺は少し怖い。彼女なんて生まれて初めてだし、付き合うということをちゃんとわかっていない俺に、ちゃんと理香を幸せにしてやることが出来るのだろうか。幸せにする。と言うのはかなり重い考え方なのかもしれない、と考えてから俺は深く考えるのをやめた。結局考えたところでわからないのだから、悩むだけ時間の無駄だ。


「まあ、出来るだけ別れないように努力する」


 俺は愛莉と、自分に向けてそう呟き、授業を受ける体制を整えた。


 退屈な授業は寝て過ごすが、有意義な授業ももちろんある。主に担当教師の雑談が多い授業などがそうだ。たまに面白くない話もあるが、そういう時は寝ればいい。寝れないときは適当に時間をつぶす。授業を聞く時はほとんどない。もちろん今日も授業を真面目に受ける気はない。昼休みまで時間を潰し、その後の授業を受け、そして帰る。そんないつも通りの学校生活を送るはずだった。


 昼休みになると、教室はいつも通り賑わっている。俺は廊下に出て、理香を待つことにした。


「突然廊下に出てどうしたの?」


 愛莉が廊下に出て、俺の横に立つ。


「ああ、理香を待ってる。お前もどうした?」


「あんたが廊下に出て誰か待ってるみたいだから気になったのよ。彼女とお昼なら先に言いなさいよ」


「なんで言わなきゃいけないんだよ」


「彼女と一緒なら私は邪魔でしょ? 蓮も止めといてあげるわよ、貸し一つね」


 別に邪魔とは思わないのだが。そんな俺の考えとは裏腹に愛莉は笑うと、俺に背を向けて教室の中へ戻っていった。愛莉が教室の中に消え、手持無沙汰になる。教室内は昼休みの騒がしさに包まれ、廊下まで声が漏れていた。


「お待たせしました」


 消え入りそうな声が聞こえる。もう少し小さかったら聞き逃していただろう。廊下の壁にもたれていた俺は歩いてきた少女、理香を見た。近づいてきているのに気が付かなかったわけではない。教室の中を見ていたら、いつの間にかすぐ近くまで来ていたのだ。


「おう。中庭とかのほうがいいか?」


 今から教室に戻って食べるというのもばかばかしい。廊下で待っていたのがなんでかわからなくなってしまう。


「そうですね、中庭だと人がいっぱい居そうなので」


「あー、確かになぁ。まあ、どっか空いてるでしょ」


 俺は中庭に向かった。理香も俺の後ろをついてきている。学校の校舎はカタカナのコの字になっており、中庭がある。体育などで活用されるわけでもなく、昼休みの間に生徒に活用されるだけの場所になっている。園芸部なるものが使っているらしく、花壇には様々な種類の花が咲き乱れていた。種類はわからないのだが。


 中庭に入ってすぐのところに空いている場所を見つけた。周りに人もいないようだし、俺はまっすぐそこに向かうことにした。座ってから周りを見て思うが、そんなに生徒がいない。昼休みはみな教室で過ごしたいのだろうか。


「案外居ないもんだな」


「そうですね。中庭って混んでるイメージあったんですけど」


「ホントにな。まあ空いてるんだしよかったわ」


「あんまり目立つのも嫌ですしね」


 理香が無邪気に笑った。案外普通に話せている、と思う。昼飯には手を付けれていないわけだが。


「そろそろ食べないと時間なくなるな」


 話に花を咲かせるのはいいのだが、昼食は摂っておきたい。俺は話を切り上げ、昼食のパンを食べ始めた。それに倣って理香も弁当箱を広げて、昼食を摂り始める。


 黙々と食事を続けるが、俺はパンだけなので早く終わる。理香を眺めていると、俺の視線に気が付いたのか、理香は食べるスピードを速めた。


「お待たせしてしまいました」


 理香が申し訳なさそうにしていた。そんなこと気にしなくていいのに、と思うがそういう性格なのだろう。


「そんなん気にしなくていいよ。人によって食べる早さ違うし、俺はパン一個とかだったんだから俺の方が早くて当然だろ?」


「そうですけど……」


 なおも申し訳なさそうにしている理香に、俺も困惑してしまう。なんでこんなに申し訳なさそうにしているのだろう。むしろこっちが申し訳なくなってしまう。


 二人が黙っていると、昼休みの終了を告げる鐘が鳴り響いた。


「もうそんな時間か。じゃあ、行くわ」


「はい……」

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