第5話 告白の返事

 授業はほぼ寝て過ごした。朝の件があるから授業をまともに聞いていられる状態ではない、と判断したのだ。黒板に書かれたものを写すだけ写して机に突っ伏す。という作業を繰り返した。


 授業終了の鐘が鳴る。俺は起き上がると、黒板に新たな文字が書かれていないか確認した。特に増えていないようだ。


「あんた、ほとんど寝てたわね」


「仕方ないだろ、考えること多くて授業なんて聞いてられなかったんだよ」


「ふーん。まあいいけど」


 愛莉は興味なさそうに前に向き直った。横を見ると蓮がまだ寝ていた。


「こいつはほとんどじゃなくてずっと寝てたんだろうな」


 呟いてから、俺は鞄に教科書など帰る用意を整えるとその鞄を枕にしてホームルームをやり過ごすことにした。


 教室から人が少なくなっていき、最終的には俺と愛莉、そしていまだ寝ている蓮だけになった。


 突然携帯が震える。取り出してみると一通のメールが来ていた。差出人は理香だ。そこには「教室行きますので、少し待っててもらっていいですか?」と書いてあった。俺はすぐに「了解」とメールを返し、机にもたれる。


「放課後は告白してきた子に会うの?」


 愛莉が急に振り返り俺に問いかける。俺はビクッと体を起こして愛莉を見る。思いの外真剣な表情をしている。確実に茶化しに来ると思っていただけに呆けてしまった。


「何あほ面してんのよ」


「いって」


 突然頭をはたかれる。びっくりしただけでそんなに痛くはなかったが、反射で痛いと言ってしまう。


「いきなり叩くなって」


「ちゃんと答えてあげなさいよ」


 朝にも聞いた言葉だった。しかし、愛莉があまりに真剣な表情をするものだから、どうにも違和感を覚える。こいつが真剣になるのを見るのはいつぶりだろう。


「わかってるよ。朝にもその話はしたろ?」


 なぜこんなにも念を押すのだろう。気にはなったがそこを聞いても答えが返ってくる気がしないので、聞かないでおく。


「ならいいけど。私のことが好きならそういってもいいわよ? 私はあんたとは付き合わないけど」


 愛莉は真剣な表情をぐにゃりと歪め、ニヤリとする。


「俺だってお前にコクる気はねえよ」


 俺は愛莉に手を振り、蓮の椅子を蹴る。蓮はビクンと面白いくらい跳ね、そのままの勢いで立ち上がる。きょろきょろと視線を彷徨わせて、俺のほうを寝ぼけた顔をして見た。


「学校終わったぞ。帰れよ」


「お、おう。ありがとな。ってお前は帰らねーの?」


「ああ、今日もちょっと用事あるから」


 蓮はニヤリとして俺を見る。このままこいつをしゃべらせるとまずい。俺の中の何かがそう告げた。


「もういい、何も言うな。とりあえず帰れよ。明日報告してやるから」


「お、おい! 押すなって。明日楽しみにしてるぜー」


「私も、結果期待してるわね」


 俺は半ば強引に蓮を帰らせると、一人になった教室で理香のことを考える。


 答えは決めてきたつもりだった。でもこれで本当に良かったのかとも考えてしまう。


「またお待たせしちゃいましたね」


 考えがまとまらないうちに理香が顔を出す。顔が赤くなっている気がするのは気のせいか、夕日が照らしているのか。と考えてすぐにまだそんなに夕日が出ている時間でもないことに気が付く。


「一日考えるだけなら昨日のうちに答えとけばよかったかな」


 俺は冗談めかして言う。少し違う話をして気分を落ち着けたかった。


「いえ……ちゃんと考えてくれてるんだって思えましたから」


 理香は少し無理をしている感じでニコリと笑うと、俺が何かを言うのを待っているのかじっと俺の顔を見つめた。俺は言わないといけない。昨日と今日の授業中に考えて出した答えを。


「昨日の事なんだけど、俺なんかでいいならって言おうと思った」


 そう口にした瞬間、理香が泣きそうになってしまう。違う。俺が言いたいのはこんなことじゃない。


「違うんだ。付き合いたくないんじゃなくって、俺なんかでよければって言いたくない。俺なんかでよかったらって言ったら、そんな俺の事を好きになってくれたお前に申し訳ない気がして……」


 俺はうまく言えないことにイライラして髪をわしわしとかき回す。理香の顔は見ない。見てしまったら何を言うか飛んでしまいそうだったから。


「ええっと、お前が告白してくれて本当に嬉しかった。だから、俺と付き合ってほしい。告白の答えにはなってないかもしれないけど……」


 最後まで言い切って理香を見る。彼女は目にいっぱい涙を溜め、本当に嬉しそうに微笑んだ。


「はい。お願いします」


「泣くなよ……俺が困るだろ?」


 正直泣かれるとは思っていなかった。俺も言い回しが悪かったと反省するが、理香は笑顔で泣いているものだからどうしていいかわからなくて戸惑いながら、理香の頭を撫でた。


「だって、絶対断られるって思ってて」


 声が震えている。女の涙は卑怯だ、と実感した瞬間だった。


「すみません、私」


 彼女が泣き止むまで少し時間はかかったが、落ち着いては来ているようだ。


「帰るか」


 理香は俺のほうを見たが、俺は慌てて目をそらす。気の利いた言い回しは何も思いつかない。正直、気まずい。せっかく彼氏彼女になったのだから、もっとやることがあるのかもしれない。彼女なんて出来たことのない俺からしたら、何をしたらいいのかわからない。付き合うということ自体、まだよくわからないのだ。


「靴持ってきますから、ちょっと待っててくださいね」


 昨日と同じように理香は走っていき、俺が靴を履き替え終わる頃に戻ってくる。


「お待たせしました。ってお待たせしてばかりですね」


 心なしか理香のテンションが高い気がする。俺としてはテンション高く話してくれたほうが気圧されもするが、話しやすくもある。


「いいよ別に。待つの嫌いじゃないし」


「でも、先輩を待たせるのはちょっと心苦しいです」


「気にすんなって。俺がいいって言ってんだからそれでいいの」


「でも……わかりました。気にしないようにします」


 まだ腑に落ちないような顔をしていたので、俺は理香の頭をポンと叩く。


「どうしても気になるなら、今度一緒に帰るときは、俺が靴持ってくから待っててくれ、な?」


「はい」


 理香は俺が叩いた頭を抑えて微笑んでいる。


「そんなに強く叩いたつもりじゃなかったんだけど、痛かったか?」


「えっ? あ、そうじゃなくて」


 何か言いたそうにもじもじしている。俺は頭に?マークを浮かべていた。


「あ、か、帰りましょう」


 唐突に理香が歩いて行ってしまう。


「あ、おい」


 理香は何も言わずにずんずん進んで行ってしまう。俺は足を速めて理香の隣に並んだ。


「ごめんなさい」


 理香は赤い顔のまま歩き続けていた。


「先輩とこんな風に帰れるなんて、夢みたいです」


「俺も夢みたいだよ。まさか俺に彼女ができるなんてな」


 俺がそういうと、理香の顔は一層赤くなる。また気まずくなってしまう。瞬時にそう悟ってしまった。


「なんか、あれだな。いつもと変わらないな」


「そうですね。でも、急に変わってもおかしいですよ」


「それもそうだな。っと、もう校門か」


 気まずいまま校門までついてしまった。


「そうですね。では、私は向こうなので」


 理香は歩いていく。少し空しさを感じた。


「また明日な」


 俺が理香の背中に声をかけると、彼女はこちらに振り返り、満面の笑みで手を振ってくれた。先ほどの空しさが消えていったような気がした。


 俺は家に帰るまでの間、これからどうなるのかを考えてしまう。愛莉との関係もどうなるかわからない。蓮には目いっぱい茶化されるんだろうなぁ。何より、理香と付き合っているという実感が沸かない。正直気まずさの方が大きかった気がする。これから自分がどうなるのか。考えるだけ無駄な気もする。


「あー、やめやめ」


 声に出すことによって思考を停止する。そこから俺は家に帰るまで今日の晩御飯は何か、とかどうでもいいことを考えることにした。

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