第4話 焼きそばパン

 朝。俺は何に起こされるでもなく目が覚めた。枕元に転がっている携帯を開くと、七時を少し回ったところだった。普通ならまだ学校に行くには早い時間だ。


「やべ、寝坊した」


 学校までの距離が遠い俺は七時半には家を出ていないと学校には間に合わない。さらに人混みを避けるためにさらにもう三〇分早く家を出ていたため、今日も昨日のように昇降口で人混みを我慢しなければならないと思うと気が滅入る。


「まあいいか、出来るだけ早く行こう」


 俺は気持ち急いで着替えると、朝ごはんを食べることをあきらめて鞄を持って家を出た。


 走れば人混みを回避できるかもしれないと走り出してみるが、制服では走りにくい。マラソン感覚で走ってみるものの、八〇メートルくらい走ったところで速度を落とす。


「もういいか。無理に走ることもないだろ」


 歩きながらポケットに手を突っ込み、携帯を取り出す。迷いなくメール画面を開き、あて先を理香に設定する。「今日、放課後に俺の教室でいいかな」と本文を打ち込み、そのまま送信する。いつも通り返事はすぐに来た。「わかりました」と一言だけ。簡潔すぎる文は、やはり不安になってしまう。俺は携帯をポケットにしまい、少し足を速めた。


 学校に着くころにはあたりに生徒が増えだし、昇降口には人混みが出来ていた。


「はあ……」


 小さくため息を漏らす。心なしか昨日よりも多い気がする。後ろに下がって人混みが消えるのを待つ。


 少し早くついたつもりだったのに、教室に入るのは遅刻ギリギリだった。


「おう、昨日はちゃんと告白されてきたか?」


 自分の席に着くと、やはりというか蓮が茶化してくる。


「うるさい」


 あまり追求されるのも困るし、何より恥ずかしいので不機嫌そうに蓮を睨み、机に突っ伏すことにする。


「あ、そういえば」


 俺はあることを思い出し、前にいる愛莉を見る。


「おい、愛莉。お前、昨日健太に話しただろ」


 愛莉は振り返り、自分は何も悪くないという風に俺を見た。


「話したわよ? 帰りに健太君に会ったから少し話して帰ったのよ」


「弟と話すのはどうでもいいけど、俺のことを話すのはやめてくれないかなぁ」


「いいじゃない別に。本当のことなんだし」


「あの時はまだ告白されるって決まったわけじゃなかっただろ?」


「……確かにそうかも。でも告白されたんでしょ?」


「そうだけど」


「やっぱり告白だったんじゃねーか」


 愛莉との話を聞いていた蓮が割り込んできたが、今は無視を決める。


「家でも学校でもその話ばっかりされる俺の身にもなれよ。健太には俺と愛莉が付き合ってると思われてたんだぞ?」


「ならよかったじゃない。昨日告白してくれた子と付き合っちゃえば私と付き合ってるなんて言われなくなるわよ?」


「そういう付き合い方はしたくないだろ」


「そうね。それを理由に付き合ってたなら、あんたのこと軽蔑するわ」


 愛莉はニヤリとすると、前を向いた。


「ちゃんと答えてあげなさいよ」


 それだけいうと、愛莉は前に向き直ってしまった。俺は何も言わず、教卓の方を見る。


 今日も担任は何を話しているかわからなかった。


「今日も昼飯買いに行こうぜ」


 蓮はホームルームが終わると同時に俺に言う。そういえば今日は寝坊したため昼ごはんを持ってくるのを忘れてしまった。


「ああ、いいよ。今日は俺も持ってくるの忘れたし」


「あ、今日は私も行くわ」


 そこに、愛莉も入ってくる。


「珍しいな、お前も弁当忘れたのか?」


「家を出てから持ってないことに気がついたのよ。それに、たまには購買のパンでもいいかなって」


 愛莉はテレ気味に笑ってみせる。


「じゃあ俺眠いから昼まで寝るわ」


 蓮が眠たそうに目をこすると、机に突っ伏す。


「何のために朝から学校来てんだよ」


「単位のためだけでしょ。でも先生によっては寝てるだけで授業出てないことにするって言ってる人もいるから結局よね」


 俺の呟きに愛莉が代わりに返答する。


「そんなこと言ってた人いたのか。でも脅し文句みたいなもんだろ?」


「どうかしらね。実際、蓮はあんまり学校来てないしちょちょっといじって単位取れないギリギリのところまで落とすこともできるんじゃない?」


「お前、結構黒いこと考えるのな」


「あくまで可能性よ。まあそんなことしたらいろいろ問題だろうからできないと思うけど」


「まあそうだわな」


 これで話は終わり、といった風に愛莉が前を向いたので、俺は授業の用意を始めた。


 授業が始まると、理香のことを考えてしまって授業を受けていても頭に入らない。寝ていたほうが良かったのではないか、という錯覚に陥るも、先ほど愛莉の言葉が気になって寝るに寝れない。結局昼まで今日の放課後どうするか考え、時間は過ぎていった。


 昼食の時間になると、俺たちは先日と同様ゆっくりと購買に向かう。


 購買にはやはりというか、人混みができていてまだまだ空きそうに無い。


「蓮、俺の分も頼んだ。これ金な」


 俺は財布を取り出し、小銭を取って蓮に差し出した。


「は? 何で俺が買ってこなきゃいけねーんだよ。自分で行け」


「私のもよろしく。はい」


 愛莉も財布から小銭を取り出して蓮に差し出す。


「だから何で俺が行かなきゃいけねーんだよ。自分で行けよ」


「何言ってるのよ。今混んでるんだから三人で入っていったら遅くなるでしょ? だから誰か一人が行くのが一番いいのよ」


「ん。確かにそうかもしれないな……」


 蓮は少し考えるそぶりを見せる。


「ちっ、わかったよ。何買ってきても文句言うなよ?」


「別にいいわよ。購買のものに期待してないし」


 蓮は俺たちから小銭をむしり取り、ぶつぶつ言いながらも購買部に入っていった。


「お前、性格悪いな」


「なら、あんたが買ってきてくれるの?」


 俺は購買部をみる。いまだにすごい人混みで蓮の姿はもう見えない。


「お前が行くって選択肢はないのな」


「あるわけないじゃない。あそこに入りたいとは思わないし」


 それに関しては同感だ。あそこに入らないといけないなら一食抜くかもしれない。


「俺も入りたいとは思わないけど」


「でしょ? ならいいじゃない。それに、あんたもあいつに行かせてるんだから同罪よ」


「まあ、確かにな」


 結局愛莉に言いくるめられてこの話は終わった。


「おら、買ってきてやったぞ」


 蓮は案外早く帰ってきた。手にはパンが入った袋を持っている。


「全員おんなじやつだから取れよ。俺は歩きながら食べる」


「行儀悪いわよ」


 愛莉が蓮から袋を受け取ると、パンと取り出して俺に差し出す。


「パンは歩きながらでも食べれる便利なものなんだ。それを活用しないなんてもったいないね」


「さっさと教室戻って食べましょ。時間も無いんだし」


 愛莉は蓮が語っているのを無視して歩き出す。


「俺も教室戻ってからでいいや」


 俺も愛莉に倣って歩き出すと、蓮は走って追いかけてきた。


「うわ、このパンまっず」


 蓮は横で先ほど買ったパンをまずいまずいといいながら食べている。見る限り焼きそばパンのようだ。


「焼きそばパンって普通人気あるんじゃないのか?」


「ここの焼きそばパン、不味いって有名らしくて大量に売れ残ってた。逆に言うと、これくらいしかまともなものが残ってなかったとも言える」


「それよりも、俺もあとでおんなじもん食うんだからまずいまずい言うのやめろよ」


「いや、だってこれくっそまずいぜ? それに、まずいって思って食ったらそんなにまずくないかも知れないぜ?」


 蓮は悪びれもなく言う。正直、焼きそばパンでおいしくないなんてよっぽどの事じゃないのか? とも思ってしまうが、後で食べるのが少し心配になってきた。


 教室に着くと、蓮はパンの袋をゴミ箱に捨て、自分の席に着いた。


 俺たちも自分の席に戻る。


「うわ、何これホント不味いわね」


 愛莉はパンを一口食べるなりそうつぶやく。


「だろ? 焼きそばの油がなんかギトギトしてんだよな」


「そんなに不味いのかよ……。俺、昼飯抜こうかな……」


「せっかく買ってきてやったのにそりゃないぜ。ちゃんと食っとけよ」


 蓮に言われ、仕方なくパンを袋から出す。確かに焼きそばの部分が異常にテカっている。


「見るからに体に悪そうだな、これ」


「まあ、食べてみなさいよ」


 愛莉にも急かされ、一口かじってみる。言うほどまずくないかも、と思ったが、焼きそばに乗っている油が口の中に広がりパンの味を上書きするイメージだ。これは、お世辞にもおいしいとは言えない。


「確かに不味いわ。口直しほしくなるな」


 俺はパンを口の中に詰め込み、持ってきていたお茶で流し込んだ。


「今度から忘れないようにするか、購買に行くことがあるなら早く行かないといけないな」


 俺は、生徒たちがなんであんなにも購買に急ぐのかわかったような気がした。みんなこの焼きそばパンを食べたくないのだろう。弁当を持ってくればいいのに、とも思うが。


「じゃあ俺は寝るわ。おやすみ」


 蓮はそれだけ言うと机に突っ伏した。


 パンひとつだけでは正直おなかは膨れない。あんなに美味しくない物なら尚更だ。


「俺も寝るか」


 俺は寝て紛らわすことにした。愛莉は俺がそういうと前を向いた。それを見送ると俺は机に突っ伏した。

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