第3話 理香の告白

 二人は授業中や休み時間、事あるごとに理香のことを聞いてきたが、すべて無視するか、適当に流すことにした。これだからこの二人には話したくない、と俺は改めて思った。


 六限終了のチャイムが鳴り響き、教室内の雰囲気はもう下校気分だ。俺は理香にどこに行けばいいかとメールを送る。すぐに「教室で待っててください」と返事が返ってきた。


 放課後、俺は一人教室に残って理香を待つ。まだ教室にはちらほら残っている生徒もいたが、理香を待っている内に帰っていった。


 教室に一人、周りを見ても誰もいない。そこに一人の女生徒が教室に入ってきた。理香だ。


「お待たせしました」


 心なしか顔が赤くなっている気がした。昼に告白しかないだの言われていたのを思い出して意識してしまう。


「あ、ああ。大丈夫。そんなに待ってないから」


 彼女がきて、俺は立ち上がった。


「そうですか? それならよかった」


 理香は安心したように笑う。蓮が言うように可愛いとは思う。だからこそだが、俺に告白するわけがないとも思ってしまう。期待はしてしまうのだが。


「それで、話って何?」


「はい、その……ですね」


 理香はもじもじし始めた。


「えっと、その……私、先輩のことが好きです。私と付き合ってください!」


 つい先ほどまでもじもじしていたのが嘘のように真剣な表情で、そしてはっきりとした口調でそう言った。


 本当に告白されてしまった。少し期待してしまったところはあるが、本当に告白だなんて。


 呆気にとられていると、理香はそわそわしだした。


 理香は俺が何も言わないので慌てているのか、視線をきょろきょろと彷徨わせている。


「あ、ごめん。ちょっと驚いただけだから」


「はい……」


 不機嫌そうに映ったかもしれない。理香はしゅんっとした表情になって、顔を俯かせた。


「返事は、少し待って欲しいんだ。まさか告白されるなんて思ってなかったからさ。あ、少し期待してたっていうのはあるんだけどな」


 俺は理香の顔を見て慌てて弁解してみた。彼女は少し笑顔になり、先ほどよりは幾分かマシになった。


「大丈夫ですよ。突然でしたもんね、すみません。返事はいつでもいいので。お話はこれだけなんですけど……」


「そっか。なら久々に一緒に帰るか?」


 俺がそう言うと、理香は今日見た中で一番の笑顔になる。


「はい! 先輩と帰るのなんて久しぶりですね」


「そうだな、二年のとき以来じゃないか? 委員会で話すくらいだったもんな」


 俺は言いながら、鞄を持ち上げる。


「そうですね、先輩が三年生になってからは委員会も変わっちゃいましたし」


 理香は俺に倣って教室の扉に向かい、二人そろって教室を出た。


 下駄箱に向かうと、理香は少し早足になった。


「私、向こうですから待っててください」


 そのまま走っていってしまった。俺は彼女が戻ってくる間に靴を履き替え、いつでも帰れるように身なりを整えておいた。


「お待たせしました」


 理香はものの一分程度で戻ってきた。


「そういえば、一緒に帰るって言っても校門までだよな。方向逆だし」


「そうですね。でも、そこまででも私は満足ですよ? それに、告白したすぐ後なので少し恥ずかしいです……」


 理香が顔を赤らめてそんなことを言うものだから、俺は恥ずかしくなって早足で歩き出した。


「ほら、いくぞ」


「はーい」


 彼女は俺のすぐ横を歩いていた。俺と理香は特に何も話さないまま、校門までたどり着いてしまった。


「じゃあ、また明日。気をつけて帰れよ」


「はい、ありがとうございます。先輩もお気をつけて」


 俺は手を振って理香と別れた。彼女も笑顔で手を振り替えしてくれて、お互いに家路に着く。


 俺の家は学校からそれなりに遠い位置にあり、歩いて通うには少し時間がかかってしまう。しかし、俺は歩いて通うことにしている。特に理由があるわけでもないが、強いてあげるなら家に自転車がないからだ。いちいち買う必要もないと思い、登校初日に後悔したのを覚えている。そこで折れればよかったのだが、何を思ったか俺は意地になって歩いて学校に通い、今となっては歩いて通うのが普通になってしまった。


 家に入ると、真っ先に自室に向かい、鞄を投げ捨てる。そのままの勢いでベッドに倒れこんで寝ようとした。


「兄ちゃん!女の子に告白されたってホント?!」


 もうすぐ寝れそう、というタイミングで甲高い声が頭を揺さぶる。目を開けると、たった今つけられた蛍光灯が目に刺激を与える。


 体をゆっくり起こしてドアの方を向くと、俺よりも少し身長が高い坊主の男がそこにいた。


「兄ちゃん、愛莉ちゃんと付き合ってるんでしょ? 断ったんだよね?」


 俺のことを兄ちゃんと呼ぶこの男は弟の健太。中学三年で、野球部だ。彼には彼女がいて、時々家に連れ込んできているところを見る。こいつの彼女が家にいると俺の肩身が狭いから、あんまり連れ込まないでほしいというのが本音だが、口が滑ってもそんなことは言えない。


「その話誰から……って愛莉しかいないか。てか俺とあいつは付き合ってねぇよ」


「え? そうなの? いっつも一緒にいるもんだから付き合ってるのかと思ってたけど……。でも愛莉ちゃんは兄ちゃんのこと好きだよ、絶対!」


「んなわけないだろ? ……て、もうこんな時間か。もしかして晩飯で呼びに来たのか?」


 健太の話を適当に流しつつ、時間を確認した。携帯には、19:42と表示されていて、いつもなら晩御飯を食べ終わっているくらいの時間だ。


「ああ、そうだった。帰りに愛莉ちゃんと会ってさ。そんで兄ちゃんが告白されたなんて聞いたからご飯のこと忘れてたよ」


 やはり愛莉か。あいつにバレると問答無用で弟にまで情報が行くからあまり隠し事は出来ない。あいつらで話す分には何も構わないのだが、俺の情報を筒抜けにされるのは勘弁してほしいものだ。


「僕はもう食べちゃったから兄ちゃん早く食べてきなよ」


「ああ、そうする。ありがとな」


 俺は立ち上がって弟を部屋から追い出すと、そのまま電気を消して部屋を出た。


 リビングに行くと、晩御飯がテーブルに並べられていた。


 俺は席に着き、ご飯に手をのばす。


「いただきます」


 テレビも付いていない部屋で黙々と箸を進めた。静かだ。いつもは健太が横でうるさいため、賑やかではあるのだが、たまには静かに食べたくもなる。今日は健太が先に食べ終わっていた為、食卓にはいない。親も共働きで、どういう理由かは知らないが夜に仕事に出かけるために、夕飯は俺と健太が交代で作ることになっている。


「ごちそうさま」


 十分程度で食べ終わり、食器をまとめて片付ける。


「ああ、兄ちゃん。お風呂沸いてるからね、さっさと入っちゃったら?」


 食器を片付けたタイミングで弟が声をかけてくる。なんだろう、俺の周りの奴らは俺の行動を監視でもしているのだろうか。


「ああ、そうするよ」


 俺はすっきりしないまま、部屋に戻り寝巻きを用意してから風呂場に向かう。


 一人の時間が出来ると、頭の中を整理したくなる。今日は告白されるという一大事があったため、そのことで頭がいっぱいだった。


「どうしようか」


 正直、告白なんてされたことはない。最初は付き合う気もなかったから告白されても断るつもりでいたのだが、理香の真剣な顔を見てしまったら無下に断ることなんて出来ない。


 だいたいなんで俺なのか、と思ってしまう。もっといい男はいっぱい居るだろうに。


 シャワーを流しながら、周りに聞こえない程度にため息をもらす。


「はぁ……」


 どうすればいいのかわからなくなり、髪をわしゃわしゃとかき回す。


「悩みも水と一緒に流れればいいのにな……ってポエマーかよ俺は」


 自分自身にツッコミを入れつつ、体を洗い流していく。


 風呂から出て自室に戻ると、まず携帯を取りメール作成画面を開く。


「返事がしたいから明日にでも空けといてくれないか?」


 そう打ち込み、理香に宛先を設定してメールを送信する。返事はすぐ返ってきて「わかりました、空けときますね」とあまりにも簡素な返事が返ってきたので、少し不安になっ


た。


 あまり深く考えてしまってもいい答えは出ないし、今日はもう寝よう。そう決めて目を閉じた。

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