第20話
緩やかなウェーブの掛かった金髪に、澄んだ蒼い瞳を持つ少女――シャーロット。
彼女は王都で開催されていたオークションの参加者であり、幸運にもグラート商会の支部がある街を領地に持つウォーレン伯爵家の一人娘でもあった。
だから、彼女はいち早く、リスティアの存在に気付くことが出来た。
ウォーレン伯爵家の領地に、アーティファクトを売りに出した少女がいると知ったシャーロットは、リスティアの噂を従者に調べさせることにした。
最初は、ちょっとした興味本位だった。
もし他にアーティファクトか、それに準ずるエンチャント品を所有しているのなら、それを見せてもらいたい。あわよくば売ってもらいたい。その程度の軽い気持ちだった。
――けれど、シャーロットのもとに届いた情報は全てが意味不明だった。
いわく、壊滅した調査隊の生き残りを救い、迷宮に巣くっていたドラゴンを消し飛ばした。
いわく、街に入る際、身分証を発行する手数料代わりにエンチャント品を手渡した。その品を受け取った門番の奥さんは重傷を負っていたのだが、次の朝には元気になっていた。
恐らくは、そのエンチャント品がアーティファクトだったと思われる。
いわく、街に入った翌日には孤児院におもむき、院長の座に収まった。黒い噂の絶えなかった前院長は行方不明で、始末されたと予想される。
このことから、市長とは繋がりがないと考えられる。また、大胆で手段を選ばない性格のようだが、子供達には非常に人気らしい。
いわく、孤児院を建て直すために、莫大な私財をなげうった。困っている子供を助けたいと、本人は言っているらしい。
オークションでブローチを売り払ったのは、この資金集めのためだと思われる。
いわく、孤児院を建て直す際、古い孤児院を敷地の隅っこに移動させた。また、100キロを超えるような建材を軽々と運んでいたらしい。
いわく、新しい孤児院には、未知の技術が使用されている。部屋は常に快適な状況を保っており、水も蛇口なるものを捻ると取り出せるらしい。
いわく、孤児院でオープンした食堂には、砂糖をふんだんに使った至高のお菓子の数々が、ありえないほど安く、庶民の手に届く価格で売られている。
いわく、リスティアちゃんは、天使のような妹だった。次に来店するときも、絶対にリスティアちゃんを指名します。
などなど。他にも色々と書かれていたが、シャーロットにはいまいち理解できなかった。
「……と言うか、最後の感想はなんですの?」
噂を集めれば集めるほど意味が分からなくなる。報告書を読み終えたシャーロットは、どっと疲れたような顔をした。
ただ、もし仮に、噂が半分でも本当であれば、ただ者ではない。リスティアがウォーレン伯爵領にとって毒となるか薬となるか、見極めなくてはいけない。
取り込むか……場合によっては、排除する可能性も出てくるだろう。
それを見極めるためにどうするべきか。逡巡したシャーロットは、孤児院の食堂に目をつけた。リスティアも働いているそうなので、身分を偽って接触することは可能だろう。
シャーロットは手元のベルを鳴らし、リスティアのいる街へ行く旨をメイドに告げた。
そして数日後。平民に扮したシャーロットは孤児院の前へとやって来た。連れてきた護衛達には店の周辺を警戒するように指示を出し、食堂へと足を踏み入れる。
「……これが、孤児院食堂……?」
店内を見回したシャーロットは、その内装に圧倒されていた。
例えば、壁一つ取ってみても意味が分からない。レンガや石、もしくは木張りが普通だが、ここの壁はなにやら、繊細な模様の描かれた布かなにかが貼り付けられているようだ。
思わず手で触れると、ぷにっと弾力があった。
……なんだか不思議な素材ですわね。どういった理由で、こんな素材を使っているのかしら? ぶつかっても痛くない? それとも……断熱かしら。
為政者としての教育を受けているシャーロットは、部屋の環境などから分析をして、わりと正確な答えを導き出した。
そして、そんな技術と知識を持っているであろう、孤児院の管理者に舌を巻く。
本当に凄い。よく見ると、不思議なのは壁だけじゃないわ。なによ、あの窓の透明なガラスは。あんなの、王城でも見たことがありませんわよ。
それに、この飾ってある壺はつるっとしていて光沢があって……うん、結構重いわね。いったいなにで出来ているのかしら?
ガラスはもちろん、調度品の一つ一つが実家にある芸術品よりも優れていることに気付き、シャーロットは呆然となった。
「これは……油断していると飲まれますわね」
「お帰りなさい、お姉ちゃん」
「――ひゃう!?」
いきなり背後から声をかけられて、シャーロットをびくりと身をすくめた。その瞬間、手に持っていた壺を取り落としてしまう。
――ガシャンと、未知の材質で出来た芸術的な壺が砕け散ってしまった。
「あ、あぁ……なんて、なんてこと」
「あらら……大丈夫?」
「大丈夫じゃないですわ! わたくし、壺を割るなんて粗相を……っ。申し訳ありませんっ」
伯爵令嬢である自分ですら見惚れるほどの芸術品を割ってしまい、シャーロットは顔を青ざめさせる。だけど――
「うぅん、壺の話じゃなくて。お姉ちゃんに怪我はない?」
まるで壺よりも怪我の有無の方が心配だとでも言いたげな声。不思議に思ったシャーロットは、その声の方に視線を向ける。
そこには自分と同い年くらいの――精錬されたデザインのメイド服を身に纏い、窓から差し込む光を浴びて漆黒の髪を輝かせている、まるで天使のような女の子が微笑んでいた。
「……どうしたの、ぽーっとして。やっぱりどこか怪我でもした?」
「あっ、す、すみません。怪我はしていませんわ。でも、壺を割ってしまいました。この壺は、なんとかして弁償させて頂きます!」
我に返ったシャーロットは、慌てて深々と頭を下げる。
「弁償なんてしなくて良いよ。すぐに自己修復するし」
「そうは行きません。どう見積もっても金貨数百枚は下らないはず……って、自己修復?」
それはいったい、どういうことかしら? なんて思ったシャーロットの視界の端っこ。壺の破片が散らばっていた辺りで、淡い光が発生していた。
それを見たシャーロットはこの上なく驚いた。砕け散った壺が淡い光を放ちながら、元の姿に戻っていったからだ。
ただ、壺が再生する姿を見て、ありえないと思ったのではない。その現象に心当たりがあったからこそ驚いたのだ。
「そんな、まさか……まさかこれはっ! 自己修復機能を施されたアーティファクト!?」
神話の時代には、今よりも優れた芸術品が存在していたと言われている。そして、そんな芸術品の中には、自己修復機能をエンチャントされた作品が存在していた。
神話の時代に実在した、真祖の末娘が作ったと言われるシリーズだ。彼女は自分の名が表に出ることを嫌ったのか、真祖の末娘が作ったとされる芸術品は全て無銘であった。
本来であれば、無銘であるがゆえに、誰が作ったかは分からない。けれど、真祖の末娘が作った芸術品には必ず、自己修復機能がエンチャントされているという。
よって、彼女の作った作品は、無銘シリーズと呼ばれている。
決して朽ちないがゆえに、数はそれなりにあると言われているが、優れた芸術品であるがゆえにどれも国宝級の扱いをされていて、実際に目にするのはシャーロットも初めてだった。
どうして食堂の片隅にそんな代物が……と、シャーロットは戦慄するが――
「うぅん、あたしが趣味で作ったただの壺だよ」
「…………え?」
なにを言われたか意味が分からなかった。そして、混乱する頭を必死に働かせ、先ほどの自分の発言に対する答えだと気がついた。
そして――やっぱり意味が分からなかった。
趣味とは、専門ではなく、楽しむ目的でする事柄。つまりは、素人が作った壺と言うことになるのだけど……その美しい見た目は、間違いなく国宝級の芸術品。
そもそも、神話の時代にしか存在しないはずの、自己修復機能がエンチャントされている、紛れもないアーティファクトの芸術品。
なのに、趣味で作ったとはどういう意味なのか。それではまるで、無銘シリーズに匹敵する芸術品を、目の前の少女が趣味で作ったかのようではないか。
……なんて、そんなはずはありませんわよね。きっと、目の錯覚ですわ。
本当は、壺は少し珍しいだけのデザインで、今も粉々に砕け散ったままのはず――と、目をゴシゴシと擦って壺を見直すが、やはり完全に修復されている。
……お、おかしいですわね。どう見ても修復されていますわ。そして、どう見ても素晴らしい芸術品としか思えませんわ。
「どうかしたの、お姉ちゃん」
「いえ、その……割れたはずの壺が、元に戻っているような気がして……」
「え、それがどうかしたの?」
きょとんと問い返されてしまった。それはまるで、自己修復したのが事実で、当たり前であるかのような物言いで、シャーロットは混乱する。
「えっと……その、壺が自己修復したのは、事実、だと?」
「そうだけど?」
「そうだけど……って、そんな、
シャーロットが耐えきれなくなって声を荒らげる。その瞬間、笑顔を浮かべていた少女が、初めて慌てたように見えた。
「そ、そうだよね。普通はありえないよね。でも安心して、これは魔法とかアーティファクトとか、そう言うのじゃなくて、ただの手品だから」
「手品……ですか?」
「うんうん、そうだよ?」
少女は無邪気に微笑んでいる。
本音を言えば、その少女がなにを言っているか、よく分からなかったけれど……少女が趣味で無銘シリーズと同等の品を作ったなんて非現実的な話よりはあり得ると思った。
だから――
「……手品なら仕方ありませんわね」
シャーロットは達観した面持ちで呟いた。
「ところで、お姉ちゃん」
「あの、さっきから気になっていたんですが、そのお姉ちゃんというのは……」
貴族は一度あった者の顔を忘れないように訓練を受ける。それで一度あった者は絶対に忘れない――とはならないが、これだけ可愛らしい少女であれば、絶対に忘れるはずがない。
そこまで考えたシャーロットは、自分が平民に扮していることを思い出した。正体を偽る今の自分に、知り合いがいるはずがない。
「申し訳ないのだけれど、貴方とは初対面じゃないかしら?」
「そうだよ。あたしとお姉ちゃんは初対面だよ」
「……はい?」
なにを言って――と、喉元までこみ上げたセリフは、けれど寸前で飲み込んだ。報告書に書かれていた、意味不明だったあれこれを思い出したからだ。
「……もしかしてこのお店では、お客をお姉ちゃんと呼ぶということかしら?」
「うん、そうだよ。女の人はお姉ちゃんで、男の人はお兄ちゃん。でも、他に希望があれば、呼び方や態度を変えることも出来るよ。例えば、私がお姉ちゃん役とか……」
どうかな? なんて微笑みかけられて、シャーロットは毒気を抜かれてしまう。
実際のところ、どちらが年上かは分からないが、店員を姉と呼ぶ理由はないので、今のままでかまいませんわと答えた。
「……しょんぼり」
「え、なんですか?」
「うぅん、なんでもないよ、お姉ちゃん。それじゃ、席に案内するね~」
「――あ、ちょっと待ってください」
身をひるがえしたメイドを慌てて引き留める。
足を止め、クルリと肩越しに振り返る。黒い髪をなびかせる少女の美しさに、シャーロットは思わず息を呑んだ。
「なぁに、お姉ちゃん」
「じ、実は、リスティアさんを指名したいんですけれど」
「えへへ、ご指名ありがとう、お姉ちゃん」
リスティアを指名したいという言葉に対し、目の前の少女が微笑む。
その意味は――
「もしかして、貴方がリスティアさん?」
「うん、そうだよぉ。……知らないで指名したの?」
「あ、えっと、それは、噂を聞きまして」
失敗したわねと、シャーロットは唇を噛む。これで、警戒されては元も子もない――と心配したのだけれど、リスティアは「そうなんだぁ」と微笑んだ。
「それじゃ、席に案内するね~」
楽しげな足取りで先行するリスティアの後を、シャーロットは慌てて追いかけた。そうして案内された席に座ると、テーブルの上にメニューと水の入ったコップが差し出された。
それを見たシャーロットは、メニューに使用されている不思議な素材に驚き、とんでもなく高価そうなガラスのコップが無造作に置かれたことに驚愕。
そもそもリスティアが、さっきまで手ぶらだった事実に思い至って戦慄した。
「さっきから、なにが、どうなって……」
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
「い、いえ、なんでもありませんわ。それより、なにかオススメはありますかしら?」
「そうだねぇ……ちゃんとした昼食とお菓子、どっちが希望かな?」
「そ、そうですわね。それではお菓子で」
「じゃあ、ダージリンのストレートと、バニラアイスなんてどうかなぁ」
「……バニラアイス、ですか? 聞いたことがありませんが……」
「冷たくてあまぁい、あたしの大好きなお菓子だよ」
「リスティアさんの……で、では、それをお願いいたしますわ」
「それじゃ、ダージリンのストレートと、バニラのアイスのご注文だね。すぐに持ってくるから、少しだけ待っててね」
微笑みを残して、厨房へと立ち去っていく。そんなリスティアを見送ったシャーロットは、ほうっと息を吐く。伯爵家の一人娘として厳しく育てられたシャーロットに、いまのように親しく接してくれる相手はいないため、とても新鮮な気持ちになった。
そう言えば、わたくし、妹が欲しかったんですわよね……って、違います。今はそんなことを考えている場合ではなく、リスティアさんの人柄を知るのが先決ですわ。
そんな決意を新たにしたシャーロットだが――
「――あ、甘くて冷たい。あっさりとしているようで、それでいて濃厚な、まったりとした味わい。口の中で溶けていく至高の舌触り。これが、これがバニラアイス――っ!」
リスティアが持ってきたバニラアイスの虜になっていた。
「こんなっ、こんなに美味しいお菓子がこの世にあるだなんて。食べるのはもちろん、見たことも聞いたこともありませんわ!」
伯爵令嬢のシャーロットですら、これほどのお菓子は食べたことがない。もし王族がバニラアイスの存在を知れば、この店の料理人をなんとしても召し抱えようとするだろう。
つまり、このバニラアイスのレシピを独占することが出来れば、莫大な富を手に入れることだって不可能ではない。ウォーレン伯爵領を大きく発展させることが出来るだろう。
それほど衝撃的な美味しさだった。
「寡聞にも、わたくしはこのバニラアイスのことを知らなかったのですが、リスティアさんはいったいどこで、このレシピを手に入れたんですか?」
あくまで世間話――と言い張れるレベルで、さり気なく探りを入れる。
「あたしもよく知らないんだけど、ご先祖様が故郷から持ち込んだレシピなんだって」
「では、どこかの国には、このバニラアイスが普通に売られているんですわね」
もしそうであれば、その線で調べられるかもしれないと考えた。けれどそんなシャーロットの期待に反して、リスティアは無理じゃないかなぁと苦笑い。
「……どうしてですの?」
「ご先祖様の故郷は、この世界のどこにもないんだって、あたしはそう聞いてるよ」
「そう、でしたの……それは、申し訳ありません」
滅びた国――という意味だろう。そう読み取ったシャーロットは心からの謝罪を口にする。だけどそれと同時、次なる一手のために、必死に頭を回転させた。
この国で知られていないお菓子のレシピで、知っているのはリスティアだけ。もしくはごく限られた人間だけ。
なんとしても、そのレシピが欲しい。
「でも、お姉ちゃん、どうしてそんなことを聞くの? もしかして、バニラアイスの作り方を知りたいって思ってる?」
「え、いえ、それは……」
まずい――と、シャーロットは焦る。これは、慎重に慎重を期す案件だ。
こちらがなにを置いても欲しがっていると知られては、交換条件にどんな無理難題をふっかけられるか分かったものではない。
ここはなんとかごまかさないと――と、思い詰めたシャーロットの眼前に、メニューと同じような、薄っぺらい素材が突きつけられた。
「な、なんですのこれは」
「それは、羊皮紙の代わりになる、紙って言うんだよ」
「紙、ですか……こんなに、薄くてつるつるの……素晴らしい技術ですわね」
「紙じゃなくて、そこに書いてある文字を見て欲しいなぁ」
「文字ですか? たしかに、なにか書いてあるようです――えぇっ!?」
紙に書き込まれた文章に目を向けたシャーロットは息を呑んだ。最初の一行に書かれていたのが『美味しいバニラアイスの作り方』だったからだ。
「まさ、か……」
ありえないと思いながらも、シャーロットは紙に書かれたレシピに目を通す。その内容が事実かどうかはともかく、たしかにバニラアイスの作り方が書いてあった。
――どういうこと、かしら?
なにかの罠? それとも、わたしくを引き下がらすための、嘘のレシピかしら? ……そうね。知らない材料があるし、見ただけでは本物かどうか分からない。
レシピを教えたんだから、再現できないのはそちらが悪いと、言い逃れが目的な可能性も否定できないわね――と、シャーロットは考えた。
「お姉ちゃん、なにか分からないところはある?」
「え!? お、教えて……くださるんですの?」
「うん、いまはお店も混んでないし、大丈夫だよ?」
「で、では、このバニラエッセンスというのはなんですの?」
「それはバニラという植物の種子鞘をキュアリングして――」
リスティアが説明を始めるが、シャーロットにはまるで理解できなかった。
だから、これはやはり煙に巻くための方便で、実際にバニラアイスの作り方を教えるつもりはないのだと思ったのだけれど――
「あ、良かったら厨房で作ってるところを見る?」
「みみっ見せて、いいいっ、頂けるんですか!?」
「うんうん。それに、必要ならバニラの苗も分けてあげるよ」
「えええええええええっ!?」
まさに金のなる木を、なんの躊躇いもなく差し出す。
そこに、どんな思惑があるのか、どれだけ考えても想像できない。そして、実際に厨房に連れて行かれ、作り方を教えられてしまったので、ますますもって意味が分からない。
――これは夢? それともわたくしは、知らないあいだに悪魔かなにかと契約させられたんですの? もしかしてわたくし、ここから生きて出られないんでしょうか?
リスティアはただ単純に、シャーロットをお姉ちゃんと呼びながらも、内心ではお姉ちゃんぶって、あれこれ教えてくれているだけ。
――なんて予想できるはずもなく、シャーロットは混乱の境地に至っていた。
「あ、貴方はどうして、わたくしにレシピを教えてくださったのですか?」
生きてここから出られないかもしれない。そんな恐怖に押しつぶされそうになりながらも、必死の思いで尋ねた。
そして――
「あたしは、困ってる子がいたら助けたいって、そう思ってるだけだよ」
リスティアは紅い瞳を細めて微笑んだ。透明で優しくて、怯えるシャーロットを包み込むような、優しい表情だった。
「あな、たは、いったい……何者、なんですの?」
「あたし? あたしは普通の女の子だよ?」
「普通の女の子……ですか」
まったくもって笑えない冗談だ。
伯爵令嬢のシャーロットよりも優雅で、莫大な富を生み出す知識を知りながら、まるで執着がない。そして困っている子を放っておけないという慈愛に満ちた性格。
そんな普通の女の子がこの世界にいてたまるもんですかと、シャーロットは思った。
「リスティア店長、ちょっと来て~」
「はーい。……えっと、ごめん、あたしちょっと言ってくるね。まだ見たければ、お姉ちゃんは好きに見てくれて良いよ。分からないことがあれば、マリアに聞いて良いからね」
リスティアはそう言って、フロアへと歩き去ってしまった。一時は死すら覚悟したというのに、あっさりと置き去りにされたシャーロットはぽかんとその後ろ姿を見送る。
「お姉さん――じゃなくて、お姉ちゃん。分からないことがあったら、私に聞いてね」
突然背後から声をかけられ、シャーロットはびくりと身をすくめる。そうして慌てて振り返ると、銀髪の髪にブルネットの肌の少女がいた。
見た目のわりに、やたらと妖艶な雰囲気を纏う少女だが、先ほどのリスティアと比べるとかなり普通のイメージで、シャーロットは少しだけ安心した。
「ええっと、貴方がマリアさん、ですか?」
「ええ、そうよ。それで……貴方は何者?」
いきなり核心を突かれて、シャーロットは目を見開いた。
「その反応、やっぱりなにかあるのね」
「……どうして、そう思われるのですか?」
露骨に動揺してしまった手前、あまりごまかしは利かない。シャーロットには、そんな風に聞き返すのが精一杯だった。
「……理由? そうね……なんとなく、かしら」
「なんとなくって……」
そんな曖昧な理由で、自分は引っかけられたのだろうかと困惑する。
「私ね、前の院長にお花を売らされていたの」
「お花、ですか? それって――まさかっ!?」
考えうる最悪の可能性に気付き、シャーロットはマリアをまじまじと見た。そして、マリアが背丈に見合わぬ妖艶さを持ち合わせている事実をあらためて意識した。
「予想どおりだと思う。けど、いまは平気。リスティア院長に救われたから」
「ですが――」
シャーロットはなおも言いつのろうとするが、マリアに手で遮られてしまった。
「本当に平気よ。でも、それはリスティア院長が来てくれたから。だから、貴方が何者か識らないけど、もしリスティア院長になにかするつもりなら……」
決して許さない――と言わんばかりに見上げてくる。幼い少女から放たれる無言の圧力に、シャーロットはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「……貴方の忠告、肝に銘じますわ」
「そう、だったら、私から言うことはないわ。あぁでも、厨房のことで、私になにか聞きたいことがあるなら答えるけど」
「いえ、今日は帰ります。リスティアさんには、また来ると伝えてください」
シャーロットは食事の代金を少し多めに支払い、食堂を後にする。
そうして考えるのは孤児院とリスティアのこと。どうするのがウォーレン伯爵家に取って、ひいては領民のためになるか。そんなことを考えながら、帰路についた。
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