第19話

 孤児院の建て直しともなれば、数ヶ月は必要となる――と、マリアは思っていたのだけれど、結果的にはその三分の一程度の時間で終わってしまった。

 リスティアが大工達に、あれこれ手を貸したからだ。

 しかも、旧孤児院の撤去は文字通り一瞬、まばたきしているあいだに終わってしまった。懐かしくなったら、また取り出すからね――って、もはやなにがなんだか。

 常識的に考えてありえないけれど、リスティアにとってはそれが普通。そんな非常識な現実に、マリア達は順応しつつあった。


 ともあれ、孤児院の建て直しは完了。その日の夜、リスティアから食堂に集まるように言われて、マリアを初めとした子供達は食堂に集合する。


 ただ、集まる前に渡された服を着て来るように――と言うことだったのだけれど、マリアが渡されたのは、スカート裾の短いメイド服だった。

 この数ヶ月で積み上がったリスティアに対する信頼があるので、着替えを拒否するなんてことはなかったけれど、マリアはどうしてメイド服なんだろうと首を傾げた。


「みんなお待たせ。……うん、着替え終わってるね」


 お店のフロアに遅れてやって来たリスティア自身は、ゴシックドレスを身に纏っている。サラサラの黒髪もそのままで、なにやらお嬢様といった立ち姿。

 マリアは同性ながらに、リスティアの立ち姿に見とれてしまった。


「マリア?」

「……え? な、なにかしら?」

 いつの間にか、リスティアに顔を覗き込まれていて慌てる。

「その制服、なにか問題はないかな? って聞いたんだけど」

「あ、あぁ……大丈夫よ。とっても着心地が良いわ。でも……どうしてメイド服なの?」


 マリアは首を傾げる。

 ちなみに、マリア以外の女の子もメイド服で、男の子は執事服というチョイス。子供達は気に入っているようだけど……どうして食堂でそんな制服なのかと首を傾げる。

 けれど――


「どうして……って、食堂と言えばメイドや執事でしょ?」

 リスティアは本気でそう思っているらしい。むしろ、どうしてそんなことを聞くの? とでも言いたげな表情だ。


 ちなみに、リスティアはお城暮らしだったので、食堂で働いていたのはメイドや執事。素で言っているのだが、リスティアの素性を知らないマリアには分からない。


「……まあ、どうせ私は厨房だし、かまわないけどね」

 食堂をすると聞かされた時、マリアは焦っていた。

 相手が同性でも、急に触れられると反射的に払いのけてしまう。ましてや年上の異性なんて、近寄られるだけでも恐くなる。

 とてもじゃないけれど、フロアでは働けないと思っていたからだ。


 けれど、リスティアはその辺りの気持ちも考えてくれていたようで、マリアが厨房で働けるように、料理を教えてくれた。

 色々なことで非常識だけど、凄く思いやりのある、優しいお姉ちゃん。それがリスティアに対する、マリアの評価だった。


 もっとも、恩人で孤児院を管理する立場にあるリスティアを、お姉ちゃんだなんて呼べるはずもなく、本心を隠してリスティア院長と呼んでいる。

 もしリスティアが知れば、そこはお姉ちゃんと呼ぼうよ! とマジ泣きするだろう。


「この食堂を作ったのには、いくつか目的があるの」


 リスティアが切り出した途端、子供達は一斉に口を閉ざして注目する。この数ヶ月で、リスティアはすっかり子供達の信頼を勝ち取っていた。

 自分はもっと長い時間が掛かったのに――と、マリアはほんのちょっぴりの嫉妬。そしてそれ以上に、自分を救ってくれたリスティアはこんなに凄いんだって誇らしい気持ちになる。



「まず一つ目は、みんなに働く経験をして欲しいということ」

 リスティアが最初に切り出したのは、子供達の手に職をつけさせるというお話だった。他の子供達はピンときていないようだったけど、マリアにはその理由が良く分かった。


 マリア自身もそうだけれど、孤児達はやがて、孤児院を巣立たなくてはいけない。そして、そのときに一番困るのは、働き先が見つからないと言うこと。

 でも、孤児院にいるあいだに働く経験を積めば、将来的に職を見つけやすくなるはずだ。


 マリア達にとっては凄くありがたい話だけど――孤児院は街の外れ、丘の上にぽつんと存在している。ただでさえ、黒い噂があった孤児院と言う理由で敬遠されそうなのに、人通りはないに等しい。とてもじゃないけど、採算が取れるほどのお客さんが来るとは思えなかった。


 もっとも、リスティアであれば、採算なんて取れなくても良いと言いそう――程度のことはマリアも予想している。けれど、客が来なければ、働く練習にもなりはしない。

 それをどうするのか――とマリアが考えていると、リスティアはちょうどその話を始めた。


「フロアで働くみんなに、一つのルールを設けるね。それは、お店に来たお客さんを、お兄ちゃん、お姉ちゃんと呼ぶことだよ!」


 リスティアが高らかに宣言する。それを聞いた他の子供達は、ぽかんとした表情。だけど、マリアはその言葉を聞いた瞬間、さすがリスティア院長だと感心した。

 なぜなら、奉仕活動を数多くさせられたマリアは、年上の男性が『お兄ちゃん』とか『お父さん』とか呼ばれると喜ぶことを経験で知っていたからだ。


 孤児院の子供達は奉仕活動を目的とした奴隷候補として集められていたので、もともと磨けば光る素材が多かった。

 それに加え、リスティアの介入によって、子供達はこれでもかと磨かれている。やたらと美少女や美少年の集まる孤児院とかしていた。

 そんな子供達――ましてやリスティアに、お兄ちゃんお姉ちゃんと呼ばれるのなら、街外れであろうと足を運ぶ客はいるはずだ。


 ちなみに、マリアはお兄ちゃんと呼ぶように強制されたことがある。だからその辺りのあれこれは、マリアに辛い過去を思い起こさせる。

 けれどリスティアは、マリアが厨房で働けるように取り計らってくれているし、もしなにかあったとしても、必ず護ってくれると信じられる。

 ここ最近のあれこれで、リスティアに対する信頼が限界を突破していたマリアは、これもきっと私に対するリハビリで、私のことを考えてくれているんだと受け取った。


 綺麗で優しくて、思いやりもあって、発想も豊か。このリスティアお姉ちゃんにずっとついていきたいと、マリアは心から思う。だから、マリアは精一杯の敬意を込めて、「分かったわ、リスティア店長」と呼んだのだが――なぜか、リスティアはくずおれた。


   ◇◇◇


 オープン初日。リスティアは食堂の控え室でしょんぼりしていた。

 興味本位で来てくれたお客さんがちらほらいるとは言え、まだあまりお客さんが来ないことが理由――ではなく、子供達にお姉ちゃんと呼んでもらえなかったからだ。

 まさか、お姉さんから院長先生。院長先生から店長に移行して、お姉ちゃんが遠ざかるとは夢にも思っていなかった。非常にしょんぼりな結果である。


 もちろん、お客さんを、お兄ちゃんお姉ちゃんと呼ぶように言っただけで、自分もそう呼んでもらえるようになると考えていたわけではない。

 ただ、練習でお姉ちゃんと呼んでもらって、それを足がかりに――なんて考えていたリスティアは、見事に出鼻を挫かれてしまったのだ。


 はぁ……マリアはあたしのこと、お姉ちゃんみたいには思ってくれてないのかなぁ。あたしはみんなのこと、妹や弟みたいに思ってるんだけどなぁ。

 お姉さんと呼ばれていた頃が懐かしいよ……と、リスティアは嘆いた。


 もちろん、強制的にお姉ちゃんと呼ばすことは簡単だ。けれど、リスティアが望むのは、お姉ちゃんと呼ばれることではなく、お姉ちゃんと慕われること。

 強制しては、その目的は叶えられない。


「リスティア店長、少し相談があるんだけど……もしかして疲れてる?」

 控え室に顔を出したマリアが、そんな風に尋ねてきた。それを聞いたリスティアは、ささっと背筋を伸ばして微笑みを浮かべる。


「大丈夫だよ。それに、マリアの相談なら喜んで聞くよ」

「あ、ありがとう」

 マリアは少し頬を赤らめた。リスティアのセリフと笑顔に魅せられているのは明らかなのだが、リスティアと話す相手は大抵こんな感じなので、リスティアは気付かない。


「それで、相談ってどんな内容?」

「実はお客さんから要望があって、メイドを指名できないかって」

「指名って……どういう意味?」

「ほら、テーブルごとに一人ついて、対応することになってるでしょ?」

「あぁ……そっか」


 現在は順番に給仕をさせているので、客にどの子供がつくかは性別も含めてランダムだ。性別はもちろん、誰に給仕をしてもらいたいという要望もあるのだろう。


「対応できる範囲なら指名しても良いって伝えて。ただし、問題を起こすようなお客さんは、叩きだして良いからね」

「……ありがとう、リスティア店長」

 マリアが喜んでくれて、あたしも嬉しいとリスティアは思ったのだけれど――


「じゃあ、最初のご指名よ、リスティア店長」

 続けられた言葉は意味が分からなかった。


「えっと、どういうこと?」

「例の大工さん達が来てるんだけど、リスティア店長に給仕をしてもらいたいと」

「……あたし?」

「ええ、そうよ。もしそのつもりがなければ、断ってくるけど」

「ふみ……」


 リスティアには姉がいたので、妹として振る舞うことはやぶさかじゃない。けれど、リスティアの目的はあくまで、子供達にお姉ちゃんと慕われること。

 そのためにはどうするべきかを考えた。


 その結果――リスティアは自らもメイドとして働くことにした。


 今までのリスティアは店長。けれど、同じメイドになればみんなの先輩。つまりは、お姉ちゃんと慕われるかもしれないと思ったからだ。


「良いよ。それじゃ、すぐに着替えてくるねっ」

「分かったわ、少し待つように伝えておくわね」


 クルリと身をひるがえし、マリアが控え室から退室する。それを見届けると同時、リスティアはワンピースの両肩部分を手で摘まんで、ふわっと脱ぎ捨てた。

 そうして可愛らしいブルーの下着姿になったリスティアは、アイテムボックスにワンピースを収納。代わりに食堂の制服であるメイド服を取り出す。


 そして瑞々しい身体を、メイド服で包んでいく。

 更には髪を背中で無造作に束ねていたヒモをほどいて解き放った。リスティアの艶やかな黒髪は、ヒモの痕一つ残さず、サラサラと流れ落ちる。


「えへへ、念のために作っておいて正解だったね」

 姿見の前でクルリと回って身だしなみをチェック。リスティアは柔らかに微笑んだ。その姿はまさしく天使と呼ぶにふさわしい姿だった。

 リスティアは「うん、どこからどう見ても普通の女の子だね」とか呟いているが。



 それからリスティアは食堂のフロアへと顔を出し、まずはにっこりと微笑みを浮かべる。

 そんなリスティアに気付いた子供やお客達が、可憐な立ち姿に目を奪われるが、リスティアは気にせず大工のウッド達がいる席へと向かった。

 貴族のようにしずしずと――ではなく、軽やかな足取りでウッド達の前に。


「えへへ、お帰りなさい、お兄ちゃん~」


 メイド服に身を包むリスティアの天使スマイルは、見ていた者達を一瞬で虜にした。あまりに衝撃的だったのか、ウッド達は硬直している。


「ウッドお兄ちゃん、ご注文は決まったの?」

「う、あっ……っと、嬢ちゃん、俺はお兄ちゃんなんて歳じゃねぇ。出来れば他の呼び方にしてくれねぇか?」

「えっと……なら、ウッドお父さん?」


 小首をかしげて問い返す。それを聞いたウッドは身を震わせた。


「な、なんだこの、言いようのない感動は。俺もこんな娘が欲しかったっ!」

「ズルいぜ棟梁! リスティアちゃん、俺はお兄ちゃんって呼んでくれ!」

「はーい、お兄ちゃん」

「くあああああっ、最高かっ!」


 ウッドに続き、二人目の大工も身もだえた。


「俺、今日から毎日、この店に通うから!」

「お兄ちゃん、ありがとう~」

「やべぇ、俺もう、死んでも良い!」


 続いて三人目――と、大工達は次々にリスティアの虜になっていった。

 彼らはリスティアのファンになり、やがて自称普通の女の子を見守る会を発足。その勢力を大陸中に広めていくことになるのだが……まあそれは別の普通のお話。


「なにか、なにか俺に出来ることはないか!? なんでも言ってくれ!」

「それじゃ、注文してくれると嬉しいなぁ~」

「「「――任せろ!」」」


 という訳で、リスティアはウッド達の注文を受け、それを厨房にいるマリアに伝える。


「リスティア店長……もしかして、以前にもこういうお店をしてたの?」

「え? うぅん、初めてだけど?」

「そうなの? それにしては、妙に板についてるような……」


 マリアが首を傾げるが、リスティアはほとんど素だったりする。

 もちろん、お兄ちゃんと呼んでいるのは要望に応えているだけだけど、リスティアのまわりには今まで歳上の家族しかいなかった。つまりは、マリア達に話すリスティアがお姉ちゃんぶっているのであって、先ほどのような話し方こそが、リスティアにとっての普通なのだ。


「それより、マリアの調子はどう? なにか、分からないこととかない?」

「ありがとう。手際はまだリスティア院長に敵わないけど、今のところ問題はないよ」

「そっか。マリアは筋が良かったもんね」


 孤児院の建て直しをしている数ヶ月のあいだ、マリア達に料理の練習をさせた。

 中には戸惑う子もいたけれど、もとから孤児院の食卓を支えていたマリアは筋が良く、リスティアの持つレシピをどんどん吸収している。

 念のためにと訊いてみたのだけれど、杞憂だったようだ。


「もしなにかあったら、遠慮なく言ってくれて良いからね」


 リスティアは微笑む。そうしてマリアが料理をする様子を眺めていると、フロアからリスティアを呼ぶ声が聞こえてきた。


「――リスティア店長、ご指名のお客さんだよ~」

「はーい」


 アヤネの呼びかけに答え、リスティアは早足でフロアへ。指示された方に向かうと、ボックス席に座る、ナナミとエインデベル、それにリックの姿があった。


「ベルお姉さん、ナナミちゃん、リックさん。みんな来てくれたんだね」

「いやいや、そうやないやろ?」

「……ふえ?」

 いきなりダメ出しされて、リスティアはきょとんとした。


「このお店、客をお兄ちゃん、お姉ちゃんって呼ぶって聞いたで。だから、うちのことはベルお姉ちゃんって、呼んでや」

「ベルお姉ちゃん?」

「そうや、リスティアちゃんのお姉ちゃんやよ!」

 いきなりエインデベルが飛び掛かってくる。それをリスティアはひょいっと回避した。


「ちょ、なんで避けるん!?」

「メイドさんに触っちゃダメだよ~」

「せやかて、うちとリスティアちゃんの仲やん!」

「それでもダメだよぅ。例外を認めちゃったら、他の子供達が困るから」


 エインデベルに抱きつかれるリスティアを見て、メイドに抱きつく男が現れたら大変と言う意味。それを理解してくれたのだろう。

 エインデベルは「そういうことならしゃあないね」と諦めてくれた。


「でもそれやったら、このお店じゃないときやったらええか?」

 つまりは、エインデベルのお店に行ったときとかに、抱きしめさせろと言う意味。それを理解したリスティアは、小さく息を吐いた。


「もぅ、仕方ないなぁ。ベルお姉ちゃんだけ、と く べ つ だよ?」


 人差し指を唇に当てて、イタズラっぽく微笑む。それを見たエインデベルは「うわぁ、うちなんか、目覚めそうやわ」と身もだえした。


 リスティアはそんなエインデベルを放っておいて、リックに視線を向ける。


「えっと、リックさんもお兄ちゃんって呼んだ方が良いのかな?」

「え? いや、俺は、別に……」

「くくっ、意地はっとらんで、素直に呼んでもらったら良いやん」

「う、うるさいな、母さん。俺はリックさんのままで良いんだよ。と言うことでリスティアさん、俺はいままでどおりで良いから」

「はーい、リックさん」


 呼び方はいままでどおりだが、親しげな口調。リスティアの無垢な笑顔を向けられ、リックは思わず顔を赤らめた。


「それじゃ、みんな、ご注文は――って、ナナミちゃん、どうかしたの?」

 なぜか、ナナミがふくれっ面になっていることに気付いて首を傾げた。


「リスティア様、今日は私もお客さんですよ」

「それは分かってるけど……え、もしかして、ナナミお姉ちゃんって呼ばれたいの?」

「……ダメですか?」

「ダメじゃないけど……」

 ナナミに甘えるような視線を向けられて困惑する。


 もちろん、リスティアはナナミをとても気に入っているので、姉妹のように振る舞うのはやぶさかじゃない。けれど、リスティアが目指すのはお姉ちゃんであって妹ではない。

 そんなに、あたしって頼りないのかなぁとしょんぼりした。


 だけどすぐに、ナナミちゃんが望んでるのならと気持ちを入れ替える。


「分かったよ、それじゃ……ナナミお姉ちゃん」

「ふわぁ……ありがとうござます、リスティア様!」

 ナナミちゃんの話し方は変わらないんだ――と、リスティアは苦笑い。でも、ナナミちゃんが楽しそうだから良いかなぁとも思った。


「ところで、リスティアちゃん、この店のオススメは?」

「ん~そうだね。定食も美味しいと思うけど……あたしのオススメはショートケーキかな」

「……ショートケーキ?」


 三人とも、なにそれといった顔をする。


 マリア達も知らなくて、そのときは孤児院育ちだからかな? なんてリスティアは思っていたのだけれど、エインデベル達まで知らないとなると話は変わる。

 どうやら、この時代の人間は、お菓子の類いをあまり知らないようだ。


 ただ、リスティアが手本として作ったケーキは、子供達に大人気だったのは確認済み。なので、リスティアは自信を持って、アイテムボックスからショートケーキを取り出して見せた。


「甘くて美味しいお菓子。これがショートケーキだよ。良かったら試食してみて」

 三つのお皿に切り分けて、フォークを添えてみんなの前に並べる。


「へぇ……これがショートケーキなんやね」

 生クリームを不思議そうにフォークでつつく。三人はちょっと躊躇していたのだけれど、やがて意を決したように口に放り込み――一斉に目を見開いた。


「なに、これ、凄く甘くて美味しいんやけど!?」

「ふわぁ、リスティア様、これ、凄く美味しいです!」

「俺も、こんなの食べたことないぞ!」


 三者三様に目を輝かす。ほどなく、ナナミが「私、これを食べたいです」と口にしたのだが、エインデベルがそれに待ったをかけた。


「リスティアちゃん、これ……砂糖がかなり入ってるんと違うか?」

「そうだね。えっと……十個に切り分けてるから、一つ15グラムくらいかなぁ」


 みんな甘いのになれていないことを考慮して、若干甘さ控えめの数値――なのだが、エインデベルは思いっきり目をむいた。


「そ、そんなに入ってるんか。それやったら、むちゃくちゃ高いんと違うか?」


 この時代の人間にとって、砂糖は貴族の贅沢品――とまでは行かないが、かなりの高級品であることには変わりない。

 15グラムと言われて驚くのも無理からぬことだった。

 けれど――


「えっと……お値段はこれだけ、だよ」

 リスティアが可愛らしく指を立てる。

「えっと……それは、銅貨か? さすがに銀貨とはいわへんよね?」

「うぅん、鉄貨だよ」

「「「――はぁっ!?」」」


 エインデベルや、同席しているナナミやリック――だけではなく、耳をそばだてて聞いていた他の客も一斉に声を上げた。

 リスティアが示したのはランチとほぼ同じ値段。とは言え、甘い物はかなりの贅沢品なので、普通に考えてありえないくらい安い。と言うかありえない。


「な、なんでそんな安い値段なんか、聞いてもええか?」

 またなんや、非常識なことをしてるんと違う? みたいな目で見られる。


「それは、裏の畑で食材を自家栽培してるからだよ」

 リスティアはきっぱりと言い切った。

「……栽培?」

「うん、自家栽培だよぅ」


 比較的暖かい地方でも育てられるように品種改良したテンサイを、裏の畑に植えているのは事実――だけど、植えてすぐに砂糖になるわけじゃないし量も足りるはずがない。

 そういう名目で、アイテムボックスに大量にある在庫を使っているだけだ。


 将来的にはちゃんと自給自足にするつもりだが、現時点では無理がある。周囲で話を聞いていた客も当然ながらそれに気づき、この食堂は普通じゃない――と言う認識を抱いた。

 ともあれ、本来なら決して手が届かないようなお菓子を、安価に食することが出来る。客達がそんな幸運を逃すはずがなく、一斉にショートケーキの注文を始めた。

 そして――孤児院食堂は、瞬く間に有名になっていく。

 

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