第14話
「しょんぼりだよ……」
リスティアはいつになくしょんぼりしていた。
孤児院の子供達に、お姉さんと呼ばれていた。それは年上のお姉さんという意味だったけれど、もっと頑張れば自分のお姉ちゃんと言う意味に昇格できると信じていた。だと言うのに、頑張って孤児院を所有した結果、院長と呼ばれてしまったからだ。
しかも、マリアだけではなく、事情を知った孤児院の子供達全員から。
リスティアが子供達に慕われ、受け入れられている証拠なのだが、ただひたすらにお姉ちゃんと呼ばれたいリスティアに取ってはショックな結果だった。
という訳で、朝食後のリスティアは非常にしょんぼりしていた。
でも、いつまでも落ち込んではいられない。マリアに孤児院の建て直しを宣言したし、早急に計画を立てる必要がある。
だから――と、リスティアは孤児院の敷地を確認することにした。
やって来たのは、孤児院の裏手。
孤児院は街外れにあるせいか、敷地はかなり広い。孤児院が二つ三つは建つだけの敷地面積があるのだけど……まったく手入れは為されていなかったのだろう。
雑草が生えて、荒れ放題となっている。
うぅん……建て替えてるあいだどこに住むかを考えると、隣に新しく建てた方が良いかな?
そんな風に考えながら、目の前に広がる雑草を魔法で全て刈り取って一所に集めた。
リスティアの魔法をもってすれば一瞬で可能だ。
それどころか、穴を掘ったり、木材を加工したり、家を建てるのだって不可能じゃない。けれど、一人で家を建てるなんて、明らかに普通ではないと思われてしまう。
なので、建て直しには大工を雇って建ててもらう。そのためには、エインデベルのツテでエンチャント品を売らなきゃいけないという結論に至った。
「あたしはちょっと出かけてくるから、子供達のことをお願いして良いかな?」
玄関先にマリアを呼び出し、留守中を頼んでおく。
なお、マリアは孤児達の中では一番年上で、今までもみんなの面倒を見ていたらしい。
前院長は一切そういう仕事をしなかったそうなので、必然的に見るしかなかったというのが正解かもしれないけれど。とにかく、マリアなら安心して任せられるとお願いした。
けれど、どうしてだかマリアは不安そう。
「……どうかしたの?」
「えっと……昼食までには帰ってくるのよね?」
「うぅん、孤児院を建て直すための資金を調達しに出かけるから、お昼までに戻るのはちょっと難しいかなぁ。夕食までには戻ってくるつもりだけど」
「そう、なの?」
「うん。厨房に食材を置いておいたから、それでなにか作って食べておいてくれるかな?」
「それは……うん。分かったわ。だけど……その」
昨日働いたので、孤児院の一日の流れはだいたい理解している。
食事を子供達が作っていたのも知っているので、事前にアイテムボックスに入っていたお肉やら野菜やらを厨房に置いてきた。
それで問題はないはずなのだけど、マリアはやっぱり不安そうだ。
「どうかしたの?」
「えっと……その、ゲオルグ院長が帰ってきたら、とか」
「そっか、そうだよね」
ゲオルグ院長は、魂も残さず輪廻の理(ことわり)から旅立った。けれど、リスティアはマリアに、ゲオルグ院長は旅立ったとしか教えていない。戻ってくるかもと不安がるのは当然だろう。
「ん~……そうだ、ちょっと待ってね」
リスティアはアイテムボックスからひょいひょいと素材を調達。エンチャントの魔法を使って、念話が可能なマジックアイテムを作り出した。
「え、あれ? いまなんか、なにもないところから色々と出てきたような?」
ゴシゴシと目を擦るマリアの手を取って、手の平に小さな髪飾りを乗せた。
「えっと……?」
「手に触れている人の考えてる内容をあたしに伝える魔導具だよ。マリアにあげるから、髪につけておくと良いよ。マリアが呼んでくれたら、あたしはいつだって駆けつけるから」
「……ありがとう」
マリアはそう言って苦笑いを浮かべる。
――ふふっ、人に想いを伝える道具なんて、おとぎ話でも聞いたことないわよ。でも、あたしが心配してるから、こうして安心させようとしてくれたのね。
やっぱり、リスティア院長は優しいわね。
髪飾りはマリアの手の内にあるので、考えていることがリスティアに伝わってくる。
それを指摘してあげようかと思ったのだけれど、おとぎ話でもありえないと評されたエンチャント品の能力を証明するのは不味いかなぁと、黙っていることにした。
「それじゃ、行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
マリアに見送られ、リスティアは孤児院に背を向ける。その直後、「ふえっ!? いつの間にか敷地の雑草が全部刈り取られてる!?」と、マリアの驚く思念が伝わってきた。
なので、リスティアは問い詰められる前にと逃げ去った。
そうしてやって来たのは、エインデベルの経営するお店。
「いらっしゃい……って、リスティアちゃんやない」
「こんにちは、ベルお姉さん」
店番をしていたエインデベルに微笑みかける。直後、奥からバタバタと足音が聞こえた。そうして飛び出してきたのはナナミだった。
「リスティア様、無事だったんですね!」
リスティアの顔を見るなり声を上げ、リスティアに飛び掛かってくる。リスティアはその小さな身体を受け止めた。
「こんにちは、ナナミちゃん。もしかして、心配させちゃった?」
「それはしますよ。孤児院は色々と悪評がありますし、そんなところに行ったきり、夜になっても帰ってこなかったんですから」
「そっか……心配してくれてありがとうね」
ナナミはリスティアが真祖であることを知っている。人間では到底太刀打ちできない最強の生物。それを理解した上で、リスティアのことを心配してくれた。
もし妹がいたらこんな感じなのかな――と、リスティアは幸せな気持ちになった。
けれど、腕の中でリスティアを見つめるナナミがふくれっ面になっていく。
「リスティア様、心配したって言ってるのに、どうしてそんなに嬉しそうなんですか?」
「え、それはその……ごめんね?」
リスティアは謝罪するが、その顔はやっぱり微笑んでいて、ナナミはぷくぅと頬を膨らませて拗ねてしまう。それを見ていたエインデベルが笑い声を上げた。
「ナナミ、リスティアちゃんは、ナナミが心配してくれたのが嬉しくて笑ってるんよ」
「え……そうなんですか?」
ナナミが、リスティアの目を覗き込んでくる。
「うん、ナナミちゃんに心配されたのが嬉しくて……ごめんね」
リスティアは今度こそ申し訳なさそうな顔で謝罪する。
そしてお詫びとばかりに、アイテムボックスから素材を取り出し、マリアにプレゼントしたのと同じタイプの髪飾りを作り出した。
「触れて思えば、あたしに言葉が伝わるマジックアイテムだよ」
「え、ありがとうございます――って、リスティア様!?」
ナナミが慌ててエインデベルを盗み見る。
リスティアがエインデベルの前でエンチャント品を作り出したことを、ナナミは知らなかったので、またやらかしたと思って心配したのだ。
けれど、昨日も見ていたエインデベルは感心こそすれ、驚愕はしていなかった。
「はぁ……あいかわらずとんでもない腕やね」
「相変わらずって……もしかしてお母さんも?」
「ん? あぁ、リスティアちゃんの魔法なら知ってるよ」
「リスティア様……普通の女の子になるとか言ってませんでした?」
呆れた視線を向けられるが、リスティアは平然とその視線を受け止めた。
なぜなら――
「あのね、ナナミちゃん。最近は普通の女の子でも、エンチャントが出来るんだよ?」
「――って、ベルお母さんに言われたんですね?」
「……そうだけど?」
リスティアの返答に、ナナミはエインデベルを見る。そしてふいっとエインデベルが視線を逸らすのを見て、ナナミは天を仰いだ。
「……えっと、どうかしたの?」
「あの、ですね。良いですか? 心して聞いてください」
「う、うん」
「前にも言いましたけど、普通の女の子はエンチャントなんて出来ません」
「え、でも、ベルお姉さんが使えるって」
「――嘘です。リスティア様は、お母さんに騙されたんです」
「……え、そうなの?」
リスティアは嘘だよねと視線を向けるが、エインデベルは視線を逸らしたまま。リスティアは騙されたことを理解した。
「……むぅ、どうしてそんな嘘をついたんですか?」
そっぽを向いたままのエインデベルの横顔に問いかける。やがて視線と沈黙に耐えられなくなったのか、エインデベルがリスティアの方を見た。
「えっと……その、リスティアちゃんのエンチャントを見たくて」
「つまり、あたしがエンチャントを使えると見抜いて、カマを掛けたってことですか?」
「ま、まあ、有り体に言えば」
「そうですか……」
自分が騙されたことを知ったリスティアはため息をついた。
「リスティアちゃん、ごめんやよ」
「リスティア様、私のお母さんがごめんなさい」
二人揃って頭を下げる。そんな二人に、リスティアはやんわりと首を横に振った。
「謝らないでください、悪いのはあたしだから」
「え、でも……」
「カマを掛けられたことを見抜けなかったのはあたしだから。それに、カマを掛けられるほどに見透かされてたってことですから。ベルお姉さんは悪くないです」
天使のような笑顔で、天使のように寛容な言葉を口にする。
「うくっ、なんや、この罪悪感は……うちが、うちが悪かった! せやから、そんな純真な目でうちを見んといて!」
豊かな胸を押さえて苦しみだした。そんなエインデベルを見たリスティアは、思わず苦笑いを浮かべる。リスティアの姉もときどき、似たようなことをやっていたからだ。
「本当に、ベルお姉さんは悪くないですよ。ただ……」
「ただ?」
「次からは、正直に言ってくださいね。エンチャントくらい、ベルお姉さんにならいくらでもみせますから」
「え、ホンマに?」
エインデベルが急に真剣な眼差しを向けてくる。
「ホントです。ベルお姉さんはナナミちゃんの家族ですから」
「それは……信用しているナナミの家族やから、って意味なん?」
「そうですね。ナナミちゃんには正体を教えてますから」
「……正体?」
「ええ、あたしは――」
正体を明かすより早く、光の速さで飛び掛かってきたナナミに口を塞がれた。そして、強制的にお店の隅っこまで引っ張って行かれる。
「ストップです、リスティア様」
「……そうなの?」
「ええ、さすがにその事実を教えるのは、もう少し時間をおいてください」
「……まあ、ナナミちゃんがそう言うのなら」
別にあたしに拒否する理由はないよと、リスティアは素直に頷いた。そしてあらためて、エインデベルに向き直る。
「と言うことなので、あたしはごくごく普通の女の子です」
「……いや、まぁ……ええんやけどね」
ただ者ではなさそうだけど、ナナミを救った恩人であることは間違いない。そういう認識のエインデベルは、そのときになって教えてくれたら十分やよと言った。
「でも、エンチャントについては見せて欲しいなぁ」
「ええ、良いですよ~」
「見せるだけやのうて、出来ればあれこれ教えてくれたら嬉しいんやけど……?」
エインデベルは欲求を抑えきれないのか、物欲しそうな視線を向けてくる。技術の独占なんて欠片も考えてないリスティアは、別にかまいませんよと頷いた。
「――――ホンマに!?」
「ええ。ただ、今日はエンチャント品を売る件で来たので、出来ればそっちを先に処理してもらえると嬉しいです」
「あぁ、それならちょうど良かったわ。今日、在庫を引き取りに来るって連絡があったから、もうちょっとしたら来ると思うよ」
「あ、そうなんですね。お金が早急に必要だったのでそれは助かりました」
リスティアはホッと息をついて、柔らかな微笑みを浮かべた――のだが、エインデベルとナナミは微妙な表情を浮かべて顔を見合わせた。
「ナナミ、どう思う?」
「リスティア様は強いけど、ちょっと天然だから……」
「それは、心配やね」
なにやらひどいことを言われている気がすると、リスティアは可愛らしく唇を尖らせた。
「二人とも、なにか失礼なことを考えてません?」
「いや、そんなことはあらへんよ。ただ、リスティアちゃんが、孤児院の院長に騙されてるんやないかなぁと」
「……十分に酷い気がします。あたしが院長に騙されるなんてありえないですよ」
ひどく正論なのだが、事情を知らないエインデベル達は信じてくれない。
「そうは言うけど、急にお金が必要なんて、どう考えても孤児院がらみやろ?」
「……そうですけど」
「なら、孤児院を立て直すのにお金が必要とか、そういう話やない?」
「それもそうですけど……」
「更に言えば、院長が言い出して、リスティアちゃんがお金を出すって話やない?」
「ええ、まあ、そうですけど……あたしは騙されてませんよ?」
リスティアはそう言ってみたが、既に二人の視線は可哀想な娘を見る目に変わっていた。
「どうするよ、ナナミ。リスティアちゃんったら、完全に無自覚やよ?」
「私、ここまでリスティア様が天然だとは思いませんでした」
「ナナミちゃんまで、ひどいよぅ。あたし、そんな天然とかじゃないよ?」
リスティアはぷくぅと頬を膨らませる。その愛らしい姿は、二人の保護欲をかき立てた。
「リスティアちゃんに自覚はないと思うけどな。院長に騙されてるよ、絶対」
「そんなことないですよぅ。どうしてあたしが、あたしを騙さなくちゃいけないんですか」
「リスティアちゃんがそう思いたい気持ちも分かるけど……ん? あたしが、あたしを? それって、どういう意味なん?」
エインデベルがぱちくりとリスティアを見る。
「どうしてもなにも、あたしが、孤児院の院長、なんだよ?」
「……………………はい?」
「だから、ね。昨夜、ゲオルグ前院長から、院長の座を譲り受けたんだよ」
「あぁ、そうなんや……って、はぁああああ!? なにそれ、どういうことなん!?」
「だから、あたしが院長だから、あたしが院長に騙されるはずがないって話だよ」
「いや、それは分かるけど、そうやのうて! なにがどうなったら、一晩でリスティアちゃんが院長の座を譲り受けたりするん!?」
意味が分からない目を白黒させるエインデベルの横で、ナナミが「やらかしましたね」と言った感じでリスティアを見ている。
けれど、やらかしたつもりのないリスティアは、孤児院の院長が悪事を働いていたので、魂ごと消し飛ばして、旅立ったことにしたと打ち明けた。
「……それはまた、派手にやらかしたなぁ」
「やっぱりやらかしてましたね」
説明を聞き終えた二人の感想は変わらなかった。と言うか、確信されてしまった。
リスティアはまったくもって遺憾だった。
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