第12話

 孤児院で貸し与えられた自室のベッドで横になっていると、部屋の扉がきぃ……っと静かな音を立てて開き、そこから二人の男達が踏み込んできた。

 片方の男が、ランタンで部屋の中を照らしてくる。


「……おい、部屋を間違ったんじゃないか?」

「なにを言ってるんだ、この部屋で間違いない」

「だが、貴族の娘でも住んでそうな部屋だぞ?」

「それこそ、なにを言ってるんだ。この孤児院にそんな部屋は――あったあああ!? な、なんだこれは。こんなもの、さっきまでなかったはずだぞ!?」

「娘が持ち込んだのか?」

「いや、リスティアは手荷物すら持っていなかったはずだ」


 部屋の入り口付近で、男達がひそひそと話している。リスティアは、なんだか知らないけど、寝ている女の子の部屋に入ってくるなん失礼だなぁと起き上がった。


「……こんな夜更けに、なにかご用?」

「なっ、リスティア! お前、薬が効かなかったのか!?」


 荒っぽい口調でそんなことを言う。なんだか聞き覚えのある声だなと思ったら、その声の主は小太りした中年男性。ゲオルグ院長だった。


「……どうしたんですか、ゲオルグ院長。と言うか、なんだか口調が違いますが」

「むっ。いや、これは……その、と言うか、キミはなぜ起きているんだね?」

「なぜと言われましても……」


 強力な睡眠薬をお酒と一緒に飲んで、なにをされようとも朝までぐっすりな状態のはずなのに! なんてゲオルグ院長の内心が分かるはずもなく、リスティアは困惑顔で首を傾げた。


「おい、ゲオルグ、どうするんだ?」

「どうもこうも、どうせ、抵抗なんて出来るはずがない。たまには強引なのも良いだろう?」

「ふっ、まあそうだな。いつも無抵抗ばかりではつまらんからな」


 ゲオルグ院長と一緒にいる、屈強そうな男がいやらしい笑みを浮かべた。それでゲオルグ院長達の目的を確信したリスティアは、凄く不快そうな表情を浮かべる。


「ふっ、ようやく自分の状況が分かったようだな。だが、もう遅い。せっかくの院長の申し出だ、その美しい身体を存分に楽しませてもらおう!」


 屈強そうな男がいやらしい笑みを張り付かせ、リスティアが座るベッドまで詰め寄ってきた。そして問答無用でリスティアの胸を触ろうとしたので――


 ――取りあえず、その腕を切り落とした。


「……は? な、なんだ? どうして腕が、腕が動かないんだ!?」

「お、おい、お前、そ、それ……」


 ゲオルグ院長は、男の足下を指さしている。真っ赤に染まった絨毯の上には、彼の一部だったものが転がっていた。


「ひ、ひぃ、なんで、なんで俺の腕が!?」

「ダメだよ。そんなに大声を上げたら、子供達が起きちゃうじゃない」


 リスティアは魔法を使って部屋の声が外に漏れないように遮断する。そうしてゲオルグ達を睨みつけたリスティアの紅い瞳は、ランタンの炎で爛々と輝いていた。


「――ま、魔法使いか!」

「お、おい院長! 魔法使いだなんて聞いてないぞ!」

「俺だって聞いてない! くっ、仕方ない、逃げるぞ!」


 ゲオルグ院長が踵を返し、扉から逃げようとする。けれど、ドアノブをガチャガチャと回すだけで、扉を開くことが出来ない。


「おい、なにをやっているんだゲオルグ! さっさと扉を開けてくれ!」

「やってるが開かないんだ!」

「無駄だよ、さっき部屋の音を遮断するついでに、扉が開かないようにしたから」


 ベッドから降り立ったリスティアが、男の背後で応える。そうして、魔法でもってその意識を奪い去った。直後、男はバタリと絨毯の上に倒れ伏す。

 ただ、切断された腕から、止めどなく血があふれている。そのままだと出血死しそうだと思ったので、取り敢えず止血だけはしておく。


「お、お前は何者なんだ? 領主のよこした密偵かなにかか!?」


 ゲオルグ院長が震える声で、けれど荒々しく叫んだ。恐怖に負けぬように、精一杯の虚勢をはっているのだろう。

 対して――


「あたしは普通の女の子だよ?」

「ふざけるな! どこの世界に、お前みたいな普通の女がいる!」

「……しょんぼり」


 普通じゃないと言われて、しょんぼりとするリスティアは平常運転である。

 けれど、そんなリスティアの態度に、ゲオルグ院長は狂気以外のなにかを感じ取ったようで、「俺達をどうするつもりだ?」と問いかけてきた。


「どうする……って、うぅん。それはこっちのセリフだよ。あたしの部屋に入ってきて、なにをするつもりだったの?」

「そ、それは……」

「噂の方は半信半疑だったんだけど……マリアに、なにか、したよね? うぅん、なにか、してるよね?」

「あいつが話したのか!?」

「その反応……やっぱりゲオルグ院長の――うぅん、ゲオルグ院長達の仕業だったんだね。いったい、どんな非道を、働いたの?」

「そ、それは……」

「それは?」

「――くらいやがれ!」


 不意に、ゲオルグ院長が右腕を閃かせた。小さな魔導具を投げたらしいと思った瞬間、その魔導具が凄まじい光を放ち、部屋を真っ白に染める。


「くははっ、油断したな! 魔法使いと言えど、目が見えなければなにも出来まい! 俺を侮ったこと、後悔するまで泣かせてやる!」

 ゲオルグはいやらしい笑みを浮かべると、腰に隠し持っていたナイフを引き抜いた。そうして側面に回り込むと、リスティアに躍りかかってくる。

 それを普通に目視していたリスティアは、ナイフの切っ先を指で挟んで止めた。


「なんだとっ!? なぜ俺の攻撃に反応出来る!?」

「なぜって……普通に見えてるからだよ?」

「馬鹿なっ! 閃光をまともに食らったはずだ!」

「閃光を喰らったくらいで、どうしてあたしの目が見えなくなると思ったの?」


 急に明るくなってびっくりしたけど、それで目が見えなくなったりはしないよね? と、リスティアは不思議そうに小首をかしげる。


「お、お前は本当に何者なんだ?」

「さっきも言ったけど、あたしは普通の女の子だよ?」

「お前みたいな普通の女がいてたまるかっ!」

「むぅ……普通の女の子なのに」


 またもや普通じゃない宣言をされたばかりか、ナイフでお気に入りのキャミソールまで切り裂かれそうになったリスティアは、思わず指で挟んでいたナイフを圧壊させてしまった。

 砕けた破片が飛び散り、ゲオルグ院長の頬を切り裂く。


「お、お、お……お前みたいな普通の女がいてたまるか――っ!」


 魂からの叫びだった。この状況でそんなツッコミが出来るなんて、わりと余裕がありそうだが、実際は恐怖が限界を振り切ってしまっただけである。

 そうして動揺するゲオルグ院長を、リスティアは引きずり倒した。


「ちくしょうっ! 俺をどうするつもりだ!?」

「それは……貴方がなにをしたか聞いてから決めるよ。……マリアになにをしたの?」

「お、俺が素直に話すと思うのか?」

「もちろん、話すと思ってるよ」


 リスティアは、少しだけ瞳を細め――吸血鬼が持つ、魅了の力を使った。その直後、ゲオルグ院長の瞳から理性の光が消えていく。


「さぁ、みんなになにをしたのか……洗いざらい話して」

「俺がしたのは……」


 下僕と化したゲオルグ院長の口から紡がれたのは、おぞましい行為の数々。マリアは他の子を護るために、その被害を一身に受け止めていたようだ。


 けれど、非道な行為はそれだけじゃない。孤児院にいる子供達が、マリアを除いて十二歳以下なのは、その年齢を境に強制的に“卒業”させられていたから。

 ゲオルグ院長は孤児院を隠れ蓑に、非合法の奴隷を斡旋していたのだ。


 一緒にいる男も仲間で、他にも色々と罪を犯していたようだ。それらの話を聞き出したリスティアは、怒りで我を失いそうになる。

 だけど、ガウェインを殺したときのナナミの反応を思い出し、辛うじて冷静さを取り戻した。そうして、ゲオルグ院長にかけていた魅了を解除する。


 ほどなく、ゲオルグ院長が我に返った。自分がなにか得体の分からない能力に操られ、自分の罪を洗いざらい吐いたことを理解し、その顔を引きつらせる。


「た、たのむ、助けてくれ! もうお前には逆らわない。この孤児院はお前にくれてやる」

「え、孤児院をくれるの?」


 予想外の申し出に、リスティアは思わずまばたきをした。


「ああ、お前が院長を名乗って好きにすれば良い。それに、俺はお前達には二度と関わらないと誓う。だから、見逃してくれ!」

「二度と悪さもしない?」

「しない、約束する」

「それが本当なら、あたしは貴方を殺さないよ」

「本当か!?」


 ゲオルグ院長の問いかけに、リスティアはこくりと頷く。

 それは子供達の幸せを考えて出した結論だ。リスティアが子供達のためにするべきなのは、ゲオルグ院長を殺すことではなく、安心して暮らせる場所の確保だと思ったからだ。

 だからリスティアは、ゲオルグ院長と交渉。孤児院を譲り受けることを条件に、反省して二度と悪事を働かないのなら、命だけは助けるという契約を交わした。



 そんなわけで、リスティアはゲオルグとともに院長の部屋に行き、孤児院の権利書をもらい受け、更に院長の座を譲り受ける委任状を書いてもらった。


「これで、孤児院は間違いなくお前のものだ。だから、お前も約束を守れよ!」

「うん、契約だからね。あたしはその契約を絶対に破らない。ただし……そっちが契約を破るつもりなら、死んでもらうよ?」

「ああ、もちろんだ、約束する!」

「……聞いたよ。それで……本心は?」


 再び魅了の力を使い、その本心を曝け出せと命じた。


「はっ、口から出任せに決まってるだろ。あんなに楽しいことを止められるか。それに、お前にも必ず復讐してやる」

「……だよね。貴方が心を入れ替えてなくて安心したよ。子供達のためを思って取引したけど、あたしは貴方を許せなかったから」

「なに……を? ――っ、い、いまのは、その、誤解だ!」


 魅了から解放されたゲオルグ院長が慌てふためくが、リスティアは紅い瞳を爛々と輝かせ、攻撃系の魔法を起動した。


「や、やめろ――っ! ……って、なんだ? なにも起きないじゃないか。ははっ、脅かすなよ……っと」

 恐怖から一転、安堵の表情を浮かべたゲオルグ院長は尻餅をついた。


「なんだ? 急にバランスが……って、足の先が、なんだこれはっ! どうなっている!?」


 ゲオルグ院長の足先が、光の粒子となって消え始めている。それに気付いたゲオルグ院長が悲鳴じみた声を上げる。


「手足の先から徐々に消滅させ、最後は魂すらも消滅させる、あたしの攻撃魔法だよ。死ぬまで……10分ってところかな。そのあいだに、今までのおこないを反省してから死んでね」


 リスティアは委任状と権利書をアイテムボックスにしまい、クルリと身をひるがえした。そうして部屋の外へ出ようとすると、ゲオルグ院長が情けない声を上げる。


「ま、待て、待ってくれ! 俺はちゃんと孤児院をやったのに、約束が違うだろ!?」

「なにを言ってるの? 反省して二度と悪事を働かないのなら、ゲオルグ院長を殺さないって契約、あたしはちゃんと守ったでしょ?」


 ゲオルグ院長との契約は、孤児院をもらう代わりに、ゲオルグ院長が反省して二度と悪事を働かないのなら、その命だけは奪わないというもの。

 ゲオルグ院長が契約を守るのなら、契約どおりに命は奪わず、街の役人に突き出すつもりだったのだけど……契約を破ったのはゲオルグ院長だ。リスティアに譲歩する理由はない。


「貴方が契約を破ったら殺すって言うのは、契約のうちだよ」

「そん、な……ま、待ってくれ! 俺が悪かった。今度こそ心を入れ替える! だから、頼む、助けてくれ!」

「……マリアが懇願したとき、どうせ貴方は笑ってたんでしょ? 大丈夫。外に声は聞こえないようにしておくから、好きなだけ叫べば良いよ」


 リスティアは冷たい声で言い放ち、院長室の扉をパタンと閉めた。ついでに、しばらくは扉が開かないように魔法をかけておく。


「……さて、残りは一人だね」


 リスティアは部屋に戻ると、気絶している男を強制的に目覚めさせ――ゲオルグと同じ尋問を繰り返した。その男の身体、そして魂すらも残さず消滅する、その瞬間まで。

 

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