第11話
「という訳で、今日からみんなのお世話をしてくれることになったお姉さんよ」
孤児院にある大部屋に案内されたリスティアは、そこで孤児院で暮らす孤児、マリアを含めた総勢十二人と対面していた。
男の子が四人で、女の子が八人。マリアを見たときは幼いと思ったけれど、他の子供達は更に年下の子供ばっかりだった。
マリアに聞いたところ、だいたい十二歳を過ぎた頃に“卒業”していくらしい。
ともあれ、磨けば光りそうな子供達が十二人。不安と期待が入り交じったような表情で、リスティアを見上げている。
リスティアは、そんなみんなの前に膝をついて目線を合わせた。
「みんな、こんにちは。あたしはリスティアだよ。困ってる子供を助けたくて、この孤児院で働かせてもらうことにしたの。みんなのお名前、聞かせてくれるかな?」
リスティアが天使の微笑みを浮かべる。
男を魅了し、お姉さんの保護欲を刺激。そして年下の子供を安心させる微笑みに、警戒していた大半の子供は籠絡されていく。そして「ボクはミュウって言うの!」「あたしはアヤネだよ」「俺はグレンってんだ!」と、子供達が一斉に自己紹介を始めた。
「こーら、貴方達。そんなにいっぺんに言ったら、お姉さんが混乱しちゃうでしょ」
みんなを諭すように、マリアが声を上げる。すると子供達は「はーい、マリアお姉ちゃん」と静かになった。
「ふわぁ……」
リスティアは、マリアを尊敬の眼差しで見つめる。
その内心では『マ、マリアお姉ちゃん! 凄いよ、マリア。みんなから、お姉ちゃんって慕われてるよ! あたしの先輩だよ!』なんてことを考えていた。
そして、あたしも負けてられないよとやる気を出す。
「ありがとう、マリア。でも、大丈夫だよ」
「え、大丈夫って……?」
「みんなの名前、ちゃんと覚えたから」
「なにを言ってるの? あんな一斉に言われて覚えられるはず……」
ないと、マリアが口にするより早く、リスティアは一番前にいた女の子に視線を向けた。
「可愛らしいイヌミミ族のボクっ子が、ミュウちゃん」
リスティアは微笑んで、ミュウちゃんの青い髪に覆われたイヌミミを撫でつける。ミュウちゃんは、「わふぅ」と気持ちよさそうに目を細めた。
「でもって、こっちのスレンダーな女の子がアヤネちゃん。紫の瞳がとっても綺麗だね」
ミュウの時点では、子供達はまだよく分かっていない感じだったが、リスティアが続けて名前を言い当てたことで、徐々に驚きの表情を浮かべ始める。
「じゃ、じゃあボクは?」
「あたしと同じ黒い髪のキミは、グレンくんだね」
リスティアはごく自然に、グレンの頭を撫でつけた。まだ十歳くらいの男の子だが、リスティアに微笑まれ、その頬を赤く染めた。
そして――
「「「お姉さん、すごーいっ!」」」
子供達から拍手喝采を受けたリスティアは、こんなにたくさんお子供からお姉さんって呼ばれちゃったよ! と歓喜した。
そして、更にみんなに慕われるように頑張って、『年上のお姉さん』から、『私のお姉ちゃん』的存在にランクアップを目指すよ! と、気合いを入れる。
という訳で、リスティアは十一人中、十人の名前を言い当てた。
「最後に、キミは……名乗ってなかったよね」
少し離れた位置に一人、そっぽを向いている男の子に話しかける。けれど、ブラウンの髪の男の子はピクリと反応しただけで、こちらを向いてくれない。
「こーら、アレン。ダメでしょ」
見かねたのか、マリアが男の子の両肩を掴んで、その顔を覗き込んだ。
「マリア姉ちゃん……どうしてそんなことを言うんだよ? こいつ、院長の仲間なんだろ?」
それがどういう意味を含んでいるのか。普通に孤児院で働く同僚という意味では仲間で、それは当然のことのはず……なんだけど、マリアは首を横に振った。
「少なくとも、私は違うと思ってるわよ」
「どうして言い切れるんだよ!」
「どうして……」問われたマリアはリスティアをチラリ。「そうだね……ぽやぽやっとしてて、頼りなさそうだから、かな」
頼りなさそう!? あたし、マリアに頼りなさそうって思われてるの!?
リスティアは床の上に突っ伏した。
うぅ、ショックだよぅ。まだ出会ったばっかりだから、頼りにされないのは仕方ないけど、まさか初対面でそんな風に思われるなんて。
こ、こうなったら、あたしも本気だよ! もう自重なんてしない! マリアに、お姉ちゃん凄い! って慕われるように、全力全開で頑張るよ!
リスティアが、密かな誓いを立てる。後から考えればきっと、この瞬間に孤児院――いや、街の命運は決していたのだろう。
けれど、そのことに気付いた者は一人としていない。
ただ、『このお姉さん、急に項垂れたと思ったら、今度は拳を握りしめたりしてどうしたんだろう?』などと思った子供がいただけだ。
「……お姉さん、大丈夫?」
「あ、ありがとう。アヤネちゃん、大丈夫だよ」
これ以上頼りないと思われたくないと、リスティアはなんでもない風を装った。
……ちょっぴり涙目だったけれど。
「それよりも、院長の仲間って、どういう意味か分かる?」
言い争っているマリアをアレンを横目に問いかけると、アヤネは首を横に振った。けれど小声で「アレンは、院長先生のことを嫌ってるのと関係あるかも」と教えてくれた。
「……どうして嫌ってるの?」
「あのね。アレンは、マリアお姉ちゃんのことが好きなの。でも、マリアお姉ちゃんは、院長先生と仲が良いから」
「……仲が良いの?」
リスティアは、二人のやりとりを思い返して小首をかしげる。険悪という感じではなかったけれど、とても仲良しという感じではなかったからだ。
「あのね、夜中におトイレに行ったときのことなんだけど、院長先生がマリアお姉ちゃんの部屋から出てくるのを見たことがあるんだ」
「……へぇ、そうなんだ?」
心当たりのあるリスティアは、もう少し詳しく聞きたいと思ったのだけれど――
「あ~アヤネちゃん、ダメだよ。その話はしちゃダメだって、言われたでしょ」
「あっ、そうだった。そういう訳だからお姉さん、ごめんね?」
「うぅん、こっちこそごめんね」
リスティアは素直に引き下がり、口論を続けているアレンとマリアへと視線を戻す。
「とにかく、俺はそんな、なんとなくなんて、あやふやな根拠は信じないからな」
「だから、お姉さんはアレンの思ってるような人じゃ――」
リスティアは、マリアの肩に手を触れて「ありがとうと」言った。
「……お姉さん?」
「庇ってくれてありがとうね。でも、大丈夫だから」
疑われても気にしないという意味ではなく、一人で出来るから頼りなくなんてないよ! 的な意味だが、まあそれはともかく、リスティアはアレンと向き合った。
「な、なんだよ? 俺は他のみんなみたいに騙されないからな?」
「うん、今はあたしを信用してくれなくても良いよ。今日が初対面だもん。アレンくんが、あたしを信用できないのは仕方ないよ」
リスティアはそこで一度言葉を切り、アレンの碧眼を覗き込む。
その瞳は、リスティアを睨みつけている。けれどそれは、無力なドラゴンが、真祖を見て怯えるのと同じことだとリスティアは思った。
「大丈夫だよ。あたしは、大切な人に酷いことをしようとする相手には容赦しないけど、そうじゃない人に酷いことをしたりしないから。だから、安心して良いよ」
そう言って、リスティアはアレンを自分の胸もとに抱き寄せた。リスティアのそれなりに豊かな胸に押しつけられ、アレンは耳まで真っ赤になる。
「うわぁっ!? ちょ、な、なにするんだよ!?」
「なにって……こうしたら安心するかなって思って」
「あ、安心って、そういう問題じゃ――っ」
正気に返ったアレンがリスティアを突き飛ばすようにして離れる。
「そ、そんなに簡単に信じないって言ってるだろ!」
アレンは捨て台詞を残して、部屋から飛び出してしまった。それを見送ったリスティアは、嫌われちゃった……と傷つきつつも、放っておいたらダメだと後を追おうとする。
だけど、それはマリアに止められた。
「アレンには、私から言っておくわ。だから、お姉さんはみんなと遊んであげて」
「でも……」
「大丈夫、あれはちょっと照れてるだけだから」
「……照れて? どうして?」
「良いから、お姉さんはこっちをお願い」
「……うん、分かった。それじゃ、アレンくんのことはお願いね」
色々と考えた結果、リスティアはマリアの言葉に従うことにした。マリアは少女とは思えないほどにしっかりしているし、みんなのこともよく分かっていそうだと思ったからだ。
という訳で、アレンのことはマリアに任せ、リスティアはみんなと遊ぶことにした。
その後、みんなから色々なお話を聞いたリスティアは、夕食後――
「この孤児院を建て直して良いですか?」
直談判をしに、ゲオルグ院長のもとを訪れていた。
「……リスティア、貴方はいきなりなにを言い出すんですか」
「ですから、孤児院の建て直しです。子供達に話を聞いたら、隙間風などが酷いと言いますし、色々とボロが来ているようなので……あの、ダメですか?」
ゲオルグ院長が呆れ顔なのを見て、リスティアはトーンダウンする。
まずは建て直しの許可をもらい、そこからどんな風に建て直すかを話し合うつもりだったので、最初で躓くのは予想外だったのだ。
「良いですか、リスティア。貴方の子供に対する愛情は、今日一日で十分に伝わりました。けれど、世の中には出来ることと、出来ないことがある。まずは貴方の出来ることをしなさい」
「……はい、すみませんでした」
ここで、家を建て直すくらいあたしにも出来るもん。なんて反論するほど、リスティアは子供ではない。
もっとも、はいそうですかと諦めるほど大人でもないのだけれど。
「とにかく、今日はお疲れ様でした。どうですか、今日一日働いた感想は」
「子供達と過ごすのは凄く楽しかったです!」
リスティアは満面の笑みで答えた。それに対して、ゲオルグ院長は面をくらったような表情を浮かべる。
「そうですか。……どうやら、貴方はこの仕事に向いているようですね」
ゲオルグ院長は朗らかな笑みを浮かべて、棚から瓶とグラスを二つ取り出した。
「リスティア、貴方はお酒を飲める口ですか?」
リスティアはお酒を飲んだことはなかったが、そもそもアルコールで酔うなどと言う概念がない。なので、飲めますと答えた。
ちなみに、リスティアの年齢は十七歳だが、この世界に未成年はお酒を飲めないという法律はないので、そっちの理由でも問題はない。
と言うか、そもそも真祖の姫君に、人間の法など意味はないのだけど。
「では、ささやかですが、貴方がここに来たお祝いをいたしましょう」
ゲオルグ院長は背中を向け、二つのグラスに瓶の中身を注ぎ始めた。そうして、再びリスティアに向き直ると、グラスを手渡してくる。
リスティアはグラスに注がれた、ワインらしき飲み物を受け取った。
「貴方の新しい未来に乾杯しましょう」
「新しい未来、ですか?」
「ええ。子供達のために、
「はい、ご期待に添えるように頑張りますっ」
グラスを掲げ、ゲオルグ院長の所作を真似て、ワインを喉に流し込んだ。芳醇な香りと、わずかな渋みがリスティアの口の中に広がっていく。
お酒を飲むのは初めてだけど、リスティアはワインがちょっと気に入った。
「えへへ、美味しいですね」
幸せな気持ちで、ワインを飲み干していく。
ホントに美味しいなぁ。お酒は造ったことなかったけど、今度作ってみようかなぁ――なんて考えたリスティアは、舌でワインの成分を分析していく。
ん~っと、ワインってブドウをアルコールで発酵させたものだったよね。
……うん、たしかに、ブドウとエタノールが主成分みたいだね。後は……渋みがあるのはタンニンかな。後はアミノ酸とか……ん?
これは……睡眠作用のある薬草のエキス? かすかな苦みはこれのせいだね。味的には必要なさそうなんだけど……夜にぐっすり眠るために入れてあるのかな?
どっちにしてもあたしには効かないし、純粋にワインを楽しむのには必要ないかなぁ。
普通の女の子なら、なにをされても目覚めないレベルの成分だが、鎮静作用のあるハーブほどの効果も感じない自称普通の女の子リスティアは、まるで気にしなかった。
という訳で、ゲオルグ院長と雑談を続けながら、勧められるままにワインを空けていく。
「まだ若いお嬢さんだと思っていましたが、なかなかの飲みっぷりですね」
「ありがとうございます。ワインは初めて飲んだんですけど、想像以上に美味しかったです」
「それはそれは……ですが、今日はそろそろ止めておきましょう。仕事に支障を来しては困りますからね」
「そうですね。それじゃ……えっと」
住み込みと聞いていたが、部屋に案内されたわけではないことを思い出した。けれど、ゲオルグもそれは覚えていたようで、ご心配なくと答えた。
「部屋は隣に用意してあります。どうぞ、今日から使ってくださって結構ですよ。部屋に戻って、ぐっすりとおやすみなさい。……ぐっすりとね」
部屋の鍵を手渡される。
一瞬、今日はナナミちゃんのお家に戻って、あれこれ報告をしようかな――なんて思ったのだが、今日はもう遅いし、今度で良いよねと思い直した。
「ふみゅ……ここが、あたしのお部屋」
リスティアは、言われたとおりの部屋に足を踏み入れ、感慨深そうに呟いた。
考えてみれば、リスティアはずっとお城――それも、この時代の人間とは比べものにならないほど優れた技術で建てられたお城に住んでいた。
こんなことを言えば相手の気分を害してしまうだろうが、リスティア的には田舎に遊びに来たような感じで、ちょっと楽しかった。
――あぁでも、この硬そうなベッドでは眠れないかも。部屋もなんだかかび臭いし……ちょっと、内装を弄っちゃおうかな。
リスティアは魔法を使って、部屋の除菌とホコリの除去を実行。
古いベッドをアイテムボックスに片付けて、床にはふかふかの絨毯。窓にはレースのカーテンを取り付けて、部屋の真ん中に愛用のお姫様ベッドを置いた。
そして天井には魔石の魔力で光る魔導具のシャンデリアを設置。壁には室温と湿度、それに空気洗浄機能を兼ね揃えた魔導具を取り付けた。
これでよしっと。後は……そう言えば、お風呂とかってあるのかな?
リスティアは可愛らしく首を傾げるが、もちろん答えは返ってこない。と言うか、返ってきたとしても、あるという答えが返ってくることはないのだけれど。
なかったら作ろうかな? などと考えたリスティアだが、さすがに今から作業しては、子供達を起こしてしまうかもしれない。
今日は早めに眠って、本格的に部屋の改装をするのは明日にしようと思った。
そんなわけで、今日のところは魔法で自分の身体を浄化。寝間着代わりに可愛らしいキャミソールに着替え、ランプを消してベッドに寝っ転がる。
だけど、それからほどなく。
「……部屋の外に、誰かいる?」
ベッドで横になっていたリスティアは、扉の前に招かざる客がいることに気がついた。
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