第10話

 ナナミちゃんのお家でお世話になった翌朝。リスティアは朝食のお相伴にあずかっていた。


「ところでリスティアちゃん」

「うん?」


 食事も終盤にさしかかった頃、エインデベルに話しかけられて小首をかしげる。


「マジックアイテムを売るツテを紹介する話やけど、相手に連絡を取るから数日待ってもらってもええかな? もちろん、そのあいだはうちに泊まってくれていいから」

「待つのは大丈夫です。でも、住むところは自分でなんとかするつもりです」

「えぇ、リスティア様、この家に住まないの!?」


 ナナミがびっくりしたような顔をしているけど、リスティアにそのつもりはない。

 エインデベルは泊まっても良いと言ってくれているけど、いつまでもナナミちゃんのお家にお世話になるなんて、お姉ちゃんを目指す者としては立場がない。

 数日の生活費は自分でなんとかしようかなと、リスティアは考えていた。


「それで教えて欲しいんですけど、困ってる子供を助けられるようなお仕事って、なにかありませんか?」


 自分を姉と慕ってくれる子供を見つけるのと、取りあえずの生活費を稼ぐ、一石二鳥の手段はないかと、リスティアは尋ねた。


「困ってる子供を助けるお仕事……なぁ。ぱっと思いつくのは孤児院やけど……」


 エインデベルがなぜか言葉を濁す。


「孤児院って言うのはたしか……身寄りのない子供を育てる施設、ですよね?」


 つまりは、困っている子供を集めた施設。もしそこで働けるのなら、まさに一石二鳥だよとリスティアは喜んだのだが――


「リスティアさん、孤児院で働こうと思ってるならやめておいた方が良いぞ」


 斜め向かいの席で黙々と食事をしていたリックが難色を示した。


「どうして?」

「あの孤児院は、いくつか黒い噂があるんだ」

「黒い噂って言うと……どんなの?」

「孤児院を管理している院長が、領主から出ている補助金を横領しているとか、行方不明になる子供がいるとか、そういう類いの物だ」

「へぇ……そうなんだ。それで、その孤児院は、働き手を募集しているの?」

「黒い噂があるから、街の人間は寄りつかない。人手は足りていないはずだが……俺の話を聞いていたか?」

「もちろんだよ。つまり、子供達が困ってるかもしれないってことだよね?」


 孤児院の管理人が悪人であるのなら、そこで暮らす子供達は凄く困っているはず。なら、なおさら行くしかないよねとリスティアは思ったのだが、エインデベルとリックは呆れ顔だ。


 ただ、ナナミだけは「さすがです、リスティア様」とか言っているが。


「母さん、どう思う?」

「まあ……リスティアちゃんなら大丈夫やとは思うけど」

「それもそうか。ドラゴンを一撃で倒したのが事実なら、なにかあったとしても、そうそう後れは取らないだろう」

「そうやね。――という訳で、リスティアちゃんが行きたい言うなら、場所は教えてあげるけど、くれぐれも注意するんやよ?」

「はい、ありがとうございますっ!」


 エインデベルから孤児院の場所を聞き出したリスティアは、満足気に微笑んだ。


「はいはい! リスティア様が行くのなら、私も孤児院に行ってみたいです!」

「ナナミはダメだ」


 リスティアが答えるよりも早く、リックがそんな風に言った。


「えぇ、どうして?」

「お前は、俺と一緒にギルドに報告に行かないとだろ。昨日、行かなかったから、今日行かないと怒られるだけじゃすまないぞ?」

「うっ、そ、そうだったよ。……うぅ、リスティア様ぁ~」


 ナナミが縋るような目で見てくるが、そればっかりはリスティアにもどうしようもない。


「報告しなきゃなら、仕方ないよ」

「でも……リスティア様、うちには戻ってこないかもしれないんですよね?」

「それは分からないけど、どこかに泊まるとしても、ちゃんとナナミちゃんには教えるよ?」

「……本当ですか?」

「うん。だって、あたしは、これからもナナミちゃんと仲良くしたいって思ってるからね」

「リスティア様……ありがとうございますっ!」


 嬉しそうなナナミを見て、リスティアは慕われてる感じが嬉しいなぁと微笑んだ。



 その後、リスティアは街外れにある丘の上。孤児院の前へとやって来た。

 石造りの建物だが、ところどころが破損していて、そのうち壊れそうな雰囲気がある。

 普通であれば、近づくのを怖がりそうなものだが、リスティアはここに困っている未来の妹がいるかも! と興奮していた。


「すみませーん」

 扉をトントントンと控えめにノックする。


 そうして少し待つと、ぎぃっと音を立てて木製の扉が開いた。そして姿を現したのはブルネットの少女だった。

 身長から考えるとナナミよりも年下で、恐らくは十代半ばくらい。にもかかわらず、なにやら妖艶な雰囲気を醸し出している。艶めかしい少女だった。


「……お姉さんは誰かしら?」

「お姉さん!」


 うわぁい、生まれて初めてお姉さんって呼ばれたよ! 慕われてる感じのお姉さん呼びじゃないけど、それでも嬉しいよ!


 リスティアは孤児院に来て良かったと興奮する。だけど、少女が不審そうな目を自分に向けていることに気付いて、慌ててコホンと可愛らしく咳をした。


「驚かせてごめんね。あたしはリスティア。この孤児院で働きたいと思ってきたの」

「……働きたい? どういうつもりかしらないけど、今すぐに帰った方が良いわよ」


 ブルネットの少女に突き放されるが、リスティアは微笑みを一つ。小首をかしげて「どうして、そんなことを言うの?」と問いかけた。

 それに対し、ブルネットの少女はどこか不機嫌そうな表情を浮かべ、続いて周囲を確認。少しだけ、リスティアに顔を近づけてきた。


「……この孤児院の噂、お姉さんは聞いたことないの?」

「噂って言うと……」

「――マリア、そこでなにをしている」


 男の咎めるような声。その声の方に視線を向けると、小太りした中年男性がこちらを睨みつけていた。


「――っ、なんでもないわ。この人が、道を聞きに来ただけよ」

「違います。あたし、この孤児院で働きたくて、ここに来たんです」

「ちょっと――っ」

「ほう、これはこれは。可愛らしいお嬢さんだ。貴方がうちで働きたいと言うんですか?」

「はいっ!」


 リスティアは元気よく頷き、小太りした中年男性はそうですかと笑みを浮かべた。

 その横では、ブルネットの少女が「……あぁもう、知らないからね」と顔を覆ったのだが、リスティアは気付かない。

 それでは奥の部屋でお話を伺いましょうと、小太りした中年男性に誘われ、リスティアは孤児院の中へと足を踏み入れた。


 そして案内されるに任せて廊下を歩き、一番奥にある部屋へと通された。

 わりと古めかしい建物で、玄関先からもそれは伝わってきたのだけど、案内された部屋だけはずいぶんと整えられている。


 来客のために気を使っているのか、それとも自分の生活空間にだけお金を使っているのか、果たしてどっちなんだろうと、リスティアは考えを巡らせる。


「どうぞ、そこにおかけになってください」

「はい、失礼しますね」


 リスティアは自分で椅子を引き、優雅に腰を下ろした。続いて、小太りした中年男性も、リスティアの向かいの席に腰を下ろした。


「まずは挨拶をしましょう。私はこの孤児院の院長を務める、ゲオルグと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。あたしはリスティアと申します、ゲオルグ院長」

「ふむ。ずいぶんと育ちが良さそうですが……素性をうかがっても?」

「あたしは、普通の女の子です」


 値踏みをされている状況下で、平然と普通の女の子だと言ってのける。その精神だけでも明らかに普通じゃない。

 もちろん、ゲオルグ院長もそう考え、探るような視線を向けてきた。


「……今まで、どこでなにをしていらしたか、うかがっても?」

「少し前に家を飛び出してきたんです」

「ほう……家を飛び出して。それはつまり、帰るところも住むところもないので、うちで働きたいと言うことですか?」

「いえ、衣食住が目的じゃありません。もちろん、住み込みで働かせて頂けるのならそれに越したことはありませんけど。あたしは、困っている子達を助けたいんです」


 リスティアは、満面の笑みで答えた。

 それだけは、ゲオルグ院長にとって意外だったのだろう。驚きに目を見開き――続いて、小さく喉の奥でくくくと笑った。


「……あの、なにか?」

「いや、これは失礼。まだ幼いのに、立派な考えをお持ちだ。ぜひうちで働いてください」

「……良いんですか?」


 あまりにもあっさりとしていて、リスティアは驚いてしまう。


「もちろんです。貴方のような方がうちで働いてくださるのなら歓迎です。ただ、住み込みで働いていただく代わりに、給金の方はそれほど多く出せませんが……大丈夫ですか?」


 ゲオルグ院長が前置きを一つ、提示した金額は――正直、多いのか少ないのか、リスティアには分からなかった。

 けれど、リスティアにとって給金は重要ではないので「問題ありません」と頷く。


「そうですか。では、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

「はい。貴方が孤児院の役に立ってくれることを期待していますよ。リスティアさん」


 ゲオルグ院長は笑顔を浮かべて、パンパンと手を叩いた。直後、玄関で出会ったブルネットの少女が姿を現す。


「……呼んだかしら?」

「ああ。彼女――リスティアさんは、今日からうちで働くことになった。今日は、子供達の紹介をしたり、なにをすれば良いか教えてやってくれ」

「――なっ。お姉さん」


 マリアが、咎めるような顔でリスティアを見た。

 けれど――


「――マリア」


 そんなマリアを諭すように、ゲオルグ院長がマリアの肩を掴んだ。その瞬間、マリアはびくりと身を震わせる。


「……わ、分かってるわよ」


 ブルネットの少女は早口に言い放つと、リスティアを一瞥。「案内するからついてきて」と、逃げるように部屋を退出していった。


「あ、待って。それじゃ、失礼します。ゲオルグ院長」


 リスティアはそう断りを一つ。ブルネットの少女の後を追った。

 もしかしたら置いて行かれているかもしれない。なんて思ったのだけど、幸いにしてブルネットの少女は部屋の外で待っていてくれた。

 けれど――


「……こっちよ」

 リスティアを確認したブルネットの少女は、さっさと歩き始めてしまう。


「……ねぇ、貴方の名前を聞いても良いかな?」

 横を歩きながら問いかけるが返事をしてくれない。


「ねぇねぇ、貴方は――」

 もう一度問いかける。けれど最後まで口にするより前に、ブルネットの少女は曲がり角で足を止め、険しい表情でリスティアを見上げた。


「お姉さん、私は帰れって言ったわよね? どうして帰らなかったの?」

「帰らないよ。あたしは、困ってる子供を助けたいんだもん」

「……そう。なら、私もこれ以上は言わないわ。あたしも、子供達を助けたいから」


 意味ありげな言葉を口にする。ブルネットの少女の表情は、十五歳くらいの見た目からは想像できないほど愁いを帯びていた。


 まるで、見た目の何倍も生きているような雰囲気。もしかして人間じゃないのかな? なんて思ったリスティアは、魔法でもってマリアの身体をスキャンする。


 だけど、そうして示されたデータは、マリアが間違いなく人間であることを示していた。

 ただ、他に気になる情報を見つける。下半身にいくつかの小さな擦過傷。さらに、感染症にかかっていたのだ。


 感染症は、主に大人が感染する種類で、子供が煩っているのは少し珍しい――が、その病の症状が、女性に現れることは少ない。

 おそらく、少女に感染症にかかっている自覚はないだろう。


 リスティアは、少女に治癒魔法をかけようと手を伸ばすが――


「――触らないでっ」


 少女はリスティアの手を払いのけた。その予想外の反応に、リスティアは目を丸くする。


「えっと……ごめんね。急に手を伸ばしたりしたら驚くよね」

「う、うぅん、私の方こそごめんなさい。少し驚いてしまったの」


 驚いただけと少女は言うが、今も触れられることを警戒しているように見える。リスティアはひとまず、治癒魔法を使うことは諦めた。


 そして、まずはこの空気をなんとかするべきだと、別の話題を探す。


「そう言えば、貴方の名前を聞いてなかったわね。良かったら、自己紹介してくれるかな?」

「……私はマリアよ。今年で十五歳になるわ」

「マリアちゃん?」

「ええ。でも、ちゃん付けは必要ないわ」

「……分かった。それじゃマリアだね」


 ブルネットの少女は、名前と年齢以外にはなにも答えてくれない。とても素っ気ない自己紹介に思えるけど、マリアの表情を見たリスティアは、そうじゃないと気がついた。


 きっと、この女の子は他に語れるような過去を持ち合わせていないのだ。だからリスティアモ、そんなマリアに併せて「あたしはリスティアだよ。今年で十七歳だよ」と答えた。


「……それだけ?」

「他は、今から知ってもらえば良いかなって思って」

「……お姉さん、変わってるのね」

「そんなことないよ、あたしは普通の女の子だよ?」

「……ふふっ、面白い」


 なぜか笑われてしまった。リスティアは笑わせたつもりはないのにと不満に思ったけれど、マリアが楽しそうなので、まあ良いかという気持ちになった。


「それで、マリア。案内してくれるんだよね?」

「それは……本当に良いのね?」

「うん、大丈夫だよ」

「……不思議よね。お姉さんなら本当に大丈夫かもなんて、ちょっと思っちゃうわね。……そんなこと、あるはずがないのに」


 マリアがぽつりと付け加える。それは本当に小さな呟きだったけれど、真祖であるリスティアにはちゃんと聞こえていた。


「本当に大丈夫だよ?」

「……はぁ、分かったわ。それじゃまずは、孤児院に住むみんなに紹介してあげるわ」

 

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