第9話

「それで、これらの触媒を、このお店で売ってもらうことは出来ますか?」

「こ、これらを、うちのお店で売って欲しい、言うんか?」


 エインデベルは額から一筋の汗を流しつつ、愛らしい見た目の、得体の知れない少女――リスティアに向かって聞き返した。


 エインデベルの目の前につまれている触媒は、どれか一つとっても、エインデベルのお店で取り扱う全ての商品よりも価値が上回るようなものばかり。

 軽い気持ちで代わりに売っても良いなんて言ったけど、これはさすがに無理やろと考える。


「そうだ。必要なら、これらをエンチャント品に加工しても良いですよ」

「なっ、その歳でエンチャントまで出来るんか!?」


 エインデベルは、もはや何度目か分からないが驚愕の声を上げた。

 魔石を作るのは、おとぎ話に出てくるような技能で実感が湧きにくかった。けど、エンチャントは、エインデベルにとって得意分野。

 小さい頃から打ち込んでいるからこそ分かる。


 ――リスティアのような十代半ばくらいの女の子が、目の前につまれているような触媒でエンチャント品を作れるなんて、天地がひっくり返ってもありえない、と。

 だけど――


「……あ、そうでした。あたしは普通の女の子だから、エンチャントは出来ないです」


 可愛らしく言ってのけるリスティアに、エインデベルは戦慄した。

 どう考えても、出来るはずはない。出来るはずはないのだけど、その発言は出来るようにしか聞こえないと思ったからだ。


 だから――エインデベルは一芝居打つことにした。


「なあ、リスティアちゃん。知ってる? 最近の普通の女の子は、エンチャントも出来たりするんやよ?」

「え、そうなんですか?」

「ああ、そうなんや。うちかて女の子――やけど、エンチャントのお店を開いてるやろ?」


 自分が出来るのは、幼少の頃から――それこそ二十年近く修行をした成果。その辺をごまかすために、女の子と自称したわけだが、さすがに苦しいか……と、エインデベルは思った。

 けれど――


「たしかに……ここにあるエンチャント品は、ベルお姉さんが制作者だね」


 なんでそんなことが分かるん? と言う疑問は、目的を達成するために飲み込んだ。

 その次の瞬間――


「そっか、そうなんだ。じゃあ、ナナミちゃんが勘違いしてただけなんだねっ」


 リスティアは天使のように微笑んだ。それを見たエインデベルは、この子……チョロすぎひん? なんてことを思う。


 と言うか、今の言いよう。ナナミが入れ知恵した、いうことやんね。そうなると、ナナミはこの子の正体を知った上で、黙ってるように言うたってこと、か?


 当たらずとも遠からず。エインデベルはそう判断を下した。

 その時点で、追求を控えることは可能だったし、無垢な少女を騙すことに罪悪感がないと言えば嘘になる。けれど、好奇心の方がまさった。


「リスティアちゃん、実はエンチャント出来るんやろ?」

「うん、出来ますよ」


 やっぱりか! と、エインデベルは興奮していた。

 ただ、エンチャントが出来るだけ、本当に出来るだけのレベルなら、凄い才能に恵まれた子供ってだけで終わる話だ。

 けれど、もし、もしも、目の前につまれている触媒を扱えるレベルなら――


「良かったら、リスティアちゃんがエンチャントした品、うちに見せてくれへんかな?」


 表面上は平然を装って、けれど内心はドキドキしながら尋ねる。それに対してリスティアは、なんの疑いもなく「良いですよぉ」と微笑んだ。


 いったいどんな素晴らしいエンチャント品が出てくるのか――と、エインデベルの鼓動が一気に早くなる。

 だけど、リスティアが取り出したのは、小さな白い金属の塊だった。


「……それは?」

「これはプラチナですよ。これでブローチを作ろうと思って」

「……作る? 今から、ブローチを作る言うんか?」


 それじゃ、何週間待たされるか分からない。出来れば既に完成しているエンチャント品を見せて欲しい――と、みなまで言うことは出来なかった。


 リスティアを中心に、信じられないほどに緻密な魔法陣が浮かび上がったからだ。


「なん――っ、やの、それ、は……」


 この世界における魔法とは、魔法陣――すなわち回路を魔力素子(マナ)で描き、そこに魔力を流し込むことで、望む効果を引き出すことが出来る。


 基本となる第一階位の魔法は、一つの魔法陣で構成されている。

 そして第二階位は、魔法陣の中に別の効果を及ぼす魔法陣が一つ。第三階位は、魔法陣の中に別の効果を及ぼす魔法陣が二つと、階位が上がるほどに複雑化していく。


 そして、リスティアがこともなげに書き上げた緻密な魔法陣は、七つの魔法陣を内包している。それはつまり――


「第八階位の……魔法」


 ありえない。ありえるはずがない。人類が到達できたのは第四階位まで。第五階位まで到達した魔法使いがいるという話もあるが、それはあくまでおとぎ話のレベル。

 人間に、第八階位の魔法なんて使えるはずがないのだ。


 いや、人間に限った話ではない。神話の時代に頂点に君臨していた真祖ですら・・・・・、第七階位が限界だったと伝えられている。

 第八階位を扱える生物なんて、この世界にいるはずがないのだ。


 けれど、リスティアはエインデベルの目前で魔法を起動。

 プラチナと呼ばれた金属は、左右のバランスが違うオープンハートに変形。その中心に、虹色の輝きを放つ魔石が固定される。


「エンチャントは少し控えめに、状態異常の無効化で良いかな。……ありとあらゆる荊棘(けいきよく)を払いのける加護を――エンチャント」


 状態異常の無効化なんて、アーティファクトの領域やん!

 そんな突っ込みは、かすれて声にならない。

 そして――


「えへへ、完成だよぉ~」


 エインデベルが戦慄していることにも気付かず、リスティアは無邪気に微笑む。

 その手のひらの中には、オープンハートに宝石が収められたブローチ。アクセサリーとしての価値だけでも、とんでもない価値のつきそうな代物が収められていた。


 エインデベルは、そのブローチを呆然と見つめる。


「これ、状態異常の無効化や、言うた?」

「うん。ありとあらゆる状態異常の無効化、ですよ」

「……ありと、あらゆる。……試させてもらっても、ええか?」

「うん、良いですよぉ」


 無造作に、その芸術品を差し出してくる。エインデベルは恐る恐る、ブローチを落とさないように受け取った。


「えっと……これは、魔力を流せば良いんか?」

「うぅん、それは魔石を使ってるから、持ってるだけでも発動しますよ」

「あ、そ、そうやったね」


 一般的なエンチャント品は使い捨て、もしくは魔力を使用者が流し込むことで発動する。

 けれど、高出力の魔石の場合はその限りではない。定期的に魔石の魔力を充電する必要があるかわりに、魔石の魔力を消費して自動で発動させることが可能なのだ。


 エインデベルも、ここまで凄まじい魔石ではないものの、魔石を扱うことはある。魔石付きのエンチャント品は、発動に魔力を注ぐ必要がないというのは常識。

 どうやら、その常識を忘れるくらいに動揺しているようだ。


「そ、それじゃ、試すよ」


 エインデベルは棚からしびれ薬の入ったポーションを取り出し、ブローチを手に持った状態で中身を少しだけ口に含む。


 本来であれば、ピリピリとするはずなのだが……その感覚はまるでない。そして代わりとばかりに、ブローチが少しだけ虹色に輝いた。


 エインデベルは口の中のポーションを嚥下し、更にポーションをこくこくと喉を鳴らして大胆に飲み干す。だけど、やっぱり、しびれることはなく、ブローチはまたもや輝きを放つ。

 それを見てたエインデベルは、ブローチがしびれ薬の効果を消しているのだと確信した。


 実のところ、いまエインデベルが口に含んだ程度のしびれ薬を無効化するエンチャントを作ることは、エインデベルにも可能だ。

 けれどそれは手間暇をかけなければ作れないし、効果もこんなに即効性はない。ましてや、全ての状態異常の無効化。そんな幅の広いエンチャントは作れない。


 他の状態異常は試していないけれど、無作為に選んだしびれ薬を無効化した以上は、ほぼ間違いなく、全ての状態異常を消すというのも事実だろう。

 つまり、ブローチはアーティファクトの領域で、それを一瞬で作り出したリスティアもまた、神話級の生き物だ。


 ――あんたは何者なん?


 先ほどと同じ疑問が湧き上がるが、普通の女の子にこだわるリスティアを気遣って、その言葉は口にはしなかった。

 代わりに「なあ、あんたはなにがしたいん?」と問いかける。その力があれば、この街――いや、この大陸を支配することすら可能だと思ったから。

 だけど――


「あたしは、困ってる子供を助けたいんです。それで、そのためには生活費が必要で。だから、そのブローチを買ってもらえたら嬉しいなぁ……って」


 無邪気に微笑むリスティアの口から紡がれたのは、予想とはまるで違う答え。そのあまりにも予想外なセリフに、エインデベルは目をぱちくりとさせる。


「それ、本気で言うてるん?」

「うんっ、本気ですよ!」


 大粒の紅い瞳は、どこまでも澄み渡っている。少なくともエインデベルには、リスティアが嘘をついているようには見えなかった。


 それ以前、第八階位の魔法を使うようなリスティアがなにかを企んでたとしても、エインデベルに――いや、人類に止める術はない。

 そう考えれば、リスティアが嘘をつく必要はない。それになにより、リスティアがナナミを傷つけないのならそれで良い――と、エインデベルは思った。


 だけどそこに、ギルドへと向かったはずのリックが飛び込んでくる。


「母さん、無事か!」

「なんやの、急に」

「まずは、その子から離れてくれ。ギルドに行く途中で、ナナミからあれこれ聞き出したんだけど、どう考えてもその子は普通じゃない。だから慌てて帰ってきたんだ」

「……ふえ?」


 リスティアが、普通じゃないと言われて驚いている。ここまで普通にこだわるのにも、なにか理由があるんやろうかね? と、エインデベルは不思議に思った。


「聞いてるのか、母さん」

「ん? あぁ、聞いてるよ。この子が普通やない言うんはどういうことなん?」

「ナナミを助けるときに、ドラゴンを倒したらしいんだ。それも、調査隊を全滅に追いやった、体長五メートルほどのドラゴンを一撃で」

「はぁ……それはまた、凄いねぇ」


 この時代、そんなドラゴンを目撃するなんてことは滅多にない。

 ドラゴンが生息していた事実には驚いたが、ドラゴンであれな調査隊が全滅するのも無理はないと思ったし、リスティアがドラゴンを倒したことにはまったく驚かなかった。

 第八階位の魔法を使えるリスティアが、ドラゴン程度に苦戦するはずがないからだ。


「母さんっ、暢気に感心してる場合じゃないだろ。彼女はドラゴンを一撃で倒したんだぞ」

「うんうん。それは分かってるよ。それで、ナナミはなんて言うてたん? リスティアちゃんが、危険な化け物や言うたんか?」

「いや……ナナミは、彼女は危険じゃない。彼女は天使だ……と」


 そういったリックは困り顔。

 リックはナナミを溺愛しているので、ナナミのことは信じたい。けれど、天使なんかがいるはずはないと葛藤しているのだろう。

 けれど、エインデベルは言い得て妙だと思った。


「ナナミが天使や言うんやったら、リスティアちゃんは本当に天使なんやろ」

「母さんまで、なにを言い出すんだ!?」

「リックも、リスティアちゃんと話してみたら分かるよ。まるで天使みたいや、ってな」


 リスティアの無邪気さが演技とは思えない。

 もしリスティアが演技派だったとしたら、エインデベルはもう、明日からなにを信じて生きていけば良いか分からなくなる。


 だから――と、エインデベルはリスティアに視線を向ける。


「リスティアちゃん。このブローチは高価すぎて、うちで売りさばくのは無理や。だから返しておくよ」

「そう、ですか」


 残念だけど仕方がないといった面持ちで、リスティアはブローチを受け取った。だけど、しょんぼりするリスティアに、エインデベルがイタズラっぽく微笑む。


「――だから、うちのツテに買い取ってくれるように頼んだるわ。それと、当面の生活費も面倒見て上げるよ」

「それは……嬉しいですけど、良いんですか?」

「あぁ、もちろんや。その代わり、ナナミと仲良くしたってな」


 リスティアは瞳をぱちくり。すぐに嬉しそうに「うんっ」と笑顔を浮かべた。

 それを見たエインデベルは、やっぱりリスティアは素直な良い子だと再認識する。そうして可愛さの余りに抱きしめそうになったのだが、そこにリックが割り込んできた。


「ちょっと待ってくれ、母さん。本気で言ってるのか?」

「もちろん、本気やよ」

「でも――」


 不満そうなリックがなにか言おうとするが、エインデベルは言葉を被せる。


「あのな、リック。リスティアちゃんがナナミになにかするつもりやったら、家に連れ帰ってくる必要なんてないやろ?」


 ナナミになにかするつもりなら、生存をエインデベル達に教える必要なんてない。調査隊が全滅しているのであれば、ナナミを連れ去られたとしても分からなかったのだから。

 それがリックにも分かったのだろう。少しだけ落ち着きを取り戻したようだ。


「ナナミを溺愛するのは良いけど、周りが見えなくなるのがリックの欠点やね」

「うっ……す、すまない」

「謝る相手はうちやないやろ?」

「そ、そうだな。えっと……リスティアさん、失礼なことを言ってすまなかった」

「うぅん、気にしてないから大丈夫だよ」


 リスティアは微笑む。

 けれど、さっきのやりとりを聞いていたときは、凄く所在なさげにしていた。リックを気遣っての発言なのは明らかで、それに気付いたリックは罪悪感からかうめき声を上げた。

 そして――


「――はぁ、はぁ、ちょっと、リックお兄ちゃん。置いてかないでよ」

「ナ、ナナミ!?」


 リックにとっては最悪のタイミングでナナミが帰ってくる。


「お兄ちゃん、リスティア様に失礼なこと、言ってないよね? リスティア様に失礼なことを言ったら、いくらお兄ちゃんでも許さないからね?」


 遅れて戻ってきたナナミのセリフに、リックはますます追い詰められていく。そんなリックを見て不審に思ったのだろう。ナナミはリスティアへと向き直った。


「リスティア様、なにか失礼なこと言われてないですか?」

 リックは大ピンチで、汗をだらだらと流し始めたが――


「うん、大丈夫だよ。二人とも、ナナミちゃんのこと、大好きなんだね」

 リスティアは告げ口をするどころか、リックやエインデベルのことを持ち上げた。


「リスティアさん……」

 辛く当たった相手に優しくされたリックは、感銘を受けたかのようにリスティアを見た。その顔が少し赤らんでいると思うのは――決してエインデベルの気のせいではないだろう。


 リックにもようやく春が来たんやね――って言いたいところやけど、相手はリックの手に負える相手やないと思うなぁ。

 エインデベルはこれからのリックの苦難を思い、苦笑いを浮かべた。

 

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