第8話

 やって来たのは、ナナミの家族が住んでいるというお家。表通りから少し外れた位置にある、小さなマジックアイテムのお店だった。


「ここが俺達のうちだ。狭い家だけど、入ってくれ」


 リックがそう言って店の中に。その後ろにナナミとリスティアが続いた。


「いらっしゃい……って、なんやリックか。帰ってきたんやね」

「なんだはないだろ、母さん。ナナミが帰ってきたぜ」


 リックがそう言って一歩横に退く。それによって、リスティアとナナミから、店番をしていた女性が見えた。


 リックは母さんと呼んだが、二十代後半くらいのお姉さんにしか見えない。リックが二十歳くらいなので、親子とみるには違和感がある。

 ただ、真祖の一族は自立できる程度――つまりは少年少女の姿になってからは、極端に成長速度が遅くなるので、リスティアは二人を見ても特におかしいとは思わなかった。


「……ナナミ? ナナミ!」


 ナナミを見たお姉さんがガタッと立ち上がり、物凄い勢いでナナミのもとに駆け寄る。


「ナナミ、良かった、無事やったんやね!」

「わぷっ。うぅ~苦しいよぅ」


 ぎゅううううううっと豊かな胸に抱きしめられて、ナナミが息苦しそうに藻掻いている。


「はぁ……本当に無事で良かったわ。期日になっても帰ってこおへんから、うち、物凄く心配したんよ?」

「……あう。ごめんなさい、お母さん」

「ホントに心配かけて。……一体、なにがあったん?」

「それが、調査隊が全滅して……」

「調査隊が全滅!?」


 ナナミが調査隊が魔物に襲われて壊滅、危ないところを救われたという事情を話す。それに対して、お姉さんは驚きつつも、とにかくナナミが無事で良かったと抱きしめた。


 家族の愛情が感じられる光景。それを見たリスティアは、自分の家族のことを思い出した。


 リスティアの家族は千年程度で老衰はしないし、他種族に滅ぼされるとも思えない。けど、それと同じくらい、自分を千年以上も放っておくとも思えない。

 どこかで生きているはずだけど、一体どこでなにをしているのか。そのうち探しに行ってみようかな? なんてリスティアは考える。


「それで、さっきからいるそこの嬢ちゃんはどこのどなたなん?」

「リスティア様だよ」

「……リスティア様?」

「さっき説明した、私を助けてくれた恩人だよ。お礼をしたくて、家までついてきてもらったの。だから、今日はうちに泊まってもらっても……お母さん?」


 ナナミが紹介の途中で首を傾げた。自分の母親の反応がないことに気付いたからだ。と言うか、お姉さんはリスティアを見てなぜか硬直していた。


 どうしたんだろう? と、リスティアはちょこんと小首をかしげた。


「な、な、な……なんなんこの子! むっちゃ可愛い! お人形さん? お人形さんなん!?」

「えっと、あたしはお人形じゃなくて普通の女の子だよ?」

「はああ、声も凄く可愛い! うちが抱きしめても良い? いや、ダメと言っても抱きしめるわ! ぎゅうううううっ!」


 擬音を発しながら、言葉どおり熱烈に抱きしめてくる。そんなお姉さんの胸に押しつけられながら、やっぱりお姉ちゃんとそっくりだよ。なんてことを考えた。


「おい、見ろよナナミ。リスティアさん、全然動じてないぞ」

「さすがリスティア様だよ!」


 そして、よく分からないところで評価が上がっている。

 その評価が上がって、お姉ちゃんと呼んでもらえるなら、喜んで評価を上げるのになぁ。なんてことを考えつつ、リスティアはお姉さんが満足するのを待った。


 それからしばらく経って、お姉さんはようやくリスティアを解放してくれた。


「はぁ~最高の抱き心地やったわ。それで、貴方が……リスティア様なん?」

「リスティアで良いですよ~。あたしは普通の女の子だから」


 リスティアが無邪気に言い放つと、お姉さんは「へぇ……」と、小さく息を吐いた。


「いきなり失礼な態度を取られただけやのうて、抱きしめられても、まるで怒った様子はなし、か。鼻持ちならない貴族の娘かと思ったけど、どうやら違ったようやね」

「うん。あたしは貴族じゃないですよ」


 真祖のお姫様ですから、なんてことはわざわざ言わない。


「おいおい、母さん。貴族と思って試したのかよ。怒られたらどうするんだ」

「はん、そんときは謝り倒すに決まってるやん」


 にやりと笑う。それを見たリックはため息をついた。


「なんにしても気に入ったのなら良かった。俺とナナミはギルドに報告に行くから、母さんはリスティアさんの相手をしてやってくれ」

「えっ? お兄ちゃん? ちょっと待って、私、リスティア様とお話が」

「後にしろ」

「ふえぇ? リ、リスティア様ぁ……」


 ナナミが助けを求めるような視線を向けてくる。


 ドラゴンを倒した件で、どこまで話しても良いかを話し合いたいと言っていたから、話を合わせる前に、ギルドに連れて行かれたら困ると言うことだろう。

 だからリスティアは、ナナミちゃんに任せるよと微笑んだ。


「いえ、そうじゃなくて。いえ、それもですが、リスティア様が自重を、ですね」

「うん、大丈夫。ちゃんと大人しく待ってるよ」

「いえ、それは少しも大丈夫に聞こえません」

「ほら、早くいくぞ」

「ふえええ、分かった、分かったよぉ。いくよ、いくから引っ張らないで~」


 ナナミはリックに連行されていった。なんと言うか……兄や姉が強引なのは、どの種族でも同じなんだなぁなんて、リスティアは暢気に思った。


「さて、リスティアちゃん……で良いんやったか?」

「もちろんですよぉ。えっと……」

「うちはエインデベル。ベルで良いよ」

「分かりました、ベルお姉さん」

「お、お姉さん!?」


 なにやらエインデベルは動揺している。


「……ダメでしたか?」

「い、いや、ダメなんてことはないよ。ただ、リックやナナミがあんな感じやろ? だから、なんとなく、おばさん扱いされるのかなって、覚悟してたんよ」

「あんな感じ?」


 よく分かっていないリスティアは小首をかしげる。


「ああ、リスティアちゃんは聞いてないんやね。うちは二人を拾って育ててるだけなんよ。だから、二人の本当の母親ってわけじゃないんよ」

「それなのに……お母さん、なんですか? お姉さんじゃなくて?」


 リスティアは凄く動揺した。年下の女の子を保護して慕ってもらえば、必然的にお姉ちゃんと呼んでもらえると思っていたからだ。


「年の離れた姉の方がしっくりくる年齢差ではあるんやけどね。まあ……あの子達は姉よりも、母親を求めていたってことなんやろね」

「それは……苦労してるんですね」

「分かってくれるんか!?」

「ええ、もちろんです!」


 珍しく、噛み合っている――かもしれない。


「リスティアちゃんは良い子やね。うちの妹になるか?」

「せっかくの申し出ですけど、お姉ちゃんは二人いるのでごめんなさい」

「へぇ、二人もいるんや」

「うん。今はどこにいるかも分からないですけどね」

「……っ、ごめんな」

「平気ですよ。気にしてないですから」


 自分と同じように、どこかをうろうろしているんだろうと思っているだけのリスティアは、可愛らしく微笑んだ。

 だが、事情を知らないエインデベルは、なにか深い事情があるのだと誤解。自分の方が辛いはずなのに、他人の気遣いが出来る優しい子なんやねと目元を拭った。

 まあ、リスティアはまったくもって気付いていないのだが。


「話を戻すけど、ナナミの命を救ってくれたんやってね。ありがとう、心から感謝するよ」

「いえ、あたしは偶然居合わせただけなので」

「それでも、助けてくれたことには変わりないやろ。ホントにありがとうな」


 エインデベルはリスティアがドラゴンを倒した話はまだ聞いていない。けど、リスティアがいなければ危なかったとは聞いているので、心から感謝と頭を下げた。


「なにか困ってることはないか? 出来る限りのことはしてあげるよ」

「困ってること……そう言えば、お金がないです」

「それはまた……ストレートやね」


 エインデベルが苦笑いを浮かべる。もし口にしたのがリスティアでなければ、謝礼をせびられていると誤解しただろう。


「正確にはお金だけがないんです。どこか、買い取りをしてくれるお店は知りませんか?」

「ふぅん? 売りたいのは、どんな物なん?」

「エンチャントの触媒とか、完成品ですね」

「なんや、それならうちで代わりに売ってあげても良いよ?」

「え、良いんですか?」


 じつは、この店に来たときからちょっぴり期待していた。

 このお店がマジックアイテムを取り扱うお店で、陳列棚にはポーションの類いや、エンチャントされたアイテムが並べられていたからだ。


 なので、お願いできるなら――と、兵士のおっちゃんにも見せた革袋を取り出した。


「――あれ? いま、なにもないところから革袋が現れたような……気のせいなんか?」


 エインデベルが戸惑っているが、リスティアはそれに気付かず、革袋に入っている触媒を、一つずつ、カウンターの上に並べていく。


「……葉っぱ? 見たことのない種類だけど……妙に魔力が多いなぁ」

「あぁ、それは世界樹の葉っぱですね」

「あ、あぁ、世界樹ね。…………は? 世界樹?」


 エインデベルは、辺りにクエスチョンマークを飛ばしている。あまりに非常識すぎて理解が追いついていないのだが……リスティアは気付かない。

 そんな彼女の横で、他の触媒を並べ始めた。


「……って、そっちは魔石やん! しかも、なんやの、この魔力量は! これ一つでも、十分な財産になるやん!」

「あ、そうですか。それなら、たくさん・・・・あるので安心ですね」


 リスティアはあらたな革袋を取り出し、ジャラジャラっと、カウンターの上に同じような魔石をぶちまけた。

 エインデベルの口があんぐりと開かれる。


「ちょ、ちょっと、待ちぃな! なに、なんなん!? なんで、一つで家が建ちそうな魔石が、こんなに一杯出てくるん!? おかしいやろ!」

「魔石は自分で作ってるので、数はたくさんありますよ」

「つ、作ったぁ!? なにそれ、どういうことなん!?」

「色々と練習してたんですよ~」


 リスティアは可愛らしく言っているが、もちろん普通の人間は魔石を作れたりはしない。魔石が欲しければ、魔物を狩りまくるか、古代遺跡をあさらなくてはいけない。


 だと言うのに、魔石を作ったとのたまうリスティアは、それがまるで当然のような態度で、アイテムボックスから別の革袋を取り出した。


「って言うか、気のせいかと思ったけど、アイテムボックスを使ってるやんね!?」

「ええ、使ってますよ。便利ですから」

「いや、便利とかそういう問題じゃなくて、アイテムボックスやで? 伝説の魔法やよ!?」

「ちなみに、あたしの最高傑作は、この魔石です。綺麗だと思いませんか?」


 リスティアが取り出したのは、数百カラットはありそうな真っ黒な魔石。周囲の光を受けて、とんでもなくキラキラと輝いている。


「人の話を聞きぃや――って、な、なんなん、それは!?」

「え? ですから、あたしの作った魔石ですけど」

「嘘、やろ。こんな途方もない魔石、見たことも聞いたこともないよ」


 エインデベルは呆然としていた。

 実のところ、エインデベルは第三階位の魔法を扱えるエンチャンターで、この時代の人間としては、かなり優秀な部類である。


 だけど、だからこそ、エインデベルは自分の理解の及ばぬ魔石に戦慄した。従来の品とは桁違いの、まるで神話に出てくるような凄まじい魔石。

 どう考えても国宝級の代物で、一介の少女が持ち歩くような魔石では決してない。


「……あんた、何者なん?」

「普通の女の子ですよ?」

「ふ、普通の女の子が、こんな魔石を持ってるはずないやろ!?」

「ふえぇ!? そ、そうなんですか!?」


 知らなかったよ――っ! とばかりに驚く。その姿はひたすらに普通で、普通じゃないほど可愛い。ただそれだけの女の子にしか見えない。


 にもかかわらず、その言動は明らかに異常。そのアンバランスな少女に、エインデベルは言いようのない不気味さを覚える。


「もう一度聞くよ。……あんた、何者なん?」

「え、ええっと……その、ちょっと魔石を作るのが上手なだけの、普通の女の子ですよ?」

「いやいやいや、ちょっとってレベルやないからね!? そもそも普通の女の子はアイテムボックスなんて使われへんし、普通やなくても魔石は作れたりせぇへんから!」

「……しょんぼり」


 普通じゃないの範疇ですらないと言われ、リスティアはしょんぼりした。

 まるで捨てられた小動物のように、儚げで可愛らしい。そんなリスティアを見て、エインデベルは「うぐぅ」とうめき声を上げる。


「な、なんでそんなに落ち込むんよ。なんや、うちが悪い事したみたいやん」

「え? そ、そんなことないですよ! ベルお姉さんはなにも悪くないです。あたしが、勝手に落ち込んでるだけだから、だから大丈夫です!」


 ちょっぴり目元に涙を浮かべ、一生懸命に健気なセリフを口にする。エインデベルは自分が極悪人になったような気持ちになり、大ダメージを受けた。


「ご、ごめんやで。リスティアちゃんは、普通の女の子なんやね」

「え? 本当ですか? 本当にそう思いますか?」

「う、うん。もちろんやよ。罪悪感で口にしてるとか、そんなことはあらへんよ」

「わぁい、やったぁ~。あたしちゃんと、普通の女の子出来てるよ!」


 えへへとはしゃぐリスティアが可愛すぎて、エインデベルは「もう、リスティアちゃんは普通の女の子でいいわ。そういうことにしとこ」と悟りを開いた。


 もっとも、心の中で、詳細は後でナナミを問い詰めれば良いしね。なんて計算もしているのだが、はしゃいでいるリスティアは気付かない。

 こうして、ナナミの気苦労が一つ増えた。

 

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