第7話
リスティア達がやって来たのは、石壁に囲まれた街の中にある、石造りの建物が並ぶメインストリートだ。
馬車で商品を運ぶ人々や、仕事帰りとおぼしき人々で賑わっている。
「ふわぁ……人が一杯だよぉ」
リスティアが見たことあるのは人間の集落くらい。こんな風に、たくさんの人々が生活するのを見るのは初めてだった。
リスティアは、凄い凄いと両手を広げてくるくる回る。
――だけど、
「リスティア様、話があります」
「ふえ?」
「良いから、こっちです」
ナナミに腕を掴まれ、道の端っこに連れて行かれてしまった。
「どうしたの?」
「どうしたの? じゃありません。さっきのペンダント、エンチャントしましたよね?」
「そうだけど?」
「そうだけど? じゃないですよぉ……」
頭痛で頭が痛いと重複しまくる勢いで、ナナミは頭を抱えた。
「リスティア様は、普通の女の子として振る舞いたいんですよね?」
「最初から、あたしは普通の女の子だよ?」
「普通の女の子は、さらっとエンチャントなんてしません!」
「え? じゃあ……頑張ってするの?」
「頑張っても無理ですって」
「じゃあ……たくさん頑張るの?」
「あのですね、リスティア様。人がどれだけ頑張っても自力では空を飛べないように、世の中には努力だけじゃどうしようもないこともあるんです」
「……え、あたしは空を飛べるよ?」
「だから、それが普通じゃないんですよ……」
呆れられてしまった。
なお、リスティアはまるで分かっていないが、千年前の人間ですら、使えたのは第四階位までと言われていて、この時代の人間は第三階位が使えれば一流と言われている。
むろん、第三階位にもエンチャントはあるのだが、扱えるレベルがまるで違う。
つまりは、熟練の魔法使いが長い時間をかけて、エンチャント品を作るのが普通。間違っても、ささっと数秒で作れるような代物ではないのだ。
「ちなみに、どんな効果を付与したんですか?」
「えっと、再生の魔法だね。持ってるだけで、あらゆる傷を癒やしてくれるよ」
みなまで口にする前に、ナナミの可愛らしい顔に収まる瞳が、ジトォと細められる。それを見て、さすがのリスティアも、やりすぎだったのかもと思い始めた。
「もしかして……不味かった?」
「どう考えてもおかしいです。もし回復系のエンチャントなら、普通は指先の切り傷が丸一日で塞がるとか、それくらいがせいぜいです」
「……え? それって、エンチャントなしの方が早く回復しない?」
「普通の人は、それでも数日はかかるんですよ」
「そ、そうなんだ……」
たとえ身体が消し炭になっても、数秒で回復するリスティアにとっては、指先の切り傷で数日というのはよく分からない世界だった。
「じゃあ、数秒であらゆる傷が治るのはやりすぎだったのかな?」
「やりすぎというか、アーティファクトの領域ですよ。もし売ったら、宿代どころじゃありません。お屋敷がいくつも建てられるレベルです」
「ふぇ……そんなに凄かったんだ」
材料さえあれば量産できるのになぁ……なんて、とんでもないことを考えたが、さすがにそれを口にしないだけの分別はリスティアにもあった。
「今から戻って、ほかの物と交換してもらいます?」
「……うぅん、そうしないと不味いかな?」
「どうでしょう。エンチャントしたのは、本当に再生だけ――なんですね?}
「うんうん、それだけだよ」
「だったら……大丈夫だと思います。ちょっとした病気が治ったくらいなら、ちょっと御利益があったかなって思う程度でしょうし」
「ふみゅ。ちなみに、鑑定とかは?」
「方法がないわけではありませんけど、怪しまれてる様子もなかったので、わざわざ鑑定したりはしないでしょう。奥さんが大怪我とかを負ったら別ですけど、たぶん大丈夫です」
なお、クルツの奥さんが大怪我を負っているなんて知らないナナミは、そんな風に判断を下した。そして、その判断に対して、リスティアがそうだねとうなづく。
「なら、そのままで良いよ」
「価値的なことは……気にしないんですか? 物凄い価値があるんですよ?」
「うん。親切なおじさんだったし、奥さんには元気になってもらいたいしね」
なお、リスティアは、一人娘と聞いて自分の境遇と重ね、妹を作ってもらえるように手助けしただけなのだが……そうとは知らないナナミは、やはり天使ですねと尊敬を強めた。
「ナナミっ!」
不意に声が響き、青年がナナミに飛び掛かる。それを見たリスティアは、ナナミをお姫様抱っこでかっさらった。
「ナナミ――うおっ!?」
目標を見失った青年は虚空を抱きしめ、頭から地面にダイブするかと思われたが、寸前のところで踏ん張ったようだ。
「リ、リスティア様!?」
「……もしかして、知り合いだったのかな? そうだったらごめんね、急に飛び掛かっていくのが見えたから、ガウェインさんのことを思い出しちゃって」
「い、いえ、それは良いんですけど……リ、リスティア様が、わた、私を、お、おおっお姫様抱っこ、して。その。はう~」
耳まで真っ赤に染めて慌てふためくナナミを見下ろし、どうしたのと首を傾げる。そんなリスティアを間近で見てしまい、ナナミは目を回してしまった。
「おい、お前、何者だ!」
不意に、険のある声で誰何(すいか)をされる。見れば、先ほどナナミに飛び掛かっていた青年が、リスティアを睨みつけていた。
歳はリスティアより少しうえ、二十歳くらいだろうか? 精悍な顔つきの青年だ。
「あたしはリスティアだよ?」
「ならリスティア、ナナミとはどういう関係だ?」
「どういう関係?」
リスティアはナナミを見下ろし、そして青年へと視線を戻した。
「……どういう関係なんだろう?」
「こっちが聞いてるんだろうが!」
「――止めて、リスティア様に突っかからないで」
我に返ったナナミが、二人の会話に割って入った。
「……ナナミちゃん、大丈夫?」
「はい、その……ありがとうございます」
しっかりとした目つきで答える。それを見たリスティアは、ナナミをゆっくりと下ろした。
「リスティア様は、私の命の恩人だから、失礼なことは言わないで、お兄ちゃん」
ナナミがきっぱりと言い放つ。
「――命の恩人? 命の恩人って、どういうことだ?」
「――お、お兄ちゃん? ナナミちゃん、お兄ちゃんがいたの!?」
戸惑う青年の横で、リスティアはとんでもない衝撃を受けていた。
そ、そんな、ナナミちゃんに、既にお兄ちゃんがいたなんて! それじゃ、どんなにあたしが頑張ってもお姉ちゃんにはなれない!?
お、おおおち、落ち着こう、あたし。お兄ちゃんがいたら、お姉ちゃんになれない、なんてことはないはずだよ。そうだよ、大丈夫、頑張れあたし!
「……リスティア様?」
「な、なんでもないよ。ただ、お兄ちゃんがいるって知らなかったから、驚いて」
「あぁ……えっと、リックお兄ちゃんは、身寄りをなくして奴隷商に買われそうになっていた私を拾ってくれた、義理のお兄ちゃんなんです」
「――拾った!? 義理!? そ、それって……」
リスティアは、信じられないと目を見開き、リックと呼ばれた青年を見る。それに対して、リックはなぜか不機嫌そうな顔をした。
「言っておくが、俺がナナミを拾ったのは成り行きで、別にやましい理由なんて――」
「尊敬するよ!」
「……はぁ?」
「だって、路頭に迷ってる女の子を保護して、自分の義妹にしたんだよね! 凄く、凄く大変だったと思う。それをやりとげるなんて凄いよ!」
「お、おぉ、分かってくれるか?」
「もちろんだよ!」
リスティアはキラキラと目を輝かせた。
なお、まず路頭に迷っている女の子を探すのが大変で、見つけたとしても信頼を得るのが大変。更には妹になりたいと言ってもらうのが大変。
なのに、それを成し遂げてしまうなんて凄い、羨ましい! と言う意味である。
「それで、えっと……リスティア様だっけ?」
「リスティアで良いよぉ」
「いや、しかし……」
リックはリスティアの着ている服に目を向けた。ナナミがリスティアを様付けで呼ぶ。それには相応の理由があると思ったようだ。
「ナナミちゃんにも、もっと砕けた話し方で良いよって言ってるんだけどね」
「そんな恐れ多いことは出来ません」
「――ってことらしいよ。あたし、普通の女の子なんだけどなぁ」
だから、お姉ちゃんと呼んで甘えてくれても良いんだよ? と言う想いを込めて、ちら、ちらっと、ナナミにアピールする。が、恐れ多いですと一刀のもとに斬り伏せられてしまった。
リスティアは「む~」と唇を尖らせた。
「まぁ……よく分からんが、それじゃリスティアは――」
「ジロリ」
ナナミが外見からは想像できないような眼力で、リックにプレッシャーを与える。その視線に晒されたリックは頬から一筋の汗を流し、コホンと咳払いをした。
「――リ、リスティアさんは、ナナミの恩人だという話だけど、どういう意味なんだ? 調査隊が期日になっても帰ってこなかったのと、なにか関係があるのか?」
「それは……」
「――それは、私が説明するよ、お兄ちゃん」
ナナミが前置きを一つ、調査に入った迷宮に様々な魔物が巣くっていたこと。そして迷宮の最奥にはドラゴンが巣くっていて、調査隊が全滅したことを打ち明けた。
「ドラゴン、だと!? それでナナミは無事だったのか!?」
「無事だから、こうして帰ってきたんだよ。と言っても、リスティア様が助けてくれなかったら、今頃は餌になってたかもしれないけど」
「それじゃ、まさか……リスティアさんが、ドラゴンを倒したって言うのか?」
信じられないと、リックがリスティアに視線を向けてくる。それに対してリスティアは少し困ったような顔で微笑んだ。
リックがリスティアのエンジェルスマイルに、ちょっとだけ顔を赤らめる。
「……お兄ちゃん?」
「お、おう、なんの話だっけ?」
ナナミに少し不機嫌そうな声で呼ばれ、リックは慌てて視線を戻した。
なお、リスティアは、リックが自分に見とれていたことに気がついている。
その上で、あたしはリックさんから見たら年下、妹対象だからね。既に妹のナナミちゃんが、焼き餅焼いたり心配するのは仕方ないね。
でも心配しなくて平気だよ。あたしがなりたいのは妹じゃなくて、お姉ちゃんだから!
――なんて感じで、完全に的外れなことを考えていた。
「だから、リスティア様の話――なんだけど、そのまえに。リスティア様、今日の宿がまだ決まってないの。だから……ダメかな?」
「ん? あぁ、俺はかまわないけど……うちに泊まってもらって大丈夫なのか?」
「それは大丈夫だと思う」
「なら、俺は問題ないぞ」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
なにやら、自分のあずかり知らぬところで、この後の自分の行動が決まっている。リスティアは、ナナミに「なんの話?」と視線を向けた。
「リスティア様、今日は私の家に泊まりませんか?」
「ナナミちゃんのお家?」
「はい。正確には、私は居候なんですけど……部屋は余ってるので」
「気持ちは嬉しいけど、あたしは宿代を持ってるよ?」
「……そのお金使ったら、一文無しですよね? それに……お兄ちゃんにどこまで話して良いかとか、色々と相談したいんです」
ナナミが顔を寄せて、背伸びをして耳打ちをしてくる。それが可愛くて、リスティアは思わず、ナナミを抱きしめた。
「ひゃ、リ、リスティア様!?」
「あ、ごめんね。ナナミちゃんが可愛くて思わず」
「か、かわ……はふぅ。え、えっと、それで……泊まっていただけますか?」
「あたしはありがたいけど……」
本当に良いのかと、リックへと視線を向けた。
「ナナミの恩人なら、俺にとっても恩人だからな。気兼ねはしないでくれ。それに、色々と話も聞きたいからな」
「そっか、ありがとう。そういうことなら、お世話になるね!」
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