第3話

 ドラゴンを一撃で消滅させた余波で、嵐が巻き起こる。そんなフロアの中心で、ドレスの裾をはためかせていたリスティアは、内心でドヤっていた。


 ――えへ、えへへ。完璧、完璧だよ、あたし! これなら、ナナミちゃんも、あたしをお姉ちゃんと呼ばずにはいられないはずだよ!


 そんなことを考えつつ、クルリと振り返ったリスティアが目にしたのは、キラキラと目を輝かすナナミ――ではなく、恐怖に怯える瞳だった。


 ……あ、あれ? どうしてそんな目であたしを見ているの?

 もしかして、調子にのってオーバーキルしちゃったから、野蛮だって思われちゃった? 必要最低限の力で、スマートに倒した方が良かったのかな?


 人間の女の子は、そもそもドラゴンを一撃で倒せたりしないのだが――動揺したリスティアは気付かない。そうして戸惑うリスティアに対して、冒険者の男が恐る恐る口を開いた。


「お、おい、今のはなんだ?」

「いまの……って、なんのこと?」


 状況を飲み込めていないリスティアは小首をかしげる。その姿はとても愛らしかったのだが、先ほどの行動のせいで逆に不気味さが増している。

 冒険者の男の恐怖は極限に達した。


「と、とぼけるなっ! ドラゴンを一撃で屠った攻撃に決まっているだろう! 一体どうやったら、そんな化け物じみた一撃が放てるって言うんだよ!?」

「――ガ、ガウェインさんっ!」


 取り乱す冒険者の男、ガウェインと言うらしい――を、ナナミが必死に止める。リスティアを気遣ったわけではなく、ドラゴンを一撃で倒したリスティアを刺激したくなかったからだ。


 ただ、その辺の事情は、リスティアにとってはどうでも良かった。そんなことよりも、今のやりとりで自分がやりすぎて怯えられていると理解して焦り始める。


 そ、そうだよね。あんな子供ドラゴンを恐れるくらいだし、それを一撃で倒す相手がいたら恐いよね。びっくりするよね。

 も、もっと苦戦するべきだったよぅ……


 慌てたリスティアは、どうやってフォローするかを考え――


「さ、さっきのは、その……えっと。そ、そう。このレイピアのおかげなんだよ!」


 全てレイピアの力だと言い張ることにした。


「レイピアのおかげ、だと?」

「う、うん、そうだよ! このレイピアには、身体能力の向上に、攻撃の威力をアップする効果があるの。だから、このレイピアがすごいだけで、あたしは普通の女の子なんだよ!」

「武器にそんな能力が……?」


 ガウェインの視線がレイピアに釘付けになる。それを見たリスティアは、もしかして信じてもらえそう? なんて期待する。


「ね、ねぇ、貴方は本当に、普通の女の子……なの?」


 黙りこくったガウェインの代わりに、恐る恐る問いかけてきた。リスティアは、そんなナナミの手を掴み、指先で自分の頬を触らせる。


「な、なにするんですか!?」

「触ってみれば、普通の女の子だって分かるかなって思って。ほら、柔らかいでしょ? 強化をしなければ、すぐに傷つくのは、みんなと変わらないんだよ? ホントだよ?」


 一生懸命に、普通の女の子アピールをする。

 もしここにリスティアの家族がいたら、必死に言い訳するリスティア、可愛すぎか! とか言って悶絶していただろう。

 そして、ナナミもそれは同じで、少しだけ警戒を解き始めていた。


 そもそも、古代の人間と現代の人間に、身体能力の差は特にない。ただ、魔法や様々な技術が、今より格段に優れていただけ。

 リスティアが真祖の姫だなんて夢にも思っていない彼女らが、武器のおかげという言葉を信じるのは自然な流れだった。


 そして、その勘違いが、彼――ガウェインにとっての運命の分岐点だった。


「その武器はまさか……アーティファクト、なのか?」

「え、そんな大げさなものじゃないよ? 身体能力の強化と、切れ味の増加。それに自動修復に、剣を振るったときに炎を放って敵を焼き尽くすだけだよ?」

「思いっきりアーティファクトじゃねぇか!」

「えぇ……」


 ガウェインに突っ込まれて、リスティアは困惑する。

 なにしろ、リスティアの思い浮かべるアーティファクトというのは、正真正銘の神器。一撃で地図上に書かれるレベルの谷を作り出すような代物だ。

 間違っても、自分がエンチャントの練習に作ったような武器ではない。


 だけど、この時代の人間にとって、リスティアの説明したレイピアの能力は、十二分にアーティファクトの領域である――なんて夢にも思わない。

 だから――


「そのレイピア、俺にも見せてくれないか?」

「え? それは……別にかまわないけど?」


 リスティアはあっさりと、レイピアをガウェインに手渡した。


「ね、ねぇ、良いんですか?」


 袖を引かれて振り返ると、戸惑った様子のナナミと目が合った。


「えっと……どうかしたの?」

「どうかしたの、じゃなくて。簡単に貸しても良かったんですか?」

「え? それってどういうこと?」

「――こういうこと、だ!」


 どん――っと、背後から背中を突かれる。

 同時に、胸の辺りにわずかな痛みが走った。なんだろうと、リスティアが視線を下ろせば、自分の胸からレイピアが生えていた。


「あ、あぁっ」


 リスティアはその現実を目の当たりに、悲痛な声をこぼした。


「ガウェインさん、なんてことを――っ」

「くっ、くはははっ、これでアーティファクトは俺の物だ!」


 ガウェインがリスティアの胸からレイピアを引き抜いた。刹那、リスティアの胸から、真っ赤な血があふれ出る。

 そして――



「あたしのお気に入りの服に穴がああああああ――っ!?」



 リスティアは心の底から絶叫した。


「し、しっかりしてください! すぐに回復魔法を使います!」


 ナナミは大慌てで魔法を使おうとして――途中でリスティアの悲鳴がおかしかったことに気付いて動きを止めた。


「………………って、服に穴?」

「そうだよぅ。この服、あたしのお気に入りだったのにぃ……」


 むーっと拗ねるリスティアを見て、二人は混乱した。


「い……いやいやいやっ、服がどうとかじゃなくて胸を刺されたんですよ!?」

「……え、それが?」

「それが……って、胸を刺されたんですよ? 刺されたんです……よね?」

「刺されたよぅ。おかげで、服に穴が空いちゃったんだからね?」

「いえ、だから……」


 胸に穴が空いたら死んじゃうじゃないですか――と、しごく当たり前なはずのセリフを、ナナミは口にすることが出来なかった。

 最初こそ派手に出た血が、今は止まっていることに気がついたからだ。


 ちなみに、真祖のお姫様であるリスティアは、不死身同然である。

 一般的なヴァンパイアが持つような弱点もなければ、心臓を消し飛ばされたとしてもどうと言うことはない。超再生の持ち主である。


 とは言え、刺されたら普通に血か出たりするので、強化していなければ普通の女の子と同じように傷つくというのも、まぁ……嘘ではない。

 ただ、人間の女の子と同じように傷ついた後、ありえない速度で再生するだけの話。


 ――などとリスティアは思っているが、それはあくまでリスティアが思っているだけ。普通の人間であるナナミ達は、リスティアが普通ではないと思い始めた。


 そして、その衝撃が最も大きかったのは、ガウェインである。

 ただの少女であるリスティアを殺して、アーティファクトであるレイピアを奪ったはずだった。にもかかわらず、レイピアで刺されたリスティアが平然としていたからだ。


「なんだ、なんなんだお前は!」

「ふえ? だから、あたしは普通の女の子だってば~」

「ふざけるなっ!」


 恐怖を抱いたガウェインは冷静さを欠いた。


「落ち着いてください、ガウェインさん」

「うるさいっ、役立たずが出しゃばるなといっているだろう!」


 かんしゃくを起こし、ガウェインがレイピアを軽く振るう。ただそれだけで、ナナミが持っていた杖ごと、その身体を大きく切り裂いた。


「――あうっ!?」


 ナナミは血を撒き散らしながらくずおれる。

 リスティアはびっくりして、ナナミの側に膝をついた。


「ナナミちゃん、大丈夫? ……再生は、出来る?」

「……魔法で少しなら。あぁでも、杖が壊れちゃいました」


 答えるナナミの声は弱々しく、迷宮の床に赤い花が咲いていく。

 リスティアであれば一瞬で修復できる傷。だけど、ナナミはそうじゃないのかもしれない。その可能性に気付いて、リスティアは不安になった。


「く、くくくっ、どうやらアーティファクトと言うのは事実だったみたいだな。なら、お前が死ななかったのは、なにか別のアーティファクトを隠し持ってるから、だな」


 ナナミを不安そうに見るリスティアの背後で、ガウェインが高笑いを上げる。


 もちろん、ガウェインも、リスティアの異常性には気付いている。

 だが、現実を受け入れるだけの強さを持ち合わせていなかったガウェインは、自分に都合の良いように解釈してしまった。


「見たところ、アクセサリーの類いはつけてないな。さっきの反応と合わせて考えると……なるほど、その服がアーティファクトだな」

「服? まあ、エンチャントはしてあるけど」

「くくっ、やはりそうか。なら……殺されたくなかったら服を脱げ」


 中年のおっさんが、愛らしい美少女の服を脱がそうとする。

 完全に事案である。


 純粋無垢なリスティアは、そのセリフにも特になにも感じない。それどころか、服を渡せば、普通の女の子だとしらを切り通すことが出来るのかな? なんて思った。


 だけど――


「ごめん、後にして。今はナナミちゃんの怪我を見るのが先だから」


 リスティアはナナミの前に座ったまま、肩越しにそう告げた。


 リスティアが普通の女の子と言い張っているのは、ナナミに怖がられたくないから。なのに、そのナナミに死なれてしまったら意味がない。

 ナナミを優先するのは当然だ。


「ふざけるなっ! そんな暇を与えるはずがないだろう! 良いから、そのドレスを脱げ!」

「だから、少し待ってくれたら脱ぐっていってるじゃない」

「ちっ! ……こうなったら、力尽くで脱がしてやる」


 ガウェインはレイピアを腰だめに構えた。その攻撃意思に反応して、レイピアが付与された能力を発動。ガウェインの身体能力を格段に引き上げる。


「俺があらたに手に入れた力、受けてみやがれ!」


 ガウェインが、全力でレイピアを振り抜く。リスティアが振るったときとは比べるまでもないが、それでも魔力を帯びた一撃がリスティアに襲いかかる。


 けれど――

 ガウェインがレイピアを振るうのと同時、リスティアもまた魔法を発動していた。

 リスティアの展開した第四階位の攻撃魔法が、ガウェインの攻撃を飲み込み――ガウェイン自身すらも飲み込み、灰すら残さずに焼き尽くした。

 ガウェインの断末魔の叫びだけを広いフロアに残して。


「よし――っと」


 一人の人間を跡形もなく消し飛ばしたリスティアは、けれどなんの感慨も見せず、あらためてナナミへと向き直った。

 ナナミは血を流しすぎたのだろう。顔色は青く、既にぐったりとしている。


 このままだと死んでしまう。そう思ったリスティアは、ナナミに手を伸ばすが――


「さっ、触らないでっ」

「ふえぇっ!?」


 息も絶え絶えなナナミに拒絶されて、リスティアは大ダメージを受けた。あまりにショックすぎて、思わず床に突っ伏してしまう。


 う、うぅ……ナナミちゃんに嫌われるなんてショックだよぅ。

 やっぱり、人を消し飛ばしたのがダメだったのかな? でも、早くしないとナナミちゃんが死んじゃいそうだったし……と言うか、早くしないと、ナナミちゃんが死んじゃう。


 これ以上嫌われたくはないけど、ナナミちゃんが死んじゃうよりは――と、リスティアは、なけなしの気力を振り絞って、ナナミに手を伸ばした。


「こ、こないで、こないでよぅ」

「ごめんね、恐いよね。でも、少しだけ我慢して。怪我を治してあげるから」

「……え? な、治して、くれるん……ですか?」

「うん、あたしが、治してあげる」


 リスティアにとって人間は、その辺の動物と大差がない。

 可愛ければ可愛がるし、そこにいるだけならば干渉しない。そして、自分に敵対するのであれば、容赦なく撃退する。そういう認識。


 そして、リスティアにとって年下の女の子は、思いっきり可愛がる対象だった。


「と言うことで、魔法を使っても良いかな?」


 優しく問いかける。

 怯えていただけのナナミの瞳に、希望が宿った。


「おね、がい、します……私、を……たす、けて……」

「うん、任せて」


 了承を得たリスティアは、ナナミの傷口に手をかざし、自身が使える最高の回復魔法。第八階位にある再生の魔法を行使した。


 神々しい光が包み込み、ナナミの傷を瞬時に塞ぐ。

 ――どころか、身体にある全ての異常を取り払い、失った血を生成。更には、肌にあるシミやソバカスすらも消去し、華奢な肉体を強化していく。

 ほどなく、焦点がぼやけていた瞳に光が戻り、顔色はいつも以上に良くなった。


「ふ、わぁ……」


 ナナミが信じられないといった面持ちで、自らの身体を確認をはじめた。


「どう、かな。ちゃんと治ってるかな?」

「は、はい。全部、全部治ってます。子供の頃に受けた傷も、全部。それに、なんだか凄く、身体が軽くなったみたいです」

「そっか、良かったぁ~」


 自分のことのように、ナナミ以上に喜ぶ。そんなリスティアを目の当たりに、ナナミの頬が赤くなった。


「えっと……その、助けてくれて、ありがとうございます!」

「うぅん、お礼なんて必要ないよ」


 ただ、お姉ちゃんと慕ってくれたら十分だよ! なんて思うが、もちろん口には出さない。

 恩に着せて、お姉ちゃんと呼ばせても意味がない。ナナミから自然に、お姉ちゃんと呼んでもらいたい――と、そんな風に思っているからだ。


 その代わり、せめてもの主張として「あたしはリスティアだよ」と名乗った。


「リスティアさん、ですね」

「……リスティア、さん」


 がっくりと項垂れる。


「え? ダ、ダメでしたか?」

「えっと……うぅん、かまわない、けど……」


 リスティアお姉ちゃんと呼んでくれるかも? なんて期待していたリスティアは、ちょっぴり落ち込んだのだが、すぐに気力を振り絞ってなんでもないフリをした。


「それで、リスティアさんは何者なんですか?」

「え? あたしは普通の女の子だよ?」

「普通の女の子は、胸を剣で突かれて平気だったりしませんよ!」

「むぅ……」


 リスティアは少し拗ねるような素振りを見せた。

 リスティア的には、心臓を一突きにされても平気なくらいは普通の範疇。斬られたくらいで死にかける方がおかしいからだ。

 けれど、さすがにそんなことは想像もしていないナナミはため息をつく。


「そんな可愛く拗ねてもごまかされないですからね? さっきはレイピアの力だなんて言ってましたけど、そのレイピアを持っていたガウェインさんを消し飛ばしましたよね?」

「もしかして、ガウェインさんを消し飛ばしたらダメだった?」

「そ、それは……相手が手を出してきたわけだし、ダメではないと……思います」

「そっかぁ……」


 思いますというナナミの表情は複雑そう。つまり、ダメではなかったけれど、やりすぎだと思われているのだろうとリスティアは認識した。


「――って、そんなことじゃごまかされませんよ? リスティアさんは何者なんですか?」

「あたしは普通の女の子なんだけどなぁ……」

「……じゃあ、聞き方を変えます。リスティアさんは人間じゃないですよね?」

「それは……」


 リスティアは困った。力を見せただけで怯えられたのに、真祖のお姫様だなんて打ち明けたら、また怯えられるかもしれないと思ったからだ。


「もしかして、言いたくないんですか? ……そう、ですよね。さっき、ガウェインさんにあんなことをされたんですから、私を信用できなくても仕方ないですよね」


 それは、恩人に対する配慮。不安がないと言えば嘘になるが、恩人に対して根掘り葉掘り聞くのは失礼だと、ナナミが思った結果。


 ――なのだけど、その対応にリスティアはものすごおおおおく焦った。


 自分がナナミを警戒しているなんて思われたら、お姉ちゃんと呼んでもらう道が完全に閉ざされてしまうと思ったからだ。


「信用出来ないなんてことはないよ!」

「無理しなくて良いですよ。いきなり剣で刺されたんだし、私のことも疑って当然です」

「うぅん、ホントにホント。ナナミちゃんを疑ったりしないよ!」


 仲良くなりたいリスティアは必死である。


「ホントのホントに、疑ったりはしてないの。ただ、その……ね。あたしの正体を教えたら、さっきみたいに怖がられちゃうかなって、思って」

「怖がる? リスティアさんの正体を聞いた、私が怖がるってことですか?」

「う、うん。怖がったり……しない?」


 不安そうに上目遣いで尋ねる。そんなリスティアの視線に晒され、ナナミは顔を赤らめた。


「た、たしかにリスティアさんはなんだか凄い感じですけど、私の命の恩人ですから。怖がったりなんてしません」

「……ホント?」


 おっかなびっくり問いかける。


「さっきは取り乱してごめんなさい。驚いちゃったりはするかもしれませんけど、さっきみたいに怯えたりはしません。約束します」


 リスティアは、外見や仕草がとても愛らしい。だから、不安に怯えるリスティアに対して、ナナミは慌てて励ましに掛かった。

 その結果、素直なリスティアはその言葉を鵜呑みにする。


「ありがとうっ。実はあたし、真祖の末娘なの」


 ナナミは硬直した。


「……………………え? し、真祖? 真祖って……千年前まで大陸を支配していた、始まりのヴァンパイア一族のことじゃ、ない……ですよね?」

「そうそう。ヴァンパイアの王族だよ!」


 ナナミの顔がこれ以上ないくらいに引きつった。


「え、あの……どうしたの?」

「な、なんでも、ない、です。怯えたり、して、ません」


 ぷるぷると震えながら、ナナミが必死にそんなことを言う。どう見ても怯えているのだけど、怯えないと約束したから必死にごまかしているのだろう。


「えっと、その……なんかごめんね?」

「い、いえ、こっちこそ、ごめんなさい。私を助けてくれたんだから、私を殺すつもりなんてないと分かってるのに……」


 そこまで呟いたところで、ナナミがハッと息を呑んだ。そして、恐る恐るといった面持ちで、リスティアに視線を向ける。


「あ、あの、一つだけ聞いても良いですか?」

「え? 一つと言わず、好きなだけ聞いてくれて良いけど……なにかな?」

「リスティア様は、真祖の末娘――つまりは、ヴァンパイアのお姫様、なんですよね?」

「……リスティア様」


 また妹が遠くなったと、リスティアは嘆いた。


「……あの、どうかしました?」

「うぅん、なんでもないよ。えっと……ヴァンパイアかってことだよね。そうだよ、あたしは真祖のお姫様。ヴァンパイアだよ」

「なら、もしかして……私を助けてくれたのは、その……眷属にするため、ですか?」

「え!? そ、それは、その……」


 ナナミが眷属になって、妹になってくれないかなぁ? なんて、ちょっぴり考えていたリスティアは、ナナミの問いかけに口ごもる。

 それを見たナナミの顔に、この世の終わりを知ったかのような絶望が浮かんだ。


 なお、ここで一つ悲劇が起きた。


 真祖であるリスティアの眷属になるというのはすなわち、不死同然で、高い身体能力。更には長い寿命を得て、欠点は何一つない。吸血衝動もほとんどなく、一般的な食事でまかなえる、最高の身体を手に入れると言うこと。


 だけど、ナナミの想像する――その辺りにいる下級のヴァンパイアの眷属になるというのはすなわち、多少の身体能力を得ることが出来るが、日光を浴びられない。多くの弱点を持ち、人の血を啜(すす)らなくては生きていくことすら叶わない。

 最悪の場合は、自分の意思すらも失ってしまう、生きた屍のような身体になると言うこと。


 二人の思い浮かべる眷属には、圧倒的な隔たりがあった。


 けれど、リスティアはそんなこと予想もしていなくて、ナナミが絶望したのを見て、自分が拒絶されたのだと思った。


「ご、ごめんね、眷属なんて嫌だよね! 大丈夫、眷属になんてしないから!」

「ほ、本当、ですか?」

「うんうん! あたしは、ナナミちゃんが望まないことなんて絶対にしないから!」


 ふえぇぇ。こんな約束したら、ナナミちゃんを妹になんて出来ないよぅ。

 でもでも、ナナミちゃんは本気で怯えてたし、嫌がることは絶対にさせられないよね。そんなのお姉ちゃん失格だし。

 だから、仕方ない、仕方ないよ……ぐすん。


 リスティアは心の中で泣きながら、眷属にはしないと必死にまくし立てた。

 

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