最終話 神と人と
「こん、のっ!!」
「──っぐ!!」
アイテルの剣をレナータは自慢の神器で受け止める。見た目にそぐわないその怪力に押されながらも、アイテルの赤い瞳を睨んだ。アイテルは悪い顔で笑うとググッと力を強めていく。
「〈業火の斬撃〉!!レナータ、一人で突っ走るなっ!」
「ごめん!」
アンディートの炎を纏った薙刀の一撃で、アイテルが後退する。レナータは助かったと思いながら、体勢を立て直すとアンディートがアイテルの相手をしているうちに自分の強化を図った。
「〈戦士の心得・強撃〉〈戦士の心得・俊敏〉〈戦士の心得・強固〉」
師匠に教えてもらった大切な技で自分の身体能力が強化されるのを感じながら、レナータはアンディートと代わるようにアイテルに斬りかかった。
「ボクも忘れないで欲しいなぁっ!〈ノワール・バレット〉!!」
ムームアの闇属性の弾丸がアイテルへ飛ぶが、まるで結界が張られているかのように彼女の体に触れる寸前の所で弾け飛ぶ。ムームアは眉間にシワを寄せると空中から四つマシンガンを出す。
「君どう見ても光属性じゃん!くらえ、四倍だッ!」
「何度やっても無駄よ、私は闇と友達なの」
レナータの攻撃を思い切り弾き、アイテルは優しい声でそう言うとムームアに剣を向けた。切っ先に光が集まり眩しいほどの輝きの塊が放たれる。
「〈イノセンス・レイ〉」
「──っ!〈ヴォラーレ〉!!」
自分に向かって放たれるレーザー状の攻撃に、ムームアは飛行魔法で避けようとするがどれだけ逃げても追尾され徐々に追いつかれそうになる。
ムームアは防御系の魔法を考えたが、それでアイテルの、神の打った一撃が防げるのかと迷いがあった。しかしもう少しで接触してしまう。そう思い焦りながら防御魔法の詠唱をする。
「〈カイザー・オ―」
「伏せろ!!」
ムームアがシールドを張る直前にアンディートが庇うように突っ込む。アンディートはムームアを自分の体で包んだまま宝の山に衝突して、金貨が辺りに散った。
自分があのままシールドを張って受け止めようとしていたら、そのまま体の中心を貫いていただろうとムームアは背筋に冷たいものが走る。
「アンディート、大丈夫⁉」
「いってぇ……だが左肩でよかった」
アンディートは、貫かれた所を摩るが外傷はない。体の中だけを攻撃されたのだ。内部を焼かれた痛みに耐えながら、アンディートはまた薙刀を握った。
「ははっ!マヌケ!」
「こっちに集中した、らっ!!」
レナータが怒りに任せてアイテルに斬りかかるとアイテルもその一撃に体が飛び金貨の山にぶつかった。自分が笑った事と同じ状況にされたことから、アイテルは怒りを顔に表しムクリと起き上がると、その素早い機動力で仕返しと言わんばかりに剣での突きがレナータの体を裂く。
「ぐぁっ!」
「ふ、あははははははっ!」
レナータは腹に刺さる光の剣を掴んで力任せに引き抜くと、形態変化をして後退する。致命傷は避けられたが激しい痛みがレナータを襲った。
「〈戦士の心得・休息〉」
回復系のアビリタを使い完全にでは無いが傷を治す。アイテルは高笑いをしながら飛び、こちらを見下ろしていた。
「あなた達、ほんとに世界救う気あるの⁉つまんないっ!」
「うるせぇな、こっからだっ!」
アンディートが形態変化をして薙刀を振るうが、片腕を負傷しているため本気が出せない。先ほどとは明らかに威力の落ちたその攻撃に、アイテルは苛立ちながら剣で薙刀を払ってその手から離させた。
「くそっ」
「アンディート、どいて!──〈ゼロミッション〉ッ!」
ガチャガチャと音がして、ムームアは空間からライフル、マシンガン、ショットガン、ボウガン、ロケットランチャー、グレネードランチャー、光線銃、大砲……大まかに分けて八種類。様々なの銃を取り出す。そしてその総数、数百。ムームアは手元のハンドガンをある一点、アイテルに向けると引き金を引く。
「発射ぁっ!!」
無数の弾丸、レーザーがアイテルに向かう。切り札であるクアリタを放ってムームアは祈るように銃を握りしめ、自分の最大の攻撃を信じた。これなら少しは傷を負うはずだと。
しかしアイテルは一瞬驚いた顔をしながらも、にこりと笑った。
「〈インヴィンシブル・ゴッド〉」
ドンッと彼女が足で強く地面を叩くとそこを中心に衝撃波が発生して、ムームアの放った弾丸が全て消え去った。その衝撃波を受けて全員が吹き飛び、壁に衝突する。
「うっ…嘘でしょ…ボクのクアリタが……」
「あんた達はただの人、私は神。そこの差よねぇ」
ムームアに瞬時に近づき剣を向けるアイテルを、レナータとアンディートは出せる限りの力で飛び阻止しようとするが彼女の両手から放たれた波動でまた体が吹き飛ぶ。
近づくことすら出来ない。レナータはあの神は先程まで遊んでいたのだと悟り、そして焦る。
「はっ、ボクを殺しても必ずあの二人は君を殺すよ」
「舐めた口を利くクソガキね……」
「──がっあぁあぁああっ!!」
肩にその剣を刺されて悶え苦しむムームアに、アイテルは笑いながら反対側の肩にも剣を突き刺す。ぐりぐりと刃で傷を広げるように剣を捻られ、ムームアは少し暴れたあと激痛に耐えきれず失神し、彼の手から神器が落ちる。
「あらあら、子供はお眠かしら。じゃあ、永遠に眠りなさいっ!」
「──ぁああ゛っ!!」
「レナータ!〈一度の好機〉ッ!!」
アンディートが自分に何かのアビリタをかけてくれたの感じ、反撃覚悟でアイテルに突っ込む。敵わないと諦めたくない。諦めていいはずがなかった。
「無駄って言って──」
「ムームアから離れろっ!!」
「──っ⁉」
跳ね返そうとしていたレナータの双剣の一撃を避けて、アイテルは危なかったと少し切れた髪を触る。たかが少し力を合わせただけでその一撃が、自分にも届くものなのかと眉間にシワを寄せてまた苛立つアイテル。自分が最強だと確信していた彼女にとって、数本の髪を切られただけでも屈辱的だった。
……
なによ、なによっ、なによっ!私は無敵なの!人ごときに、私が与えた力で戦ってるくせに!
私は怒った。たかが三人の王ごときに、こうして感情を乱されていることに。長い眠りについていてまだ全力が出し切れないというのもあるが、それより何故こいつらはこんなに何度も薙ぎ払っているのに立ち上がるんだと、その底力にまた苛立つ。そしてそれと同時に少し楽しむ気持ちがあるのも、私を苛立たせていた。
シヴァ王はどうにか行動不能にしたが、まだあと二人残っている。
「はああぁあっ!」
「もうっ!」
ヴィシュヌ王の双剣を一本の剣で受け止めて、そのまま軽々と押し返す。ブラフマー王のアビリタで徐々に一撃一撃重くなっている彼女の攻撃に、焦りを感じた。
ヴィシュヌ王の連撃を受け止めながら、私は背後から斬りかかろうとしているブラフマー王に手を向ける。
「〈ヘヴン・ライト〉」
ブラフマー王に光が指して、その魂を天へ返そうとする。だが、彼は意志が強いのかそれを耐え切って私に炎魔法を纏った薙刀を私に振るうが、それを避けて持ち手の部分を掴み彼の手から奪うと、一回転させてその刃を彼の腹に突き刺した。
「──がぁッ!!」
「アンディート!」
ヴィシュヌ王を蹴り飛ばし邪魔されせないようにすると、悪魔化の解けたブラフマー王を地面に捨て、踏みつける。
私の足を掴んできたブラフマー王の手を払い、何度も何度も傷口を踏みつけた。溢れる血が私の白い靴に付くが、そんなのは関係ない。
「汚い手で、触るんじゃないわよっ!」
「ぐっ…がっ……がはぁっ!!」
口から血を吐きぐったりと体の力が抜けたブラフマー王を見て、私は勝利を確信した。彼の神器の刃を首に添えて、そのまま落とそうと振りかぶる。
が、嫌な予感がしてその手を止める。強い力を感じる。この懐かしい気配は……
そう思いその力の感じる方向に目を向けると──
……
腹部に思い切り蹴りをもらい、私は激しい音を立てて何かに衝突した。刺されたアンディートの方を見ると、アイテルに踏みつけられてもがき苦しんでいる。ああ、早く止めなくては。
私は立ち上がろうと手をついた時、カチリと金属のようなものに触れた。
「(首飾り?)」
確かにここには宝が沢山ある。このような、全て黄金でできた首飾りがあっても不思議ではない。だが、私はそれから目が離せなかった。周囲の音が、遠く聞こえる。
それを手に取ると、強い力を感じて私は急いで自分が衝突したものを見る。
「(宝箱が……!)」
アイテルが椅子の上に置いていた宝箱が椅子と共に粉砕されている。私がぶつかった衝撃で破壊されたのだ。
つまり、私の持っているこれが──
「トリムルティの宝……」
私がそれを口に出すと、その首飾り、トリムルティの宝は一瞬輝いた。まるで私に応えているかのようだ。
「だ、だめ!」
声のする方に視線を向けると、アイテルが私に手を向け猛スピードで飛んでくる。その表情は激しい焦りだ。私はその姿を呆然と見ながら、手が持ちあがりトリムルティの宝を首に掛けようとする。まるで自分の物だったかのような自然な動作に私自身も疑問に思う。
「それは、初めからあげるつもりの無い──」
アイテルが私と接触するのと、私の首にその首飾りが掛かるのは同時だった。
ドクンッと心臓が波打ち、アイテルが自分に飛びかかっていくるのがスローモーションに見える。
そしてアンディートとムームアの体が光ったと思うと、二人の体が光の玉となり……私の体内に吸い込まれた。
私自身の体も光り、何だか魔法少女の変身みたいだと思っているとアイテルが剣を振りかぶり私に斬り掛かる。
「──っ!!」
私の体に触れた彼女の剣、彼女の体自身も何か強い力に跳ね返されたように吹っ飛ぶ。変わっていく、私を形成する何かが。そして私はその体の変化を受け入れた。
「ちょっと怖いなぁ……」
ポロッと本音を零しながら、私の意識は薄れていった──
……
アイテルが飛んできて私の、私の?前に立っている。正確には飛んでいる。
俺はそれを見ながらニヤリと笑うと、アイテルは怒ったように剣を軽く降った。
ボクは彼女を真似るように自らの魔力で剣を作ると、それを握りしめた。
「私は、いや、俺、ボク?どれでもあるけど、どれでもない」
「……」
「……我はトリムルティ神、ファタリタ。貴様を倒す者だ」
「調子に乗っちゃって……私を倒すですって⁉冗談じゃないわ!」
ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ。創造、維持、破壊を司るそれぞれ神の化身が一つになった三神一体。それが我だ。まるでずっとこの体だったかのような馴染みを感じながら、白と黄色の衣装を身に纏い、黄色に光った魔法の翼で飛びながらアイテルと対峙する。
「神になったとこで、所詮は即席のもの。私には勝てないわ!」
そう言って斬りかかるアイテルの剣は……軽い。さっきまで受けていたのと同じなのかと疑問に思うほど、あっさり跳ね返す。
「私はこの世界の神なのよ!その私に──」
「神ならば、世界をそんな簡単に滅ぼして良いと?」
「そうよ!だってこの世界は私の玩具なんだからっ!」
「なるほど……では消えてもらうよ」
アイテルに突進して勢いよく振りかぶった剣をぶつけると、彼女の懸命にそれを受け止める。強く我が押すと、押し返されそうになった彼女の顔に焦りが見えた。完全に立場が逆転している。
「なん、なのよっ……!」
「貴様と同じ、神だ」
そのまま力で押して切り払うと、アイテルが地面に激突する。我に見下ろされた事に怒りを感じているのか、彼女は叫んだあとまた向かってくる。
「〈サンクチュアリの奏〉」
剣にさらに光を纏わせて強化する。我の体を光のオーラが覆いアイテルの剣が体に接触する前に弾き返される。
「──っな!」
「もう貴様の技は効かない」
「このっ、この、このぉっ!」
何度もアイテルは我の体に傷をつけようとするが、全てが弾き返されて彼女は肩で息をする。
彼女の腹に拳を叩き込み、今までの怒りを込め回し蹴りでまた地面に叩き落とすと自分も地面に降りた。
「ケホッ…こんな屈辱的なことは初めてよ……」
「こうやって戦うこと自体初めてじゃないのか?」
「……」
彼女は一瞬驚いた顔をしたが、我をキッ睨むとこちらに手を向けた。
「〈ディヴァイン・クロス〉ッ!!」
「〈インヴィンシブル・ゴッド〉」
無数の光できた十字架が我に向かって飛ぶが、魔法でそれを全て無効化する。我が笑うと、アイテルはその赤い目を勢いよく開くとギリッと歯を鳴らした。
「貴様がさっき使った技だ、先程のお返しという事だよ」
「こ…のぉ……、あなただけは絶対に殺すわ!」
アイテルは剣を一回り大きくさせて上段から切かかり、それを受け止めて彼女と睨み合う。魔力と魔力の激しいぶつかり合いに周りの宝が飛び散った。
「貴様は何故戦う?」
その問いに彼女は少し動きを止めたあとまた強く剣を押して、我がそれを受け流すと彼女は上空へ飛び上がり距離を取った。
そしてぶつぶつと呟きながら、彼女は我を見つめる。しかし実際には思考するのに集中して、ちゃんと見てはいないのだろうが。
「何故…?宝が奪われたから……でも、殺すタイミングならいつでも……」
「答えは見つかったか?」
我が笑うとまた彼女は怒り、素早く降下しながらの突きの一撃を放ってくる。それを切り払うと何度も何度も我に斬り掛かる。怒りだけに染まっていた表情に、今は戸惑いが見え始めていた。
怒りに任せて放った剣は乱雑だ。それを受け止めながら自分もこうだったかもなと反省しつつ彼女の剣を強く切り払い、粉砕した。
「──っ!」
また魔力で剣を創り、我に斬りかかり、そしてまた剣を粉砕される。それを繰り返していると、彼女が急にピタッと止まった。
「どうした?魔力切れか?」
「そんな、わけ……ないでしょっ!私の魔力が切れるなんて──」
ハッとした彼女に、今更気づいたかと笑うと我は剣を少し大きくした。我は気づかれないようにある魔法を唱えていた。それを今更気づいたところでもう遅い。
「あ、なた……私の魔力をっ!」
「そうだね、接触する度吸っていたよ」
彼女はもう魔力で剣を造れない。何もしないところを見ると、恐らくあれが彼女の唯一の武器だったのだろう。それでも戦意を失わない彼女はこの宝物庫にある剣を適当に取るとそれで斬りかかってくる。
「あぁぁああぁっッ!!」
「もう、見苦しいぞ」
そういい彼女の持っている剣を手で掴み破壊したあと、彼女の頭に浮かぶ輪を軽い動作で切る。
それは真っ二つ割れると砕け散り、光の粒になって消えていった。
「あ…ぁあ……、わ、私の輪っか──」
「終わりだ」
膝をつき涙目で天を仰ぐ彼女の首に剣を添えて、そのまま飛ばそうと振りかぶる―が
「……?何故だ……、動かない」
彼女の首に触れる直前で、自分の動きが止まる。アイテルはただただ無抵抗のままでいるので、彼女が止めた訳では無い。
「そうか……私か。俺もボクも殺そうとしているのに、何故私は抵抗しいる?」
自問自答して、また彼女の首をはね飛ばそうとするがやはり動きが止まってしまう。私に問う。何故止めるのかと。
そして、すぐに答えは帰ってきた。
「我の、レナータの部分が貴様を救いたいと願っている」
「あの、ヴィシュヌ王が?」
「貴様にとっての救いとは何だ?」
「……ははっ、ほんとお人好しね。私は命乞いなんてしないわよ」
敗北を確信した故に目を瞑り首を晒すように頭をあげるアイテルを見て、我は剣を下ろし消し去った。
レナータの思いは総意となった。我にこの目の前にいる神を殺すことは出来ない。したくない、というのが正解だろうか。
「如何なる命も生きる意味がある。死ではなく生で償え」
「偉そうに……誰に向かって命令してるのよ!」
アイテルは立ち上がると我を睨みつける。当然だろう、世界の頂点である神が命令されるなど初めてなのだろう。それも紛い物の神に。
苛立った様子で階段を登ると指を鳴らし破壊された椅子を復元させ、アイテルは勢いよく座りため息を吐く。少しでも魔力の回復をするつもりなのかと飛行しアイテルの前に降り立つと、彼女はふっと鼻で笑った。
「神だって万能じゃない。一瞬で魔力を回復できるなんて事はないわ」
「では、どうしたい」
「……あなたの好きなようにすればいい」
何故あれ程怒りを見せていたにも関わらず、アイテルが我の言葉を受け入れたのかは分からない。しかしそれが彼女の望みならと我は彼女に手を向ける。
「〈クレイドル〉」
我がアンディートのクアリタを使用するとアイテルの足元から彼女を包み込むようにツルが伸びた。アイテルはただゆっくりと瞼を閉じ、そのまま人形のように動かなくなる。
しかし小さく呼吸音は聞こえた。
「殺すだけが手段ではない……平和になるなら問題ないだろう」
駄々をこねる子供のようだったと彼女に背を向け階段を降りていく。散らばる宝に興味はない。目的の物は首に下がっているからだ。
扉の前につき、1度だけ振り返ると扉を押し開き宝物庫を後にした。
──が、すぐさま首飾りを外す。
光の玉が二つ体から抜けてゆき、アンディートとムームアの形に戻って、私自身も元の姿に戻る。
そして全員が顔を見合わせると、さぁっと顔が青ざめた。
「「「おえぇっっ……!」」」
あまりの気持ち悪さと頭痛に嘔吐物を地面に吐くと、はぁはぁと息を整え口元を拭いまた皆で顔を見合わせた。
「トリムルティ化ってこんなに負担かかるんだ……」
「それにあのまま長時間融合してたら、本当にファタリタとして固定されるところだったじゃねぇか!」
「う〜、気持ち悪いよぉ……」
それより皆、お互い顔が合わせずらかった。と言うのも、そのまま融合して一つの人格になるのも恐ろしいが、トリムルティ化の一番の難点は──
「「「記憶の共有」」」
やっぱりかと全員でため息をつき、明後日の方を見る。それに喋り方も、我だとか、貴様だとか凄い恥ずかしい。私はジタバタしたくなる気持ちを抑えて、皆に言う。
「あれだよ…みんな見たことは忘れよう……」
「そうだな、覚えてても……なんか、な」
「忘れられないよ!みんな人生が濃いよ!」
ムームアがプンプンと怒るが、それは君にも言えることだよと思う。アンディートとムームア。トリムルティ化している間は彼等の過去をまるで自分で体験したように感じる。恐らく自分の記憶も彼らに見られただろう。
「ああ……恥ずかしい」
そういい私は座りこんだ。嘔吐物を避けながら。アンディートとムームアも同じように座る。
二人との戦いを思い出す。アンディートは親友を、ムームアは兄を自らの手で殺してしまった。その事にどっちも囚われていたんだなと今、二人の記憶を知って納得した。
そして私も……
「レナータ」
「なに?」
アンディートは何か言いたが言いづらいというような顔をしていて、いつも何でもズカズカ言ってくるのに珍しいなと思う。そして、あー、と頭をかきながら私と目を合わせた。
「余計な世話かもしれないが……お前の師匠、まだ死んでねぇんじゃないか?」
「……」
「俺もムームアも大事なやつの遺体をちゃんと見たが、お前の記憶見た限り生きてる可能性もあると思う」
「ボクなんか自分で消し炭にしちゃったけどね」
ははっと笑えない冗談をいい、この部屋に落ちていた懐中時計を拾って大事そうに拭いているムームアに私は苦笑いを向けた。そしてアンディートに向き直る。
「ありがとう、アンディート」
「……お前みたいな能天気な奴が何抱えてるか知っちまったからな。ただの俺の感想だ」
「それでも嬉しいよ」
アンディートは見たことの無い優しい顔をして、私に笑いかけた。恐らく彼は少し私と親友、ミラさんを重ねているのだろうなと思った。記憶で見た限り自分でも驚くほど彼女と私は似ていたからなぁと不思議な気分になる。
「それにしても私、ムームアは天才派だと思ってたよ」
「思ってたって、ボク天才じゃん」
何を当たり前の事を言ってるんだと言う顔のムームアに、私は続ける。
「才能もあったけど、努力ゆえの秀才派だったんだね」
「まぁ、ボクたくさん勉強したしね」
努力するなんて当然じゃんと笑うムームア。まだ十二歳なのに強いなと私は頭を撫でる。子供扱いをすると嫌がっていた彼だが、私の手を振り払ったりしない所を見ると撫でてもいいようだ。
「ボク、お兄様を守ってあげられるって喜んでたんだ」
「うん」
「でも、それがお兄様のプライドを傷つけてるなんて、知らないくて……。本当に子供だなぁ、ボク」
そう言って今度こそ私の手を振り払ったムームアはいつもの生意気な子供の顔に戻っており、やっぱり強い子だなと思う。
「それにしてもさぁ、せっかく神の力手に入れたし何する?」
「はぁ、もう融合したくねぇ」
「私もこれ使うの嫌なんだけど……」
ムームアの言葉に反対派の私とアンディート。ムームアはぶーぶー文句をいうが、自分の手の中にあるトリムルティの宝を見て少し考える。
「神の力とかなんかよく分からないよね」
「確か創造、維持、破壊だったか?」
「一応アイテルと同じで世界も作り替えられるんだよね?」
そんな恐ろしいことが出来るのかと、私は少しゾッとした。そしてふと思う。
「そういえばアイテルのこと封印したのに、私達の力消えてないね」
「本当だ、忘れてた」
「考えなしに封印しちまったが、しくじったら従者達も消えてたかもしれねぇな」
そうだったら直ぐにアイテルを叩き起すけどねと思いながら、私は従者と聞いて皆の元へ、イデアーレへ帰りたくなった。
「……そろそろ戻るか」
「そーだね」
「私も、賛成」
二人共同じ気持ちだったのか、私達は立ち上がって皆でスフィーダの塔に別れを告げる。正確には眠りについたアイテルに。
……
「本当にこのやり方で大丈夫なのかっ⁉」
「ボクちょっと怖いんだけどぉっ!!」
「だって皆、飛ぶ力残ってないじゃんっ!!」
そういえばここが空中であることを忘れていた私達はパラシュート無しのスカイダイビングを体験したあと、地面ギリギリで飛行魔法を使う羽目になった。
感想を言うと、死ぬかと思った、だ。
――
「レナータ様っ!」
サンドゥ砂漠にあるスフィーダの塔に戻ると、従者が集まっていた。よく見ると……全員いる⁉
「み、みんなどうしたの⁉」
「レナータ様と連絡がつかなくなったので、何かあったのかとっ!ああ、傷はどうされたのですか⁉ルポゼ!」
「はいっ、〈グレイト・ヒール〉!レナータ様、大丈夫ですか⁉」
「俺たちすげぇ心配して……!」
「急いで来たんですが間に合いましたか⁉」
「綺麗な顔にお傷が…誰がそのようなことを!」
「僕もみんなと──」
「ストーップ!みんなで喋ったら分かんないから!」
私はステイと合図すると、皆がピタリと止まり口を閉じた。周りを見ると、アンディートもムームアも同じようなことをしている。皆、心配する気持ちは分かるけど一斉に言われると聞こえない。なので、私はあーと言いながら整理する。
「まず、サージェ。皆ここに居るってことは、国はガラ空きなんじゃ……」
「それであれば心配ございません。緊急用の結界を張って来ました」
「ならば問題なしっ」
私はんんっと咳払いすると、体内からトリムルティの宝を取り出すと皆に見せる。体内からと言うのは、さすがにマジカルボックスしまうのは危ないかなと思い、試しに神器と同じように出来ないかと冗談半分でやったら、本当にしまえたのだ。
「これが私達運命に選ばれし王が求めしもの、トリムルティの宝!それを手に入れましたっ!」
おおっと声が上がり拍手をされたのでちょっと照れながら、そしてと続ける。
「あとついでに世界も救ってきた。まぁ、詳しいことは城で話そうよ。私疲れちゃったぁ……」
エンドに運んでと言うと、彼はめちゃくちゃ嬉しそうな顔をしたあと私を周りに自慢するように横抱きにしてそのまま抱きしめた。
「このくそエルフっ!レナータ様から離れろ!」
「見苦しいぞテゾール。俺は指名されたんだ」
私を抱えたままげしげしと蹴り合いをするエンドとテゾール。そしてそれを止めようとする他の従者達を見て、自分は日常に帰ってきたんだなと安心した。
「おい、レナータ」
「ん?」
アンディートが凄く嫌そうな顔でリヴェルダに横抱きにされているのを見て笑いそうになるのを堪える。それが彼には分かったのか、笑うなと怒られた。
「俺もムームアも、もう国に帰る。互いにこれから忙しくなりそうだな……」
「そうだね、そう言えばトリムルティの宝は私が持ってていいの?」
「もう暫く使いたくないよぉ〜」
ルナティスに抱っこされたムームアが会話に参加する。二人ともボロボロで、私は笑った。
「何だ?」
「いや、二人ともボロボロだなって」
「それはレナータもでしょ」
そうだねと言ってまた笑うと、二人も笑ってくれた。
「じゃあ、次はまた会議でか?」
「そうだね、その時にはいい報告が出来たらいいけど」
「いい報告、ねぇ……」
そう言い私とエンドをジロジロと見るムームアに、何が言いたいかちょっと悟った私達は赤面した。
「じゃあな」
「またねぇ〜」
手を振り飛んでいくアンディートとムームアを見送って、私は一息ついた。
自分たちは世界を救ったが、その実感はあまりない。
だけど私に笑顔を見せる私の自慢の従者たちを見て、私は彼らを守れたならそれでいいと思った。
「二人とも帰っちゃったし、私達も帰ろっか!」
『はいっ!!』
皆の元気のよい返事に私は、今日一番の笑顔を見せた。
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