【二部】World_エレムスト
第1話 六人の王
その部屋の空気は最悪なものだった。ある椅子に座る少年の体から放たれるのは闇。闇の塊だ。
「ア…アイテル、アイテル!何でだよ……何で答えてくれないんだ⁉」
その少年は肘掛に拳を叩きつけ、その怒りをぶつける。それを跪き静かに見守るのは、三人の人物。
右で不敵な笑みを浮かべるのは金色の髪をしたエルフの男性。
左で柔らかな笑みを湛えるのは白髪の女性。
そして真ん中で跪くのはフルフェイスの仮面を被った男性。
「なんで…何でなんだ……」
椅子に座る少年の表情は怒りから悲しみに変わっている。その頭上に浮かぶ輪が先程から何度か光っているが、連絡を取りたい人物、アイテルとは繋がらない。
「如何致しますかぁ、エレボス様ぁ?」
左側で微笑んでいた女性が少年、エレボスに問いかける。彼は体から放たれていた闇をいっそう強くすると「あ〜!」と叫びながら頭を抱え考えた。自分の半身のような存在である人物は死んでしまったようだ。では誰が、と。
そしてその答えは、簡単に導き出される。
「運命に選ばれし王……」
「オレ達の事か⁉」
「違う!!」
エレボスの呟きに返事をした左側のエルフは怒鳴られたのにも関わらず大声で笑い始める。エレボスはそれにまた苛立って、こうなったのも全てアイツらのせいだと顔もわからぬ人物達に八つ当たりをした。
「お前ら……殺してこい」
「誰をですかぁ?」
エレボスは自分の前に跪く三人を見渡して叫ぶ。大切な、大切な友人を殺すことが出来るのは──
「アイテリアの…運命に選ばれし王達を殺してこい!!」
三人は深く頭を下げ承知の意を示すと、それぞれの想いを胸に動き出した──
──
滅多に被らない王冠に、これまた滅多に羽織らないマントを身につけ私は小走りである場所に向かっていた。そこに行くのは三回目だが私は必ずある二人の人物を待たしてしまう。やっと辿り着いた目の前の扉を勢いよく開けるとやはりかと申し訳ない気持ちになる。
「まただぁ〜!」
「「レナータ!遅い!!」」
声を揃えて私を叱るのは勿論同じ運命に選ばれし王である二人。ブラフマーの称号を持つアンディート・ブラフマー、シヴァの称号を持つムームア・シヴァの二人だ。
私は決められた椅子に座り、軽く息を吐く。
「お前はホント成長しねぇな……」
「ごめんごめんっ!」
ボヤくアンディートに謝ると、まぁお前だししょうがねぇなと聞き捨てならない事を呟きため息をついている。しかしその表情は少し嬉しそうだった。
「五年も経ったんだからちょっとは気合い入れてよ!」
「面目ない……」
ムームアは私にびしっと指を突きつけて怒っている。そういう彼も嬉しそうだ。やはり皆久々の再会を喜ばしく思ってくれていて、私も嬉しかった。
「それにしてもみんな久しぶりだね!」
「こうして三人で直接集まるのは五年ぶりだな」
「殆ど〈メサージュ〉で話してたからね〜」
私達運命に選ばれし王はトリムルティの宝を手に入れるためこうして五年に一回集まることになっているが、肝心の宝はもう手に入れている。またこうして集まっているのは、同盟を組んだ者同士の近況報告のようなものだ。
そう言いつつ、私はただこうして三人で会うことだけでも楽しいのだが。
「ん…?んんっ⁉」
「どうした?」
一瞬見間違いかと思ったが、やはりそうだ。私はアンディートを指さし口をパクパクさせる。
「髪が……髪が無くなってる!」
「無くなってねぇよ!禿げてるみたいに言うんじゃねぇ!」
彼の腰まであった長髪が、今は肩につかないぐらいに短くなっている。あれだけの長さになるまでかなりかかっただろうになんて勿体ない事を……。
「あれは最強の運命に選ばれし王になるって言う願掛けみたいなもんだったんだ。今はもう必要ねぇからバッサリ切った」
「ああ……あんなに長かったのに……」
「従者達と同じ反応すんなよ…正直あれだけ長かったら鬱陶しい」
しかし話を聞くとプローヴァリーの皆があまりにも悲しそうにするため切った髪は取って置いてあるらしい。勿論アンディートは捨てろと言ったがどうしても譲らないんだとか。
「ボク達不老なんだから髪切ったらもう伸びないんだよ?そう考えると長いままの方が良かったんじゃないかって思うけど」
「別にもう長くしようとは思わねぇから俺には関係ない話だな」
「私もちょっとだけ切ってみようかなぁ」
そう言っていつものお下げとは違いひとつの三つ編みを左側に流した自分の髪を軽くいじる。ムームアと同じ考えの為、切る勇気はなかったのだ。
「レナータは今のままが可愛いと思うよ」
「……ぇ」
「何その反応!」
ムームアから容姿を褒められると言うのはなんだか以外だったのでポケッとしてしまった。しかし褒められるのは素直に嬉しいので私も気になっていたことを言う。
「ムームアもその帽子可愛いね」
「でしょ?ボクってばなんでも似合うから当然だけどね」
そう言って自信満々に胸を張った彼に、そう言えば続ける。
「王冠はどうしたの?」
「帽子のお披露目したかったからマジカルボックスしまった」
「えぇ……扱い雑だなぁ」
余程あれが気に入っているらしい、星と月の飾りがついたキャスケット帽……もしかしてスターシャとルナティスを意識しているのだろうかと思うと、彼にもそう言う面があるのかと可愛く思った。
なんだかんだ言っても従者達を大切に思っているんだなとほのぼのした気持ちになる。
「身なり変えるのもいいが、国も変えねぇと」
「そうだねぇ、私国政とかよく分からないから苦手なんだけどね」
「ボクもほとんどスターシャに任せてるかな」
俺も得意じゃねえけどなと言ったアンディートは頬杖をつきため息をつく。私達運命に選ばれし王は国王として生きるための教育などされていない。ムームアは例外かもしれないが、私とアンディートはそれに該当する。だから従者に丸投げする王も少なくないそうだが、私達はそうはしない。
「正直自分が役に立ってるか分かんねぇけど、何もしないお飾りの王にはなりたくないからな」
「色々難しいけどね。従者達は私が言ったことはなんでも従って実行に移すから」
「分かる!この間人口増えてきたなって言ったらルナティスが国民を殺しに行こうとしたから驚いたよ!」
その後死ぬ程怒鳴り散らしたよと付け加えたムームアは椅子に寄りかかりため息をついた。みんな苦労してるんだなぁ。
「それで、何か変わった事とかあるの?」
「そうだなぁ、私は国民と関わる時間増やしたとか……その辺かな」
「技術の成長具合はどうなった」
私の国、イデアーレ王国は私の代で鎖国状態だったのを開国した。それで色々問題が起きたがまずは国民との信頼関係を築いたあと、遅れている国の技術発展を進めていこうとしている。私だってちゃんと女王として仕事をしているのだ。
「それなら徐々にだよ。私どうせ不老だから長い目で見られるし」
「そこは人間の寿命に合わせなきゃダメじゃないの?発展途上のまま死んでく人もいるかもしれないじゃん」
「それを言ってたら何も進まないよ〜」
私も考えた事なのでムームアの言い分も分かるが、不老だからこそ出来ることをしたいと私は考えている。というかどんだけ最善を尽くそうとしても、必ずどこかで問題は発生すると思っているのでそれなら自分の信じた道を進みたい。
「アンディートは?」
「俺か?俺は…まだまだだな。レナータの言う通り長い目で見るしかねぇ」
「まぁ、奴隷の全開放って言ったらねぇ」
アンディートの国、アズモンド王国は彼が運命に選ばれる前は奴隷制があり、彼自身も奴隷だった。
奴隷制を無くし奴隷になる人を無くしたいと運命に選ばれてすぐに法律を変えたが、そう簡単に無くなるものではない。
「だが俺は諦めねぇ、何十年、何百年経とうが目標は達成させる」
「流石!」
「じゃあボクの話も聞いて!」
アンディートを賞賛して拍手をしていると、ムームアは次はボクの番だよねと手を挙げた。どうぞと二人で促すと立ち上がり両手を手を腰に当てた。
「やっと兵器製造していた連中の幹部を潰しました!」
「おおっ!」
「幹部かよ」
ドヤ顔でそういうムームアに今度は彼に拍手を送る。ムームアは椅子に座ると足を組みアンディートを軽く睨む。
「ボクこれでも頑張ったんだけどっ」
「そうだな、悪かったよ」
「分かればよろしい!」
ムームアの国、ディアストリク王国は前王アルヴァの指示で兵器の開発が進められていた。ムームアは父親であるアルヴァと同じ道は辿らないと、それを食い止めようとしていた。裏で動く暗躍者を何人も捉えている。
「ムームアってまだ小さいのに凄いよね〜」
「小さいって、ボク見た目はこんなだけどもう十七だよ」
「そうか、お前もうそんなになるのか」
それを聞いてドキッとする。自分で言い出しといて何だが後悔した。この流れは……
「俺はもう二十八、て事は……」
「そうだね…私……三十三歳……」
「わぁ、おばさん!」
ムームアの言葉がグサァッ!!とかなり深く心に刺さる。私はテーブルに突っ伏し現実をどうにか受け止めようとする。
「お、おい……あんま落ち込むな」
「そうだよ!ボクら年取らないし、シワも出来ないし筋力も衰えたりしないんだよ!」
「そ、うだね……よし!前向きに!前向きに生きるぞ!」
私は顔を上げて高らかに宣言してうんうんと頷くと、顔を軽く揉む。確かに五年経っても全然老いは感じない。見た目も全然変わらないし、体力も変わらないどころか有り余っているぐらいだ。
「そう言えばエンドとはどうなったの?」
「どうなったって……変わらず愛してるよ」
「違ぇよ、ムームアが言ってんのは子はどうしたって話だ」
「それ」
子……子供⁉
私は思いがけない質問に赤面する。忘れていたがトリムルティの宝を手に入れたあとそういう話を期待された気がする。私はじっと二人に見つめられてさらに顔を赤くする。
「そ、そういうのは温かく見守ってよ!」
「チッ、まだか……」
「というか竜人とエルフ同士で子供ってできるの?」
私はう〜んと考えてそれは私も疑問だったんだけどと話を続けた。
「竜人って他種族との関わりが少なかったからよく分からないんだよね」
「じゃあ子供見れないかもしれないのかぁ……」
「私のことはいいよ!二人はどうなの⁉」
「どうって、なんだ?」
私はニヤニヤしながらアンディートとムームアを見る。二人は眉を顰めるとため息をついた。
「俺はそういうの興味ねぇ」
「ボクも」
「うわぁ、冷めてる……」
私の事はあんなにズカズカと聞いてきたのに自分の事となると恋愛には興味が無いと言う。全く何なんだこの二人は……
「二人もそういうのに興味を──、ってメサージュだ」
「ん、俺もだ」
「……え、ボクもなんだけど」
三人同時に連絡が来ることに、私は少し嫌な予感がした。その時ふと疑問が出てくる。私はこのスフィーダの塔に来る前、従者たちに国に結界を張るように命令している。その結界は魔法やアビリタを防ぐのでメサージュも届かないようになっていた。
それが今、私に届いたという事は──
「私だけど、どうした?」
『レナータ様!申し訳ございません!敵の侵入を……ぐぁっ!!』
「サージェ?サージェ⁉どうしたの⁉」
『はぁ…はぁっ……!イデアーレは、現在…何者かに攻撃をされています!!』
私が驚きで勢いよく立ち上がると、アンディートもムームアも同じく椅子から立ち上がっていた。その顔は激しい焦りの色に染まり、私達は互いに顔を合わせ、理解する。
──皆同時に誰かから攻撃を受けていると。
「サージェ、今すぐに戻るからそれまで持ちこたえて!」
『畏まり、ましたっ!』
途切れ途切れに話す彼の様子を察するに、恐らく戦闘中なのだろう。メサージュの切れた音を確認すると同じく連絡を切ったアンディートとムームアに事情を簡単に話す。
「誰かに国が攻撃されてる、急いで戻らなきゃ……!」
「ボクの所もだよ!でも誰がボク達をこんなに追い詰められるの⁉」
「従者達も苦戦してる!話してる場合じゃ──があぁっ!!」
アンディートが急に胸を抑えたと思うと、冷や汗を流しながら呼吸を荒くする。その様子に、私は血の気が引くような感覚を覚える。
「うそ、だろ……誰か……誰かが死んだ……」
「──っ!」
「くそっ!俺は行くぞ!お前らも急げ!!」
運命に選ばれし王はその従者が死亡すると、致命傷の痛みを共有する。アンディートが感じた痛みはそれだ。
私達はトリムルティ化によって記憶を共有した。お互いにどれほど従者達を思っているかは自分のことのように分かるのだ。
「ねぇ!二人とも!絶対死なないで!!」
「当たり前だ!」
「ボクだってそんなヤワじゃないよ!」
私達は走って出入口から出ると、従者達の無事を祈りながら国に向かった──
──
国に着くと、その光景に私は立ち止まってしまう。
死んでしまった家族を泣きながら抱きしめる者や、武器を持ちどこかへ向かう者、ただただ叫ぶ者や空を見つめ立ちすくむ者……まさに戦争の風景だ。
「な…んで……?」
その時私はある事に気づく。城の中に運命に選ばれし王の反応を感じたのだ。アンディートとムームアは自分の国に戻ったはずだ。説明がつかない。
私は行動しない事には始まらないと上空を飛び城まで急ぐ。
「(早く……早く止めなきゃ……!)」
下を見ると武器を持つ人の集団を見つける。皆城に向かっているようだった。
私は急降下してその集団を止めるように降り立つと両手を広げる。
「皆、止まれ!」
私の登場に国民達は驚き私に注目する。武器を持った集団の動きは一度止まったが、私を睨みつけると皆が叫び出す。
「この嘘つきめ!三大王国が同盟を結んでも争いは無くならないではないか!」
「わ、私のっ私の子供が死んだのよ!どうしてくれるの⁉」
「お前を信じた俺達が愚かだったんだ!やはり開国などするべきでは無かった!」
「このクズが!!」
私は投げられた石を受け止めずそのまま顔面に食らうと、皆に向き合う。一人一人の言葉が痛い。
「私が、必ず収めて見せよう!誰も戦わないで欲しい!」
「うるせぇ!もう自分でやるしかないんだよ!」
「必ず、必ず収める!自ら犠牲になるような事はしないでくれ!……頼む……」
私は皆に頭を下げると、戸惑った様子の国民達に背を向け城に飛んだ。早く終わらせなければ、この国は崩壊する。私は出せるだけのスピードを出して敵に対しての怒りを抑えつつ飛んだ。
──
「おい、無事か!」
「ア、アンディート様!!」
運命に選ばれし王の反応がある城に着くと、ホールでルオネスが誰かと戦っている。俺はその敵の容姿に驚きつつも神器を取り出しルオネスに加勢しようとするが、止められた。
「敵の長は謁見の間に!ここは俺に任せて下さいっ!!」
「──っ」
見ればわかる、ルオネスは押されていた。だが俺は頷くと転移魔法の準備をする。従者を見捨てるような行動に胸を痛めながらも、大将さえ殺せば全て収まると急いで転移した。
謁見の間に着くと、そいつはいた。
金髪にエメラルドグリーン瞳をした男。そいつは玉座に座り俺を見下ろしている。
「待ってぜぇ?アンディート・ブラフマー」
「誰だてめぇ……」
男は何がおかしいのか分からないが、高笑いしながら椅子から立ち上がり俺の元へ降りてくる。どんどん互いの距離が縮まる中、俺は薙刀を強く握った。
「俺か?俺は運命に選ばれし王!!ジュデリカ・アグニっつーんだけどなぁ……お前を殺しに来てやったぜ!!ははははははっ!!」
「アグニ……?」
そんな称号聞いた事ない。それ以前に運命に選ばれし王は三人だけのはずだ。レナータもムームアも生きていたので、王が交代された可能性はない。ではこいつは……?
「お前達はよぉ、アイテル様を殺したらしいじゃねぇか!!」
「殺してない、あいつは眠りに──」
「んな事はどうでもいいんだよ!!てめぇを殺せって命令されたから殺す、それだけだ!!」
命令ということは、運命に選ばれし王を従える者がいるのだろうか。運命に選ばれし王を従えられる程の力を持つものといえば……神だけ。アイテルを敬称をつけて呼んでいる辺り、アイテルの信者だった者だったのかもしれない。
「(くそっ!こうやって考えるのは向いてねぇ!)」
「なんか言い残すことはあるか?聞いてやるぜ?」
「……お前は──
…………
──何者なの?」
ボクがそう問いかけると彼女、プレーノ・インドラと名乗った女性はにこりと笑った。
「そうですねぇ〜、ワタシ達わぁ……」
「達ってことはボク達と同じく、君とあと二人いるよね?」
「あらあら、言ってしまいましたわぁ、あはっ」
レナータもアンディートもボクと同時に国を攻撃された。相手が運命に選ばれし王だと言うなら、こちらと同じように三人だと予想したが彼女の反応を見るに正解だったようだ。というか彼女のような運命に選ばれし王が四人も五人も居たらたまったものではない。
「アイテリア、それがこの世界の名前ぇ」
「それが何?」
「あなた……いや、ムーくんは、世界が二つあるって言ったら信じてくれるぅ?」
「は?」
世界が二つ、ということは彼女達はアイテリアではなくもうひとつの世界の運命に選ばれし王なのだろうか。……それにしても、ムーくんってボクの事?……寒気がする。
「……現に運命に選ばれし王がこうして目の前にいる以上、信じるしかないよね」
「そっかぁ。ワタシ達はアイテリアと対になる世界、エレムストの運命に選ばれし王なのぉ」
対になる世界、分からないことが多すぎる。ボクはとりあえず目の前にいる敵から少しでも情報を得る為に話を伸ばそうと考える。幸いにも彼女はうっかりと言いつつわざと自分達の事を話してくれるみたいだ。
「対になるって言うのは──
…………
──どういう事だ?」
ジュデリカはニヤリと笑うと俺の周りをグルグルと歩きながら答える。
「アイテリア、エレムスト。その世界は最初は一つだったんだと!!それをアイテル様とエレボス様が半分こした、以上だ!!」
「……」
「エレムストの方が運命に選ばれし王の歴史は百年早く造られてるんだぜ⁉つーのもエレボス様の真似をしてアイテル様はアイテリアを造った!!つまりお前らは俺たちのパクリって事だなぁ!!」
また高笑いするうるさい声を聞きながら俺は苛立っていた。パクリと言われたことでは無い、そんなことはどうでもいい。しかし俺の怒りを馬鹿にされたからと勘違いしたジュデリカはさらに俺に言う。
「それにしても笑えたなぁ、あれは」
「……」
「オレがよぉ、この王座に座ってたら『それはアンディート様だけが座る物だっ!!』とか言いながらクソみてぇなオートマタがオレに向かってきたんだぜ⁉アホみてぇ!!」
「──っ!お前か……!!」
「ああオレだ!そいつのコアを鷲づかんで引っ張り出してやった!!そんでそれを握りつぶした時の愉快さと言ったら無いぜ!!ははははははっ!!」
「こ……ろす……!!お前だけはぁっ!!」
あの時の、あの会議の時の激痛は、ランツェが死亡したものだ。俺は……また無力だった!その怒りとやるせなさをぶつけるように神器でジュデリカを斬りつけようとするが、彼もすぐに斧状の神器を取り出してそれを弾き返された。
「ああぁああっッ!!」
「お〜怖ぇ怖ぇ!」
俺は再びジュデリカを殺すための一撃一撃を叩き込もうとするが、今度はやつの方から斧を振り上げ俺はそれを──
…………
──双剣で受け流す。同じ運命に選ばれし王であるはずだが力の差は大きい。私は先程から一言も喋らない彼に何度も質問をぶつけながら剣を振り続けた。
「いい加減に、して、よっ!!」
「……」
フルフェイスの仮面を被った彼(恐らく)の表情は分からない。誰なのか、目的は何なのかも分からないままだ。だが彼から感じるのだ、運命に選ばれし王の気を。
何度も神器だろう杖から放たれる攻撃魔法に翻弄されながら、私は自分の体力がどんどん減っていくのを感じていた。
「はぁ……はぁ……」
「〈──〉」
彼の杖が一層強く光ると、私は動けなくなる。ツァイト・ストップ、時間停止の魔法だ。私の鎧はそれに耐性があるのだが何故かその効果は見られない。焦る私に彼はゆっくりと近づき、手に何かを握らせた。
「──す─け──」
「──っ!!」
彼の初めて発せられた一言に私は驚愕した。そして立ち去ろうとする彼に問いかける──
…………
「どこに行く、つもり……?まだ戦いは、終わってないん、だけど?」
「そんなボロボロの状態でぇ、そんな威勢が張れるのねぇ」
「ボクはどこに、行くかって聞いてるん、だけど……」
傷だらけのボクに背を向けて、プレーノは槍を器用にクルクルと回すとそれを投げたあと体内にしまった。そんな一芸を見せて貰いたい訳ではない。
「今回はただ宣戦布告にきただけなのぉ」
「宣戦布告?」
「そう、ただ顔みにきただけと言うかぁ、ほんとにそれだけぇ」
ボクを殺すつもりは無いらしい。その証拠に神器もしまった。ボクは徐々に薄れていく意識の中、彼女を睨みつける。
「それでは、また会いましょうねぇ」
「ま、て……ボクは、まだ──」
ボクが気を失うのと彼女が転移魔法ので消えるのは、同時だった。
──
「皆……ご苦労だった」
瀕死の俺は、それでも王座に座った。どれだけ死にそうでも俺は王だ。皆が不安に思わないように、こうして見栄を張るしかない。
そして集まった従者達を見つめて辛くなる。いつもなら五人で跪くあいつらは、今日は四人だ。律儀に並ぶ順番を決めている従者達は、いつも綺麗に一列に並ぶ。
リヴェルダとハイドの間の空白。それが余計に本来ならそこにいるはずの人物の不在を痛感させられる。
「……ランツェ・ファードが死んだ」
「……」
皆は無言だ。俺の前だからだろうか、悲しそうな顔をしないようにと我慢しているのが丸わかりだった。
「復活はさせねぇ、そんなに精神力は残ってねぇからな」
「…承知、しました……」
リヴェルダは絞り出すように返事をして、堪えきれない感情が少し表に出る。悔しさ、悲しさ……当然だ、こいつはランツェと恋仲にあった。ランツェと過ごした時間は濃いものだっただろう。
「今回の戦いでお前ら、いや、俺もかなり能力を消耗した。今後の話は時間を空けてする。今は休め」
『──っは』
皆が謁見の間から居なくなったのを確認して、俺は手で顔を覆う。ランツェは死んだ。それは会議で遅れていた俺のせいだ。最初は冷たく当たり、鬱陶しく思っていた彼女の死に俺は胸を痛めている。俺は、俺は──
「すまねぇな、お前ら……」
俺は宝物庫から持ってきていた複数の宝をマジカルボックスから取り出すと、それを床に投げる。
あいつらの目の前で召喚しようとすれば絶対に止められる。だが始めてしまえばこっちのものだ。
嗚呼、初めてあいつらを召喚した時もここだった。俺はコートをボックスにしまうと深呼吸をして手を前に出す。
「我が忠実なる従者よ、その忠義をもう一度我へ示せ!」
先ほど投げた宝が散って光の粒となると、床に魔法陣が浮かび上がる。俺は残り少ない精神力が削られていくおぞましい感覚に耐えながら、必死に立った。
本当は、知っている。精神力の減りは従者の復活より、新しく召喚し直した方が少ない。戦力の問題なら従者を新しく召喚しなおすのが良い判断と言えるだろう。
だが、俺の強さの証明は、プローヴァリーは──
「があああぁあああっッ!!」
俺の体を負の魔力が包み、体は徐々に灰のような色になっていく。ついに発狂が始まった。俺は苦しさに倒れ込みそうになるのを耐えて、魔法陣に精神力を送り続ける。
魔法陣から人型の光が出て来たのと同時に、謁見の間の扉が勢いよく開いた。
『アンディート様!!』
「お、まえ……ら……」
やはり、発狂した事をによって従者もなにか感じとったのだろう。皆が俺を見て焦り始める。
「アンディート様!おやめ下さい!死んでしまいます!!」
「ん、なの……分かってる、んだよ!」
「──っ!!」
「だが……あいつ、じゃねぇ、と!駄目なんだっ!!」
俺は小さく悪ぃなと謝り笑いかけると従者達はその意味を理解し、俺を止めるのをやめて跪き事の行く末を見守った。
俺が死んだら、皆も消滅してしまう。従者達はそれを分かっていながら俺のわがままを受け入れた。ほんとに俺に甘いな、こいつらは。
「はぁっ……ぐ…あぁっ……!!」
痛い。苦しい。
おかしくなりそうなぐらいの激痛と気持ち悪さを俺は耐える。もう体は完全に灰の色に染まってしまった。とうに俺の精神力の限界を超えてしまったのだろう。
魔法陣から光が完全に人型になり、徐々に色付き始める。
目がチカチカとして視界が白くなっていく。
もう少し、もう少しで──
「────」
遂に倒れた俺を受け止めたのは、人間のとは違い全く体温のない女性の細い腕だった。
──
「みんな、生きててくれて……本当に良かった……」
私は謁見の間に集まった皆を見て、そして涙した。皆を失う恐怖。レトロの一件があってからその気持ちは一層強くなっていた。安心する気持ちもあるが、やはり悔しさもある。というのもここに集まったのはキーパーソン全員ではない。
エンド、アタリル、ディーフェル、アルマの四人は負傷が酷くて今動けない状態にある。
「申し訳ございませんでした……!!敵の侵入を許し、このような有様に……」
確かにサージェが言うように城は至る所に戦った痕跡が見えて、まさに荒らされたという言葉がピッタリだ。城だけではなく街の一部も破壊され、そして──
「沢山の人が、死んだ……」
「……」
国王として、国を守れなった。自分の無力さに腹が立つ。それを察したのか従者達は私を見つめる。暫く無言の時間が続き、私は目を伏せた。
「敵が誰かわからない以上、情報収集していくしかない。まずはアンディートとムームアに連絡をとって話しをした後その時にまた招集すると思うから、今は休んで」
「──っは。畏まりました」
皆が転移魔法で消えたのを見て、私は強化したメサージュを使う。勿論相手はアンディートとムームアだ。私は一向に繋がらない事に不安を覚える。
「お願い……無事でいて……」
『……レ、ナータ?』
「ムームア!」
私はムームアの声を聞いて安心したが、彼の声はか細いものでまた不安になる。彼は少しはぁと息を吐くとまたいつもの調子に戻った。
『どうしたの』
「いや、みんな大丈夫かなって」
『この感じ……エクステション使ってるの?』
「うん、でもアンディートが……」
いつもならぶっきらぼうに返事をして連絡を受けてくれるアンディートから、今回は返事が無い。意図的に拒否しているのかそれとも……意識がないのか。
『あっちにも来たんだよ、運命に選ばれし王が』
「やっぱり運命に選ばれし王だったんだ……」
『何も聞いてないの?』
「私のところに来た運命に選ばれし王は一言も喋らなかったんだよね」
そう言った私にふーんと相槌をうつ彼は、自分の所に来たというプレーノ・インドラという王から聞いた話を私にしてくれた。
「エレムスト……聞いたことないね」
『実際神なんて非現実なもの見たんだから、あと一個世界があるって言われても信じてやろうって気になるよ』
「私達のいる世界は、この星の半分なんだ……」
まあ当然だが何だか実感がない。
まとめると、エレムストと言うアイテリアと対になる世界の神、エレボスが私達が友人であるアイテルを殺害したと勘違いして自分の世界の運命に選ばれし王を刺客として向かわせた、という事らしい。
『宣戦布告に来ただけって言ってたくせに、アンディートから連絡はない……』
「死んで……ないよね?」
『あのアンディートだよ?しぶとく生き残ってるよ』
そういうムームアだったがその声は暗いもので、少しの沈黙が続いた。その時に、小さく声が聞こえた。それは私のものでも、ムームアのものでもない。
『……お、れは……』
「アンディート⁉」
『大丈夫なの?』
途切れ途切れの枯れた声だがアンディートの声がした。声を整えるような音が聞こえたあと、彼は少し咳払いをして軽く息を吐く。
『生きてたか……』
『やっぱりそっちにも運命に選ばれし王が?』
『ああ、クソ野郎がな』
舌打ちをしたアンディートの声は弱々しく、恐らくアンディートの方は激しい戦闘になったのだろう。休養中だったなら申し訳ないなと思いつつも事情を聞く。
「そう……ランツェちゃんが……」
『俺が生きてるって事は恐らく復活は成功した。心配すんな』
『恐らくっていうのは?』
『今俺は寝室に居る。意識が戻ってすぐにメサージュを受け取ったからな』
まだ会ってねぇと付け加えた彼に私は驚き、今すぐ会いに行けと怒鳴る。アンディートはそれに戸惑っていたが拒否された。
『王として、今は情報共有の方が先だ』
「……」
『お前も同じ王として、分かるだろ?』
『アンディートの言うことが正しいね』
私は早く会いに行って欲しい。死にそうになってまで復活させたのにそれを確認しないでこうして業務を優先するなんてあんまりだ。だが……私が彼と同じ立場だったとしても、もしかしたら同じ選択をしたかもしれない。私はムームアの言葉に同意を示した。
『それで、これからどうする』
「こうやって国を落とせる力を見せつけられた以上、最大戦力である私達王が国から離れられなくなった」
『ってことは、協力して一人一人潰すってことは出来ないね』
あれは今までのようにまともに一体一で戦えるような相手ではない。エレムストの方が百年早く作られたと言っていたのでその差なのだろうか、同じ運命に選ばれし王でも力が違いすぎる。しかし協力して戦おうとすると、誰かは自分の国から離れなくてはいけなくなる。
『というか、国で戦うこと自体不味いよね』
「そうだね、これ以上被害が出ると流石に滅びるよ……」
『……なぁ、そのエレムストだったか?』
「エレムストがどうしたの?」
アンディートはいや、でもとブツブツ呟きながら何やら考えているようだった。私とムームアが何だと催促すると、彼は黙ってろと一喝した。
『殺られる前に、こっちからエレムストに攻め込んで殺せばいいんじゃねぇか?』
「でもエレムストってどうやって行けばいいの?」
『それに行く方法が分かってもボクらが行ってる間に攻め込まれたらたまったもんじゃないよ』
私達は行き詰まった。あれやこれや考えるがどうにも悪い考えばかりが浮かぶ。ああやって瀕死の従者や半壊しかけた国を見せられ、正直弱気になっていた。
『……そういやレナータ』
「ん?」
『テゾールから親とか兄弟の話を聞いた事あるか?』
「親とか兄弟……?」
そういう事は聞いたことない上に、従者達の親族と言われてもピンと来ない。
従者達の姿はもし従者としてではなく普通の人として生きた場合の姿で召喚される。なので従者達にはIFだが人生というものがある。それを[シーヴィータ]と言うのだが、それを持つ者はごく僅かだし、持っていたとしてもほんの一部分という事が多い。
そしてうちのキーパーソンにその記憶持ちは一人もいない。そういう従者がたまにいるとサージェから聞いただけだ。
「うちにシーヴィータ持ちは居ないんだよね」
『そうか……』
『何か気になることでもあるの?』
『俺が城に着いた時ルオネスが相手してたヤツがテゾールそっくりだったんだ。もしかしたら知り合いかもしれねぇと思ってな』
テゾールの親族とは、と色々姿を想像するがやはり疑問に思う。同じアイテリアの従者ならともかく、別世界でそのような存在がいるのだろうか。
『知り合いじゃない方がいいがな』
「……そうだね、これから戦うことになるだろうから」
『……ボクらに出来るのかな』
ムームアがいつになく弱気な事を言ったので私も不安になる。何が最善の手なのか、何が正解なのか分からない。
「でも私達は、王として国を守る義務がある。戦おうよ」
『……うん』
『今日はこれぐらいにするか。二人とも疲れてるだろ、というか俺が疲れた』
考え込みすぎているであろうムームアを気遣い、アンディートは休むことを提案する。私達は次に連絡を取る日時を決めてメサージュを切った。私は玉座にもたれ掛かりながらこれからの事を考える。
「はぁ……どうしよ……」
敵の情報が少ない。対策を練ろうにもどうにもならないのだ。しかしこの状況を変えられるかもしれない物を、私は持っていた。私は一枚の紙をマジカルボックスから取り出す。
「助けて、か……」
私の方に来た運命に選ばれし王が最後に私に告げたことだ。どういう意図なのかは分からない。その時に握らされた紙には地図と日時が書いてあって、恐らくここに来いという事だろう。
もしかしたら罠かもしれない。でも私は……
「行くしか……ないよね」
私はため息をつき、どうか無事に終わってくれと祈るしかなかった。
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