第10話 vsムームア・シヴァ

陽の光がカーテンの隙間から漏れ、それを眩しく思いながら目を覚ます。意識は浮上したが、目は開けられない。眠い。とても眠いのだ。

何だか体もだるいし、あと数分だけ寝ようかなと寝返りを打とうとするが何かにホールドされていてそれを拒まれた。

なんだっけこれと思いながらゆっくり目を開ける。


「おはようございます、レナータ様」

「ん…ぁあ…エンド……?」


エンドの整った顔立ちがドアップで見えた。いつもの仮面は付けておらず、ちなみに言うと服も着ていない。

ああそうか、そうだったと色々思い出してきて、いつもは私が起きる頃には居ないのになぁと少し戸惑った。

おでこに唇を落とされ、その後ぎゅっと抱きしめられる。


「もう起きないで、ずっと2人でこうして居ましょうか」

「む〜、分かった。起きる、起きるから〜」


ぎゅうぎゅう抱きしめてくるエンドの体をぺちぺちと叩きギブアップだと伝える。まあ、彼が私を抱き潰そうとしても全然痛くも痒くもないと思うが。

湯浴みの準備をしますねといい体を起こそうとするエンドに少々いたずら心が湧き、付いていた腕を掴み重心を崩させたあとベッドに仰向けにさせた。私はそれを見下ろす。


「ふふっ」

「……」


エンドがポカンといたずらに驚いたのをみて満足したので、ベッドから降りようとする。すると今度は私がベッド付いた手を引き寄せられそのままエンドの上に乗っかってしまう。


「それではご期待に添えるように努力します」

「え」


そういい私を組み敷いたエンドの目はまさかとは思ったが本気だった。事を進めようとする彼にちょっと待ってと手で顔をつつみ押し返す。

エンドはグイッと体を逸らしたままま貴方様が可愛らしいことをするから…とぼやきながら私の上からどく。


「前大変だったから朝はダメだって約束したじゃん」

「そう言われても、貴方様が可愛らしいのがいけないのです」

「えぇ……」


何食わぬ顔で私を横抱きにし、部屋にあるお風呂場へ連れていってくれるエンド。風呂場は後処理が楽そうだな…とボソリと言ったのを聞き、私はいつものお返しに彼の肩を噛んだ。

 

          ──


くわっと欠伸をしながら私はある部屋へ歩き出す。3大王国の中でも随一の大きさを誇る、この場所。


「お越しくださり感謝致します。本来なら私がお迎えに上がるべきでしたが……」

「大丈夫、気にしないで」


サージェに案内され入るのは、とてつもなく広い図書室だ。ここは彼が管理している。いつも通りサージェの召喚した天使がふわふわと飛んでいて何やら本の整理をしているようだった。


私が初めて来た時、本は結構バラバラに置かれていたがサージェの几帳面さから本は分野別、名前順と綺麗に並べられてある。その作業が今でも続いている様子を見ると、かなりの量がここに保管されているのだろうなと思う。


「本日は如何様なご要件でいらっしゃいますか?」

「えっと、どれが見たいっていう明確な指定は無くて、とりあえず一通り見たいんだけど……」

「畏まりました」


そう言うとサージェは軽くどの分野の本がどこにあるかを説明し、最後に私に鍵を渡す。何の変哲もないシンプルな鍵だが、これが結構重要なものだったりする。


「お預かりしておりました例の部屋の鍵でございます」

「ありがとう」


私はそれを受け取り、マジカルボックスへしまうとふうっと一息ついた。


例の部屋とは、禁書や重要な情報の記してある本が置かれた場所だ。そこの鍵は1つしかなくて、普段はサージェに預けてある。入れるのも私とサージェだけと決めてあって、他の者が入るとアラートがなるというかなり厳重な警備だ。

 

私はサージェにご苦労さまと伝えると飛行の魔法が込められたブレスレットを付けて飛ぶ。

私は飛行魔法、ヴォラーレを習得していない。翼があるから要らないと言う理由からだが、今はいちいち翼を出すのも面倒だし、それを出すと角としっぽまでセットで出てきてしまう。何より翼が本にぶつかって落としてしまうなんて事があると大変だ。


「まずは…チェスのルールとか書いてあるやつ……」


ふわふわとゆっくり飛びながらサージェに先程説明された事を思い出す。なんせ、分野別にするといっても量が多すぎるのだ。やっぱりサージェについてきてもらえばよかったかなと思っていると、スポーツのルールが書かれいてる本を見つける。


「お、ここから辿れば……」


野球、サッカー、陸上、テニス、バドミントン、水泳、正確には違うが私が元いた世界と似たようなスポーツに関する本が沢山あった。ルールブックだけでこれだけ揃えなくてもよくないか?と思っていると、やっと遊戯系の本を見つける。

ボードゲームはどの辺だと見ていると【かくれんぼの必勝法】と背表紙に書かれた本が視界にはいり、手が伸びようとする。だって…気にならない?


「いけないいけない、こんな事してたら日が暮れるよ……」


ざーっと見ていくと、やっとチェスのルールブックが見つかる。やっとかと思うと、チェス関連だけで50以上はあるだろうか、気が遠くなる。


「え〜っと、チェスってこんなんだっけ?」


チェスなどはやらない(せいぜいやってもリーバシぐらいの)私はどれも同じようなものだと色々な本をパラパラと読み…読むが…全く分からない。ただ出来たら格好良いなぐらいの感想しか出なかった。


「……もうこれ後ででいいや」


そういいそれを本棚に戻す。切り替えは早い方なのだ。

それにこういうのはやった事ある人に聞くのが1番だと自分に言い訳しながら他の棚も見ていく。

チェスのルールを知るのも目的ではあったが、今回図書室に来たのはもっと違う理由がある。


「ここか」


私が見つけたのは、運命に選ばれし王に関する本。

その数は約1000以上。運命に選ばれし王と言えば皆の憧れだ。嘘か本当か分からない伝書や自叙伝、王の証の紋章について、王冠と王の関係、誰も宝を手に入れない理由、運命に選ばれし王の法則性、スフィーダの塔の存在する意味、そして……宝とは何か。


私はその沢山の本を厳選して幾つか取り、持ちきれないものはそばにいたサージェの天使に手伝って貰い床に降りる。

本が読めるスペースにドサリと本を置くと、大変大きなタワーができる。


「ああ、これ読み終わるのに何日かかるんだろ……」

 

そう言いながら私は1冊目の本をめくった。

 

          …………

 

「──タさま…レナータ様?」

「え、はいっ⁉」


いつの間かサージェがそばにいて、私を呼んでいた。集中し過ぎてサージェが図書室入ってきたのも、私の名を呼んでいたことにさえ気づかなかった。

読んでいた本に栞を挟む。周りを見ると持ってきた本の10分の1も読んでいないだろうか、私ってこういうの向いてないなと思いながらサージェに視線を戻す。


「夕食はいかがなさいますかと伺おうとしたのですが…お邪魔してしまったのなら謝罪致します」

「いや、大丈夫。ちょっと集中してただけだから」


窓がないから分からないが、サージェの話が本当ならもう夜らしい。私が本を読み始めたのは朝の6時ぐらいだっただろうか。もう夜なのかと自覚すると空腹を感じ、くぅとお腹がなった。


「…お腹空いた……」

「直ちにご用意致します!失礼致します、〈テレポート〉」


そういい私の手を取り転移魔法を使うサージェ。恐らく目的地は私の部屋だろう。食事をとるスペースがあるので私はいつもそこでご飯を食べている。

テレポートに相手への接触は必要ないのを私は知っている。エンドもそうだったが必ず手を繋ぐなぁと思いながら私は部屋へ移動した。


          …………

 

お腹も満たしたので、サージェとエンドを呼び出す。

勿論、チェスのルールを聞くためだ。多分本で読んでも分からないので、2人に聞くことにしていた。


「説明ですか…まずは1度やっている所を見て頂いてよろしいですか?その後ルールの説明に入りたいと思います」

「分かった。見とく」


そういいエンドとサージェが向かい合って座るテーブルのそばに椅子を置き、そこに座って盤上を見る。

白黒の盤に色んな種類の駒。

では始めますとサージェが言うのを聞いて、じっと駒を見た。


「ポーン、e3へ」


そうサージェが口に出すと、ポーンが勝手に前に出る。恐らく魔法がかかっているのだろう。


「ポーン、e5へ」

「ルーク、h3へ」

「ポーン、d5へ」

「ポーン、b4」


2人は次々と指示を出していくと、スイスイと駒が動いていく。私はまずeだか2だか配置すらよく分からないし、なんであの駒がすいーっと斜めに移動したのかも分からない。ただひとつ分かることと言えば、なんか格好良いという事だ!!

最初は淡々と指示を出していたが、あとから考える間が開くようになっていく。


「ビショップ、b...いやナイト、f4へ」

「貴方それだと詰みますよ」

「……」

「ルーク、f7へ。チェックメイト」

「また負けか……」


何やら勝敗が決まったようだ。勝者はサージェ。エンドのまたという言葉を聞くに、何度も彼に負けているのだろう。


「いかがでしたか、レナータ様?」

「かっこいいね!!」

「そうですか、ありがとうございます」


二人にパチパチと拍手を送ると、嬉しそうな表情をする。だが、エンドは少し不満なようだ。


「レナータ様がご観戦なさっているのに負けるとは……」

「貴方は裏を読もうとし過ぎなんですよ、私はストレートに進めていますのに」

「そうか?」


出来るもの同士の格好良い掛け合い。いいなぁと満足していると、エンドが立ち上がり私をサージェの向かいの椅子へエスコートする。


「え」

「さぁ、次はレナータ様の番でございます。私に勝利なされるまでみっちり練習致しましょう」

「俺もずっと見守ります」


にこりと笑うサージェは鬼教官のようなオーラを出している。サージェに勝つ?何言ってるんだ彼はと思うが、二人は本気のようだった。

エンドに見守られながらのサージェとのスパルタレッスンは朝まで続いた──。


          ──

 

「ありがとうございました!またいらしてくださいね!」


そう言い僕が笑うとお客さんも笑顔になった。僕は嬉しくてニコニコする。肩に乗っているスライムくんも嬉しそうだ。

だけどこのぐらいの時間になるとお客さんも少なくなってきて、お店にある道具の整理を少しする。


「あれ、これの残りもう少しで無くなっちゃう……」


レナータ様に言ってどうにかしてもらおうと連絡を取ろうとすると、お店の前に人が来る。お客さんだろうか。


「いらっしゃいま──」

「大変です、エルバト様!!」


その黒髪男性は急いだ様子で僕に話しかけてきた。凄く慌てた様子だったので、僕もつられて焦る。


「ど、どうしました?」

「女王陛下の身が危険に晒されていると伝達するようにサージェ様から!さあ早く、案内致しますので!!」

「!!」


レナータ様が危ない⁉僕はびっくりして直ぐにお店をしめると、その男性の後を着いていく。サージェさんのことを知っているなら大丈夫だろう。


「こちらです!」

「は、はい!!」


よく分からない道に入り、右に曲がって左に曲がってそしてまた右に…色んな角を曲がって、こんな所で何があったのだろうと考えていると男性が急に立ち止まり僕はその背中にぶつかる。


「わわっ、どうしました?早く行かないと──」

「いけませんねぇ。知らない人について行っちゃ……」


そう言い振り返る男性の顔は、いつの間にか変わっていた。黒かった髪は白と青のグラデーションがかかった綺麗な髪に変わっている。僕は驚いてその人から距離を取ろうとするが、ガッと強い力で腕を掴まれた。


「〈ドルミネート〉」

「──っ!!」


しまった、と思った時にはもう遅くて、僕は深い眠りについた。


          ──

 

私はやっと本を全て読み終える。目的の物が見つかり、私は安堵した。最初に持ってきた本の中に探していたものはなく、禁書の部屋にそれはあった。


「これがあれば…大丈夫だよね?」


それをマジカルボックスにしまい、はぁっとため息をついた後、急かせかと本を移動させている天使達にご苦労さまと伝え図書室を出た。

それと同時にメサージュがかかってくる。


『た、大変です!大変です!!』


デジャブ。最近もこんな事あったなと思いながら声の主、アタリルに落ち着いてと冷静にさせる。

またどこかの軍が責めてきたのかと思うが、運命に選ばれし王の軍でない限りそこまで焦ることは無い。


「どうしたの?落ちついて話して」

『すぅ〜、はぁ〜……はい。その…エルバトが攫われました』

「……ぇ」


一瞬言われた意味が分からず、脳内でアタリルの言葉を繰り返す。エルバトが攫われた…攫われた!?


「どういうこと⁉」

『お店にエルバトが居ないので色々なところを探したのですが、それでも見つからなくて!!それで街の人に聞き込みをしたら誰かについて行ったのを見たと……!!』

「──っ!!」


私は怒りで傍にあった壁を殴った。壁が大きく抉れ、通りかかったメイドが驚いていたがそんなのは今は関係ない。

誰が、どうして、と考えると1つ思い当たることがあった。いや、それしかない。


「シヴァ王だ。今日は指定された日の前日、招待状に書いてあったスペシャルな景品っていうのは恐らく……」

『あ、あたし達はどうすれば良いですか?』

「ちょっと待って…今かんが──」

「レナータ様!!」


その時サージェが私の元へ走ってきた。彼も何か急いでいる様子だが今は、今はそれどころでは無い。まとめようとしていた考えが呼ばれたことですっ飛んでいってしまう。


「何⁉今忙しいんだけど⁉」


つい怒りに任せて怒鳴ってしまう私に、サージェは少し怯えたように申し訳ございませんと頭を下げた。彼は何も悪くない。私は何をやってるんだと少し冷静になる。


「ごめん…今非常事態で……。何かあったの?」

「シヴァ王からまた手紙が届きました」


私はそれを受け取ると、急いで封を切り中の紙を広げる。

何かの地図のようだった。招待状に場所は書いてなかったのでここに来いと言うことだろう。

私はその地図を握り潰したくなる気持ちを我慢しながら、アタリルと話をしている途中だったと思い出す。


「アタリル?居場所が分かったから大丈夫。今すぐ謁見の間に来て」

『畏まりました!!失礼致します!!』


メサージュを切り、サージェと謁見の間へ向かう。私は必死に怒りを抑えながら足を早めた。


          ──


「皆、ご苦労さま。早速本題に入るけど、エルバトが…シヴァ王に攫われた」


皆もう聞いていたのだろう、静かだがその顔にはやはり悔しさが見えている。私も同じだ。


「居場所も分かってる。スフィーダの塔があるサンドゥ砂漠の南側、そこに建物があるみたい。そこが指定されてる。だから、そこに私だけが行く」

「お待ちください!貴方様お一人を向かわすなど……!!」

「と、言ったらやっぱり反対されると思ったから、ちゃんと考えてあるよ。お願い!」


そう私が合図すると、謁見の間に3人の人が入ってきた。皆はその人物を見て驚いてるようだった。それもそうだろう。


「ルオネス、ランツェ、ハイド。彼ら3人にここを守ってもらって、エルバトは私たち全員で助けに行きますっ!!」


後ろを振り向いたままのみんなの顔はこちらからは見えないが恐らくぽかんとしているのだろう。

謁見の間に向かう途中にアンディートに連絡して従者を貸して貰えるようにお願いしたのだ。アンディートはアホかお前と言っていたが、私の真剣な様子に折れたのか貸し1つだと3人をここに向かわせてくれた。


「任せてよ〜俺らがいれば百人力!」

「アンディート様の命令……絶対」

「このような事になるとは…貴方達の王はとんでもない御方ですね」


みんなはバッと私の方を向き、私が本気か探っているようだ。私が頷くと、従者は表情を引き締める。


「私は本気だよ。恐らく、シヴァ王の従者とも戦う事になると思うし」

「ですが、他国の従者など……」

「一応動きは制限してるから、大丈夫。もし裏切ったらどうなるかアンディートも分かってるはずだしね」


私の言うことならとみんなは渋々納得してくれたようだ。もしまだ反論するなら命令だとゴリ押ししようと思っていたが、その必要は無くなった。


「では皆準備を、これからエルバトを助けに行きます!」

『──っは』


皆が転移魔法で消えたのを見て。アンディートの従者たちを見る。


「今回はこっちの都合に巻き込んでしまって申し訳ないと思ってる。そして、来てくれてありがとう」

「いえいえ、大丈夫ですよ!俺達、絶対に機密情報とか盗んだりしないですし!」


ルオネスが冗談めいたように笑うが、そのあまりの軽さにちょっとだけ疑ってしまう。ルイスに何かあれば直ぐに連絡するよう言ってあるので大丈夫だろう。


「とりあえず、国民には私と従者達全員がここから離れてるってことは決してバレないようにして」

「畏まりました、我らにお任せ下さい」

「じゃあ、頼んだよ!!」


私はそう言い戦う支度をしに行く。

今度ここに帰ってくる時は、エルバトも一緒だ。

 

          ──


「ここか……」


準備が出来た皆を連れて、飛行魔法で急いで地図の示す場所へ向かうとひとつの建物が見えた。

サンドゥ砂漠にはスフィーダの塔しか建物がないと聞いていたが、実際そこに立っているのでそれ以外に言うことは無い。時間は丁度零時。空は暗く、星が見える。


扉の前に立つと待ってましたと言わんばかりに扉が開いてゆく。私は待ちきれずに扉の少しの隙間に体をねじ込んだ。


「やぁ、ヴィシュヌ女王。ボクの特設会場へようこそ〜」

「シヴァ王っ…!!」


室内へ入ると白と黒を基調にした装飾の細かい部屋があり、広さは小さな闘技場ぐらいだろうか。シヴァ王の声が響く。

左右に従者を控え、王座に座るシヴァ王はとても愉快そうに笑みを湛えている。

そしてその足元には──

 

「エルバト!!」

「レナータ様!!」

 

そこには小さな鳥籠のような物に入れられたエルバトの姿があった。柱をつかみ今にも泣きだしそうな彼はそれを必死に我慢していて、私の方を向いている。

体に傷はなさそうだ。いや、もしかして痛めつけてその後治癒されたのだろうか。

それを考えると腹が立った。今すぐに暴れたい衝動にかられるが、エルバトを人質に取られている以上思うように動けない。

後から入ってきた皆がエルバトを助けに行こうとするが、シヴァ王が手を上げ止める。


「まあ、まずは座りなよ」


そう言ってシヴァ王が示すのは彼から離れた場所にある向かいの王座。言うことを聞かなければ何があるか分からない。ゆっくりと私はそこへ歩き出す。

それより気になるのはその王座を観客席とするように少し低い位置にある舞台。白と黒のまるでチェス盤を大きくしたようなその舞台がこの建物の大半を占めている。


「レナータ様!従うことはありません!エルバトは私共が必ず──」

「従者は黙ってて!今はヴィシュヌ女王と話してるの!」


そう言い、彼は体内から銃の形をした神器を取り出し発砲する。シヴァ王の魔力で出来た弾がサージェの足元へ飛び、軽く爆発する。威嚇射撃のつもりだろう。


「──っ!!」

「皆はそこにいて!」


従者達に命令をすると、私は王座の前へ立った。

シヴァ王がニヤニヤと笑っているのも気になるが、何より王座から嫌な気配を感じる。本当は座るのは危険だとは分かっている。それでもエルバトが助かるならと私は王座にゆっくり座った。


「……ぐっ!なに、これ……」

「ふ、あははははっ!座った!!座ったね⁉」


私が王座についた瞬間、体の力がぬけその場から立てなくなった。それ以外に問題は無いが酷い倦怠感に襲われる。

あまりの倦怠感にその椅子にもたれ掛かることしか出来なくなった私は、シヴァ王を睨みつける。


「実はねぇ、ディアストリク王国の宝物庫でいいもの見つけたんだよね〜」

「…いい物?」

「なんと、竜人を封印する縄!!凄いでしょ⁉」

「!!」


竜人は脅威の戦闘力から他種族に恐れられていた。そういう物があっても可笑しくないとは思うが、不運にもシヴァ王が持っているなんて……。

私の様子に従者達が心配してこちらへ来ようとするのを、手を上げて止める。


「その縄を解いて王座にふんだんに使ってあげたから!ははっ!その王座一から手作りなんだから感謝してよね?」


私はシヴァ王を睨みつけた。

この状態では剣を振るうことも出来ない。もし今シヴァ王が攻撃してきたら、私はただそれをこの身で受けるしかないだろう。だが彼はそうしない。


「それで…何が目的なの?」

「招待状に書いてあっでしょ?チェス大会って」

「チェスって、まさかその舞台で……?」


私は中央にある舞台を見る。確かに沢山サージェとチェスの練習はした。しかし私は頭脳戦は得意ではない上、シヴァ王は自らそれを開催すると言ったので恐らく得意なのだろう。勝敗は見えていた。


「普通にやればもちろんボクが勝つだろうね。だけど……」


そう言いシヴァ王が指を鳴らして合図すると、左側にいた男性の従者がその舞台へ飛び降りる。

私へ向かって深くお辞儀をその姿は紳士的だが、今の私に対してはただの挑発にしか見えない。


「これはただのチェスじゃないよ。従者を駒にして戦うんだ!どう?楽しいと思わない?」

「……」

「ほら、ヴィシュヌ女王の従者もステージに上がって?」


そう優しく私の従者達に言うシヴァ王。

しかし動かない彼らを見て、持っていた神器の銃口を私へ向ける。


「ね?早く〜」

「……みんなごめん…指示に従って」


皆が舞台に降りるのを見て、私は悔しい思いでいっぱいになる。エルバトが攫われたのも、こうして従者達が危険にさらさてれいるのも、全部自分の油断が招いた事だ。

どういう勝負でも必ず勝って皆でイデアーレに帰る、私はそう決意を固める。


「ルールは簡単。ヴィシュヌ女王は普通にチェスすると思ってるだろうけど、彼らには殺しあってもらう」


シヴァ王が女性の従者に指示を出すと、彼女は舞台の側まで行き何かをしようとしている。


「〈ワンダー・ウォール〉」


ガラスのようなものが舞台を包み込み、正方形の形に固まる。舞台にいる人達は完全に閉じ込められた状態となる。それから感じる膨大な技力の量から、恐らくあれはアビリタではなく彼女のクアリタだろう。


「この壁は外からは影響を受けるけど、中からは絶対に壊せない」


シヴァ王が合図すると、中にいた彼の従者がガラスの壁を思い切り殴り、その後攻撃魔法を当てる。が、壁には傷一つ付かず割れる様子もない。

シヴァ王の言うことが本当なら、中にいる従者達にはこの壁は対処出来ず、破壊したいなら私がどうにかするしかない。自分の体が動かないのが、もどかしい。


「そして……君にはコレを付けてもらうよ」


私の元へシヴァ王の女性従者が飛行してきて、失礼しますわと言い首に何かをはめられる。ガチャッというか金属音がなり、心臓が大きくと脈打つのを感じる。

シヴァ王を見ると、彼も自分で同じものを首にはめていた。

軽く擦るが、一瞬動悸がしただけでそれ以外に痛みや不快さはない。

すると、シヴァ王がにこりと笑う。


「ぐぁっ!!」


声の聞こえた方を見ると、盤上にいるシヴァ王の男性従者がエンドの腹部に拳を叩き込んでいた。

エンドは前かがみになり腹部を抑え、男性従者を睨みつけている。


「──っ⁉」


それと同時に、私も腹部に痛みを感じた。何故?とシヴァ王を見るが、彼が攻撃してきたわけではなそうだった。

今のはまるで…エンドが殴られたのと同じ感覚。

そして、ひとつのアビリタの名前を思い出し、口に出す。


「「痛覚共有」」


同じくその名を口にしたシヴァ王はまた笑った。

痛覚共有。その名の通り任意の相手と痛覚を共有する事のできるアビリタだ。


「1体7で戦うなんて不公平だと思わない?だからボクら王は、従者の痛みを共有する。それで手を打ってあげるよ」


ボクってば優しすぎない?と笑う彼の首輪をみる。彼の首輪も薄く光を放っていて、自分だけ痛覚共有をしていないという訳ではないようだ。本当に同じく条件で戦おうとしている。これなら少し勝機があるかもしれないと希望を持つ。

そう思っているとシヴァ王は私に語り出す。


「ねぇ、僕らってさ、チェスに似てると思うんだ」

「…どこが」

「だって駒がいくらあっても、ボク達王が死んだらゲームオーバーなんだよ?似てるよね?」

「……」

「君がさぁ、その椅子に座った時点でチェックメイトだったんだよ」


ニヤリと笑うシヴァ王に、私は睨みつけることで返事をした。私は死なないし、誰も殺させはしない。

だが……その気持ちに徐々に歪みを感じる。


「制限時間は無し。どっちかが全滅するまでずーっとず〜っと存分に殺し合う!ルールは以上!!」


私は……誰も殺したくない。そういう思いで、アンディート達とも戦った。だが、鳥籠の中で助けを求めているエルバトを見て考える。

これで良いのかと。


「ルナティス!ボクに痛い思いをさせないでよ!必ず皆殺しにして!!」

「……キーパーソンへ命ずる!敵を殺し、全員生き残って私の元へ戻りなさい!!」


私からの初めての殺害命令に皆は戸惑っているようだった。しかし私はもう決めた。エルバトを助けるためなら、相手には犠牲になってもらう。

従者達が承知の意を示すのを見て、私はシヴァ王と向き合う。


「じゃあ、始めようか……」


私が何も言わないのを肯定と捉え、シヴァ王は手を上げる。

私に背を向け戦闘態勢に入っている皆を見つめる。どうか誰も死なないで欲しい。そう強く祈る私の願いは届くだろうか。

そしてついに、シヴァ王は上げた手を勢いよく降ろす。

 

「始めっ!!」

 

          ──

 

ルナティスはマジカルボックスから大鎌を取り出し、それを器用にくるくると回した。その振り回す風圧は凄いが僕の方までは届かない。


みんなが戦い始めるのを見ることしか出来なくて、僕はまた涙を流しそうになる。向かいの王座に座るレナータ様も見守ることしか出来ないのを悔しく思っているのか、その顔は険しかった。


全部僕のせいだ。あの時、彼に騙されて連れていかれたのが悪かった。こうなるなら名前を決めてもらったあの日、処分して貰えば良かったとさえ思う。

レナータ様はそんなこと望まない優しい御方だけど、流石に今回のことで僕に失望したかもしれない。死ぬのは怖くない、レナータ様に失望されることが僕は1番怖かった。


「どうしたの?わんわん泣いたらいいんじゃん」


そう投げかけてくるシヴァ王に僕は何も言わない。

言葉を発せば泣きそうだった。正直に言えば、彼の言うように声を上げて泣きたい。だけど、レナータ様の従者としてこれ以上みっともない真似はしたくなかった。

黙り込む僕に、シヴァ王はつまらないとでも言うように大きなため息をつく。


「ムームア様に返事をしないとはどういう了見でございますか?ヴィシュヌ女王の躾がなってないのが丸わかりですわね」

「スターシャ、黙ってて」

「──っ、申し訳ございません!」


スターシャが話しかけてくるが、それに対してシヴァ王は不機嫌そうに対応する。自分達とは大違いだと、レナータ様に召喚された事にいつも以上に幸せを感じた。


その時、シヴァ王が苦しそうにする。何だろうと思うが、首にはまっているマジカルアイテムが一瞬強く光ったのを見て、痛覚共有の事を思い出す。


「くそっ……!ルナティス!攻撃を受けるなよ!痛いだろ!!」


盤上で「申し訳ございません」と深く頭を下げるルナティス。そんな無防備な彼に仲間たちは立ち向かっているが、簡単にあの大鎌で防がれている。彼は強い。僕らとは比べ物にならない──化け物だ。


          ──

 

「これでは埒があかんぞ!」

「分かってますよ、そんなことっ!」


弓矢で攻撃するテゾールに強化魔法をかけながら愚痴ると、彼も苛立っていいるのかその怒りをルナティスにぶつけるように何本も矢を放った。


攻撃力向上、防御力向上、魔力強化、技力強化、俊敏性強化、クリティカルアップ、毒耐性、混乱耐性、睡眠耐性、炎系魔法攻撃力向上、水系魔法攻撃力向上、風系魔法攻撃力向上、光系魔法攻撃力向上、回復魔法回復量向上、炎系アビリタ攻撃量向上、水系アビリタ攻撃向上……


俺は四方八方に散らばる仲間たちにバフ系の魔法を飛ばす。どの魔法が効率的か、誰にどの魔法をかけるか、そして誰の魔法の効果が切れそうなのかとそれらを計算しながら。


自分の魔力がぐんぐん減っていくのが分かる。自分はキーパーソンの中でも魔力は多い方だが、この人数に的確に魔法をかけるのは難しい事だ。自分があと1人……いや3人ぐらい欲しい。


「エンド!!」


名を呼ばれた次の瞬間、俺の首元に刃が添えられていた。

背後から声が聞こえる。いつの間に後ろに回られたのか、気づく暇もなかった。


「貴方、煩わしいですね。まずは貴方に消えてもらいましょうか?」

「──っ!!」


このまま鎌を引かれれば確実に自分の首は飛ぶ。少し対峙しただけでもルナティスの強さは分かる。エルバトさえいれば得意の回避術で自分を守ってくれただろうと、囚われた彼を一瞬見た。そして、ゾクッと嫌な感覚を感じ、死を覚悟する。


「させるかぁっ!!」


アルマの声が聞こえ、ルナティスの体が吹っ飛んだ。彼女の大剣を何らかの防御魔法で防ぎ、防ぎきれなかったその衝撃を受けてガラスの壁に衝突している。

俺の首から鎌の刃が遠ざかると、生きていることに安堵した。


「悪い、油断した…」

「愚か者!お前が死ぬとその痛みは全てレナータ様へ伝わるのだぞ!!」


忘れていた訳では無いが、改めて口に出されるとさっきの自分の行動がとても浅はかなものだと感じる。死の覚悟、そんな事していいはずがなかった。従者が死ねばその痛みが王に伝わる。

今は痛覚共有をしているので、その運命に選ばれし王と従者の理での痛みに、痛覚共有の痛みが上乗せされて伝わるのだ。先程俺が死んでいたら、実際に首が飛ぶわけではないが俺が受けた致命傷の二重の痛みがレナータ様を襲っていただろう。


「ん〜、なかなか死んでくれませねぇ。攻撃、防御、支援に回復、なんでも出来る優秀な私が相手をしているのに……」


ルナティスはなかなか自分に自信があるようだ。

彼が言っているように、ルナティスという男はなんでも出来た。普通従者はそれぞれ得意な分野を持って召喚されるが、それはせいぜい1つや2つ。しかし、彼は戦闘に関して天才的な才能を持っていた。体力や魔力、技力、何もかもが俺達とは違う。まさに反則技な従者。


「はぁ、はぁ…〈スポットライト〉ォ!!」

「おっと、貴方1人で受けますか?」


ディーフェルの使ったターゲット集中のアビリタで、ルナティスの攻撃が全てディーフェルへ向く。


「危険すぎます!解除してください!!」

「いいから今のうちにやってくれ!!」


サージェが止めるが、ディーフェルは耐えきるつもりだ。ならばとその覚悟に助力するように防御魔法を唱える。


「〈ディフェーザー・ランフォルセ〉!今だ、やれ!!」


俺の合図とともに、皆一斉にルナティスへ攻撃を仕掛ける。彼の力の底が分からない状態での長期戦は危険すぎる。ディーフェルのアビリタが切れるまであと30秒。ルナティスへ皆の渾身の一撃が当たる……その直前──

 

「〈トゥール・カウンター〉」

 

ルナティスがあるアビリタを発動すると、ドンッという音と共に攻撃が全て跳ね返る。それぞれ自分の本気の力全て己へ飛び、負傷した。


「──がっ…嘘だろ……」


苦しそうなその声の方をむくと、テゾールの胸に光り輝く黄金の矢が突き刺さっていた。あれは──


「〈デッド・オア・アライブ〉!?クアリタを使ったのか!」

 

〈デッド・オア・アライブ〉、テゾールのクアリタだ。

その矢に射抜かれた者は、その名の通り生と死か、50/50の確率で決められる。正真正銘必殺の一撃。

 

「頼む、死ぬな!」

「そう言われてもそういうんじゃねぇんだよ、この技は!!」


叫んだ勢いでがはっと血を吐くテゾール。その胸に刺さった矢が液体状になりその身へ溶け込んでいった。

彼のクアリタがどのようなものかは簡単にしか知らない。もしかしたらもう死ぬことが決まったのかと焦る。

そうしている間にディーフェルのアビリタの効果が切れ、ルナティスがこちらへ向かってくる。


「そう急がなくても、私が殺してあげますのに……」

「──させません!!〈コスモ・エクスプロード〉!!」


ルナティスがサージェの放った攻撃魔法を鎌で切り替えそうとすると、その魔法は鈍い音を立て鎌を通り抜けた。


「──なっ」

 

そしてその大爆破が、ルナティスを襲った──。

 

          ──

 

「ぐああぁぁぁぁっ!!痛い痛い痛いぃぃぃぃいっ!!」

「ム、ムームア様!」

「あの馬鹿ぁっ!!よりによってLv5の攻撃魔法をくらいやがって!!」

「〈 グレイト・ヒール〉ッ!!」


シヴァ王が王座で踠くのを見て、次は自分の番かもしれないと覚悟する。そして身体中の痛みに耐えた。


シヴァ王は1人分の痛みだが、こちらは7人分の痛み。比べるまでもない。私は痛みで先程から意識が飛びそうだった。

本当は、呼吸を荒らげて目をつぶりながらその痛みが終わるのを待ちたい。流れる冷や汗を拭い、次々襲ってくるその激痛に叫びたい。だが私はそれをしない。

私のそんな所を見たらエルバトは自分を責め続けるだろう、戦っている仲間たちは私の叫び声を聞いて胸を痛めるだろう。私は偉大なる運命に選ばれし王として、堂々と皆の帰還を待つしかなかった。


「何余裕ぶってんだよヴィシュヌ女王ぉ!!」


私のその様子が癪に障るのか、それとも痛みで苛立っていいるのか、シヴァ王は私に叫ぶ。

私は彼が最初にしたようにニヤリと笑い、強がりを言う。


「みんなが私の命令で戦ってる、そんな時に私がギャーギャー騒いだらみっともないでしょ?」


私の挑発的な言葉に、シヴァ王の苛立ちは増したようだ。先程までの余裕の笑みも、今は怒りと苦痛で酷く歪んでいる。


盤上を見ると、また戦いは続いているようだった。

サージェが放った魔法にルナティスは防ぐことも出来ず直撃し、宙を舞った体はガラスの壁にぶつかりどさりと地面に落ちる。そこに皆が追撃しようと突進するが、それは大鎌の斬撃で防がれた。あれだけの魔法が直撃して、もう動けるのかとルナティスのその不死身な様を恐ろしく思う。


動けない自分の体が恨めしい、どうにか出来ないかと全力の力を振り絞って立ち上がろうとするが、ちょっと腰が浮いただけで終わる。

私が力になるのは無理なのかと諦めかけた時、

 

私の膝に何かが落ちた。

 

          ──

 

「嗚呼、皆さん。ボロボロの様ですねぇ」


そういい私は大鎌を肩にかけ、ウロウロとする。が、誰も襲いかかってこない。今までの戦いで学習してくれたのだろう、私と戦っても絶対に勝てないということを。


先程……名はなんだったか、白いフードの従者が放った攻撃魔法は素晴らしかった。戦いで初めて感じる高揚感に私はとても喜びを感じていた。攻撃を受けたのにも関わらず。

自分はもしかして、戦闘狂なのかもしれないと思考する。


「私はとても楽しいです。皆さんはどうですか?」

「ああ、楽しいよ。てめぇが死ねばなぁ!!」


そういい私に切りかかってくる人狼の従者に、呆れつつ大鎌で対応する。彼のナイフが私の鎌の刃を擦り嫌な音がした。彼は先程自滅する予定だったのではと疑問に思ったが、1人や2人死んでいても生きていても全滅するのには変わりないと軽く笑った。

私の攻撃かわし、至近距離まで来た人狼の従者の首を勢いよく鷲掴み高く持ち上げる。


「がっ──!!」

「武器がなくても戦えますよ?」

「テゾールッ!!」


この人狼の名前はテゾールと言うのかと、数十秒後には忘れるだろうことを考えながら、襲いかかってきた天使の従者の拳を回し蹴りで跳ね返す。両手が塞がっているのでね、と笑うと彼女は悔しそうな顔をしてまた飛び込もうとするのを仲間に止められていた。

私がこうして遊んでいるうちに、奥にいるモノクルをつけたヒーラーに回復してもらっているようだった。私はそれを見ているが、別にどうということは無い。

嗚呼、つまらない。


つまらないんだ。

 

もっと、もっと──

 

「──ぐぁあっ!!」

「⁉」

 

叫び声が聞こえた。誰のものだとと思ったが

叫んでいたのは──私だった。


何故?なぜ?何故こんなに痛い?急に体に痛みが走った。

急な痛みに驚き、思わず首を絞めていた人狼の従者から手を離してしまう。もう少しでも窒息死しそうだったのにと残念に思う。


「テゾール!大丈夫か⁉」

「大丈夫です。それにしても……」


ヴィシュヌ女王の従者達が、ある1点を見ていた。私もつられてそちらを見る。そこには──


          ──

 

「な、くそっ!!お前!!何をした⁉」


腹部に痛みを感じる。ボクはルナティスが勝てると確信していた。あいつはボクに似てとても優秀だ、負けるはずないと。先程は痛みに我を忘れかけたが、なんて事ない、勝てばいいんだ。そう思っていた。

だから気づかないかった、エルバトと言う従者が何かをしているのに。

 

そして目の前には……

 

「ヴィシュヌ女王!!」


彼女はいつの間にかフルプレートの鎧を身に纏い、ボクの腹に一撃拳を叩き込んだ。


「──がっ!!この!!離れろっ!!」

「ムームア様!〈ディフェーザー・ランフォルセ〉〈マジカル・シールド〉!!」


スターシャがボクに防御魔法をかけた後、シールドを張る。

そのおかげでヴィシュヌ女王の足蹴りは防がれたが、シールドにヒビが入る。とんだ馬鹿力だ。それも先程の物が関係しているのかと思う。


ボクがよそ見をしている間に、エルバトという従者がヴィシュヌ女王に向かって何かの瓶を投げたのだ。丁度ヴィシュヌ女王の膝にそれが落ち、エルバトが「飲んでください」と叫ぶとヴィシュヌ女王は動けないはずの体を無理やり動かし、それを迷いなく飲み干ほした。そして後立ち上がったと思えば…ボクは腹を殴られていた。


「──っがあぁあぁぁッっ⁉」


体に激しい痛みを感じる。ボクの首輪が激しく赤く光り、またルナティスが負傷したのが分かった。だが今はそんなの関係ない。


「何がチェックメイトだって?シヴァ王?」

「……っ!!」


顔をおおったヘルム越しにヴィシュヌ女王の瞳に宿るのは、殺意。

殺される。運命に選ばれし王になってから突然殴り込んで来たやつに襲われそうになったり、暗殺されそうになったり、死とは傍にあるものだと分かっていた。


しかし、ヴィシュヌ女王から向けられた殺意は比ではない。怖い。その目が…。

 

嗚呼、それをボクに向けないで……

 

その目を──僕に──


          ──



6年前

 ディアストリク王国

 

一生懸命に廊下を走る。メイドが噂しているのを聞いたんだ。僕の大事な、大事な人が帰ってきたと。

僕はその人を見つけて、思わず嬉しさで飛び上がる。あちらも僕に気づいた様で、両手を広げて僕を待っている。ああ、やっと会えた──!!


「おにいさまっ!!」

「ムームア、久しぶりだな」


大好きなおにいさまが僕の頭を撫でる。その手には手甲がはまっていて、僕の毛が挟まってしまって二人でわたわたと外す。手甲だけじゃない、おにいさまはプレートアーマーを付けていて、腰には剣が下がっている。


「戦いは?どうだった?」

「ああ、もちろん勝ったさ」

「さすが僕のおにいさま!!」


そういい強く抱きしめると、汚れているからと僕を引がそうとするおにいさまに、僕はさらに引っ付いてやった。


僕のおにいさまは剣の才能があって、王子なのにいつも戦場に連れていかれてしまう。僕はそれが誇らしいとも思うがやっぱりさみしい気持ちもある。それにおにいさまがいない時は僕は一人ぼっちだった。お城に使用人はいっぱいいる。だけど誰も僕を見ようとしない。


「アーリア、帰ったか」


するとおとうさまがやって来て、おにいさまに戦場での話を聞いていた。どうやらおにいさまが敵の大将の首をとったらしい。僕はまるで自分のことみたいにほこらしかった。僕がさらにおにいさまに抱きつくと、おとうさまは怖い顔をして僕をおにいさまから引き離す。


「お前はまだこいつと馴れ合っているのか?」

「父上、ムームアは何も──」

「うるさい!こいつは忌み子だ!!お前に何かあっても遅いんだぞ!!」


おとうさまは怒っている。また僕のせいだ。


僕の目は左右で色が違くて、オッドアイと言うらいし。僕はそれのせいで、いみごだとみんなに嫌われている。メイドは目を合わせてくれないし、おとうさまは僕を化け物と呼ぶ。

僕の目のこともあるけど、僕の才能もおそろしいと言っていた。

 

「ムームア、悪いけど先に中庭に行っててくれないか?俺は父上とお話があるんだ」

「わかった…まってる」


僕の事をおとうさまが睨みつける。とっても怖い目。おにいさまに向ける目とは全然違う。

だけど僕は大丈夫、だっておにいさまがいるんだもん。どんなに使用人が悪い噂をしても、どんなにおとうさまに殴られても、僕は大好きなおにいさまが僕を好きって言ってくれるから、それで十分だった。

 

 

僕が中庭にあるベンチで足をぷらぷらと揺らしながら待っていると、おにいさまがどかっと横にすわる。


「おにいさま、お話がおわったの?」

「ああ、終わった。父上のなっがーい話がな!」


そう言って手を広げてこんぐらいだと表すおにいさまがおかしくて、僕は笑った。

こ〜んなっ!こんなだぞ!!とさらに大げさに言うのを聞いて、僕は息が苦しいぐらい笑う。こんなに笑うのはおにいさまの前だけだ。久しぶりに笑いすぎて、ほっぺたが痛かった。でも、それは幸せの痛みだ。


「ムームアは笑った顔が似合うな」

「そうかな?そう言ってくれるのはおにいさまだけ……」

「……」


さっきとは違って、おにいさまは悲しそうな顔をした。また僕のせいだろうか。大好きなおにいさまにまで嫌われたくなくて、僕はめいいっぱい笑った。


「心配しないで!僕は大丈夫だから!!」

「…ムームア」


おにいさまは僕を抱きしめる。ぎゅーっとぎゅーっと抱きしめてくれた。僕はそれが嬉しくて、強く抱き返す。


「ムームアは偉いっ!!だからお前にこれをやろう」

「え?」


おにいさまがいつも首にかけて服の中に閉まっている物。キラキラ金色にひかる僕の好きな懐中時計だ。

それを自分の首から外して、僕の首にかけてくれる。


「い、いいの?これおにいさまがおかあさまに貰った物だって……」

「いいんだ。ムームアはお利口さんにしてるから、お母様も喜んでいるだろうしな」


おかあさまは病弱で、僕を産んだ時しんでしまったらしい。でもおにいさまからおかあさまの話をいっぱい聞いたので、僕はおかあさまも大好きだ。

そんなおかあさまからおにいさまが貰った懐中時計を、僕はいつも羨ましがっていた。

それが今は僕の首にかかっている。それがとても嬉しかった。


「ムームアは俺がいない間何をしているんだ?」

「おべんきょう!まほうの!!」

「そうか、偉いぞ!将来は一緒に戦場で活躍する日が来るかもしれないな」

「ほんと⁉僕もっと頑張るね!!」


おにいさまと一緒に戦う日がいつか来るかもしれない。敵に追い詰められたおにいさまをかっこよく助ける僕…うん、凄くかっこいい!僕はまた喜んだ。


「アーリア様、アルヴァ様がお呼びでございます」

「また父上が?」

「……?」


メイドが来て僕らの時間の邪魔をした。

またおにいさまをおとうさまが呼んでいるみたいだ。せっかく楽しくお話してたのに……。おにいさまをとられて僕は嫌な気持ちになる。


「ごめんな、ムームア。また後で話そう」

「わかった……」

 

僕はおにいさまとそう約束したのに、おにいさまはまたすぐに戦場に連れていかれた。いつもは強いまものとかが相手だって言ってたけど、今度は人をたくさんたおしてくるらしい。……僕は怖かった。

だからたくさんたくさん勉強した。おにいさまを守れるように。図書室からいっぱいまほうについて書いてある本を部屋に持ってきて、本当にたくさん勉強した。

おにいさまはいつ帰ってくるんだろう。早く僕の覚えたまほうを見てほしかった。

 

だけどどれだけ待っても、春がきて、夏がきて、秋がきて、冬がきて、そしてまた春がきても、おにいさまは帰ってこなかった。

 

          ──



今年

 ディアストリク王国

 

やっと、やっとお兄様が帰ってきた。僕はまたメイドが噂しているのを聞いて廊下を走った。何年ぶりだろうか?僕の事を覚えているだろうか?色んなことが頭を浮かぶが、そんな事どうでもよかった。今は大好きなお兄様に早く会いたかった。


「お兄様!!」

「……ムームア?」


僕は―驚いた。確かにその人はお兄様だったが、僕の知っているお兄様と違う。やせ細って、体は痣だらけ。僕と同じ色の綺麗だった髪は、ボロボロで見る影もない。僕の好きなのキラキラと輝いていた目に、光はなかった。


「お、お兄さ──」

「近づくな!この忌み子め!!アーリアがこうなったのもお前のせいだ!!」


僕より先に来ていたお父様が、また僕を怒鳴りつけた。お兄様に僕を近ずけないように、その体で壁をつくっている。


「アーリア、もうここは安全だ。ゆっくり休め」

「はい……」


そう言って僕の横を通り過ぎようとするお兄様。


「お兄様!聞いて!!僕のLv5の魔法を──」

「すまないムームア、後にしてくれ」


お兄様はメイドに支えられながら、自室へ戻っていく。何があったんだろうか。僕はお兄様が心配でたまらなかった。

使用人達の噂話を沢山盗み聞きして、僕はお兄様に何があったか知る。


6年前の戦いでお兄様の軍は敗北して敵に捕らわれて、そしてそこで奴隷同然の扱いをされ、ずっとこき使われて生活していたらしい。しかし、お兄様はずっと脱出の機会を狙っていて、ついに1週間前にそこを抜け出してずっと走ってこの国まで逃げ切ったと聞いた。通りであの酷い状態で帰ってきたのかと思う。僕がもっと早く色んな魔法を習得していれば力になれたかもしれないのに……。幼かった自分を呪った。


1週間、2週間と経ってもお兄様とは会えず、同じお城にいるのに、とても寂しい。早くお兄様と話がしたかった。

そう願っていると、お兄様がいつものベンチに座っているのを見つけた。神様が願いを叶えてくれたと、僕は喜んでそこへ走る。


「お兄様!!」

「ムームア……」

「久しぶりだけど…僕との約束覚えてる?」

「…ああ、話をしようか……」


お兄様は元気がなさそうだったけど、にこりと笑ったのを見て僕は嬉しくなった。やっぱりお兄様はお兄様なんだ!僕はいっぱいいっぱい話をした。まだお父様に嫌われていることや、たくさん勉強してすごい魔法を使えるようになったことと、あと、あと……


「そうだ!見てよ!僕の魔法!!」

「ああ」


そういい、シールドを張るとお兄様は驚いているようだった。それもそうだ、これは優れた一部の魔術師でも習得出来ないと言われるLv5の魔法。でも、それだけじゃない。


「〈リジェクト・インパクト〉!!」


闇の魔法が爆破する。だけど、最初に張ったシールドのおかげで周りに影響は無い。


「ね、凄いでしょ⁉僕あれからたくさん勉強してLv5の魔法まで使えるようになったんだ!」

「──っ」


お兄様は驚きで言葉も出ないようだった!もっと喜んで貰えると思っていたけど酷い生活をしていたんだ、元気がないのもしょうがない。だけど今の僕はお兄様の力になれる!!


「だからね、これでお兄様を守ってあげる!!」

「ま…もる?」

「そうだよ、僕は運命に選ばれし王になるんだ!だからお兄様にもう怖い思いはさせ──」

「運命に選ばれし王になるのは俺だ!!」


お兄様が急に立ち上がり、僕に怒鳴った。

僕はビクッと体を震わせ、小さく呼びかける。


「いつの間にこんなに才能を…いや昔からか……」

「ねぇ、どうしたの…?」

「うるさい!!……運命に選ばれるのは…俺なんだ…!!」


そういい立ち去るお兄様の背中を見て、僕はぽかんとベンチに座って惚ける。あんなお兄様見たことない…。余程怖い思いをしたのだろう。僕が守らなきゃ。その思いはより一層強くなった。運命に選ばれし王になったら絶対に守れる。僕はもっと魔法の勉強をすることにした。


          ──


お父様が夜にどこかへ出かけた。なんでも他の運命に選ばれし王と同盟を組むんだとか言っていた。僕はそんなものには興味はない。僕を殴るお父様なんて早く消えちゃえばいいのにと思った。


遅くまで勉強していたせいでとても遅くなった。今日は図書室で勉強していたから部屋まで行かなきゃならない。外は寒くて、部屋で勉強すれば良かったと後悔する。でも中庭の前を通った時、綺麗な満月を見て寒さを忘れてそれに見蕩れていた。そうしていると、前から人影が見えて驚く。


「ムームア」

「お兄様!!」


ずっと部屋にこもっていたお兄様に久しぶり会えたことに僕はとても喜んだ。お兄様は少しやつれているけど、前と同じ僕の大好きな笑顔だ。いつものお兄様に戻ったんだ!僕はお兄様に駆け寄る。


「お兄様!僕、前より勉強して強くなったんだ!だから絶対に運命に選ばれし王になれるよ!!」

「……そうか。偉いな」


そういい昔みたいに頭を撫でてくれたお兄様。僕は嬉しくなって前みたいにベンチで話をしようと誘うが、お兄様はいい所へ連れて行くと馬を用意した。


僕は馬に乗る練習もしていたのでなんの問題もなく馬に乗り、先導するお兄様に着いて行った。どんな場所だろうとワクワクする。するとお兄様はスタリオル森に入っていき、僕もその後へ続く。この森はちゃんも整備されていなくて、あまり人が立ち寄らないところだ。

少し不安になるが、お兄様の言うことに間違いは無いだろうと一生懸命お兄様の後を着いて行った。


暫くするとお兄様が「ここだ」と言って馬から降りた。周りを見渡すも、ここはただの森だった。僕はここから歩いてどこかまでいい場所まで連れていってくれるのかもしれないと喜びながら同じように馬をから降りた。


「なぁ、ムームア」

「?」

「お前は運命に選ばれし王になるのか…?」


急にどうしたのだろうと思うが、僕は自信満々に頷く。だってそのために沢山の勉強をしてきたんだ。運命に選ばれし王はどんな人にも選ばれる可能性はあるけど、少しでも優秀な方がいいだろうという考えからだ。


「僕、必ず運命に選ばれし王になるから、その時はお兄様のこと絶対に守ってあげる!!」

「守ってあげる…か……」


そしたらお兄様は安心して暮らせる。お兄様は喜んでくれる。そう思っていた。

 

「……」

「お、お兄様…なんで……?」

 

お兄様の手にはナイフが握られていた。そしてお兄様は僕を睨みつける。怖い。予想していなかった状況に僕は1歩後ずさった。


「何が守ってやるだ!」

「!!」

「お前は昔から才能があった、これからそれはまだまだ伸びるだろう」

「でもお兄様も──」

「俺の剣の才能はもう限界なんだよ!これ以上お前に抜かれてたまるか!!」

「そ、そんな…僕はただ……」

「運命に選ばれるのは俺だ!!」


そういいナイフで切りかかろうとするお兄様。その目はとても怖くて、僕はおぞましい感覚を覚えた。お兄様から僕に向けられているのは、明確な殺意だった。


「や、止めて……!!」


僕は必死に逃げた。暗い森の中を、走って、走って、走った。

だけどお兄様はもっと早くて、肩を掴まれて僕はそのまま倒れ込んだ。後ろを振り向くと、ナイフを振りかぶるお兄様が。


「ねぇ、やだよ…なんで……?」

「……」


お兄様は何も言わない。その時、背中に痛みを感じる。切られたわけじゃないのにどうしてと思っていると、お兄様がナイフを振り下ろす。


「死ねっ!!」

「──っ!!」


咄嗟に僕は転がってそのナイフを避けた。

そして、無防備なお兄様の体を力一杯押す。


「止めて!!」

 

ドガッという音の後に、何かが折れたような変な音が聞こえた。


恐怖で瞑ってしまった目を、恐る恐る開けるとそこにお兄様はいない。まだ背中に痛みを感じながら、立ち上がりお兄様を探す。


「お兄様……?」


つま先に硬いものがぶつかる。何かを蹴った。

僕は何だろうと目を凝らして見る。


「──」


そこに、お兄様は倒れていた。

正確には、お兄様だったものだ。

口から血を流し、首が妙な方向に向いているそれは──


「ゔ…おぇっ……」


びちゃびちゃと胃の中にあるものを吐き出した。

お兄様を殺してしまった。

 

──この手で。


「ゲホッ…な、何で…?僕、ただ押しただけ……」


その時はっと思い出す、背中の痛みを。

もしかしてこれはと背中を摩るが、自分では確認できない。

でも感じた。この体のうちが燃えるような感覚は絶対に──。

 

「僕は、運命に選ばれたんだ……」

 

体の中に何かを感じ、それを具現化する。分かる。なぜだか説明されなくても分かる。

僕の腹から、銃の形をした物が出てきた。


「これが、僕の神器……」


それを持ち引き金に指をかけて、そばにあった木に己の魔力で出来た弾を打つ。

すると木は消滅した。

消し炭になったそれを見て、力加減を間違ったと分かった。

そしてまたお兄様だったものを見る。


「運命に選ばれたのは……僕だ!ボクなんだ!!」


自分の神器がこれだけでは無いのを感じ、空間からそれを出すのをイメージすると、大きな大砲が出てきた。

それで兄だったものを打ち、消し炭にする。

肉の焼ける匂いがした。


「もう誰も信じない!!ボクはボクのために生きるんだ…!!」


ボクが運命に選ばれし王になったということは、お父様も死んだ。あの城も、この国も、全部ボクのものなんだ──!!

 

          ──



現在

 

ヴィシュヌ女王はあの時と同じ、あの時の兄と同じ目をしている。

彼女は胸から神器を取り出し、スターシャの張ったシールドをまるで薄いガラスのように破壊した。


「──っ!!や、やだ!!来ないで!!」


ヴィシュヌ女王は何も言わない。

僕は涙を流す。怖い。怖い。死にたくない。

スターシャがボクを守るように立ち塞がるが、運命に選ばれし王に叶うはずもなく腕ではたかれただけでその体が吹き飛び壁にぶつかる。

僕はただ王座に座り、怯えるしかない。


「あぁあ…ボクは……」


ヴィシュヌ女王が剣を振りかぶる。それがあの時の兄と重なった。それが恐ろしくてぎゅっと目をとじ、来るであろう死の痛みを待つ。


僕は──ボクは──!!


剣が突き刺さる音がした。


「……」

「……」

 

どこも……痛くない?

ヴィシュヌ女王の剣はボクの体ではなく、王座の背もたれの刺さっていた。どういうことが分からず、僕は黙り込む。


「あ〜!やっぱりダメだ!だって子供だもん!!」

「……?」


もー、と言いながら神器でボクと自分の首輪を破壊するヴィシュヌ女王。ボクはまだ状況が掴めていない。

するとヴィシュヌ女王がヘルムの目元の部分を上にあげる。またあの目かとビクッと怯えるが、ヴィシュヌ女王の目に殺意はなく、ただの金色の瞳だ。


「どう?怖かった?」

「……へ?」

「殺されそうになって怖かったか聞いてる」

「う、うん……」

「よし、なら復讐終了っ!!」


それだけ言ってボクに背を向けエルバトの入った鳥籠を壊して彼を救出するヴィシュヌ女王を見て、先程の言葉の意味を探る。


「ごめんなさい、レナータ様…僕は……!!」

「いいんだよ、私こそ守ってあげられなくてごめんね」


そう言ってエルバトを抱きしめるヴィシュヌ女王。

ボクも、ボクにもああやって抱きしめてくれる人がいたら今頃──

 

「うぅ、うぁぁぁああっ!!」

 

ボクは泣いた。

みっともなく、子供みたいに泣いた。

わんわん泣くボクはお兄様の事を思い出していた。ああやって抱きしめてくれる人が……


「…貴方も、ごめんね」


声が聞こえて、僕を暖かいものが包み込む。

目を開けるとヴィシュヌ女王がそこにいた。何故?


「うぁっ…ひぐっ…うぅっ……」

「あ〜あ〜、そんなに泣いて。悪かったって」

「…な、何で…?」

「……確かにエルバトを拉致した事とか、私の従者を殺そうとしたのは凄く腹が立ったよ?」

「なら……」

「だけど、ん〜、私も甘いよね。子供は殺せない」


ごめんと、また謝って強く抱きしめて来たヴィシュヌ女王を、ボクも抱き返してまた声をあげて泣いた。


          ──

 

「えぇっ!!彼、死んだの⁉」

わーわー泣いていたシヴァ王を宥めて落ち着いた頃に、スターシャにクアリタを解除してもらい彼と盤上に降りると、

 

ルナティスが死んでた。

 

ヴィシュヌ女王に殴られた後に来た激痛ってルナティスが死んだ時のやつだったんだとボソリと呟くシヴァ王。


「レナータ様、申し訳ございません!和解なさったようですが、うっかり殺してしまいました!!」

「えぇ……」


サージェがビシッと90度に腰をまげ頭を下げる。

殺せと命令したのは私だからみんなは悪くないんだけどねと思いながらシヴァ王に視線を向ける。


「……」

「ご、ごめんね。なんか…殺しちゃった……」


私が謝ると、はあっとため息をつき私を見上げてくる。


「別にヴィシュヌ女王が悪いわけじゃないでしょ!」

「ん〜、でも命令したの私だし……」

「いいよ別に、ボクまだ精神力残ってるから」


そういいジャボに着いていた宝石とピアスを外して一点に投げ、そこへ手を向ける。


「我が忠実なる従者よ!!その忠義をもう一度我へ示せ!!」


掛け声ともに宝石とピアスが砕けて光を放って消えると、そこに魔法陣が浮かび上がる。そこから人の形した光の塊が出てきて徐々に色づき、光が収まった頃に魔法陣が消えると跪いたルナティスがそこにはいた。


「うっかり死亡してしまいましたが、また貴方様の元へ戻りました。この絶対なる忠義を再び貴方様に──」

「この馬鹿!僕の道具のくせに何勝手に死んでるんだよ!!」

「……申し訳ございません」


シヴァ王の厳しい言い方に私はそこまで言わなくてもと言うが、部外者は口を挟まないでと怒られた。

彼の[道具]という言葉を聞くと、まだ彼は変わっていないのかと少し残念に思う。


「全く、しんぱ……いや、何でもない」

「…心配してくださったと、自惚れてもよろしいですか?」

「〜っ!うるさい!!」


照れ隠しなのか、ルナティスの顔を思い切り叩くと彼の首が転がっていき、あーっと彼はそれを追いかけて行った。

デュラハンと聞いていたがそんな簡単に取れるんだ、と首を捕まえたルナティスを見る。

彼はそれを脇へ抱え戻ってくる。……いや、つけないのかいっ!!


「ムームア様、申し訳ございません…。わたくしも何もお役に立てず、貴方様をお守りするためを存在しているというのにわたくしは……」

「もう、お前までいいよ。それに、お前はその頭脳しか取り柄ないの知ってるし」

「…申し訳ございません」


ただただ謝ることしかできないシヴァ王の従者達に私はどう声をかけていいか分からなくなる。


「でもよく聞いてと二人とも」

「はい、何でしょうか?」

「如何なる命令にもお応え致します」


シヴァ王は胸にある懐中時計を指でさすった。

その時の目はとても優しげでいて、そして悲しみも含んでいるように見えた。恐らく大切なものなのだろう。

 

「ボクはね、気に入った道具はずーっと大事にするタイプなんだ」

「──っ!!」

「……?」

 

スターシャにはその意味が伝わったようだが、ルナティスは分からないようでぽかんと(顔がないからよく分からないが)している。


「このおバカ!!ムームア様はわたくし達のことを大切だと仰ってくれたのよ!!」

「そ、そうなのですか⁉」

「もう、聞かないでよっ!」


シヴァ王は怒ったようにそっぽを向くとそれを、どうなのでしょうか⁉とシヴァ王の顔を見ようとするルナティスとの攻防が続いていた。


「な、何だか戦っていた時と随分様子が違いますね」


ルポゼが小さくそう言うと、みんなが確かにと頷く。

するとスターシャが皆に向かって、お恥ずかしいことにと続ける。


「あの者は頭を外すと、知能が大幅に下がるのです。それなのに直ぐに頭を無くして…もう、大変でございます……」


ああ、苦労しているんだなとスターシャの死んだ目を見て察した。それを見てルナティスもこちらへ来ると勢いよく頭を下げた。


「キーパーソンの皆様!先程はボコボコにして申し訳ない。ついつい楽しくて調子に乗ってしまいました!ははははっ!!」

「い、いえ、こちらこそ殺してしまって……」


従者達が楽しそうに話をし始めるのを見て、私は傍にあった段差へ座り込む。すると隣にシヴァ王がちょこっと座った。


「ねぇ、ヴィシュヌ女王」

「レナータでいいよ、殺しあった仲でしょ?」


そう冗談をかまして笑うと、シヴァ王も笑った。

彼の初めて見るあの不敵な笑みではなく、彼の心からの笑いを見て私は嬉しくなった。


「ムームアは意外と笑顔が似合うね、その方がいいよ」

「……!!」


少し驚いた顔をしたムームアに、私は何か悪いことを言ったかと考える。するとムームアがペシッと太ももを叩いたのでどうした?と問いかけた。


「別にっ!それより…ボクも君と同盟を組むよ」

「ほんと⁉」

「本当さ。ブラフマー王とも話し合って、本当に3大王国で同盟を結ぼう」

「そっか!絶対アンデイートも喜ぶよ!!」


私は立ち上がり、みんなの元へ行く。

そして先程の同盟の話を聞くと、皆喜んでくれて私は胴上げされた。

 

「ちょっ、ちょっと高い!!ああ、天井!!天井!!」

 

天井スレスレの胴上げに絶叫マシーンの様な怖さを感じて縮こまる私を見て、ムームアはまた笑った。


          ──



イデアーレ王国

謁見の間

 

「みんな、ご苦労さま」


そう言うと、サージェは「ありがとうございます」と素直に私の言葉を受け入れてくれた。


「これで目標である他の運命に選ばれし王との同盟が達成された訳だけど…まだこれで終わりじゃない」


皆もそれは分かっているようだが、改めて私は口に出す。


「私達が目指すのは、宝の攻略!この同盟はその第一歩に過ぎない。私は、自分が運命に選ばれたからには、その宝を手に入れたいと思ってる」

「理解しております」


うんうんと頷く私、そしてその視線はエルバトへ向かう。拉致されていた間、酷いことをされたのではと不安だが彼はいつも通りの笑顔でそこにいる。


「エルバトはディアストリクにいる間大丈夫だった?」

「いっぱいご飯食べさせて貰いましたし、あとお風呂にも入れてもらって…ふかふかのベッドに寝かされました。しかも子守歌付きです!お客様待遇?だった思います!!」

「そ、そうなんだ」


凄く良い待遇を受けていたのかと、酷いことをされたエルバトを想像して勝手にキレていた自分が恥ずかしくなった。だけどエルバトが無事ならそれでよしと、その羞恥を払拭する。


「2ヶ月後にスフィーダの塔でまた集まることになってるから、それまで攻略に必要な事をまとめることになってる。みんな、協力して欲しい」

「畏まりました」

「では、解散!!」

 

そういい私はサージェの転移魔法で消えた皆を見送り、王座にもたれ掛かる。

アンディートが向わせてくれた従者達3人は無事に帰れたとアンディートから連絡を貰った。城に戻っても何もやらかしてないようで、一安心だ。


「はぁ〜大変だったぁ。というかチェスの練習あんなにしたのに意味なかったじゃん……」


あの時のサージェのイキイキした表情を思い出し、身震いする。もうしばらくチェスはしたくない。


3大王国初の同盟、そしてやっと宝の攻略に進む。

今までここまで順調に進んだ運命に選らばれし王はいなかったんじゃないかと嬉しく思ったが、アンディートやムームアとの戦闘を思い出し順調とも言えないかとため息をつく。しかし、確実に私達は宝に近づいているだろう。

そしてマジカルボックスからあるものを取り出す。それは一冊の本だ。


「必ずこれが宝攻略のキーになるはず……」


その本の背表紙をなぞる。

 

【テゾーロ・オブ・ヴェリタ[中巻]】

 

こんなあからさまな名前、なんで今まで気づかなかったのだろうと思う。

この本は禁書の部屋にあった。ウロウロと本を見て回っている時に床の違和感に気づいたのだ。ある場所を踵でコンコンと叩くとそこに空洞があるのが分かった。


危険だとは分かっていたが好奇心に負けてなんのトラップの確認もせずに床を破壊してみると、そこには結界で守られた一冊の本があった。

流石に危ないかと思いエンドとテゾールを呼び、結界の解除をした後マジカルアイテムの鑑定をして貰ったがただの普通の本らしい。


勿論、私が危険を承知で床を破壊したことに二人から控えめなお叱りを受けた。


「3人の王が協力して手に入る、か……」


私はその意味を考える。一応アンディートともムームアとも同盟を組み協力関係にあるはずだが何かが起こったわけではない。しかし2ヵ月後の話し合いで何かが変わるのではないかと、私は期待に胸を踊らせながら自室に戻る事にした。

 

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