第9話 プローヴァリー

「アンディートっ!!」

「……ミラ?ミラなのか⁉」

「そうだよ〜、何そんなに驚いてるの?」

「だってお前は……」

「そんな事より、アンディートの馬鹿!!」

「⁉」

「私達が憧れてた運命に選ばれし王はあんなんじゃないでしょ!!」

「……そう、だな」

「でもあの子が止めてくれてよかった」

「…レナータのことか」

「うん」

「ミラ、俺は……」

「過ぎたことはいいんだよ!」

「だが……」

「アンディートがこれからどうするかが大事!!」

「……」

「あの子を助けてあげて」

「ああ」

「私、ずっと見守ってるから!」

「……行くのか?」

「うん。アンディートは早く目を覚まして。大切な人達が待ってるよ」

「大切な…人?」

「そう、大切な人!!」

「……?」

「さぁさぁ早くっ!またねアンディート!死んだら会おうね!!」

「縁起でもねぇこと言うなよ」

「ふふっ」

「なあ、ミラ。お前は─―」

 

          ──

 

バッと目を開けると、5つの顔が俺を見つめていた。

 

『アンディート様!!』

 

自分の体は横になっていて、周りを見渡すと俺の寝室だと分かる。何だか心地の良い夢をみていた気がするが、こいつらの大きい声で全て吹っ飛んでしまった。

俺の従者達。その全員がベッドを囲むように立ち、俺の顔を覗き込んでいる。


「ぅ──……」


うるせぇと言おうとすると、喉からは言葉ではなく掠れた音が出ただけだった。ケホケホと少し咳く。

するとメイドが慌てて水を俺に差し出してきたので、上半身起こしてそれを一気の飲みほした。


「ご無理をならさないで下さい。ずっと昏睡状態だったのですから」


リヴェルダが俺を気遣う。いつもの自信に溢れた顔ではなくとても悲しそうな表情を見て、その顔の原因は自分なのかと少々戸惑った。


「……はぁ、どのくらいだ」

「3日間でございます」

「くそ、3日も無駄にしたのか」


そういいベッドから降りようとすると酷い倦怠感と腹部に痛みを感じ、そのまま動けなくなる。

どうかそのままでとベッドにまた寝かされて、また5人に囲まれた状態となる。


「ヴィシュヌ女王様が無理な変態をしたせいで暫く休養が必要に成るだろうと仰っておりました。それと……自分の発狂を止めたせいで無茶をさせてしまった事を謝罪しておられました」

「謝罪なら腹をぶっ刺した事の方にしてほいしがな。めちゃくちゃ痛てぇ」

「──っ!!」

「〈グレイト・ヒ──」


ハイドが急いで回復魔法を掛けてくるが、それを軽く手をあげ止めろと指示する。本当にこいつらは俺に対して過保護すぎる。


「どうせお前らの事だ、やれる事は全部やったんだろ?」


そういうと皆は俯き、暫く黙り込んだ後にリヴェルダが小さくはいと返事をした。おそらく自分達の最善を尽くしても俺を完全に癒すことが出来ないのが不甲斐なかったり、悔しかったりするのだろう。


「運命に選ばれし王の渾身の一撃だからな、そう簡単に癒えるものじゃない」


そういい刺された部分を服の上から摩ると、とグズっという音が聞こえそこに視線を向ける。

ランツェが泣いていた。

目隠しはびちょびちょに濡れ、そこから涙(オイル?)が滴っている。普段表情を変えない上に人の心が分からないと言っていた彼女が泣いていることに、俺もだが周りの従者達も驚いた。


「な、なぜ泣く?」

「そ、その…アンディート様がっ、その、もうお目覚めにっ、ならないのかと……」


ランツェの言葉を聞くと他の従者もおそらく心の奥に引っ込めて考えないようにしてた事が溢れ出したのか、皆が泣き出した。驚きでぽかんとする俺をよそについにはランツェが声をあげて泣き出す。お通夜か。


「はぁ…女はともかく大の男が泣くんじゃねぇ」

「で、ですが…あまりにも美し寝顔だったためっ!」

「……おい、もしかしてお前ら」

「はいっ…!3日間ずっとここに居りましたっ!」


知りたくなかった。恐ろしいことを聞いてしまったと身震いしながら泣いている従者達を見ると、大切な人達という言葉を思い出す。誰に言われただろうか。正確に思い出せなかったが、今の俺にその言葉はしっくり来た。


ああ、俺にとってこいつらが──

 

「はぁ…ほら」

「……?」


そういい両手を広げる。だが従者達は俺の意図が理解できないようで互いに顔を見合わせながらその意味を探っているようだ。なんでこういう所は察しが悪いのだろう。

来い、とぶっきらぼうに言い放つと、皆が驚きの表情を見せた後、さっきより大きな泣き声を上げながら俺の胸に飛び込む。


「ゔっ……」


流石に5人一気に受け止めるとかなりの衝撃があり、俺は腹の痛みを我慢して皆を宥めるように手をパタパタと動かす。


「すまねぇな」


俺が謝ると、皆の俺に縋る腕や手の力が強くなる。

自分をこんなに慕ってくれる皆を、まぁ少しは可愛いかも知れないなと思い、恐らくレナータの甘さが移ってしまったのだろうと自分に呆れた。

だがこういうのも悪くない、と従者達を見る俺の目はもしかしたら優しいものだったかもしれない。


          ──


皆の涙が収まった頃に、従者が自分達対しては何の治癒も施していないことを知ったアンディートは「お前ら全員暫く休暇だ!!」と叫び、従者達を部屋から追い出した。


「怒られてしまったな……」


リヴェルダがそう言うと皆がコクリと頷く。

しかし、おそらく考えていることは皆同じだろう。休暇とは、何をすればいいのだろうと。

従者達はずっとアンディートのために不眠不休でも問題ないのをいいことに働き続けていた。

ちゃんと休むというのは、初めてなのだ。


「我らに休息は必要無いが…ジェントルな主のオーダーとあればそれにお応えするのが我らの務め……」

「そうだね!じゃあ俺ここで休む!!」


そういいルオネスはアンディートの部屋の前で座り込む。

少しでもアンディートのそばに居たいというのがバレバレの行動に、じゃあ自分もと次々とそこに座る。


「……」

「これで…休んだことに、なるの?」

「どうでしょうねぇ……」


ランツェの言葉に皆で考えるが、なかなか具体的な事が思い浮かばない。そしてハイドが、であればと言葉を続ける。


「アンディート様の真似をする、というのはどうでしょう」


おお〜と周りから称賛の声が上がる。

休むという行動が分からないのから、休んでいる人の行動を模写すればいい。


「という事は……力の回復か?」

「そうでしょうね。僕達もあの戦いで魔力、技力ともにカラに近い状態ですから」

「3日で自然に回復するのって沢山じゃないしね〜」


人の3大能力、体力、魔力、技力は自然と回復していく。それは本当に少しずつなので、旅人などいつ起こるか分からない戦いに備えなければならない者達は能力回復系のマジカルアイテムや技を持っている事が多い。

 

「アンディート様を守る者として……今の状態、危険」

「じゃあ早く回復を──」

「いや、待て」


立ち上がろうとしたルオネスをリヴェルダが止める。

というのも、実は以前アンディートに消耗系のマジカルアイテムはあまり使うなと命令されていた。

しかしリヴェルダ達はアンディートの回復に務めるためかなりのマジカルアイテムを使った。その中には消耗品もある。


「これ以上無駄遣いをするのは、良くないんじゃないか?」

「じゃあ回復系の魔法とかアビリタ付きの武器を使えば──!!」

「それにも回数制限があります。いざと言う時使えなかったら元も子もないでしょう」

「ん〜、どうしよ……」


手詰まり。まだ未知の休暇という行動について、従者5人は悩みになや──


「んなのなんか食ったり、ゆっくり風呂入ったり、好きな事すればいいじゃねえか!!まどろっこしい!!」


バァンッと扉が勢いよく開いたと思えばアンディートがまた怒っていた。どうやら部屋の中まで話が聞こえていたらしい。それが休暇なのか、と従者達は未知を知り喜んだ。


「というか、俺の部屋の前でたむろうな!早く休め、いいな⁉」


従者達がこくりと頷くのを見てアンディートはよろしいと言いい、バタンッと大きな音を立てて扉が閉まる。


「では……それぞれ好きなことをしてみるか?」

「そうだね〜!それが命令なら!!」

「では我は自室へリターンするとしよう」

「私も……」

「それでは、僕もそうしましょう」


そういい皆が立ち上がるが、誰も一向に動こうとしない。

まだアンディートのそばに居たいという気持ちから、誰もが足を動かせずにいた。


「た、隊長。そろそろ行ったらどうですか?」

「お前こそ……」

「私、皆が行ったら…部屋に戻る」

「あ、ランツェちゃんそう言ってここに残るつもりでしょ!!」

「ギルティ!!抜けがけとはアンフェアだ!!」


わちゃわちゃと言い争いをしていると、今度は部屋の中から「いい加減にしろお前ら!!」と怒鳴り声が聞こえたので、皆は飛び上がり一斉に部屋へ戻った。

 

          ──

 

俺は部屋に戻り、椅子に座って何をしようかと考えたが特には浮かばなかった。自分の好きな事といえば…鍛錬だろうか、と思い部屋の外へでる。


ヴィシュヌ女王の従者、ヴィゴーレ・アルマと戦った時、俺は確かに己の未熟さを感じた。

全体的に見れば俺の方が押していて、あのままどちらかが死ぬまで戦っていたならおそらく俺が勝っていただろうと思う。


──いや。こうやって何が起こるか分からない戦場で自分の方が勝っていただろうと考える事こそ、未熟者の証拠だとため息をついた。

訓練所へ行く道のりで、中庭を通りかかる。

ふと見た美しい花々が並ぶその中央にあるガゼボに、人影をみる。何となく、俺はそこへ歩み寄った。


「ランツェ」

「……隊長、ですか」

「なんだ、誰かを待っているのか?」

「いえ……」


テーブルにはティーカップが置かれており、中身が少し減っているのを見ると恐らくここでティータイムをしていたのだろうと思う。

俺は向かいのベンチにどかっと座り、彼女の腕を見る。

ランツェは従者2人との戦いで左腕を失っていた。腕は幸い戦闘後に見つけることができ、修理すればまた元に戻るそうだが、風を受けた制服の袖がバタバタと揺れるのを見て本当に取れたのかと実感した。


「その腕は痛くないのか?」

「はい、オートマタですから」

「そうか……」

「それに…痛覚があれば私は痛みで悶えているかと」

「まぁ、そうだな」


そういい紅茶を一口飲むランツェは、はっとしたようにマジカルボックスから一つのティーカップを取り出し、傍にあったティーポットの中身を注いだあと俺にずいっと渡す。


「どうぞ」

「あ、ああ。すまないな」


角砂糖を差し出すランツェに、必要ないと軽く断ると彼女はそうですかと自分のカップに角砂糖をひとつ追加した。

正直紅茶より珈琲派なのだがな、と思いつつそれを一口飲むと思っていたより美味しかった。

もう一口と口に含んだ時、ランツェが俺に問いかける。


「隊長は、愛が何だか分かりますか?」

「……?」


口に入っていた紅茶をゴクリの飲み、彼女の質問の意図を読み取ろうとする。


「……分かる、と思う。俺はアンディート様へ敬愛という愛を捧げているからな」

「敬愛……それは恋愛とは違いますか?」

「ああ。違うな」


彼女はよく人の感情が分からないと言う。

愛。人が持つ感情の中でもかなり難しいものだ。それは人によって感じ方が大きく違い、表す形も様々。

俺は先程の問いに分かると答えたが、本当に理解していると言えるのだろうかと自問自答する。


「急にどうしたんだ?」

「……エルバト・スキート、彼は愛という言葉で強くなりました」

「ああ、あの少年か」

「愛とは…強化魔法なのだと推測しました」


まあ愛で強くなる事はあるように思えるので、あながち間違えではないとは思うがと俺は頭をひねる。


「強化魔法…ではないが、人を愛することで強くなることはあると思うぞ」

「──っ!!それで、私は今より強くなることが出来ますか⁉」


急に身を前へ乗り出し声を荒らげるランツェを見て戸惑うが、彼女にもなにか思うところがあるのだろうと真剣に返事をする。


「そうだな。お前は人の心が分からないと言うが、俺はそうは思わない。お前も誰かを愛せば強くなる可能性はあると思う」

「……」


アンディート様に対する敬愛で強くなるというのは俺達プローヴァリー全員に言えることだ。

俺もあの御方のためならどんな戦場も潜りくけられる気がするからな、とティーカップにと伸ばそうとすると、ランツェにその手を握られる。


「どうした?」

「隊長…私に、恋愛を教えてください」

「……ぇ」


思いがけない言葉に、俺は固まった。

目隠しで目は見えないが、彼女の目は本気だと物語っている…気がする。


「俺は、アンディート様に対する愛の事を言ったのであってだな──」

「であれば、敬愛と恋愛を重ねがけするれば更に強くなれるのでは?」


重ねがけ。彼女は本当に愛を強化魔法だと思っているらしい。ランツェの突飛な考えにどう返したものかと悩んでいると、俺の無言を拒否されたと感じたのか俺の手を握るランツェの手の力が強まる。


「私はアンディート様を守るために、強くなりたいです……」

「それは俺もそうだが──」

「なら、二人で恋愛を学びましょう」

「えぇ……」


家族愛とかでも良くないかと言おうと思ったが、何故だかそれを言い出せないでいた。俺は、このまま流されてランツェと恋愛を学ぶことを嬉しく思っているのだろうか。

友情愛。自己愛。他にも浮かぶが、やはりそれも俺は言い出せない。


「私では駄目なのでしょうか…?」

「いや…そういう訳ではないが……」

「分かりました、では他の方に頼んでみます」


そういい俺の手をはなし、意気揚々とどこかへ向かおうとするランツェ。え、そんなにあっさり?と思い少々傷つきながらも、彼女を急いで追いかけ、その手を今度は俺の方から掴んでこちらへ引き寄せた。


「分かった。今から俺と交際してくれ」

「……良いのですか?」

「ああ、男に二言はない」


……言った。言ってしまった。

たしかにランツェの事は好きか嫌いかで言ったら好きだが、恋愛感情もない相手と交際するのは不純ではないかと悩む。

しかし、先程他の愛について言い出せなかった時点で俺は負けていたのだろうと思う。


「逆に聞くが、お前は俺でいいのか?」

「はい、勿論です。プローヴァリーの中では隊長が一番強いですから」


あー、そういう理由かぁ〜と脳内で頭を抱える。普通に傷ついたのは言うまでもない。


「(彼女は確か17だったか…?13も年上のおじさんでいいのか…?)」

 

しかし、俺達の奇妙な恋愛はもう始まっていた。 


          ──


「ん〜あ〜、好きなことって言ってもなぁ〜」


そういいぶらぶらと歩いていると、食堂の前に着く。そこからは何だか良い匂いがして、空腹を感じた気がした俺はそこに入ることにした。本当は俺達は食事を必要としないのでただの脳の錯覚だろうが。


「あ、ヴェルディにハイド!!2人もここに来たんだ」

「ルオネス、貴方もですか」


向かい合ってテーブルについていた2人を見つけ、少し安心する。


「こんな時に食い意地張ってるの俺だけかと思ったよ〜」

「食い意地とか言わないで下さい」

「我はただ腹に飼っている獣が鳴きだしたのでな!!」


やっぱり匂いがすると皆お腹が空くよねと思い、ヴェルディのとなりへ座る。ハイドが食べているのがおいしそうで、近寄ってきた料理長にカレーを頼むと制服を隣の椅子へかけ、料理を待つ。


「てかハイドまたカレー辛いのにしたでしょ!!」

「そうですが?」

「うわ〜、見てるだけで辛いよ〜」


彼はかなりの辛党で食べるものを大体辛くする。稀に一緒に食事をする時はいつも彼の皿だけ真っ赤だ。

今回もやはり真っ赤なカレーをハイドは涼しい顔で食べている。


「ねぇそれ1口食べさせてよ」

「……しょうがないですね」


メイドにスプーンを持ってこさせ、彼の差し出した皿から1口分すくって自分の口に運ぶ。


「ん、あれ。あんま辛くな──!!あああぁっ!!」


口含んで少し咀嚼した時は大丈夫に感じたが、あとから強烈な辛さを感じて悶える。飲み込んだ喉が痛い。

先程のメイドに水を頼もうとするともう既に持ってきていて、もしかして同じことした人がいたのかなと思う。


「ははははっ!憐れ!!貴様は軟弱だなっ!!」

「さっき同じ事した貴方が何を──」

「シャラップ!!それは内密だと契を交わしたはずだ……」 


同じことしたのはヴェルディかと笑い、自分のカレーが届いたので、手を合わせたあといただく。やはりこのぐらいの辛さが丁度いいなと思う。あれは激物だった。

自分とハイドが食べ進めているのに対し、ヴェルディは何も口にしていない。そういえば彼が食事をしている所を見たことがないなと気づく。


「ヴェルディはなんか食べないの?」

「我か?我は……もう食した!!」

「見え透いた嘘つかないで下さいよ。貴方はここに僕の後に入って来ましたけど何も食べてないじゃないですか」


そうだったかと恍けるヴェルディ。もしかして食事シーンを見られたくない理由でもあるのだろうかと少し興味がわく。


「ねぇ、ヴェルディってずっと顔隠してるけどなんで?」

「──っ!!これは……ファッションだ!!」


そういえば召喚された時はお互いの顔はよく見なかったし、服を選んだ後にはもう彼は仮面と口元が隠れるマントで顔は見えなくなっていた。

そう思うとどんな顔をしているか更に興味がわく。


「その仮面外してみてよ!!」

「ノー!!これは我の皮膚同然!!それを剥がすというのか!!」

「グロテスクな事言わないで下さいよ……」


いいからいいからと仮面を掴み引き剥がそうとする俺とヴェルディの攻防が続いた。互角の戦い、わーわーと騒いでいるとハイドがヴェルディを庇う。


「嫌がっていることをするものではありませんよ」

「ちぇ〜」

「おおっ、ハイド!礼を言──」

「なんてなぁっ!!」


ヴェルディが気を抜いた瞬間、ハイドが彼の仮面を勢いよくひっぺがした。流石プローヴァリー1のゲス野郎。抜かりなし。


「ああっ!!」

「さぁどんなツラか拝ませてもらおうか、ふふふ」

「ハイド〜、台詞が完全に悪人」


そういい俺も手で目元を覆って必死に隠そうとしているヴェルディの口元を隠していたマントをベシッと少し下げる。


「……」

「ヴェルディ?」

「流石に怒りましたかね……」


少々やり過ぎたかとヴェルディの様子を伺っていると、顔を隠している手の人差し指がすいっと動き、赤い目が見える。

ヴェルディの仮面は目の部分も黒く見えていて、どのような瞳なのかも見えた事がない。恐らくそういうマジカルアイテムなのだろう。


「怒ってるの?」

「……」

「やり過ぎたのは反省しますから、無言で返さないで下さい」

「…ぁの……」

「?」


か細い声が聞こえる。一瞬キョロキョロと周りを見渡すが、やはり発生源はヴェルディのようだ。


「か、返して…俺…それがないと……」

「え、ヴェルディ?」

「ううっ…あんまり俺を見ないで…視線恐怖症なんだ……」

「……」


何だか可哀想になったのでマントを正してあげたあと、ハイドから受け取った仮面を付けてあげる。するとガタンと椅子から立ち上がり、仁王立ちで決めポーズをとるヴェルディ。


「我、完全復活っ!!ぶはははっ!!」

「えぇ〜…なにこれ……」

「僕達は何を見せられているんでしょうね……」


とりあえず皆がちゃんと椅子に座り、ヴェルディを見る。さっきのは何だったのかと。


「ふむ、どうしても告げなければならないか?」

「勿論!仲間に隠し事なしで!!」

「僕もあんなの見たら気になりますよ」


そうか…そうか〜?となかなか言い出さないヴェルディに早くと催促する。


「実は我、人見知りするのだ……」

「……は?ヴェルディが人見知り?」

「フェイスを隠していないとまともにスピークも出来ない……」


ぽかんとしたあと、その理由に堰を切ったように笑いだす俺とハイド。

ヴェルディが「笑うでない!」と怒っているが、予想斜め上の理由過ぎて笑いが止まらなかった。


「おいっ!!貴様ら、これはトップシークレットだからな!!」

「はいはい、分かった分かった」

「勿論、秘密は守りますよ」

 


──当然、ヴェルディが人見知りというとこは半日で城中に広まった。

 

          ──



私が即位してから、イデアーレ王国の城に初めて国王が来客する。

相手は言うまでもない。


「ようこそアンディート」

「ああ、今度は客として来てやった」


この間は滅ぼしに来たがな、と初っ端なからブラックジョークをかますアンディートに笑いかける。

あの戦いから1週間、同盟国となるために色々契約が必要だとサージェから聞いた私はアンディートをイデアーレ王国へ迎えた。

車椅子に座りそれをリヴェルダに押させているアンディートを見ると、やはり完全に癒えていない事が分かる。


「ねぇ、あのさ……」

「お前今謝ろうと思っただろ」

「──っ!そうだけど……」


思っていたことを見透かされて驚くが、多分彼が続けるだろう言葉を私は分かる。


「あの事は気にするな、俺が好きでやったことだ」

「ん〜、でも」

「グチグチ気にすんじゃねぇよ、もう忘れろ」


やっぱり。彼は思っていたより優しい人なのだ。

瀕死の状態で私を助けたことに対して何か見返りを要求する訳でもなく、私に謝ることすらさせてくれない。

あの会議で斬りかかってきたアンディート・ブラフマーと本当に同一人物かと疑う程だ。


会談をする際に使われる部屋に案内して、私も座る。キーパーソンからはサージェだけを連れてきた。


「では、レナータ様、ブラフマー王様。この書類をお読みになられた後、サインをお願いします」


そういい私とアンディートの前に紙の束のようなものが出される。うわっ太っ、と心中で思いその重い紙の束をペラペラと一生懸命読んでいると、向かいに座っていたアンディートは紙をパーッと捲り最後の用紙に簡単にサインをすると、私にまだかと言ってきた。100%読んでない。


「ちょっと、大切な契約なんだからちゃんと読んでよ……」

「そういうお前はちゃんと読んで内容理解出来んのか?」

「うっ……」

「ほらな」


アンディートは私を鼻で笑う。するとそばに控えていたリヴェルダが少々よろしいですかとさっきの紙の束を読んでいく。

暫くすると顔を上げ、それをアンディートへ返す。


「大体は理解致しましたので、分からない所は後でハイドに伝えます」

「…お前脳筋じゃねぇのかよ。そんな見た目して……」

「恐れ入ります」

「褒めてねぇ」


彼らのやり取りを聞きつつ仲が良いのはいい事だと思いながら頑張って書類を読んでいると、サージェが後で内容を説明致しますと言ってくれたので安心してサインした。

サージェがそう言うなら危険な内容ではないだろう。


「これで同盟を組んだってことになるのかな?」

「何だかパッとしねぇな」


そういう事にパッとするも何もないと思うがあのサインひとつで終わりというのも何だかな、と思う。

ん〜、と考えているとアンディートがそうだ、とマジカルボックスを探った。そこから出てきたのはお酒と二つの盃。

片方を自分の方へ、そしてもう私の前へ置き、両方にお酒を注ぐ。


「盃だ」

「おお、本格的っ」

「兄弟の契りではないが、まあ細かいことはいいだろ」


そう言ってお互いに盃を持ち、胸元まで上げる。


「じゃあ、俺達の同盟に」

「うん」


二人で同時にグイッと飲み干す。

喉にピリッとする感じが広がりあまり飲んだこと無いが意外といけるなと思っていると、アンディートが盃に再び酒を注いだ。


「え、こういうのって一回じゃないの?」

「美味いからもう一杯飲もうと、お前も飲むか?」

「…じゃあ、あと一杯度だけ……」


           ──


「そんでさぁ、その時エンドなんて言ったと思う⁉「どうかしました?」っだって!!こんなにアピールしてるのに!!」

「男だったらもっとガツガツいっちまえばいいのによぉ!!」

「ほんとそれ!!」


はははっ!!と笑い合うお二人の頬は赤く染まり、ブラフマー王様がマジカルボックスから取り出したお酒の瓶が殻になって何本か転がっている。

盃を交わしてからかれこれ1時間、お二人は酒盛りをしていらっしゃる。


「……」

「……」


リヴェルダさんと私はたまに振られてくる話題に返事をし、ただただ御二方の赤裸々な本音暴露大会を聞いている。これは私達が聞いても良いのだろうかと思うものまで。

リヴェルダさんと目が合いお互いの気持ちを察して軽く笑いかける。


「分かるぜぇ!!俺もよぉ!!こいつ!!こいつがランツェと付き合ってんの俺に言わねぇんだよ!!」


リヴェルダさんに飛び火。ご愁傷さまですと心で思い、助けを求めるようにこちらを見たリヴェルダさんから目を逸らす。


「なっ、何故っその事をご存知なので──」

「王の耳舐めんじゃねぇぞ!!何故俺に一番に言わねぇんだよ!!」

「そーだそーだ!!アンディートが可哀想でしょ〜!!」


ランツェさんと交際なさっているのかと意外に思いながら、私もリヴェルダさんの言葉を待つ。


「その…アンディート様は従者同士の恋愛を良く思われないのではないかと……」

「んなわけねぇだろ!!おめでとうっ!!良かったなぁ!!」

「いぇーい!!めでたいめでたいっ!!」


祝杯だ!!と本人そっちのけでまたお酒を注ぎ一気飲みするお二人。私は解毒の魔法が込められたマジカルアイテムを用意して、宴の終わりを待った。


          ──

 

「あ〜っ、楽しかった!!」

「大丈夫でございますか、レナータ様?」


あれから2時間が経って国に残っているプローヴァリーの皆さんが心配していると連絡があり、宴はお開きとなった。


もう遅いのでこのまま寝ると仰ったレナータ様が千鳥足で自室へ向かおうするのを見て、僭越ながら横抱きで部屋まで連れていく許可をいただく。

こんな所をエンドに見られたら「何故俺を呼ばなかった!!」と鬼の形相で責められるなと考えつつゆっくり部屋まで歩く。


「んぁ〜暑い〜」

「宜しかったら解毒の魔法を……」

「いやぁ、大丈夫!勿体ない!!」


アルコールは解毒の魔法で消すことが出来る。なので酔っていても解毒の魔法さえ使えば通常の状態にすぐさま戻れるが、ふわふわとした心地良さ、楽しさはなくなってしまう。


「…ん、もう歩けそう」

「ですが……」

「大丈夫だよ。降ろして?」


そう言うレナータ様の表情は先程とは違うものだった。

頬はほんの少しだけ赤い気がするが、いつもの笑顔を湛えるレナータ様だった。


「──っ!!」


自分で解毒の魔法を使った様子はなかった。エンド程ではないが私は人の嘘を見抜く能力はそれなりに長けていると自負している。それでも分からなかった。


──全て演技だった?


そのレナータ様の豹変ぶりに、私は言葉を失った。宴の最中は呂律も回らないほど酔っていたはずだが、まるで何も無かったかのようにいつもの笑みを湛えている。

どこまで嘘でどこからが本当なのか。私には全てが本当のレナータ様に見えた。


「どうしたの?」

「い、いえ。……先程の酔っていた状態はその…演技だったのですか?」

「ああ、その事…。ん〜、楽しかったのは本当だよ?でもちょ〜っとオーバーにはしたかな」


あまりの変わりように、今まで私達が見てきたレナータ様さえ演技だったのではと恐ろしい考えまで浮かぶ。そうではないとは分かっていても、この御方ならそれさえなせる気がした。


「しかし、何故そのようなことを?」


ブラフマー王を油断させ、国の機密情報でも引き出そうというのなら理解出来る。しかしそのような会話は見受けられなかったうえ、リヴェルダさんという監視役もいた。

ではどこに演技をする理由があるのか。


「ただ単に、アンディートと本心で話したかっただけだよ」

「それだけ…ですか……?」

「うん、それだけ」


失礼な言葉遣いをしてしまったと思ったが、本当にそれだけなのかと疑いたくなる。もしかしてあの事を隠すためではと思う。


「レナータ様」

「ん?」

「あの事を、ブラフマー王に伝えなくてもよろしかったのですか?」

「……招待状の事だね。いいよ、伝えなくて」


招待状とは、昨日レナータ様の元へ届いた一通の手紙のことだ。食事会や舞踏会などの穏やかな物への招待ではない。

 

【レナータ・ヴィシュヌ女王様、貴方様を私の開催するチェス大会へご招待致します。開催日は1ヶ月後、時刻は零時からとさせていただきます。貴方様が必ず来たくなるようなスペシャルな景品をご用意してお待ちしております。 ムームア・シヴァ】

 

ディアストリク王国の国章のシーリングスタンプがされたその封筒は真っ黒で、内容もただのチェス対決で終わる気がしないほど怪しいものだった。


開催日まで1ヶ月も時間があるので焦ることは無いとレナータ様は言うが、こっそりチェスの練習をしているのを私は知っている。同時に戦闘訓練まで。

そう考えていると、レナータ様の自室の前まで着いていた。


「っと、もう部屋まで着いた。送ってくれてありがとう」

「いえ、従者として当然の事をしたまでです」

「そっか、じゃあ明日ね!おやすみ〜」


手を振り部屋へ入っていくレナータ様を見送り。その閉じられた扉を、私はただただ見ていた。

先程のことを思い出し、まだ私達の知らない顔があるのかもしれないと軽い恐怖のようなもの感じ、そういえば扉をレナータ様ご自身に開けさせてしまった、と失態を反省しながら私も部屋へ戻ることにした。

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