第8話 vsアンディート・ブラフマー

執務室でこうしてサージェと二人で作業をするのも慣れてきた。

ようやく書類仕事が片付いてきた。あれほど積み上げられていた書類はもうほとんどない。ただ用紙にサインするだけの動作がこんなに大変だとは思わず、どんどん持っていていいよと言ってしまった自分を呪った。

内容も難しいものが多く、参謀のサージェには本当に多くの負担をかけてしまって申し訳ないと思う。


「あ~もう無理、ちょっと休憩」

「お疲れ様です、レナータ様」


プーッと脳内で音がする。メサージュがで連絡が届いた時の音だ。これも不思議な魔法だなぁと思いつつ、頭で連絡を受けるというイメージをする。    


『レ、レナータ様!!レナータ様でございますか⁉』

「う、うん。私だけど……どうしたの?」


この声は、アルマだ。いつもなら名乗るところから始まるのだが、何やら急いでいる様子。このように連絡された事は今までなく、かなり戸惑っているなと疑問に思う。


『それが!!ああっ、どう説明したら良いのか!!』

「落ち着いて」

『は、はい…実はブラフマー王が自らの従者5名を連れて、この国に向かっているのです!』

「それって……」


王と従者全員が国を出ると、国の防衛が手薄になる。いや、手薄どころでは無い。もし他の運命に選ばれし王がその間に攻めてきた場合は対応がとてつもなく遅くなり、国が半壊してしまうだろう。

それを承知で来ているのか。それともただの愚か者なのか。

ブラフマー王は会った印象的にはキレやすく、思ったことを簡単に行動に出しそうだと会議での事を思い出す。


『先程テゾールに偵察に向かわせたのですが、会談に来るような様子ではないとの事です!!』

「そう……キーパーソン全員を今すぐ謁見の間へ招集して」

『畏まりました!失礼致します!』


アルマとの連絡が切れる。

ブラフマー王は会議の時私に斬りかかってきたし、私を殺して王を交代させるとも言っていた。

確実に私達と戦うために来ているのだろう。


「レナータ様、如何なさいましたか?」

「……みんな揃ってから説明する」


私のただならぬ様子にサージェが、心配そうに話しかける。

今は一分一秒でも時間が惜しいのだ。

私はサージェを連れて、謁見の間へ移動した。


          ──


「皆に集まって貰ったのは他でもない、ブラフマー王の事。もう聞いている人もいるかもしれないけど、アルマ」

「──はっ」

「皆に説明して」


王座に座り、集まった従者達を見渡す。

アルマは先程とは違い焦った様子はなく、立ち上がり意を決したような顔でゴクリと唾を呑んだ。


「現在、アンディート・ブラフマー王とその従者5名がこの国に向かっています。相手は飛行魔法で迫ってきており、あと2時間弱でここに到着すると推測されます。そして……恐らくこちらに攻撃するつもりです」

「皆、アルマから聞いた通りこれから強敵との戦いになる」


運命に選ばれし王と戦うと聞いても、従者達に怯えの様子はなく、目はギラギラと燃えているように見えた。

この子達が私の従者。その事に誇りを覚える。


「私が与える命令は2つ。まずひとつ、誰も死なないこと。必ずみんな生きてここに帰還しなさい」


皆が肯定の意を示したのを確認して、次の命令を告げる。


「そしてふたつ、誰も殺さないこと」


私の2つ目の命令に、皆は戸惑っているようだった。それもそのはず、相手はこちらを殺しに来ているのだ。その本気の相手に対して殺さないように戦うというのはとても難しいことだ。それを承知で、私は命令する。


「私はまだ、ブラフマー王との友好関係を諦めてない。私はブラフマー王と話し合うから、終わるまで食い止めて欲しい……できる?」

「承知いたしました。我らキーパーソン、必ずや貴方様に御満足いただける結果を出しましょう」


代表して答えるサージェに頷きかけ、私は立ち上がる。彼らも覚悟を決めた、ならばと私も応えるまでだ。


「彼らは国を6方向から囲むように来ている。つまり必ず相手は1人で戦わなければならなくなるからこちら的には有利な戦闘になる!必ず全てに勝って、ここに戻ってきて!以上、行動に移しなさい!!」

『──はっ!』



皆が去って、カラになった謁見の間で1人頭を抱える。

サージェとエンドが日頃から色んなパターンの戦略を考えてメモを取っていたため、国を攻められた場合のシュミレーションはその用紙を見て何度もしてきた。

だが所詮はシュミレーション。実戦は何が起こるか分からない事を、旅人であった私は身をもってよく知っている。

国民達は既に避難させていて、巻き込まれる可能性は少ないだろうが、無いとは言いきれない。誰も死なずにこの戦いを終わらせたい。そんな都合のいい考えるが浮かんでしまう。


「私達の戦いに巻き込まれればただの人なんて……」


重い。命の重み。国王としての責任。

だけど弱音なんか吐けない。皆にそんな所を見せたくない。

私は常に笑顔で余裕たっぷりの女王でいなくてはならないのだ。決して涙など流してはいけない。

流してはいけない──


「──うっ…ぐっ……」


考えれば考えるほど瞳から雫が零れた。

止まれ、止まれと思うほどはらはら涙は流れて、床に落ちてゆく。歪んだ視界越しに、それ見ていた。


「やっぱりつらいよ…師匠…うぅっ…わ、私は……」


この世界に来て、右も左も分からない私に生きる道を教えてくれた師匠。涙は大切な時まで取っておけ、と私の頬に雫のフェイスペイントを描いてくれた事を思い出す。

ついには立つのも疲れて膝をつき、私の鎧の金属音がする。


それと同時に、バサァッと布の音がした。


「──⁉」

「ぁ……」


私のいる王座へ伸びる階段の手前に転移したきたのだろう。そこにはエンドがいた。先程の音はマントの音で、泣き崩れる私を見て驚き、フリーズしているようだった。完全に油断していたと、私は焦って立ち上がる。


「あっ、エ、エンド?どうしたの?何か確認し忘れてた?」


どうにか取り繕おうといつもの笑顔を張り付けるが、ぐちゃぐちゃの顔にしゃくりあげた声。もう手遅れだ。

静かな謁見の間にエンドの足音が響き、彼は階段を登ってくる。


「これは、あれっ……誰にも言わないでくれないかなっ?私、大丈夫だから、ね?」


大丈夫。そう自分で口に出した瞬間また涙が溢れ出してきた。泣いているのか、笑っているのか、自分でもよく分からくなった。

登ってくるエンドの顔は、陰っていてよく見えない。


「早く行かなくちゃ、皆心配し──」

「…もう、大丈夫です…大丈夫……」


言い訳ばかりする私を、エンドは優しく包み込むように抱きしめた。

久しく感じる人の体温に、その伝わってくる鼓動に、また私は、涙が止まらなくなった。

もう駄目だと、喉から溜まっていたものが溢れ出す。


「……わっ…私、もう辛いよっ!!わたしっ、だって人だし!!なきたいときっ…も、あるし!!」

「はい」

「もうっ…だれに頼っていいのか…わ、分からない……!!」

「…はい」


抱きしめる強さが一瞬強まり、そして少し離されたことによってエンドの顔が見える。

私を不思議な気持ちにさせる彼の視線が、私だけを捉えている。離された両手で頬を包まれて、彼の長い指で涙を拭われた。


「俺では、駄目ですか…?」

「…ぇ?」

「貴方の心の拠り所になるには、不十分でしょうか」


彼も、私に拒絶されるのが怖いのか瞳が揺れていて、それを隠すようにまた強く抱き締められる。

私はエンドから言われた言葉を、ゆくっくりと胸に染み込ませていった。

自分では駄目かと、彼は……私を求めている。私は泣いてもいいのだろうか、彼の腕の中で。


「俺は大罪を犯してしまいました…。貴方を愛してしまった。従者としてこの気持ちはいけない事だと分かっていても、自分では止められないのです……」


彼に見蕩れたり、女性と親しくしていたら嫉妬する。私が彼に抱いていた気持ち、この、熱い気持ちは──


そうか、これは恋なのか。


エンドの言葉を聞いて、彼と初めて向き合った時から感じていた不思議な感覚の正体を理解する。

何だ、そんな簡単な事だったのか、と。

今度は私が彼の胸に手を添えて、彼の顔を見上げる。


「レナータ様、俺は──」


何かを告げようとしていた彼の口を、ゆっくりと私は自らの唇で塞いだ。

これから戦いが始まる。外も騒がしい。

しかしここが2人だけの空間、まるで周りから切り離されたように感じた。この一瞬だけ、今だけはただの私で──。


「これで私の気持ち…伝わる、かな?」

「……はい」


笑いかける私に笑顔を見せた彼と、また、静かに口付けを交わした。


          ──


「遅かったですね、エンド?」

「すまない」


サージェを筆頭に、城の正面入り口で待っていた他の従者たちと合流する。

俺達の取る行動と、レナータ様がお考えになっている事がちゃんと噛み合っているかの最終確認をしようと言う話になり、その伝達役を名乗り出たのが俺だった。


「それで、レナータ様はどのように仰っていましたか?」

「ああ、何も問題はない、と」


レナータ様のことを考えると、さっきまでの事を思い出し赤面しそうになる。

顔を手で覆い考えるような素振りを見せる俺に対し、皆は少し不振がっているように感じた。まずい。

どうしても上がってしまう口角に早く収まれと命じるが、俺の口元は言うことを聞いてくれない。


「アルマ」

「何だ」

「俺を殴れ」

「了解した」


アタリルに頼むと流石に首が飛びそうなのでアルマに頼む。何故だと聞き返して欲しかった訳では無いが、あっさりと承知したアルマになんとも言えない気持ちになった。

2、3歩後ろに下がり有難いことに助走までつけてギュッと目をつむった俺の顔を飛びつくように殴りかかった。


ゴッ


3メートルは飛んだだろうか、正直思ったより痛かった。俺の首は繋がっているか?

吹っ飛んで城壁にぶつかり倒れ込む俺にマウントをかけ、さらに拳のおかわりを叩き込もうとするアルマを急いで止める。


「ば、馬鹿っ!!1発だけだ!!」

「そうか」


残念だと聞き捨てならないセリフを残して俺の上から退くアルマに、悪かったなと礼を言う。

戻ってきた俺達に呆気にとられている仲間達に軽く手を挙げ、続けてくれと合図する。


「馬鹿なんですか貴方?これから他国の従者との戦闘があるって言うのに何で自らの傷を増やしてるんです?脳みそ入ってますか?」

「俺には俺の事情がある。お前は黙っていろ」


いつもの様に文句を言ってくるテゾールと俺の間に、バチバチと火花が見える気がする。


こいつは何故か俺と初めて会話をした時からこの様子だ。俺が何かした記憶はないが本人が言うには、単に腹が立つからだそうだ。あまりにも理不尽。こいつの挑発的な態度に、つい俺も食ってかかってしまう。

こいつは仕事に関しては優秀だが性格に問題がある。どうにも仲良く出来ない。


「もうっ!2人ともいい加減にしてよね!」

「ははっ!!今日のエンドはなんか変だなっ!」


怒るアタリルに笑うディーフェル。

いつも通りの光景に、俺も徐々に落ち着いてきた。何より頬の強烈な痛みがふわふわとした気持ちだった俺を現実に引き戻してくれている。


「では皆、私が先程話したように位置についてください。誰がどの従者に当たるかは分かりませんが、この作戦なら上手くいくはずです」


サージェが皆にそう告げると、ルポゼが少しいいですかと質問を投げかける。


「誰が誰に当たるか分からないということは、レナータ様が従者と鉢合わせしてしまう可能性もあるのではないですか?」


もしそのような事があったら作戦も何も無くなる。

レナータ様はブラフマー王との話し合いを望んでいた。従者に足止めされる訳にはいかないのだ。


「それでしたら問題がありません。運命に選ばれし王同士は[気]と言うのでしょうか?そういったものが感じられるそうです。ですのでブラフマー王は南側から来ていると事前に分かっています」


ならばなんの問題もない。

俺達はただレナータ様の命令に従い、戦うだけだ。

皆が同じく決意を示し頷いたのを見て、サージェは少し深呼吸をし、リーダーとして宣言する。


「相手は同じく運命に選ばれし王の従者です。ですが恐るるに足りません!何故なら私達はレナータ様の従者です、その私達に敗北の2文字は初めからないのです!!……皆、武運を祈ります!!」


俺は強く頷き、エルバトと共に南西に向かった。


          ──


side:レナータ



南側にある国の入り口、普段は人の出入りで忙しい大門は今は閉まっており、入ることも出ることも出来なくなっている。私は竜人化し、いつもの姿に角、翼、尾が生えた状態になりその門を飛び越える。

久しぶりの飛行に少々戸惑ったが、案外慣れるのは早かった。

国の外に出ると、やはり、と思う。

会話するのに丁度良い位置に着地し、目的の相手と向き合う。

アンディート・ブラフマー。

彼はただそこで待っていた、私を。


「ブラフマー王、これはどういうつもり?」

「どうもこうもねぇよ、イデアーレ王国を占拠しに来た。それだけだ」

「……嘘だね。貴方の狙いは私を殺す事。そうじゃない?本当は国の方はどうでもいいんでしょ?」


国の占拠が目的なら、もうとっくにブラフマー王は国内で暴れ回っているだろう。バラバラに攻めてきている従者達はただの足止め。だからここで私を待ち受けていた。

なんの怒りを買ったのかブラフマー王は私を殺す事に執着があるようだった。


「なるほど。それがお前の見解か。……おもしれぇ、ただのバカ女王じゃなかったわけだ」

「これでも私なりに努力してるからね。空っぽの脳に色々詰めてるんだよ」

「はっ…さぁ、無駄話もここまでにするか?」

「私は話し合いに来たんだけど」


そう言う私に腰のベルトを外し、羽織っていたコートをマジカルボックスにしまうブラフマー王。完全に戦闘態勢に入ろうとしている。


「やっぱりそうなるよね。……皆には話し合いするって言ってきたけど、私達はこれで話し合うことになるって分かってたよ」


私は体内にしまっていた双剣型の神器を胸部分から取り出し、軽く降る。その風圧がブラフマー王の所まで届き、彼の長い髪が揺れた。

ブラフマー王は会議の時には付けていなかった首飾りを身に付けており、恐らくあれが彼の神器だろうと予測する。

神器は必ずしも武器の形をしている訳ではなく、彼は魔術師で魔力を強化するタイプの神器を与えられたのかもしれない。それを破壊できれば…。


「最後に聞いていい?」

「何だ」

「何故そこまでして私を消したいの?」

「…お前の…お前の全部が気に入らねぇ……。その目は…あいつだけのものだ──!!」


話は終わりだと言わんばかりに私から距離をとり、飛行魔法で上空へ飛ぶブラフマー王に、私も羽ばたき追いかける。


「〈戦士の心得・強撃〉」

「〈ファイア・シュティーク〉」

「〈戦士の心得・俊敏〉」

「〈フレイム・シュティーク〉」

「〈戦士の心得・強固〉」

「〈ブレイズ・シュティーク〉」


互いがバフ系のアビリタや魔法を自らへかけ、強化してゆく。

詠唱している間は隙だらけで普通はこの時点で攻撃を仕掛けてきてもおかしくないが、私は何もしない。

今攻撃する方が賢いかもしれないが、何故かお互い正々堂々と正面から衝突したいという気持ちがあった。

ある程度の距離まで飛び上がり、同時にピタリと止まる。


「行くぞ!!〈サンフレイム・モノラ〉!!」

「──っ!〈ハイドロリック〉!」


いきなりLv5の上級魔法を撃たれ、私へ向かって大きな炎の塊が物凄いスピードで飛んでくる。

あんなのに当たったら火傷じゃすまない。じりじりと肌を焼くような暑さを感じ、急いで放った水魔法が火の玉を包み込み鎮火する。

先程の強化魔法の詠唱で分かったが、彼の得意魔法は炎系らしい。私の得意魔法は水魔法で属性的に見れば私の方が有利だが、私は魔術師では無い。

所詮は剣士が使う魔法だ。実は先程の魔法は私が使える数少ないLv5の魔法で、非常にまずい。


「随分余裕そうじゃないか」

「はっ、そう見えるなら貴方の目は節穴だよっ!!〈アクア・スパーダ〉!」


双剣に水を纏わせ、一気に突進する。

魔術師相手に距離を取るのは良い判断ではない。剣の届かない範囲から魔法を連発されたらたまったもんじゃないからだ。胸元の神器を狙って突くように一撃を放つ。

それを避けようともせず、ブラフマー王はニヤリと笑った。


「させるかよ、〈ブレイズ・バースト〉」


圧縮された炎が私の顔の間近で爆破しようとするのが見えて、一瞬で肝が冷える。だが何故、と疑問に思った。この距離で爆破すれば確実に彼も巻き添えになるはずだ。

そんな事考えている場合ではないと、アビリタを使う。


「〈瞬間回避〉!!」


先程いた場所から5メートル程の距離まで一瞬で後退する。

だがアビリタの使用が遅くなったため完全には防ぎきれず、左の翼が少し焼けていた。


「──っ、どこにい──」

「遅せぇなぁっ!!」


いつの間にか眼前にブラフマー王が居て、それを認識する前に肩を掴まれみぞおちに膝蹴りを叩き込まれる。


「グッ──、ガハァッ……き、〈筋力向上〉ッ!!」


嘔吐まではしなかったが、これが魔術師の生身の一撃なのかと疑うほどの強烈な痛みに気が遠くなる。

完全押されている。

だが、それで終わるほどの私ではない。

右手に持っていた剣を手から体内に戻して、至近距離にきた彼の首を掴む。強化された力でグッと思い切り閉めると、ブラフマー王から初めて苦しそうな声が聞こえる。

しかし、窒息させるのが目的では無い。


「はっ…なせ……!!」


足蹴りが私の太ももに命中するが、その痛みを我慢して左手に持っている剣を回転させ柄の部分を思い切り振りかぶる。

狙うのは──彼の神器。


「壊れろぉっ!!」


私の剣の柄頭がそれに衝突し、

首飾りは中心からバキッという音を立てて砕け散った。


          ──


side:アルマ



正面入口とは真逆にある北の門の前に、アルマは立っていた。自らの愛刀[グランドフィナーレ]を地面に刺し、仁王立ちで標的を待つ姿はまさに武人だ。すると自らの元へひとつの影が向かってきているのが見えた。


「来たか……」


短髪で右目に傷のある屈強な男。相手が聞いていた外見と一致することから、プローヴァリーの隊長、リヴェルダ・ファードであることは間違いないと確信する。


「……こんな少女が俺の相手か」

「──っ!!」


リヴェルダの放った一言にアルマは地面に刺していた大剣を勢いよく抜き、彼に突き付ける。その顔は怒りの感情に染まっていた。


「貴様…戦士とあろうものが敵を見た目で判断するとは……失望したぞ!!」

「……なるほど、あんたにも戦士としての志があったか。であれば無礼を侘びる」


軽く頭を下げ、謝るリヴェルダに少々戸惑いつつもアルマはそれを受け入れた。それと同時に、自分と対等に戦えるであろう人物の登場に、不届きだとは思うが胸をふくらませる気持ちを抑えられずにいた。

腰を落とし構えの体勢をとるアルマを見て、リヴェルダも戦闘態勢に移る。


「我はキーパーソンが一人、ヴィゴーレ・アルマ!!貴様に敗北をもたらす者だ!!」

「ふむ、俺はプローヴァリーの隊長を務めるリヴェルダ・ファードだ。その挑戦、受けて立とう」


互いにニヤッと笑い、すぐさま大振りの強撃がぶつかり合う。痺れを感じる手に、アルマは心踊らせた。今まで戦闘訓練をしていた兵士たちは比べるまでもなく、模擬戦に付き合ってくれた仲間達とも違う、この戦場の緊張感。

戦士としての自分を全て肯定してくれているように感じ、何度も何度もリヴェルダに重い一撃をぶつける。


「楽しいか?ヴィゴーレ・アルマ」

「ああ!!こんな気持ちは初めてだ!!」

「そうか…俺も──だっ!!」


アルマの剣を弾き返し、リヴェルダの攻撃が迫る。

体勢を立て直しその剣を受け止め押し返すと、その倍の力で押し戻される。

暫く睨み合いの攻防が続き、埒が明かないと感じたアルマは傍にあるリヴェルダの足を思い切り踏み、一瞬の隙の間に背後に回り込んだ。


「はぁっ!!」


全身全霊の力を出して切りかかる。

リヴェルダは体をひねり器用に避けたように見えたが、アルマの剣の切っ先が腹部をかすっていて、少し避けた衣服に血が滲んだ。

まずは一撃、と油断したアルマの腹部に今度は足甲を付けたリヴェルダの蹴りが命中する。しまったと思った時にはもう遅く、吹っ飛んだ体は民家にぶつかりレンガの砕けた音が聞こえた。


「慢心し過ぎだ」

「むっ……そうか」


まるで自分が教えを受けているようなセリフを疑問に思いつつも、リヴェルダとの距離が出来たのを利用してため技の構えを取る。それを見てリヴェルダは軽く笑い、同じように構え、アルマに鋭い視線を向けた。


「競うか?」

「望むところだ!!」


アルマとリヴェルダ、双方の大剣が徐々に光を帯びてそれが最高潮に高まった時、光の柱が姿を見せる。


それを合図に、同時に技を放った。


「〈ブラッド・ムーブ〉!!」

「〈ガイアの怒り〉!!」


アルマの放った真紅の斬撃が飛び、リヴェルダの放った褐色の斬撃とぶつかる。

強い力同士の衝突に衝撃波が発生し、周りにあった建物が瓦礫に変わる。自らの剣を盾にして、アルマは耐えていた。

リヴェルダは同じようにしているのだろうと思い、砂埃が舞う中目を少し開くと同時に、腹部に痛みを感じた。先程蹴られた痛みではない。これは──。


「残念だ、こんな呆気ない終わりとは」


自分が動けずにいたあの衝撃波を乗り越え、リヴェルダは前進し私を切りつける余裕まであるのかとアルマは実力の差に笑うしか無かった。自らの腹部には、リヴェルダ大剣が突き刺さっていて、実際には口からは笑い声ではなく、血が吹き出したのだが。


「ゴホッ…かなりの、痛みだな……」

「今、楽にしてやろう」


アルマの腹部から剣を抜き、今度はその細い首に向かって剣を振るう。リヴェルダは自分の勝利を確信していた。やはりこんなに若い少女に本気で立ち向かうのは大人気なかったかと思いながら。


「〈グラビィテア〉」


ずんっと体に重みを感じる。それも少し体勢を崩す程の弱いものでは無い、その重圧にリヴェルダついには膝をつき動けなくなる。

あれだけ偉そうに言っておいて、慢心していたのは自分じゃないかと心の中で苦笑いをした。


「重力の…コントロールか……!!」

「ゲホッゲホッ…はぁ、このコルセットはお気に入りなんだ。その代償、払ってもらうぞ……。〈ベアトリーチェ〉」


アルマの足元に魔法陣が展開される。腹部の傷が少しづつ癒え、紫色に染っていた唇もピンク色に戻り、流れていた冷や汗が引いていった。

そしてアルマの傷が塞がる頃に、やっとグラビィテアの効果が切れる。


「私も舐められたものだ。あの程度で死ぬか」

「魔法も使えるとは、中々のものだな」

「その称賛、素直に受け取ろう」


それと、とアルマは言葉を続け、マジカルボックスからひとつの髪飾りを取り出しそれを身につけた。

すると腕と脚の部分が薄く光り、その光りが収まる頃にはアルマは白い鎧を身にまとっていた。先程取り出したのは瞬時に武装できるマジカルアイテムだ。


「どうだ?手加減していた少女相手に本気を出した気分は?」

「……笑うしかないな」


リヴェルダは、はぁとため息をつき血のついた大剣を振り血を飛ばす。

まさか時間稼ぎのために一撃食らってひと芝居打っていたのではないかと思ったが、その考えが当たっていたなら自分も考えを改め無ければと思う。


「では、本番と行こうか!!」


そう言いまた剣を構えるアルマに、リヴェルダは斬りかかることで返事をした。


          ──


side:テゾール



弓を引き、魔力で出来た矢が敵を捉えそれを放つ。

だがそれはキンっと言う甲高い音とともに消える。さっきからこれの繰り返しに、テゾールは苛立っていた。


「テゾールさ~ん、そろそろ姿を見せてもいいんじゃないですか?」


そう言い一点から動かない青年、ルオネス・ファードは辺りを見渡す。テゾールの得意分野は暗殺。一撃目が失敗した時から暗殺者として敗北したようなものだ。

それを認めたくないという無駄な意地から、姿を消すアビリタを連続して使用しながら四方八方から矢を飛ばしているが、ルオネスが手に持っている一本のレイピアに全て弾き返されていた。


「俺もっと、正面からガンガンぶつかるような戦いがしたいんだけど……」


退屈そうに足元にあった石を蹴り、暇だな~と余裕の表情を見せるルオネスに流石にいい加減無駄なプライドは捨ててやろうとアビリタを解除し、ルオネスの前へ姿を現す。


「おおっ!あんたがテゾールさん?初めまして!!」

「ええ、初めまして」


さっきまでお前の事殺そうとしてたけどな、と脳内で台詞を付け加えにこりと笑う。

弓を本来の形状に戻し、それを手の中へ収める。


「何それ?鍵?」

「そうですね、これが私の武器なの──で!!」


返事の途中で武器をナイフの形状へ変え、ルオネスに切りかかる。狙ったのは目だったが、慌てて避けた彼の頬を少し切っただけで終わった。

そして何食わぬ顔で上手く行きませんね、とナイフをクルクル回す。


「こっわ!!今は俺の目玉狙ったでしょ⁉」

「はい、狙いましたね」


またにこりと笑うテゾールの顔は爽やかと言うより歪んだ笑みだ。それに嫌なものを感じたルオネスは直ぐにレイピアを構える。早く仕留めなければ、そう焦る気持ちが湧き出てくる。剣士の感、というやつだろうか。それでもテゾールは笑顔のまま立っているだけ。

立場が先程と逆転している。

ヒュッとレイピアでテゾールの首を狙って突きを放つと、するりとレイピアが抜けていきそこにいたはずのテゾールの姿が消えていた。


「はい、終了」


ルオネスが背後の気配に気がついた時には、時は遅く右肩に激しい痛みを感じ、思わず握っていたレイピアを落とす。

慌てて振り返るが、そこには誰も居らず今度は正面から声が聞こえた。


「利き手は潰れましたね、降参してください」


初めからこうすれば良かったとテゾールは思い、ナイフを鍵の形状に戻し懐へしまう。

肩を抑えながら痛いなぁと呟き左手でレイピアを拾うルオネス。その瞳に絶望の色はなく、まだ負けを認めたわけでは無いようだった。そしてビシッと剣を構えてテゾールへウインクを飛ばす。


「残念!俺、両利きなんだよね」

「……」


こいつ本当に殺してやろうかなと命令無視してしまいそうになるテゾールだが、レナータの事を考え苛立ちを収める。

これが終わったら褒めてもらえるかもしれない、ほぼそれだけの気持ちでテゾールは今戦っている。

さっき懐に閉まったばかりの武器をまたナイフの形状に変え、逆手で持ち構える。


「俺の早業と競うっていうの?」

「そうですね、やってみますか?」


はっ、はははっとお互い笑い合う声はガキンッという金属音と共に消えた。テゾールが出すナイフの突きを、ルオネスのレイピアが軌道を逸らし回避する。

テゾールは繰り返しルオネスの急所を狙って必殺の一撃を放つが、尽くその軌道をそらされカラぶっていく。


「俺にはっ、勝てないんじゃない⁉」

「ふっ…そうでしょうかねっ!!」


またもや首を狙って放たれる突きをテゾールは上半身を思いきり反らして避け、地面に手をつき足蹴りをプロテクトされている胸部分を避けて腹部に思いきり叩き込む。


「ガッ──!!う、そでしょっ⁉」


ニヤリと笑ったテゾールはそのまま体を回転させ立ち上がり、よろめいているルオネスに回し蹴りで追撃する。

それも先程ナイフを突き刺した右肩につま先で蹴りかかり、確実に痛みを感じるであろう場所を的確に攻撃してゆく。

ルオネスの白い制服に出来ていた赤いシミが、さらに広がる。


「くっ……」

「早業が、何でしたっけ?」


ルオネスのダラっと下がった右腕の指先から、血が滴った。さっきの回し蹴りで骨までいったのではないかという程の激痛にただただ顔を歪める。このままでは痛みで切先がぶれ、テゾールのナイフがまた己を裂くのではないかと弱気な考えが浮かぶ。


「ん~、これはあんまり使いたくなかったんだけどな……」

「まだ奥の手が?なら早く使ってはどうですか?」

「じゃあお言葉に甘えて…〈ミラージュ〉ッ!!」


アビリタを使ったルオネスの輪郭がぶれ、その姿が3重に見える。


「これ疲れるから使いたくないんだよね~、でもそんな事を言ってる場合じゃないみたいだしっ!!」


そう言い先程の3倍の突きがテゾールを襲う。

普通の状態で五分五分だった剣術だ。それが5倍になったら当然防げる訳もなく、テゾールの体に突き刺さっていく。

ピシッピシッと細かい傷が増えていき、その鋭い痛みに耐えきれず後退する。


「ははっ、降参するのはあんたの方になりそうだね」


自分が放った余裕の言葉をルオネスに返され、テゾールの額にビキッと青筋が浮かぶ。


「…調子乗ってんじゃねえぞ青二才が……」

「⁉」


テゾールの態度の豹変ぶりにルオネスは驚き、そして笑う。

自分がこの男の本性を引き出せたことを嬉しく思ったのだ。

それを馬鹿にされたと受け取ったテゾールは更に怒りをあらわにする。


「てめぇは殺す…無力化で終わらせようとした俺が甘かった」


ナイフだった武器が鍵の形に戻り、今度はグンっと伸び大鎌の形に変わる。

テゾールにさっきまでの余裕の表情は無く、白と黒が反転したその鋭い目付きは殺意一色に染っていた。殺したい、だけど殺してしまったらだけど命令違反になってしまう。頭の中で二つの選択肢が交互に浮かび、軽く頭痛がする。


だが、混乱したテゾールが思い浮かべるのは、やはりレナータの笑顔だった。あの太陽を曇らせてはいけない。その気持ちが、先程まで囚われていたはずの殺意を凌駕する。


「はぁ、私らしくない。少々取り乱してしまったようですね…」

「いや、さっきの方があんたらしいんじゃ……」

「黙りなさい」


大鎌の柄頭を床に打ち付けガンと音を鳴らす。

テゾールはそれを合図に心を切り替えようと意識し、ふぅっと息を吐いた。自分の考えなど初めから関係ない、自分の全てはレナータの為にあるのだと。そしてそこに、とても幸福な気持ちを感じる。


「お待たせしました。では、再開致しましょうか」

「ははっ、面白くなってきた!!」


全身全霊の攻撃をぶつけ合う。

その2人の胸の内にあるのは、自らの敬愛する主人の事だけだった。


          ──


side:アタリル&ディーフェル



「〈リクレクション〉」

「──っ!!」

「アタリル!!」


自分の最大限の力を出して殴りかかったアタリルは、ヴェルディ・ファードの放った魔法でその衝撃を跳ね返される。

かなりの速度で後方に吹き飛ぶアタリルの体を、ディーフェルは持っていたタワーシールドを地面に突き刺しその身で受け止めに行った。


ドッと大きめな音とともにディーフェルの腕の中にアタリルが収まる。普段とは違い、本来の天使としての姿で戦っているアタリルだが、かなりの負傷がみられた。


「ううっ…ごめんディーフ……」

「心配すんな!まだ負けたわけじゃねぇ!!」


アタリル地面に降ろし、再びタワーシールドを構えるディーフェル。盾役の自分がいるはずなのに、アタリルがこんなに傷ついていることにディーフェルは不甲斐なさを感じていた。真っ白で綺麗な翼には所々に血が付着しており、その美しい顔には余裕が無い。


「嗚呼っ!美しき愛だ!!しかし…その愛し合う2人を我のこの闇の力で滅ぼさなくてはならないなんて…残酷なディスティニー……」


ヴェルディが額に手を当てやれやれという仕草を見せるが、アタリルはどうしても言いたいことがあった。

もう我慢できないと、魔法で上空に飛んでいるヴェルディにびしっと指を突き付け叫ぶ。


「あんたさっきから闇の力とか言ってるけど……使ってるの光魔法じゃない!!」


ガーンッとヴェルディから効果音が聞こえる気がするほど、彼はショックを隠せないようだった。

ヴェルディは知っていた。自分の得意な魔法は光魔法だということを──。だがそれを簡単に受け入れることが出来ず、今まで闇の力と言いゴリ押ししていたが、ついに、ついに自分に現実を突きつけてくる人物が出てきてしまった。


「それを言うでない!」

「何で闇とか言うのよ!!私達を惑わすつもり⁉」

「否!惑わすつもりなど皆無…だって…光と闇と言ったら、闇の方がクールだろう⁉」


逆にアタリルに対して指を突き付け、おそらく自分がかっこいいと思っているポーズをとるヴェルディにシーンと静寂が場を包んだ。


「こいつ何言ってるか意味わかんねぇな!!」


ははっと笑いながらディーフェルはアタリルを庇うように前に出て、ヴェルディの攻撃を警戒する。

自慢のタワーシールドは、ヒビこそは入っていないものの何度もヴェルディの強烈な攻撃魔法を受け止めたせいで傷が出来てしまった。


だが、アタリルの命には変えられない。たとえこの盾が壊れようとも、自らの命が燃え尽きようとも、彼女を守りきるとディーフェルは決めたのだ。


「しかし貴様らは軽口を叩く暇があるのか?2対1でこの有様とは……笑止!!」

「それを言われちゃ耳が痛てぇなぁ」

「うるさいわね!あたし達は最強のコンビなの!ここからが本気よ!!」


アタリルは嘘をついた。本当はもう既に自分の全力は出し切っている。自分の得意とする物理攻撃がヴェルディには届かない。それがとてももどかしかった。

ディーフェルもそれは分かっていたが、どうすることも出来なかった。戦略を練るなど、得意では無い。ただただ守ることしかできない。今はそれに全力を費やしていた。


「そろそろフィナーレか?〈ホーリー・ミラクル〉」


ヴェルディの腕輪が付けられた左手から放たれる無数の光線が、アタリルに集中的に向かってくる。

アタリルを狙えば、必ずディーフェルが守りに入り体力を消耗していくのが分かっていての攻撃だ。

ヴェルディの予想通り、ディーフェルがその光の束をガガガガッと音を立てタワーシールドで受け止める。

受け止めた反動で後ろに後退しそうになるが、足を踏んばり耐え切った。


「ディ、ディーフ!!」

「大丈夫だ!まだまだいけるぜ!!」

「虚勢を張るのはナンセンスだ…見苦しいぞ……」


アタリルは突撃を考えていた。ヴェルディの魔法は強いがそれを避けず被弾して突っ込めば攻撃は当たるはず。というのも先程からその戦法で彼に何度かダメージを与えているのだ。アタリルはディーフェルに視線を送る。するとディーフェルは理解したと頷く。

アタリルは翼に力を込め凄まじいスピードでヴェルディへ突進した。


「同じ手は食らわんぞ!!〈ジャッジメント・クロス〉!!」


巨大な十字の光が、アタリルに向かって落ちる。

しかしアタリルはそのスピードを落とさない。当たれば流石に動けなくなるかもしれない上位の魔法を向けられたとしても、なんの恐れもなかった。

それは、ディーフェルを信じる気持ちから得られる勇気だった。


「〈スポットライト〉ッ!!」


ディーフェルのアビリタ発動と同時に、アタリルに向かっていたジャッジメント・クロスが引き寄せられるようにディーフェルの方へ方向転換する。


「何っ!」

「これでもっ、くらいなさい!!」


ダメージを受けて向かってきたアタリルの一撃は弱いものだった。しかし、今回のものは違う。アタリルの全力を出した力の塊が、ヴェルディに迫っていた。

アタリルは大きな手甲を嵌めたその拳を、ヴェルディに叩きつけた。


「グッ……ガアッっ!!」


両腕で防ごうと顔の前に出すが、そんなものはアタリルの強烈な一撃の前ではなんの役にも立たず、ヴェルディは自分の骨が折れる嫌な音を拾うだけだった。

人の視覚では捉えられないだろうスピードで、地面に叩きつけられる。


「はぁっ…はぁ…どう⁉あたし達が本気出せばこんな──きゃっ!!」


ぐったりとしていたヴェルディがアタリルに向かって魔法を放った。まだ、まだ彼は倒れない。

寸でのところで避けたが、また攻撃されるかもしれないと思ったアタリルは、ディーフェルの傍まで後退する。


「ディーフ、あいつまだ…ディーフ⁉」


目の前の事で精一杯だったらアタリルは気づかなかったが、ディーフェルは盾を支えにやっと立てるというような状態で息も荒く、目は虚ろだった。

ディーフェルの今まで見たことない表情にアタリルは激しく戸惑い、彼に駆け寄る。


「ディーフェル!!大丈夫⁉」

「はっ…ははっ…俺、駄目かもしんねぇな」


いつにない弱気なディーフェルの姿に泣きそうになるアタリルだったが、ぐっと我慢してディーフェルの体を支える。


「貴方だけでも撤退して、後はあたしに任せて」

「もう…守るのは無理だ……」

「だからっ!!」


もう言うことを聞かないならディーフェルを抱えて逃げてしまおうかと考えるほど、アタリルは追い込まれる。

彼は大切な夫なのだ。もし失おうものなら自分が自分でなくなる気がした。ディーフェルを失う恐怖。それを強く感じ、アタリルはついに涙が零れる。

しかしディーフェルはアタリルの顔を見て、いつもの明るい笑顔をみせてしっかりと立ち、アタリルの肩へ手を置く。


「守んのはもう無理みたいだ。だから──攻めよう」


えっ、と声を上げたアタリルから手を離しディーフェルはアイテムを使い瞬時に鎧を脱ぐと、それを盾とボックスに戻し丸腰の状態となる。

敵を前に自らの武器を収めるというのは、敗北を認めるようなものだ。しかしディーフェルの瞳からは闘志は失われてないように見えた。


「ディーフェル?」

「ちょっと離れてろ……グッ、ガアァァアアア!!」


言うと通りにディーフェルから少し距離を取ると、ディーフェルは前かがみになり叫び出す。

すると頭部にあった角がググッと伸びていき、皮ふは固く青いものに変わっていく。二メートルはある体は、さらに大きくなり、ブチブチッという音と共に大きな翼と尾が姿を現す。


その姿はひと目でわかる。悪魔だ。

彼が膨大な魔力を使い、防御を捨てて攻撃に特化した形態へと変態した。

そうしている間に、死んだように倒れていたヴェルディが立ち上がりこちらを見て驚いていた。


「オーマイゴッド…これもしかして我、追い詰められてる感じ……?」

「ソウイウコダナ。ワルイガ、テカゲンデキソウニナイゼ?」


いつもより低く、響くようなディーフェルの声を聞き、アタリルは震えた。

恐怖ではない。アタリルの頭を占めるのは、あたしの旦那めちゃくちゃかっこいい!!、単純にそれだけだった。


「最終決戦よ!やっちゃおう、ディーフ!!」

「ヤッテヤロウ!!」


ははっ、と笑ったヴェルディは自らの主、アンディートに心の中で謝った。


申し訳ないが死ぬかもしれない、と。


          ──


side:ルポゼ&サージェ



激しい苛立ち。その苛立ちの発生限は2つで、ルポゼは胃が痛くなりそうだった。いや、もう痛い。

サージェとハイド・ファード。彼らは初対面で感じたのだ。


こいつ生理的に無理、と。


「なかなかしぶといですねぇ、サージェ・ミタリー」

「そちらこそ」


ギロっと睨み合うがふふふと不敵に笑う2人は正に犬猿の仲で、戦い始めてからずっとギスギスした空気がその場を支配していた。ルポゼは胃痛に効く回復魔法はないかと考えていた。まあ、あったとしても今はそこに回す魔力はないのだが。


「サージェさん、冷静にっ!」

「分かってはいるのですがね…こんなに気持ちを乱されるのは初めてです」


サージェ自身も戸惑っているようで、キュッと眉間に皺を寄せていた。サージェもこんな顔するんだなぁと珍しいものを見れたことに嬉しさを感じるルポゼだったが、ハイドからの攻撃に冷静さを取り戻す。


先程からハイドからの攻撃は全てサージェに向けられている。そのためルポゼは攻撃が少し掠ったり、爆風による煤を少し被る程度で済んでいる。ほぼ無傷だ。

そのお陰でサージェの回復に専念できていて、少し有利な戦いとなっていた。


「ああっ、もう!!腹立つなぁ!!早く死ねよ!!」


心を乱されているのはサージェだけではなく、ハイドも先程から敬語になったり口が悪くなったりと情緒不安定な様子をみせていた。


ハイド・ファード。策士だと聞いていたが思わぬ天敵の登場に、自慢の頭は役に立っていないようだった。こちらも同じだが。相手も回復魔法が使えるらしく、ただただ攻撃をぶつけ合い、負傷すれば回復。その繰り返しだった。


しかし、ルポゼ、サージェは回復魔法特化、攻撃魔法特化のコンビ。魔力、技力の上限はどの従者も大体が同じでいくらハイドが回復魔法を使えると言ってもこちらの攻撃を受ける度に回復していては魔力がいつか枯渇してしまう。

だが、それを回避する技がハイドにはあった。


「〈バンシーの鬼哭〉!!」


サージェが手に持っている1冊の本が光った。すると彼の背後から目に包帯を巻き、血涙を流す大きな女の魔物が現れて、その女が叫び出す。


『アァァアァアアッ!!』


召喚者であるサージェは勿論、仲間と認識されているルポゼにもバンシーの叫びは、何か言っているな、ぐらいにしか聞こえない。

バンシーの激しい叫がハイドの耳をつんざき、魔法を詠唱するところでは無くなる…はずだった。

が、ハイドには何食わぬ顔で立っている。それどころか余裕の表情で口笛さえ吹いている。

ハイドの挑発的な態度に、サージェはさらに眉間のシワを深める。


「効きませんねぇ、僕の目には敵わない。いい加減学習したらどうですか?」

「……」


参謀、知恵者。そう呼ばれるサージェを苦戦させるのにはハイドのクアリタが関係してした。


クアリタとは、運命に選ばれし王とその従者だけが使えるアビリタの上位互換の技能のことで、ハイドのクアリタは〈未来視〉。どのくらいの先の未来が見えるのか、サージェ達には正確に分からないが、ハイドはサージェの放つ魔法が事前に分かりその対処をすぐさまするのだ。

サージェはその先を読み応戦するのだが、ハイドは未来視でその先を、であればとサージェがまたその先をと裏の読み合いが続いていた。

正直ルポゼはその頭脳戦についていけていない。


「(このままでは私の魔力が尽きてしまいそうです……)」


杖をぎゅっと握りしめ、いざとなったらこの杖で殴りかかってやろうかと思っていたルポゼだが、急に脳内に聞こえてきた声に驚き思考が止まる。


「『聞こえますか、ルポゼ』」

「『は、はい!』」


サージェの声だ。恐らくテレパシーだろう。

だが、サージェはハイド何やら文句の言い合いをしている。

ということはと、ルポゼは驚愕する。


サージェは誰かと喋りながら、テレパシーで私とも会話しているのか、と。

普通なら口から話している言葉と、脳内で話している言葉が混合して意味が変わらなくなるはずだが、サージェはそれをやってのけていた。


「『今の私は、自分で言うのも何ですが役に立ちません。今ここで状況を変えられるキーとなるのは貴方です!!』」

「『えぇっ!!』」

「『何か良い案はありませんか⁉』」


自分のなけなしの知恵を絞って考えるルポゼ。サージェはルポゼの為にハイドとの会話を長引かせてくれているようだった。


「『実は私の魔力が無くなりそうなんです。私は使えるアビリタは少ないですし……』」

「『いざとなったら私のクアリタで──』」

「『いえ、それはいけません!危険すぎます!!…もし私の魔力が無くなったらもうこの杖で殴り掛かりますので、ご心配なく!!』」

「『──っ!!それです!!ありがとうございます、ルポゼ!!』」


何が……?と思うルポゼをよそに、サージェは何かを決めたようでテレパシーを切る。


「うるせぇんだよ!!僕の髪型は今関係ないだろこのハゲ!!」

「ハゲで結構。私は気に入ってますので」


私とサージェがテレパシーで話している間、なんの話しをしていたのだろうかという様な会話を聞き、サージェに視線を送るルポゼ。


すると、サージェは本をパタンと閉じてマジカルボックスを戻す。サージェは他に武器を持っていただろうかとルポゼが考えているとサージェがこちらを向きキリッとした顔で言う。


「回復は任せました。早めに決着をつけます」

「えっ?は、はい!!」


何をするのかとルポゼが聞く前に、サージェは魔法を使う。


「〈テレポート〉」


目の前にいたサージェがいなくなり、驚くルポゼ。どこに行ったかとキョロキョロ辺りを見渡すと、ゴッという鈍い音が聞こえる。


「くっ、クソが!!視えてんだよ!!」

「そうですか──ねっ!!」


ルポゼが声の聞こえた方へ目を向けると、そこにはハイドに殴りかかるサージェの姿が。

しかし、ハイドには未来視があるので1発目は防がれてしまったようだった。


「え、え?」


ガッ、ゴッと拳が体にぶつかる音が聞こえ、ハイドに何発かサージェの拳が命中したようだ。


「お、お前──!!」

「ふっ!!」


拳に気を取られていたハイドに、足蹴りを食らわせるサージェ。未来視はどうしたのだろうと思うほど、ハイドは押されていて、危険を感じたのか距離を取る。


「貴方、肉弾戦の経験はありますか?」

「はぁ⁉」


ボックスにマントを収め、口を覆う布を首まで下げるサージェは笑っていた。


「エンドに鍛えてもらってよかったですっ!」


そう言い戸惑い動けないハイドの顔面にフックを叩き込むサージェ。ハイドの掛けていた眼鏡が吹っ飛び地面に落ちると、レンズがカシャッと割れた。


「──ガッ!…ふ、ふざけんなてめぇ!!」

「本気ですよ」


口の中が切れたのか、口の端からつーっと血が流れるハイドに、腰を落とし拳を構えるサージェは追撃の機会を狙っている。そして直ぐにまた顔面に向かって拳を放つが、未来視で視られたのかそれは防がれる。

しかし、出した右手とは逆の手が素早く動き、ハイドの腹部に命中した。


「グァッ……ゲホッ!!はぁ、何で、なんで避けられない⁉」

「いくら貴方に未来視の能力があると言っても、これの経験はないでしょう?」

「魔術師が体術なんて──!!」

「そこですよ。そして、こういうものは身体が覚えるんです」


裏の、そのまた裏のと腹の探り合いの頭脳戦をしていた二人だが、サージェはそこにイレギュラーさを求めたのだろう。

そこに勝機があると。

殴り合いを始めた魔術師二人にポカンとしていたルポゼは、はっと現実に戻りサージェに回復魔法をかけ始めた。


ルポゼの魔力がなくなる前に、決着は着きそうだった。

 

          ──


side:エンド&エルバト



「後ろを振り向くな!!前だけを見ろ!!」


エンドは叫んだ。自分の負傷を心配して恐らく駆け寄ってくるだろうエルバトを止めるために。

叫んだ衝撃で咳き込むと、ビチャビチャと床に血を吐き出した。この位の傷などなんともないと自分に言い聞かせ、腹に空いた穴を見る。これでも息がある自分は結構頑丈だったんだなとふっと笑った。


「標的の片割れ、瀕死。私が勝つ可能性、80%まで上昇しました」


ランツェ・ファードは表情を変えず淡々と述べた。

オートマタである彼女の左腕は銃火器の形に、右腕は剣の形に変化しており、その体にはヒビが入っていた。

激しい戦闘で常に付けていただろう目隠しは外れ、乱れた服の中から見えるコアは赤い光を放っている。


「はぁっ!!」


ブンっと風を切る音がし、エルバトの槍での攻撃が空振る。

エルバトは焦る様子はなく次に突きを連発するが、ランツェの右腕で全て弾かれた。


「〈ハルシオン〉」


エンドの杖が紫色に薄く光を放ち、ランツェの動きが鈍くなる。幻術、恐らくランツェは正しい光景は見えておらずどう攻撃しようか考えあぐねているのだろう。

しかし、ウロウロと迷うような動きを見せていた銃口がピタリと止まり、エルバトに向かって正確に魔力で出来た弾を連射した。


「わわっ」


エルバトは自分の得意な回避術で全ての弾丸を避け、ランツェに対する次の攻撃を考える。その事だけに集中した。

自分の避けた弾が、全てエンドに被弾した事を考えないために。


後ろを振り向くなと、俺の事を考えるなと、何度も何度もエンドに言われた。エルバトは優しい性格だ。自分が攻撃を避けることで彼が傷つくのは凄く辛いことだった。


「(あのコアさえ壊せれば……)」


ランツェのコアを捉え、槍で狙う。

殺してしまったら命令違反になるが、エンドが死んでしまうぐらいならとエルバトは覚悟を決めた。

エンドのヒューヒューとか細い呼吸が聴こえる。早くこの戦いを終わらせたい。そのためにランツェを殺す。その気持ちだけがエルバトを支配する。


「エ…エルバト……」

「エンドさん?」

「恐れるな…俺は死なん……」

「で、でも⁉」


エンドはこの戦いで誰も死なないと確信していた。それは自らが信じる王、レナータ・ヴィシュヌが約束してくれたからだった。私は誰も死なせない、そう彼女はエンドに宣言していた。


「レナータ様は俺達を愛してくださっている。その加護が俺達にはあるんだ…」

「……」

「……俺は死なない、必ずあの御方の元へ帰る。勿論、お前もだ」

「──っ、はい!!」


あい、合、愛?ランツェは混乱した。かけられた幻術魔法はもう解けたはずなのに、と疑問に思う。


対峙していたエルバトの表情は先程とは変わり、生き生きとしており、再び放たれた槍の一撃一撃が重かった。愛。その一言で彼は変わったのだろうか。

愛や恋など、ただの脳の不具合だ。理解できない。

考えれば考えるほど、ランツェの動きは鈍ってゆく。


「(私はアンディート様から愛を貰っているのだろうか)」


分からない。愛自体が分からないランツェには分からなかった。そしてついは、エルバトの突きが彼女に届く。


「〈ゲイル・ランス〉!!」

「──っ!」


風を纏ったエルバトの槍が、ランツェの左腕を吹き飛ばす。

ランツェは無くなった左腕とエルバトを交互にみた。愛というのはもしかしたら何かの強化魔法だったのかもしれない、そう思った。


「左腕を損傷。私が勝つ可能性、65%まで減少しました」

「はっ、65%とは随分高く見積もったな。…初めからお前に勝算などない」

「死に損ないは黙っていてください」


挑発にちゃんと怒りで返すことから、彼女がただの機械ではないとエンドは考える。そして自分の言った愛という単語に惑わされていることもその証だと。

彼女がちゃんと人の気持ちを理解できるようになればいいなどと、敵の心配までしてしまう。


「(俺も愛など分からなかったからな…あの御方の涙見るまでは……)」

「エンドさん!僕、必ず勝ちます。だから支援を!!」


エルバトの力強い声が聞こえ、エンドは杖を強く握った。敵を倒し、皆で帰るのだ。大切なあの御方の元へ。


「任せろ、〈シュトース・シュティーク〉〈アルカティックランス〉〈ウィンドマジカル・バースト〉!!」

「どれだけ強化しても私には勝てません」


残された右腕の剣で突進してくるランツェに強化された槍で応戦するエルバト。エルバトは負ける気がしなかった。自分とエンドの二人なら必ず勝てる、と。


「──」


だが、その気持ちはドチャッと言う音にかき消された。

ついに、後ろを向いてしまったエルバトが見たのは、血溜まりに倒れるエンドの姿だった。


倒れた衝撃で外れたのか、彼が付けていた仮面が、エルバトの足元に転がっている。


「エンド・ストーリア、死亡。私が勝つ可能性、90%まで向上しました」

「あ、あぁあああっ!!」


エルバトは槍を強く握り、泣きながらランツェにそれを振るい怒りをぶつけた。

視界が涙でぶれているエルバトの攻撃は全て弾き返される。

どうしようもない気持ちが、エルバトの中で渦巻く。

そしてランツェの放った斬撃に槍が飛ばされ、ただただ立ち尽くすエルバトを見て、感情はやはり人を弱くするものだとランツェは思った。


「私が勝つ可能性、99%……終わりです」

「……」


エルバトは、敗北を受け入れようと目を瞑る



しかしその時、神の声が聞こえた──。


          ──


-30分前-


side:レナータ



「はぁ…はぁ…」

「…しつけぇなお前……」


自分が有利に立ったと思えばまた押され、不利に立ったと思えば押し返し、戦況は安定したものではなかった。互いにボロボロで、私の魔力も技力も尽きかけ、純粋な剣術だけが私の命を救っている。だが、魔力が尽きそうなのも相手は同じはず。神器を破壊されたからにはこれ以上の強化は無いだろうと考えた。


「(それにしても……)」


神器を破壊しても、彼の魔法の威力は落ちなかった。

魔力強化系の神器だと仮定しての行動だったが、その期待は外れたようで先程から強烈な魔法を幾度となく食らった。

何より、神器を壊されても余裕の表情を見せるブラフマー王が気になった。


「はあっ!!」

「〈イグニート・シール…──っクソ!!」


私が双剣で切りかかると、ブラフマー王は防御魔法を展開しようとしたがキャンセルされる。

──魔力切れだ。

私はやっとかと思い、そのまま勢いよく斬りつける。

ブラフマー王の胸元に二本の線が走り、血が吹き出すのを見て勝利を確信した私は、さらに追撃する。


だが、ガキンッという音と共に私の剣が弾かれた。

何に、私の剣は弾かれた?


「お前、俺の神器があの首飾りだと思ってるだろ。それに、俺が魔術師だとも」


そう言い軽く笑ったブラフマー王の手には、いつの間にか赤い柄の薙刀が握られていた。

それは──


「残念だが、大ハズレだ」

「──っ!!」


薙刀の刃が私に迫り、反射的にそれを受け止める。

そして理解した──これが彼の神器だと。


あの会議の時に切りかかられたのとは比べ物にならないほどの圧が私に降りかかった。押されている、あの時と立場が逆転していた。


「ぐっ……!!」

「いい加減…くたばれ!!」


くぐっと押され顔の前まで刃が迫る。このままでは、負ける。皆に、勝利を約束したはずなのに。

ふと考えた。もし私の従者たちが今の押されている自分を見たらどう思うか、と。

やはり残念に思うだろうか、こんな負けそうな主人を見て。


「(私は……!!)」

「!!」


ブラフマー王の薙刀を全力で押し返し、彼はその反動で体勢を崩す。そして彼が再び切りかかろうとするより早く、私の剣がブラフマー王の腹部に突き刺さった。


「──ガッ……!!」


刺さった剣を掴み引き抜こうとするブラフマー王に対して、さらに奥に、奥にと突き刺す私。吐血した彼の血が私の鎧にかかった。ハッハッと短い呼吸が耳元で聞こえ、私が握っていた剣を捻るとグチャッと嫌な音が聞こえた。

そして勢いよく剣を引き抜くと、ブラフマー王の腹部から血が溢れ出す。


「がっあぁああっ!!」

「貴方の負けだよ……!!」


恐らく致命傷だろう傷を抑え苦しむ彼に、哀れみの目を向ける。それが気に入らないのか彼は鋭い目で私を睨みつけ、何故か笑った。


「はっ、はははっ!!」

「何がおかしいの……?」

「まさか俺が…ここまで追い込まれるとはな……。だが、まだだぁ!!」


瀕死のブラフマー王が叫ぶと、真っ黒な魔力の渦が彼を包み込んだ。彼の魔力は尽きたはずではなかったのか。そう考えているうちに、その渦が消えると……私は驚愕した。

頭部のから生えている四本の角、長い髪の色は薄れていて、白黒反転した瞳の縦に割れた瞳孔が私を見ていた。

先程とは違う赤と黒の衣装を身につけた彼は、薙刀を軽く振る。


「──悪魔?」

「……本当はこの姿にはなりたくなかったがな…必ずお前には死んでもらう」


先程の致命傷は完全にとはいかないが塞がっているようで、次々に斬撃を叩き込む彼の力は先程とは比にならない。

私はそれを受け止めることしか出来ず、そして混乱していた。まだこれほどの力を残していたとは──。私の敗北の可能性がまた浮上してきた。


そして彼の放った一撃が、私の鎧を貫く。


「──っ!!」

「神器には勝てなかったらしいな」


その激痛についよろめいてしまい、ブラフマー王のさらなる追撃が私の体を引き裂く。


「ぐっあぁっ!!」

「さぁ、死ね!!」


ブラフマー王の留めの一撃が、スローモーションに見える。そして、思い出す過去。これは、走馬灯というやつなのだろうか。


思えばいい加減な人生だった。急に異世界へ飛ばされて、運命に選ばれて、王になって…、そして家族と呼べる人たちと出会った。‪嗚呼、ごめんねみんな。生きて帰ると言ったのに私は死ぬかもしれない。私が死んでも、決して後を追うような事は…事は……?いや?私が死んだら──。


「みんな消滅するんだった!!」

「⁉」


あまりの死闘に忘れていたが、いや、忘れてはいけない事なのだが自分を責めまくるのは後回しだ。

自分が死んだらみんな道づれの運命だった。

何ちゃっかり自分だけ楽になろうとしているんだと、スローモーションで迫っていた刃を急いで双剣で跳ね返す。


「馬鹿じゃないの私⁉このニワトリ脳みそめ!!」

「……?」


急に自分を罵倒し始めた私にブラフマー王は戸惑っているようだった。

そして双剣を構え、ブラフマー王を睨みつける。


「負けるのは貴方だよ、ブラフマー王!!私は勝たなきゃいけない!!」

「それは、こっちも同じだっ!!」


またお互いの刃が混じり合い、激しい音を立てながら命を掛けた戦いが続く。身体中が痛い。私の斬撃が当たったとおもえば、今度は私が傷を受ける。

そうしているうちに、急にブラフマー王が血を吐いた。


「がはっ…な、何だ…⁉」


急な自らの体の異変に驚くブラフマー王。

しかし私はそれに心当たりがあった。


「言っとくけど純血じゃなければ変態にはかなりの力を使うんだよ」

「……なんだと?」

「貴方のそれ、体にかなりの負担がかかってる」


推測だがブラフマー王は悪魔と人間の混血だろう。

私は純血なのでなんの負担もなく変態できるが、彼は違うようだ。黒い服でよくは見えないが、先程の傷がまた開いたことによって血を吐いたのだと思う。


「くそっ!!」


急いで私を仕留めなければいけないと察したのだろう。彼は先程より早く強烈な攻撃を叩き込んでくる。

互いに魔力も技力も尽きた。自分の握る武器だけを信じてぶつかり合う。


ブラフマー王の薙刀の突きを、片方の剣で軌道をずらし、もう片方で腹部の傷を狙うがそれを寸でのところで片腕を犠牲にし防がれる。

器用に振り回された薙刀の柄頭が私の腹部の傷に衝突し、今度は私が血を吐いた。口の中に鉄の味が拡がり、口に残った血を吐き出す。

このままでは負けてしまう、そう考えた時に一つの案が浮かんだ。


「貴方の女嫌いって、なにか理由があるの?」

「お前には関係ないだろ」

「……親のせい?」

「──うるせぇ!!」


図星だったのか、先程の安定していた攻撃が私の挑発で乱れ始める。卑怯な手だとは思ったが、私も負ける訳には行かなかった。

この瞬間に勝機を見出す。私は左手の剣をブラフマー王に投げ付け、そこに気を取られた彼の薙刀を払うと、手からそれが離れた。


「しまっ──」


彼が避けようとした時にはもう遅く、私の剣が彼の体を貫通し、剣から血が滴った。


密着しているせいで彼の表情は見えないが、ブラフマー王はか細い声で笑う。


「──すまねぇな…約束…守れなかった……」

「……」


それは私に向けた言葉では無いことが分かる。

私の首に当たった液体は血ではなく、涙だろう。

ずるりと剣を引く抜くと、悪魔化が解けて飛行する力もなくなった彼の体は地面に向かって落ちていく。

私は慌ててその体を受け止め、地上へ降り、ブラフマー王をゆっくり地面へ寝かした。


「なん…だ、なさけ…を、かける、つもりか……?」

「違う」

「なら……ころ、せ」

「……これは貴方の為じゃない。私のためだよ」


マジカルボックスから一つのクリスタルを取り出し使用するとクリスタルが砕け、その破片が光となりブラフマー王に吸収される。


「ルポゼの回復魔法。効くでしょ?」

「何の、つもりだ」

「貴方は私に負けた」

「……そうだな」

「なら私の要求を呑んで」


それを聞くとブラフマー王は少し目を見開き、そして笑う。


「逞しいこった。いいぜ、何でも言え」

「……私と同盟を結んで、一緒に宝を攻略する事。私が貴方に求めるのはそれだけ」

「意味わかんねぇ……自分に従えって言えばいいじゃねぇか。裏切るかもしれないぜ?」

「裏切るの?」


私がそう聞くと彼はいや、と言い目をつむる。

もうどうにでもしてくれと投げやりな様子だ。初めから彼とは友好関係を結ぶことが目的だ。従えるなんて冗談じゃない。


「あ、それと今すぐ貴方の従者達を止めて!早くしないと皆が危ない!!」

「…そう言われても指一本動か──」

「じゃあ私が運ぶから!!」

「は?お前、まてまて、待て!!せめてその持ち方は!!おい!!」


私はブラフマー王を横抱きにして上空へ飛び、イデアーレ王国の中央を目指した。


          ──


「ちょっとうるさいかもしれないから耳塞いでおいて?」

「だから指1本動かねぇって言ってるんだろ」


そう言えばそうだったとマジカルボックスから耳栓を取り出してきゅっと耳にはめてあげる。彼は不満そうな顔をしたが無視した。


「〈エクステション〉」

「……」


先程まで叫んでいたブラフマー王は国の中心に着く頃には大人しくなっていた。

色々なところから戦闘音が聞こえる。皆まだ戦っているのだろう。私はエクステションが使えるチョーカーを身につけ、声が遠くまで聞こえる様にする。


「聞け!ブラフマー王の従者達よ!!お前らの王は敗北した!!」

「うるせ……」

「即刻戦闘を中止し、投降せよ!!」


私の声が聞こえないのか、それとも自分の主人が負けたことを認めていないのか、戦闘音は止まらなかった。

私は戸惑ってブラフマー王の耳栓を急いで外す。


「もっと丁寧に──」

「私の言葉じゃ止まらない!貴方が言って!!」


そういい自分のチョーカーをブラフマー王にはめる。

彼ははぁっとため息をつき、メサージュを唱える。


『聞け、お前ら。おい、一斉に喋るな。うるせぇ。…ああそうだ、俺は負けた。…ああ。……すまないな』


それだけ言うとブラフマー王はチョーカーを外すように顎で指示する。人を顎で使わないでほしい。


「これで止まるだろう。実際戦闘音も聞こえなくなったしな」

「そうだね、よか──」

「……どうした?」


みんな無事かと辺りを見渡しながら飛んでいると、ある1点の光景を見た私の胸が、大きく波打った。

うっかりブラフマー王を落としそうしになるが、彼をしっかり抱え急降下する。嘘だ、嘘だとその言葉ばかりが私の中で繰り返されて地面に降り立つ。

そしてついにブラフマー王を手から放し、ある場所へ駆け寄った。


「あっ、あっ…れなーだざまっ!!……えんどさんがっ!!」

「エンド!!」


座り込み、泣きじゃくるエルバトが私に助けを求めていた。

その彼の傍には、血の海に倒れるエンドの姿が見えた。鼓動がどんどん早くなって苦しい。

すぐさまエルバトの傍で膝をつき、エンドの体を抱き起こす。自らの血に濡れた頬を親指で撫でるが、その開かない目に私は涙を流した。


「エンド…エンド?何で?せっかくお互いの気持ちが分かったのに……」


彼は言葉を返さない。ただただぐったりと私の腕の中で目を閉じる彼はもう帰ってこないのだと私に思わせる。


──もう帰ってこない。


それが私の心にスっと落ちると、それ闇が具現化するように私の体から黒い渦が巻き起こる。


「あ、あぁぁぁあああっ!!」


私が泣けば泣くほどその渦は大きくそして円柱のように高く拡がり、そこから波のように放たれる衝撃波が周りの建物が崩壊した。

周りが見えなくなり、腕に抱いたエンドを強く抱き締め、私は泣き叫ぶことしか出来なくなった。頭が痛い。


痛い


痛い──



          ──



「おいそこの従者!!そいつから離れろ!!」

「で、でも」

「巻き込まれて死ぬぞ!!」


ヴィシュヌ女王の傍にいた彼女の従者に避難を命じ、ランツェに荷物のように抱えられた俺は次々放たれる衝撃波を受け気分が悪くなる。


「アンディート様、これは何でしょうか?」


まるで他人事のように淡々と質問を投げかけてるくランツェにため息を付きつつ、あの魔力の嵐の中心に居るであろうヴィシュヌ女王に視線を向けた。


「発狂だ。俺も初めて見るが、間違えねぇ」


精神力。人が潜在的に持っているものだが運命に選ばし王になるとそれが表に出る。発狂は自分の精神力の上限を越えるほど従者を召喚した時以外にも起こる事がある。

大きな苦痛を受けると精神力が減り、あの様に負の魔力が体を包み徐々に死に向かっていくのだ。


ヴィシュヌ女王の苦しみの感情の衝撃波を、同じ運命に選ばし王である俺はもろに浴びており影響される。


「ぐっ…きついな……」

「離れましょうか?」

「いや、大丈夫だ。逆に、あいつの側まで俺を連れて行け」

「……承知致しました」


発狂して死にそうになっているヴィシュヌ女王に俺は言うことがある。せっかく同盟を結んでやったのに簡単に死なせてたまるか。それに何勘違いしてんだと呆れの気持ちさえある。


「おい!聞け!!ヴィシュヌ女王!!」


魔力の渦が俺の側まで迫る。これと衝突すれば瀕死の俺とただの従者であるランツェが無事です済むかは分からない。

それでもこれを止められるのは恐らく自分だけだと衝撃波に耐える。


「その従者は死んでねぇ!!そもそも従者が死んでから消滅するまでそこまでタイムラグはない!!勝手に殺すな!!」


聞こえていないのか、負の感情の嵐は止まらない。

こうしている間にも彼女は死に向かっている。自分の中で色々天秤にかけ、こうやって考えるのは性にあわないなとランツェに話しかける。


「俺をあの渦の中心に投げろ、歩く力は残ってねぇ」

「畏まりました、ご武運を」


少しは戸惑えよと思うが、ランツェは俺を片手で持ちぶんっと放り投げた。そう言えばこの嵐に吹っ飛ばされる可能性は考えていなかったと思いながら渦に衝突するが、背中から伝わる地面の硬さと痛みに無事に中央までついたことを確認する。


「くそ…めちゃくちゃ痛てぇ……俺まで苦しい」


先程より大きく聞こえる悲痛の叫びの発生原因、ヴィシュヌ女王を見て驚愕する。


白い。まるで灰のように真っ白だった。

運命に選ばし王は死ぬと塵さえ残さず消え去ると聞いていたが彼女の今の状態はその一歩手前なのではないかと焦る。


「馬鹿野郎が……」


先程までは指一本動かなかったが、少し休んだ事により立ち上がることが出来た。よろよろと歩きヴィシュヌ女王まで向い、傍で片膝を着いた。


「おい!!」

「──ぁ、ああ、やだ、嫌だァ、ぁあああっ!!」

「聞けこのアホ女王!!」


そういい彼女の頬をぶっ叩くと死んでいた彼女の目に光が戻ったように見える。まるで灰の塊のようなその体を叩いて壊れたりしてないよなと不安になりながら、叫びを止め俺を見ているヴィシュヌ女王に告げる。


「ぶらふまー……おう…?」

「そいつは死んでねぇ、その証拠に消滅してない」

「しんで…ない……」

「ああ、死んでない」


それを聞くと彼女は腕に抱いた従者を見つめ、胸に手を当てる。おそらく鼓動を確認しているのだろう、驚きの表情を見せたヴィシュヌ女王はぽかんと呆けた顔をしていた。


それと同時に先程までビュービュー音を立て渦巻いていた嵐が、パッと一瞬で消える。

ふと周りを見ると、魔力の円柱を見て異変を察知した自分とヴィシュヌ女王の従者が皆ここに集まっていた。


「レナータ様!!」


ヴィシュヌ女王の従者が彼女へ駆け寄る。

その当の本人は状況が掴めていないようだった。


「私…何してたん…だっけ?」

「発狂で死にかけてたんだよ、このバカタレ!!」

「いてっ」


怒鳴りながらヴィシュヌ女王の頭を軽く叩くと、彼女の従者達に睨まれる。何でだ、言っておくが悪いのはコイツだ。


「それよりその死にかけの従者の手当てを急げ、本当に死ぬぞ」

「…うん」


自分が先程までどういう状況だったのか徐々に思い出してきているのか、俺に対して申し訳なさそうな顔をしている。

その顔がミラと重なり、そういう顔が見たいんじゃないんだと、はあっとため息を着いた。

そうすると気が抜けたのか、急にバタッと仰向けに倒れてしまう。


「アンディート様!!ご無事で⁉」


自分の従者が達が駆け寄ってくる。

大丈夫だと言おうと思ったがまた動けなくなっており、無茶をしたなと思う。少しはこいつらに甘えるか。


「ご無事もくそもねぇだろうが、またこいつのせいで動けなくなった。どうにかしろ」

「畏まりました!!」

「あ、ちょっ!おい!!だから何で全員横抱きに持つんだ!!」


ヴィシュヌ女王に横抱きにされ、女性にそうさせる事に羞恥を感じていたがリヴェルダに横抱きにされると高さと絵面がやばい。

誰がいいと指名すると従者達が争うのが目に見えているので、大人しくすることにした。

するとヴィシュヌ女王がこちらを向く。その顔にはいつよりは控えめだが笑顔が戻っていた。


「あの、ブラフマー王……」

「アンディートでいい」


正直ブラフマーの名で呼ばれるのは慣れておらず、違和感を感じていた。そのため名前で呼ばせても良いかと思う。


「じゃあ、アンディート。ありがとう」

「二度とあんな事になんなよ、ヴィシ……いや、レナータ」


自分だけファーストネームで呼ばせるのもなんだ、と彼女の名を呼ぶと、レナータはミラによく似た顔で笑った。

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