第7話 決意

起床して、初めに思い出すのは今は亡き親友のことだ。俺が生きているのはお前のお陰だと感謝の意を込めて今日も祈る。


「おはようございます、アンディート様」

「ああ」

「モーニングティーは如何なさいますか?」

「いらん」


そうメイドにぶっきらぼうに言い放ち、着替えをして自室を出た。中途半端に羽織るコート。しっかりと着てこれに包まれてしまうと、彼女を思い出し苦しくなる。それでもこうして身につけるのは自らの罪を忘れない為にだ。


今でも鮮明に覚えている、あの瞬間を。


          ──



8年前

ある檻の中


「……」


また売られた。俺の態度が気に入らないと前の主人は俺を売った。奴隷制度のあるアズモンド王国でこんな事は日常茶飯事だが、やはり腹が立つ。特に俺は反抗的な態度のせいで短期間で売り戻される事が多い。

自分がこの国出身である事に嫌気がさす。


「チッ」


嫌な事を思い出した。何もかも、俺の人生がこんなになってしまったのはあの女のせいだ。俺を捨てて男と逃げたクソッタレな母親。親だとも思いたくない。

そのイメージが強く残りすぎたのか、今でも俺は女に対しての嫌悪感を拭いきれずにいる。

そして、視線を同じ檻に入れられた人物に向ける。奴隷には檻であっても1人部屋はないらしい。

白に少し水色が混じる髪に、黄金の色をした瞳。自分の嫌いな女だった。

先程から俺の事をジロジロと見て鬱陶しい。少し痛めつけようかと考える。


「ねぇ」

「……」


話しかけてきたが勿論無視だ。だれが女などと口をきくか。

女はあからさまに無視をした俺に対して、眉間に皺を寄せている。そして座ったままずいっと1歩分ほど距離をつめ、また俺に話をかけようとしてくる。


「おい女、これ以上近づくと殴り倒すぞ」

「分かった、近づかないから話ししようよ!」

「話しもしねぇ」


軽くため息をつき、寝っ転がる。寝てしまえばあいつも話しかけてこないかもしれないし、何よりもう考える事に疲れた。腕を枕にし、女がいる場所とは逆方向を向いて目を閉じる。

不幸中の幸いか、女は顔が良い。買い手も直ぐに見つかるだろう。そう思いながら少しウトウトしていると、急に体を逆方向にグイッと向けられる。


「⁉」

「もう、寝ないで!」

「はぁ?」

「私が退屈するでしょ!」


なんなんだコイツ……俺の事おもちゃとでも思ってるのだろうか。本当に殴り倒してやろうかと眉間に皺を寄せる。

ずいっと近ずけられた女の顔。その黄金色の瞳に自分が映っていた。心底嫌そうな顔をしている。


「お前の退屈凌ぎに俺はいるんじゃねぇんだよ。分かったらさっさと離れろ」

「貴方はどこからきたの?アズモンド出身?」


聞いちゃいねぇ。こいつは聞いたことを右から左に流してるのかと思うほど話が噛み合わない。いい加減うんざりする。俺はもう寝たいんだ。この変えられない現実を少しでも見ないために。

そんな俺に構わず、女は話を続ける。


「私はね、この国出身!親に売られちゃったんだよね」


普通は悲しそうに話すだろう内容を、女は明るく楽しい話のように語る。無理をしているのかと思ったが、そうでは無いらしい。


「お父様とお母様はお姉様の事すっごく大事にしてて、私を売ったお金でお姉様を幸せにするんだって言ってた」

「……」

「最初は凄く嫌だと思ったし悔しかったけど、私にはこのどん底から幸せが見つかる気がするんだ!」


このどん底からだったら何でも幸せに感じるのでは無いかと思う。普通の生活、奴隷の俺達にとってはこの上ない幸福だ。4歳の頃から奴隷だった自分には分からないが、何気ない日常が恐らく幸せと呼べるものだろう。


「……お前はいつ売られた」

「ん~、10歳の頃だったから5年前かな?」

「……そうか」

「私と話す気になってくれた?」


女の嬉しそうな顔に苛立ち、また寝っ転がろうとすると女はごめんごめんと言い俺を止めた。まだ話を続けるつもりか。


「そう言えばまだ名乗ってなかったや。私ミラっていうんだ、よろしく!!」

「……」

「よろしくってば!」


無理やり手を取り握手させられて、ブンブンと乱暴に振られる。名前なんてどうでもいい。どうせすぐにどちらかが買われ、次の主人にこき使われてる間に忘れてしまうだろう。

奴隷同士の出会いと別れなどそんなものだ。だから馴れ合いに興味はなかった。どうせすぐに忘れるし、忘れられるぐらいならお互いの事など知らない方がいい。


「貴方は?名前なんて言うの?」

「うるせぇ、俺に話しかけるな」

「分かった、もしかして変な名前なの?だから言いたくないとか?」


じゃあ私が当てようかな~などと考える仕草を見せながらニヤニヤする女。あまりのしつこさに好きにしてくれという諦めさえ感じてきた。


「ストゥー、とか?」

「……」

「じゃあ、エレーティコ?」

「……」

「ん~じゃあ…ア、アから始まる気がする!!」


一瞬ドキッとした。どうせただの感で言っただけだろうが、本当に当てられたら、まぁ少し話をしてやってもいいかなと馬鹿な考えさえ浮かぶ。

どうせ無理だけどなと鼻で笑うと、女はそれを馬鹿にされたと察知したのか頑張って当てようと頭に手を当て唸っている。


「降りてきた!アンディとかじゃない⁉」

「惜しい……」


あと音引きとトを付ければ完璧だったのにという気持ちからつい返事をしてしまう。

女は俺が返事をした事を嬉しく思ったのか、目を輝かせながら顔を近づけ、本当に?と俺に問いかける。また黄金色の瞳に俺が映る。今度はさっきより優しい顔をしている気がした。


「さっきから近いんだよ、離れろ」

「もう答え!」

「は?」

「だから、名前教えて!!」


本当に人の話聞かないなと呆れつつ、名前を教えたら次こそは寝てやると思い、名を教える事にした


「アンディート」

「アンディート……くん?」

「さぁ、教えたぞ。俺はもう寝る」


再び寝っ転がり女に背を向けると、またまた体の向きを強引に変えられる。そんな細い腕の何処にそんな力があるんだと思う。またかといい加減勘弁して欲しいが、女のニコニコとした楽しそうな笑みに、俺はまた体を起こす。


「今度は何だ」

「アンディートはさ、夢とかある?」


いつの間に呼び捨てになったんだと思いつつも、何ともガキっぽい質問だと心のなかで笑う。自分と同じ年の様だがこの女と俺とではこうも違うのか。希望を探し続ける女に対して、絶望に留まる俺。何だか少し羨ましい気もする。

だからだろうか、少し女に興味が湧いた。


「…お前はあるのか」

「よくぞ聞いてくれました~、ふふっ」

「……」

「あ~待って寝ないで!真面目に話すから!!」


話を続けろと顎で指示を出すと、おっほんとわざとらしい咳払いをしてずばり……と溜める。早く言えばいいのに俺が興味を持ったのが嬉しいのか女は楽しそうにしている。


「運命に選ばれし王になること!!」

「……アホらしい」

「えー!私、本気だよ?」


だからアホらしいと言っているんだ。運命に選ばれし王は確かに性別、身分、種族関係なく選ばれる。

当然だが、運命に選ばれるというのはそう簡単ではない。何10億分の3。王座は3席しかない。


「お前みたいな泥まみれの女が選ばれる訳ねぇだろ」

「そんなの分からないでしょ!ただの村娘が選ばれたって話聞いた事あるし!」

「村娘と奴隷じゃ話が違う」


その言葉は、自分に言い聞かせるためのものでもあった。

俺みたいな泥まみれなやつが選ばれるわけない、その辺の村人と奴隷では話が違う。


まだ希望を持っていた頃の俺の夢も運命に選ばれる事だったな、と思い出す。俺を苦しめた奴隷制度を、この国の王に選ばれて無くしてやりたかった。

こんな思いを抱いてはいけない、どんだけ期待しても叶わない夢にいつしか俺はその夢を心の奥に閉まっていた。

だが俺に無理だと言われてもなおその笑みを絶やさない女の、彼女の明るい笑顔を見て俺も口を開く。


「だけど……悪くないんじゃないか。願うくらい」

「!!」


初めての俺の前向きな言葉に、彼女は今日1番の笑顔を見せた。またまた近ずけられた黄金色の瞳に映る俺の顔は、少し笑っていた。


          ──



5年後

ジャムダールの屋敷


俺があの檻のでミラと会ってから5年。

何の運命のいたずらか知らないが俺とミラは同じやつに買われ、この同じ屋敷で働いている。


「アンディート!旦那様の部屋にちょっと汚れ残ってたよ!」

「げっ、本当か?」

「大丈夫、私が始末したから」

「ありがとな、助かった……」


しっかりしなよと背中をバシンと叩かれ、昔からコイツの馬鹿力はどこから出てるのかと不思議に思う。そして背中がじんじんする。


互いの夢を語りあってからというもの、彼女と親友となることがまるで決まっていたかのように意気投合し、今のような関係になった。

俺の女に対する嫌悪感は消えなかったが、何故かミラだけは大丈夫だった。


「おうおう、今日も仲が良さそうだなゴミ共」


この不愉快な声は、と声の聞こえた方を見るとやはり。

俺達を5年前に買ったこの屋敷の主、ジャムダールだ。

こいつは本当にクズ野郎で、不眠不休で奴隷を働かせるだけでなく気に入らないことがあると直ぐに過激な暴力を振るう。そのせいで俺達は生傷が絶えなかった。


「お帰りなさいませ、旦那様」

「お帰りなさいませ」


何度も何度も慣れた挨拶をこなし、心の中では散々罵倒してきた。ジャムダールは俺達を気に入っているのか、俺達がこいつに買われてから何度か新しく奴隷を買っていたが、そいつらは皆また売られてしまった。

そのニタニタと笑う表情が気持ち悪くて、いつも殴りたい衝動にかられる。


「仲良く乳繰り合うのはいいがちゃんと仕事しろよ?それしかお前らは価値がないんだからな!!がはははっ!!」

「失礼ながらご主人様、俺達はそういう関係ではございませんので」

「ちょ、ちょっと、アンディート!」

「何だ?俺に口答えするのか…?」


ジャムダールが俺の頭を掴み思い切り壁にぶつける。ゴッと頭が壁に当たる音が何度も響き、壁に少し傷が出てた。開放された俺は痛む部分を抑えながらよろよろと後退する。


「ぐっ……」

「あ~あ~、お前のせいで壁が傷ついただろう!!糞が!!」

「だ、旦那様、申し訳ございませんっ!彼には後できつく言っておきますのでどうかお許しを…!」

「チッ、お前らなどすぐに処分できるのだからな。覚えておけ」


そういい自分の自室へ戻っていくジャムダール。

俺達の首についているこの重い首輪を心から憎く思う。奴隷に必ず付けられる首輪は買い手の魔力とリンクしていて、首輪に殺せと命じるだけですぐに首が飛ぶようになっている。その光景は嫌というほど見た。

首輪が赤く光り、赤い花が咲くように飛び出た魔法の刃が肉を断ち、胴体から頭が落ちる瞬間を。

俯き、首輪を擦りながらそう考えていると、ひょこっとミラが顔を覗き込む。


「うおっ」

「うおっ、じゃないよ!また旦那様にあんな態度とって!」

「しょうがねぇだろ、アイツが……」

「私達がどう見られてたって関係無いよ、真実は変わらない、そうでしょ?」


そういい笑顔を見せるミラ。この笑顔に何度助けられてきただろう。たまに、俺のせいでミラにまで怒りの矛先が向くことがある。だが、ミラはそれについて怒ったことは無くいつも俺の心配ばかりしてくれる。

こんな親友に出会えて、俺は凄く幸せだと思う。


「そうだな。しかし…壁、どうしたもんか…」

「あ~、このままだと絶対に旦那様怒るもんね」


うんうんと悩むこの時間さえ、2人なら楽しい時間になる。

ずっとそれが続けばいいと、俺は強く望んだ。


          ──


「ねぇ……ねぇってば!」


深く眠りに落ちていた意識が浮上し、声のした方に体を向ける。せっかく久しぶりの睡眠で人が気持ちよく夢に浸っていたのを、明るい声が現実に引き戻した。

俺とミラは同室で、安いベッドから抜け出したミラは同じく安いベッドに寝ている俺を揺さぶる。


「んっ…なんだ…?」

「こんな夜は語ろうよ!」

「……どんな夜だよ」


いいからいいからとベッドから引きずり下ろされ、窓から見える月を眺めながら床に座る。

綺麗な満月だと思いながらくわっと欠伸をすると、隣にいたミラもつられて欠伸をしていた。眠いのなら寝ればいいのに。


「初めて会った時もこうやってお喋りしたね」

「お喋りって言うかほぼお前の一人言だったけどな」

「だってアンディートが無視するから!」


べしべしと俺の膝を叩き、あの頃のアンディートは目が死んでたな~とか思い出さなくてもいい事を呟いている。

初めてミラと会った日。そこから俺の運命は変わったなと思う。よく笑うようになった、夢を思い出した。よくある表現かもしれないが、こいつは俺の太陽みたいな存在だ。


「実はね…アンディートに自慢したいものがあるんだ~」

「自慢したいもの?」


そういいベッドのしたから何かを引きずり出し、バッと掲げる。紺色の生地に赤い刺繍の入ったロングコートだった。


「どうしたんだそれ?……結構高そうだな」

「私ちょいちょい旦那様からお小遣い貰ってたんだよね。アンディートには内緒って言われたけど」


それを聞いて一番に思いついたのは…考えたくもないことだ。


「お前…まさか……!!」

「違う違う!本当にただ貰っただけで、私の身は純潔そのもの!!」


俺の怒気を感じたのか慌ててすぐに説明するミラを見て、どうやら嘘じゃなさそうなことに心底安心した。もし体を要求されていたなどと聞かされたら今すぐジャムダールを殺しに行っていたところだ。


多分私が可愛いからかな~と冗談めかして笑いながら、コートを体にあててくるくる回っているミラ。こうやって見ると本当にただの女だ。その首輪さえ無ければ、と少し悲しい気持ちになる。


「これね、私が運命に選ばれし王になった時に着たいんだ」

「選ばれなかったら一生着れないな」

「酷い!せっかく王になったらアンディートを補佐官として傍に置いて上げてもいいかな~って、思ってたのに」

「言ってろ、運命に選ばれるのは俺だ」


ふっ、と片方が笑えば自然と笑みが零れた。

確かに自分が王に選ばれたいという気持ちもあるが、こいつの補佐官になってやるのも悪くない気がする。こいつの純粋な思いに、絆されいている証拠だ。


「王になったら、私は世界一の王様になる!!」

「世界一の王様ってのは、具体的になんだ?」

「具体的?ん~?んー?」


お金?権力?とブツブツ呟きながら考え込むミラ。何も考えてなかったのかと呆れる。まあ俺も運命に選ばれし王になったら1番を目指そうとは思うが。ミラが嬉しそうにコートを抱きしめるのを見て、ふとある事に気づく。


「ん?おい、それちょっと見せてみろ」

「え~、いいよ。はいっ」


コートを受け取り、俺も立って自分にコートを当ててみる。

やっぱり、こいつは本当ドジだ。


「お前これ、男用だぞ」

「え、本当⁉」

「本当だ、ほら」

「ほんとだ~、肩のとこ合ってないしよく見たら長いぃ~」


王になるまで着ないという無駄なこだわりが、残念な結果をうんでしまったようだ。

嫌だ~とコートを強く抱きしめながら俺をばしばし叩いてくる彼女に対し、俺は何も悪くないだろと目で訴えかける。


「言っとくけど、あげないから!!」

「いらねぇよ、趣味じゃねぇ」

「も~、いいや!これでも着ちゃおう!」

「ダラダラコートを引きずる王か……」


それを想像して軽く笑うと、ミラは頬を膨らませて怒る。

それを指でつつくと口に入っていた空気がブッと抜け、また叩かれた。


「俺が王になったら直してやるよ、使用人にそういうのアビリタ持ちの1人や2人ぐらいいるだろ」

「いいもん、私が王になって自分で直させる!」


俺達が狙うのはブラフマーの称号。他の国の王になることはまるで興味がなかった。というかそんなこと考えもしなかった。


「俺が運命に選ばれし王になっても怨むなよ?」

「もちろん、私が選ばれても恨まないでね」

「じゃあ選ばれなかった方は補佐官な」


そう言うとミラはうーんと考え、少し俯く。

自分で言い出しといて補佐官は嫌なのか?なら参謀か?

しかしこいつは頭が悪いから、参謀には向かなそうだと心の中で笑う。


「私はね、もし選ばれなかったら……」

「ん?」

「ア、アンディートのき、きさ……」

「きさ?」

「……」

「何だ?」

「……やっぱ何でもない!!何でもない!!」


今度は両手でばしばし叩かれて、それを腕でガードしながらこいつはテンションが上がるといつも叩いてくるなと思う。


「そんじゃ、どっちが選ばれても恨みっこなし。約束しようぜ」


ミラの手前に拳を差し出す。

ミラは一瞬キョトンとしたが俺の考えを察し、自分の拳を俺の拳に軽く当てた。拳が合わさり、俺は笑みを浮かべる。


「俺達の友情は絶対かわらねぇ、約束だ」

「……うん!」


ミラは少し切なそうに笑ったが、その意味はこの時の俺には分からなかった。


          ──


「あ~、昨日遅くまで起きてたせいであんまり眠れなかったじゃねぇか……」

「いいでしょ、楽しかったし!」

「そういう問題じゃねぇよ」


そう言いつつも笑顔の自分に、こいつのせいで随分甘い性格になったなと思う。もう昔の闇に囚われていた自分を徐々に忘れていっていた。

全部ミラのおかげだ。勝手に一人で嬉しくなり、隣にあるミラの頭をわしわしと撫でる。


「わわっ、何?」

「何でもねぇ」

「も~、これから旦那様に会うのに髪が乱れてたら怒られるかもしれないじゃんっ!」


ぱたぱたと急いで髪を直すミラ。

俺達は起きて直ぐに使用人に旦那様が呼んでいると告げられ、こうしてジャムダールの自室に足を運んでいた。

2人揃って呼ばれることはそう珍しくなく、大体が八つ当たりだ。今日も恐らくそうなんだろうな、と憂鬱な気分になる。

そう考えているうちに、ジャムダールの自室の前へついた。ノックをして、入室許可を待ったが返事は返ってこない。


「失礼します」


ならばと形だけの挨拶をして、室内へ入る。

すると直ぐに違和感を感じる。その正体は、ジャムダールからの凄まじい怒気だ。

自分たちがとんでもない過ちを犯したんじゃないかと記憶を辿るが、これ程の怒りに触れるような事に覚えはない。


「──旦那様、どのような御用でしょうか?」


ミラは恐怖を感じているのか声も出せないようだったので、俺が少し庇うように前に出てジャムダールに問いかける。やつは執務机の周りをぐるぐると回りながら頭を掻き毟っている。


「あの女ぁ…俺様の求婚を断るとは……!!くそぉっ!!」


俺達が入ってきたことにも気づいていなかったのか、ガンッと思い切り机を殴った時に俺達に初めて視線が向いた。


「おお、いい所に来たなゴミ共……俺様は凄く不機嫌なんだ…せいぜい楽しませてくれよ」


そういいジャムダールが机の引き出しから取り出したのは2本のナイフ、それを俺達の前へ投げる。

嫌な予感しかしない。ミラも同じように感じたのか、俺の服の裾を握る。今は、何があってもこいつだけは守ろうという気持ちが俺を立たせいている。


「どういうことでしょうか?」

「……殺し合え」

「──えっ」


声を上げたミラの裾を握る力がさらに強まる。

殺し合え。あいつの口はそう紡いだ。頭で何度も繰り返すが、脳が理解することを拒んでいるかのように頭から抜けていく。


「俺様はなぁ……お前らがクソみたいに仲良しごっこやってんのがアタマにくるんだよ!!早く殺し合え!!」

「……」

「分かった、生き残った方には大金をやる。そして奴隷から解放してやるぞ!!さぁ、早くやれ!!」


暫く、ジャムダールの荒い息だけが部屋に響いた。金、奴隷人生からの解放、そんなもので友人を殺すほど腐ってはいない。黙り込み一向に動かない俺達に、ジャムダームは更に苛立っているようだ。

そしてふと、俺の服の裾を握っていたミラの手が離れた。


「……ミラ?」

「ごめん、アンディート」


何に謝られているか分からない。だがミラの手にはしっかりナイフが握られていることだけは理解出来た。

ミラの目は本気だ。本気で……俺を殺そうとしている。


「な、なんでだ?俺達は……」

「私は……自由になりたい!!お金も欲しい!!だから……犠牲になって」

「ミラ……」


俺が戸惑っていると、床に落ちていたもう一本のナイフを拾い俺に投げて渡す。つい反射的に受け取ってしまった。

やめてくれ。こんなの見たくもない。


「ごめん、アンディート」

「さぁ、早く殺し合え!!でないとお前達二人とも俺が殺す!!」


ジャムダールが手を前に出すと、俺達の首輪が薄く光る。

俺が動かずにいたら本当俺達を殺すつもりだ。

ゆっくりと、ミラと向き合う。

キッと俺を睨みつける目は、出会ってから初めて見た。そんな目をこいつから向けられたくなかった。

ナイフを持つ手がと震え、刃がカタカタと音を立てる。


「なぁ、ミラ。こんな事やめよう。お前を殺すなんて……」

「うるさい!!私は本気だよ!!」


ミラはナイフを逆手に持ち、俺に襲いかかる。それを飛び退き避けながら、彼女に呼びかけるが全く聞く耳を持ってくれない。


「早く殺れ!!」


ジャムダールのうるさい声が聞こえる。ミラの振るうナイフは戸惑いのある弱いものでは無い。確実に俺を殺そうとする一撃一撃が強い、殺意の篭もったものだ。


「あああぁぁぁっ!!」


ミラが叫び、俺の目の前までナイフが迫った。駄目だ。俺には彼女に刃を向ける覚悟はない。彼女を殺す覚悟、そんなもの無い方がいい。なら、ここで俺が死んだ方がいいのだろうか──。


「ミラ……やめてくれ!!」


俺は、目を閉じる。


「──っ」


肉に、ナイフのささった音がした。不思議と俺に痛みは襲ってこなかった。何が起こったのか分からずに、俺はゆっくりと目を開く。


体に刃を受け、血を吐いたのは──


ミラだった。


「なっ…なんで……」

「は、ははっ…どう?…私の演技…うまかったかな?」


演技。どういう事なのか。刺してしまった。ミラの手からナイフかが落ち、カランと音を立てた。

防衛本能で出したナイフに、ミラは自ら飛び込んだのだ。

なんで、なんで、それだけが頭でリピートされる。

倒れ込むミラの体を受け止め、床に崩れを散る。力の入らない彼女のその体を抱き起こした。


「私……アンディートには死んで欲しくない…」

「それはっ、俺だってお前には……!!」

「そうだ…よね、そう言うと思ってたよ……」


ゴボッとミラが血を吐き、どんどん顔から赤みが無くなっていく。俺の腕の中で死に向かっているのが、分かった。彼女の顔と刺さったナイフを交互に見る。俺が、俺がやってしまったんだ……!!


「ねぇ、アンディート……」

「頼むから…もう喋るな……!!」

「き、いて…?」


ミラの瞳から、涙が零れる。もう自分が死ぬことを分かっているのか、俺の頬に手を当てるとゆっくりと撫でる。その手に自分の手を重ね強く握る。


「わたし…アンディートの事…大好きだよ。だから……」

「ミラ……」

「かなら、ず…かならずね…私達のゆめ…かな、え──」


ミラが言葉を言い切る前に、その体から力が抜ける。

ぐったりと俺の腕の中で頬を涙で濡らした彼女は、もう息絶えていた。


「あ、ああ…あぁぁぁああ!!」


どんだけ叫んでも、彼女は帰ってこない。もう言葉も伝えられない。あの笑顔は、もう見れない。


俺の好きだった彼女の黄金色の瞳に最後に映った俺の顔は、涙でぐちゃぐちゃに歪んでいた。


          ──


「──ディートさま…アンディート様?」

「──っ、何だ?」


呼ばれた事にも気づかないぐらい、思考に浸っていたようだ。いつの間にか俺は王座に座っていて、目の前には5人の従者たちが揃って跪いていた。

従者のリーダー、リヴェルダ・ファードが心配そうに俺を見上げている。


「本日、我々を招集なさった理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、その事か」


自分で呼び出しておいてボーッとしてる王なんて俺だったらついて行かないがなと思うが、従者達は嫌な顔一つせずに俺を尊敬の眼差しで見ているように感じた。


「お前らに重要な仕事をやる」

「──はっ。何なりとお申し付けください」


5人の従者、プローヴァリー。俺の強さの証明だ。

1週間前の会議で、それを超える人物が現れた。


レナータ・ヴィシュヌ。

容姿、言動、そしてあの黄金色の瞳、全てがミラを連想させた。あの女は8人の従者を召喚したと言っていた。それが嘘か本当かは分からないが、本当であったなら……やることは1つ。


俺は1番の王でなければいけないのだ。そうでないと意味が無い。宝も俺1人で攻略する。だれにも渡さない。俺は……ミラとの約束を果たす、それだけだ。彼女との約束を果たすためなら誰だって、なんだって踏み台にしてやる。

コートをぎゅと握り、改めて従者達に向き合う。


「レナータ・ヴィシュヌを殺す。その支援をしろ」

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