第5話 キーパーソン
「ふうっ……」
開国宣言してからというもの、国民達の意見についての資料が机にどんっと山積みになっている。
ずっと反対派の意見についてサージェと納得するまであーだこーだと議論し合って決定したものを記述、そしてまとめる。その繰り返し。
サージェは疲れた様子を全く見せず、ずっと私の傍にいて話を聞いてくれるが、私の方は結構ボロボロだったりする。
今まで知らなかったが、従者達は睡眠も食事も基本的には必要ないらしい。月に一度に数十分の休憩さえ取れればずっと働けると言っていたが、流石にそんな恐ろしいことはさせられないと食事や睡眠は普通の人と同じように取らせている。
それに対して運命に選ばれし王は今まで通り生きていればお腹はすくし、眠くなる。どうせならそこも従者達と同じ様にして欲しかったと疲れを感じながら思う。
「レナータ様、少々休息を取ってはいかがでしょう?」
「ん~、そうだね。悪いけど少し休憩させてもらうよ。サージェもしっかり休んどいてね」
「畏まりました」
私が伸びをしながら自室へ向かうのを、サージェは頭を下げたまま見送る。本当に律儀だ。
自室に入り、一直線にベッドへ向かってそのままダイブした。
「あぁああ~」
柔らかいベッドに満足しながら、仰向けになり少し目を閉じると睡魔が襲ってくる。しかしこのまま寝たらずっと寝そうだな、と思い名残惜しく目をゆっくり開く。
ぼーっと天井を見ていると、今頃従者達はどうしているだろうと心配になった。
あのスピーチをした後、8人の内5人の従者を街に住まわせているのだ。国民達と仲良くで来ているだろうか。新生活に不安を抱いていないだろうか。なんだか親のような気持ちだ。
「ん、待てよ……じゃあ見に行けばいいんじゃない?」
手のひらに拳をぽんっとあて、頭上に電球が浮かぶ(気がするだけ)。確か…とマジカルボックスをガサガサと弄り、目的のものを見つける。
「じゃーん!Rank5のレアマジカルアイテム!その名も[クラルテクロス]!これを羽織ると私の姿が認識出来なくなるのだ!ふははは!!」
一人できゃっきゃと騒ぎ、満足したあとクラルテクロスを羽織り姿見の前に立つ。姿見には自分の姿は写っていない。完璧だ。
従者達は私が話しかけるとなんだか緊張しているように見えるので、これでこっそり見に行くことで従者達の自然な様子が見れるだろう。
「まずは街に行ってる子達が心配だから…教会から行こうかな。と、その前に……〈メサージュ〉」
『はい、ルイスでございます』
「あ、ルイス?悪いんだけど私はずっと部屋で寝てるってことにして部屋に誰にも入れないようにして。以上!」
『それはどういう──』
プーッ
ルイスが何か言おうとしていたが勢いで切った。
恐らく某もついて行きますとか言うだろう。
マジカルボックスから転移魔法の込められたクリスタルを取り出し、手のひらに乗せる。
「〈テレポート〉」
クリスタルが砕け、魔法が発動する。
私が街の教会のをイメージすると、瞬きの間に転移した。
先程の私の部屋と違って周りは人だらけで、ガヤガヤと人の声があちらこちらから聞こえる。
人にぶつからないように身をよじって教会の中へ入ると、その美しさについ突っ立って止まってしまった。
左右に並ぶ長椅子、その中央の先には卓上にある本に何かを書き記しているエンドの姿が。
「(いたいた、エンドだ!)」
服は最初に与えた物ではなく神官にあった仕事着、役職衣装を身につけている。
すると私の横を死にかけたような顔で俯きながら教会内へ入る男性の姿が。とぼとぼエンドに向かっていく男性に少し警戒しつつ後を着いていくと、エンドは先程何かを書いていた本から顔を上げ内陣から男性を見下ろす。
「迷える者よ、何用か?」
「はい、神官様。実は私の嫁が、私に嫌気がさしたと逃げ出しまして…どうしたらよいのか…うぅっ」
どうやらお嫁さんに逃げられて、死にそうな顔をしていたようだ。エンドはそうかと言うとしばらく黙り込む。
「何故嫁はお前に嫌気がさしたと思う?」
「私が仕事ばかりであまり2人の時間をとらなかった事だと思います…」
「なるほど、ではお前が悪い」
「!」
「お前達2人は病める時も健やかなる時も愛することを誓ったのだろう?お前はそれを破ったのではないか?人は言葉にしないと伝わらない事がある。お前は相手には愛を伝えたか?」
「……」
「相手もそうだ。自分達のためにお前が努力しているのにも関わらず、その努力を見ようともしないでお前から離れた」
「で、では…私はどうしたら……?」
「嫁を追え。そしてまた分かり合えるように話し合えばよい。今からでもお互いの大切な時間を取り戻せば良いのだ。もし見つからなければ俺も協力しよう」
「あ、ありがとうございます!行ってきます!!」
男性は先程とは違った、何かを決心した様な顔で教会を飛び出して行った。
ちゃんと仕事をしている姿に、私も感心する。
男性を見送ったエンドはふぅっと息を吐き、卓上に肘をついて片手で目元を覆う。
「ああいう手の話は苦手だ…恋愛など分からん……」
男性には良いアドバイスをしているように見えたが、彼自身は恋愛に関して得意では無いようだ。
そう思っていると奥の部屋からシスターが出てきてエンドのそばへ寄る。
「大丈夫ですか、エンド様?何かをあればわたくしに……」
そう言ってエンドの空いていた方の手を取り、自らの胸元でぎゅっと包み込んでいる。恐らくエンドの手には彼女の胸の感触が伝わっているだろう。
「(エ、エンド!!それ、それ!今恋愛感情向けられてるよ~!!)」
私は脳内で叫びながら彼に呼びかける。それと同時になんだかモヤモヤした感じが胸の中で渦巻いていた。
エンドが顔を上げ、彼女を見つめる。するとシスターは何を察したのか、すっと目を閉じた。
「(これは…何だか良い雰囲気……?)」
それを何故か不快に思った。思ってしまった。
私にふたりの恋愛を止める理由などない……はず。
エンドはどうするのか、見たいけど見たくなかった。ぐちゃぐちゃと矛盾した気持ちの中、エンドの次の行動を伺う。
「どうした?立ちくらみか?」
「へ?」
「(……まさかのスルー!!)」
わざと気付かないフリをしているのかと様子を見るが、本当にシスターの体調を心配しているようだ。
本当に恋愛感情に疎いというのが、今証明された。
シスターの方はかなり恥ずかしい思いをしたのか、何でもありませんとエンドの手を離しまた奥の部屋へ戻って行った。
「…何だったんだ?」
お気の毒様とシスターにお悔やみ申し上げた後、少しざまぁみろと言葉を追加した。
するとまた教会に入ってくる人をエンドは迎え、話を聞いてあげていた。彼は言葉遣いは少々厳しめだがちゃんと人の気持ちが分かる人だと思う。自分の事については疎いようだが。
私は安心して教会を出ることが出来た。
──
「いらっしゃいませ」
優しい声が客を迎える。次に寄ったのはルポゼのいる宿屋だ。彼女も普段とは違う役職衣装を身につけている。
「1泊、この代金で」
無愛想な男が明らかに少ない金額をカウンターに投げ、ルポゼを睨みつける。
それでも彼女は微笑んだままだ。
「申し訳ございません、お客様。当宿の1泊の宿代はそれでは足りません。1番安い部屋でも銅貨10枚は頂かないと……」
「あぁ?俺様に文句つけんのか?」
悪質クレーマーか。厄介なのに絡まれているなとルポゼを心配するが、彼女はまだ微笑んだまま怯えたような姿は見せていない。
何かあれば自分が出るかと、クラルテクロスの裾を少し握る。
「俺様だか何様だが分かりませんが、宿代を払えないと言うのであれば他の宿をおあたり下さい」
「んだとてめぇ!女だからって手加減すると思ってるのか⁉」
そう言い男が拳を振り上げる。
これはまずいと男の手を掴むため駆け寄ろうとするが、まだ微笑んでいるルポゼが気になり少し意識が逸れる。
「〈ルーチェ・シールド〉」
ルポゼの言葉と共に、彼女を囲うように薄い黄色のシールドが張られる。男の拳はそのシールドによって防がれる。
「──がぁっ!!いっ!!」
男が悶える。それもそうだろう、壁に思い切り拳を叩き付けたようなものだ。それに従者の発動したシールドともなれば相当な硬さのはずだろう。
ルポゼは先程男がカウンターに投げた銅貨2枚を取ると、カウンターを出て男の手にそれを握らせた。
「お帰りください」
「くっ、くそ!覚えてろ!!」
よくある悪役の台詞を叫び宿屋から飛び出てゆく男。ルポゼに何も無くて良かったとほっとする。
「ル、ルポゼ様!大丈夫ですか⁉」
同じくカウンターにいた女性従業員が心配そうにルポゼに駆け寄る。怖くて出れなかったのだろう。
「私は大丈夫です。でも少し緊張してしまいました」
そう言い笑顔を見せる彼女に、女性従業員も安心した様だ。
流石に従者だけあってそんじょそこらの野郎どもには負けないようだったので、私も一安心。
他にもその場にいた従業員やお客さんまでもルポゼを心配して声をかけてくれていた。
「(よしよし、こっちも上手くやってるようだね……)」
私は宿屋を出て、次の場所へ向かった。
──
「らっしゃい!!いいの揃ってるぜ!!」
「武器をお求めの方はこっちよ!」
武器屋と防具屋。隣り合わせのその店の店主をやっているのはアタリルとディーフェルだ。
よく見ると2つのお店を区切っていた壁が無くなっており、お互いの場所へ行き来しやすい簡素な柵が取り付けてあった。……本当に仲がいいな。
「ちょっといい?予算は銀貨15枚ぐらいで、いい防具探してるんだけど」
ディーフェルの方に色気のある女戦士が話しかける。
カウンターにもたれ掛かり、少々胸元を強調した様な姿勢をとっているのが伺えた。
アタリルをちらっと見ると嫉妬の眼差しだろうか、ボソッと私も本当はあれぐらいあるもんという声が聞こえる。
「おうおう、お姉さん!それだったらこういうのはどうだ?」
ディーフェルが店の奥から取ってきたのは銀のプレートアーマー。とても綺麗に磨かれており凄く高そうに見える。
「本当にこれが銀貨15枚で買えるの⁉」
「おう!強度は俺の保証付きだ!どうだ?」
「……か、買うわ!!」
自分の姿が反射して見えるほどの綺麗な一品だ。ディーフェルの趣味は防具の手入れなので、あれもかなりのメンテナンスをされてきたのだろう。
「貴方に会えて良かった。良かったらまた会ってくれないかしら?今度は違う場所で……」
「ん?どう言う意味だ?」
「もう、言わせないでよ」
あわわっとアタリルを見ると怒気で周りが燃えているように見える。これはかなりご立腹だ。それに全く気づく事ないディーフェルは首を傾げた。
「(ディーフェル!気づいて~!!)」
そうディーフェルに念じていると。ディーフェルはああ、なるほどと言い彼女に笑いかける。
「悪ぃなお姉さん。俺には超絶可愛い嫁ちゃんがいてね」
そう言いアタリルの方に視線を向けるディーフェル。それを追うように女性もアタリルを見た。そして彼女の容姿にフッと鼻で笑う。
「なによ、貴方あんな貧相なおチビさんが好みなわけ?」
するとディーフェルは腰に手を当てうーんと考えた後そうだなと続ける。
「あいつが小さくても大きくても、俺は愛してるぜ!これは絶対に変わんねぇな!ははっ!!」
「…そうっ、お幸せに!!」
お金を払い、プレートアーマーを受け取った女性は怒った様子で去っていった。
「何であんなに怒ってんだ…?」
「もう!ディーフ!!」
女性が去ったのを見送ったあと、アタリルがディーフェルに怒鳴る。やっぱり彼女に誘われていたのが気に入らなかったのだろうか。
「お客さんの前であんな恥ずかしいこと言わないでよ!」
「そう言ったってなぁ、事実だしいいんじゃねぇか?」
「だから恥ずかしいのよ!もう!!」
アタリルは怒った態度をとってはいるが、少し嬉しそうだった。ラブラブだなぁと和んだ後、私が送り出した従者の中で一番心配な彼の元へ向かうことにした。
──
武器屋と防具屋の少し離れた場所にある道具屋。
エルバトが店主の店だ。
近寄って覗いてみると、あの可愛らしいアホ毛がぴょこぴょこしていた。その肩には緑色のぷにぷにした物体。
実はエルバトには補佐役としてサージェが召喚したスライムを預けている。仲良くやっていれば良いが……
「ね~、スライムくん。お客さん全然来ないねー」
プルプル
「このままじゃレナータ様に褒めてもらえないよー…」
プルプル
スライムに話しかけるエルバト。対してスライムは話せないので体をプルプルと揺らしながらエルバトに頬ずりをしている。ほのぼのした光景だ。
「ありがとうスライムくん!僕、頑張れる気がする!!」
うんうん、良い話だとまったりしているとエルバトが客引きを始めた。
どうやら可愛い少年とスライムのコンビは宣伝効果抜群らしく、人がワラワラと集まってきて、思った以上に客が来たことに焦りながらもエルバトは嬉しそうに対応している。
「おい、このアイテムは何だ?」
「そちらはその液体を飲んだ人が一時的に性転換しちゃうマジカルアイテムになります!」
「へ、へぇ…そんなものまで置いてるのか……」
私も初耳なんだがと思うがエルバトの道具屋はかなりの品揃えらしく、お手伝いしているスライムもとても忙しそうに体をみょんみょん伸ばしている。
そしてさっきの性転換マジカルアイテムを買って帰る男性。何に使うんだろう…?
エルバトの方は問題なさそうだと安心して城へ戻ろうと思った時、視界の端に子供が見えた。手には大きめな石。
「子供のくせにちょうしのるな!!」
そう言いエルバトに向かって手に持っていた石を投げた。何が子供の怒りを買ったかは知らないが、私の可愛い従者になんて事をするんだと、急いで石を受け止めようと走る。
めいいっぱい手を伸ばしてエルバトの顔面スレスレで石を受け止め、それを握りつぶし粉々にする。
「……?」
エルバトを含め、周りの人達は何が起こったか 分からずぽかんとしている。
「なんの詠唱も無しに魔法を使ったのか…?」
「従者ってのは凄い…というか少し怖いな……」
まずい。私の軽率な行為でエルバトに悪い噂がつくかもしれない。どう誤魔化そうかと思った時、エルバトが白のクリスタルを掲げる。
「じゃーん!今のはこのマジカルアイテムで瞬時にシールドを張ったのです!今ならお買い得ですよ!!」
どうですか?と周りの客に問いかけるエルバト。不審がっていた人々もなんだ、アイテムだったのかと納得してさっきの不穏な空気がなくなった。
エルバトは私がいることに気づいていたのだろうかと思うが、スライムにこっそり「なんだか分からないけど、いいチャンスになったね」と耳打ちしているのが聞こえて、私の行動を逆に利用して売り込みをしたようだと感心する。
彼は私が思う以上に商人としての才能があるのではないかと、嬉しく思いながら転移アイテムを使い城に戻った。
──
「(さて、城に戻ったわけだけど……)」
残るはこの城に居住をもつ3人。
ここから一番近いのは訓練場かと思いながらそこへ足を運ぶと、怒鳴り声が聞こえた。それは訓練場に近づくにつれどんどん大きく聞こえる。
なんだなんだと早足で向かうと、数十という兵士たちに指導しているアルマの姿が。
「そんな弱腰ではいざと言う時レナータ様を守れないぞ!!死にたいのか⁉」
「そこのお前!!姿勢がなってない!!」
「素振りが終わったら私と模擬戦だ!気合いを入れろ!!」
アルマの厳しめな言葉が兵士達へ飛ぶ。
兵士達の顔を見るとゾンビの様な疲れ切った顔をしていた。今にも倒れそうな者もいる。
「(わ、わぁ…スパルタ……)」
私だったら耐えられないかもと、イデアーレの兵たちにお疲れ様ですと内心声掛けをして、もう少し様子を見る。
流石にきつかったのかバタバタと数名倒れていっていた。1人が倒れるとま1人と連鎖的に膝をつき始める。
「情けない!この程度で休むな!早く立て!!」
「しかし……」
虚ろな瞳でアルマに抗議する兵。疲労のあまり唾液が口から伝っており、少々可哀想になる。
このままでは潰れてしまうのではないかとアルマと話をしようと思った時、アルマがマジカルボックスから大剣を取り出す。まさかそれで…と焦るとアルマはそれを地面に突き刺す。
「〈ベアトリーチェ〉!!」
突き刺した剣を中心に魔法陣が広がる。この訓練場にいる兵士達全員が魔法の効果対象になるほどの大きさだ。
アルマの詠唱と同時に皆の体力が回復していく。
アビリタの上位、運命に選ばれし王とその従者しか使えないクアリタという特殊技能が存在する。
アルマのクアリタ、ベアトリーチェは自分を中心とした上限半径500メートルの魔法陣に入っている仲間の体力を徐々に回復する、というものだ。魔法陣の大きさは調整できるらしい。アルマが愛刀の[グランドフィナーレ]を出したのは、そのクアリタを強化する能力があるからだ。
「少しの休憩の後、また訓練を始める!気を抜くな!!」
『はいっ!!』
兵士達のさっきの死にかけの声とは違う、元気な声が聞こえてひと安心する。アルマも何も考えずに指導している訳ではないらしい。従者と普通の人の基礎能力はかなりの差がある。だがアルマは自分にできるから相手もできると勘違いして力量を誤ることは無いようだ。
ちゃんと兵士達の限界を見ながら相手をできる良い将軍じゃないか、と自分の頼りになる従者を嬉しく思う。
そして私は次の場所へ足を向けた。
──
その部屋へ入ると私の好きな匂いがして、すぅっと鼻で吸い込んだ。図書室。大量の本が棚や壁まで埋めつくし、全て読むにはどのくらいの時間がかかるのだろうと想像して気が遠くなりそうだ。
部屋に入ってすぐの所にカウンターがあり、そこにこの場所を管理する者が椅子に座り本を読んでいる。サージェだ。先程休めと言ったのにここで仕事をしていたのかと呆れるが、彼にとってここにいることが休むことになるのかもしれない。
カウンターには本が山積みになっており、サージェはそれを簡単にパラーッと読んだだけで内容を理解したようだ。確か彼は速読が出来ると言っていたが、本当にそれだけで分かったのかなと速読が出来ない私には分からなかった。
「……」
「(……)」
しばらく本を読むサージェを観察する。
文芸、ビジネス書、専門書、絵本、等々……様々な種類の本を読み、左側つまれた未読(おそらく)の本がどんどん右側の既読の方へつまれていく。私なら1ヶ月かかって読むだろう量の本を数分で読み終えてしまった。ちょっとそれで読書の楽しさとかあるのかなと思う。今度聞いてみよう。
そう思っていると、サージェの元へ白い天使がふわふわと降りてきた。
「ああ、ありましたか。ルポゼが読みたいと言っていたものですね。預かります」
天使から1冊の本を受け取り、ぺこりと頭を下げた天使はまたどこかへ飛んで行った。この天使はサージェが召喚した司書のようなもので、彼1人では管理が大変だろうと召喚を許可したのだ。
サージェが先程受け取った本をペラペラとめくる。
「お菓子のレシピ本ですね…ああ、凄く美味しそう……」
目をキラキラと輝かせながらレシピ本を見るサージェ。もしかして甘いものが好きなのだろうか?
先程の本はもの凄いスピードで速読していたのに、このレシピ本は1ページ1ページしっかり目を通して、色とりどりのスイーツ達を見て「あー」だとか「これは…」だとか独り言がもれていた。
そして何を思ったのか本をパタンと閉じたあとボックスにしまい、天使に少し部屋をあけると告げるとどこかへ向かった。私も慌てて後を着いていく。
サージェが向かったのは、食堂。
傍にあったテーブルにつき、料理長のケイに何かを伝えたあとるんるんと待っている。
すぐにケイが持ってきたのは、とても美味しそうなガトーショコラだ。サージェは一言礼を言ったあといつも口元を覆っている布を下げて、フォークでそれはもう大切そうに1口分切り、口へ運ぶ。私もついつい口を開けそうになる。
「ん~、凄く美味です…生き返ります……」
満面の笑みでガトーショコラを咀嚼するサージェはとても幸せそうだった。
「(わぉ…意外な一面…。これは良い情報が手に入ったぞっ!!)」
サージェは甘いものが好き、と心の中でメモをしたあと邪魔してはいけないと食堂を出た。
──
最後に宝物庫の前に立つ。ここは私の部屋より厳重な警備をさせている。まず今の状態で正面から入ることは絶対に出来ない。扉は特殊な鍵でしかあかない上入るとテゾールが感知できるようになっている。鍵は持っているので入ることは出来るが今回はこっそり従者の日常を見ることが目的なので正面からは入らない。
実は私とルイス、テゾールの三人しか知らない裏ルートがあるのだ。宝物庫への扉から少し離れた場所にある床を強く三回踏むと、そこがボコっとへこんだ後階段が現れる。私が階段を下ると入口がすぐに閉まる。ここは一方通行なのでもう戻ることは出来ない。
「確か…右、右、左、下、上、右、上…なんだっけ…?」
十字型の通路を正しい順番に通る。ちょっと忘れかけているがもし間違った場所へ進んでしまうとアラートが鳴り、テゾールにバレてしまうので慎重に思い出しながら進む。
そして何とか絞り出したルートを進み、宝物庫へ入ることが出来た。
「(あーやっとつい、た……)」
少々伸びでもしようと思ったら、正面にテゾールが微笑みながら立っていた。思わずヒッと声をあげそうになる。
いつもの怪しげな笑みで私をじっと見るテゾール。アイテムの加護で私の姿は見えないはずと焦りどうしようかと様子を伺っていると、テゾールがこちらに手を伸ばす。
と、思いきや私の右後ろにあった聖杯を手に取り「少々汚れていますね…」と懐から取り出した布で聖杯を磨いている。
「(なんだ…バレた訳じゃなったんだ……)」
ほっと一安心してどこかへ向かう彼に着いていくと、宝物庫にある少し開けたスペースにどこから持ってきたのかテーブルと椅子を設置していた。
「紅茶でも飲みましょうか」
そう言いテゾールは奥にある自室へ入りティーポットとカップを持ってきた。
何故自分の部屋ではなくここでティータイムを始めるのだろうと思うが、お宝に囲まれながらくつろぐのも結構贅沢なのかなと考える。宝が好きだと言っていたし、多分そうだ。
「今日はディンブラーにしましょう、そのお供はどうしましょうか…?」
何か良い菓子はあったかとまた部屋に戻るテゾール。彼は独り言が多いんだなとちょっと親近感を覚えると、ふと奇妙なことに気づく。
テゾールが出したテーブルに椅子は二つ。そして戻ってきたテゾールが座った向かいの空席にも何故かティーカップが。
「お菓子は今日の紅茶にあうものがありませんでした…ですのでお供は楽しい会話、という事にしましょうか」
そう言い自分と空席のティーカップに紅茶を注ぐテゾール。
なんだか不気味だ。元々彼はよく分からない行動や言動が多く1番謎な従者で、もしかして見てはいけないものを見てしまっているのではないかと思い、1歩後ずさる。
そして一瞬の瞬きの間に、先程椅子に座っていたテゾールがいなくなっていた。
「(えっ!どこに……)」
「動かないでください」
──背後から声が聞こえる。
そして自分の喉元にはナイフが当てられていた。
一瞬すぎて分からなかった。いつの間にかテゾールが私の背後に周りすぐにでも私の命を狩れる状態になっていた。
「先程からせっかくお茶会に誘っているのに無視ですか?それにそうやって姿まで隠して…裏ルートは私を含めて3名しか知らないはずなんですけどね……」
その内の1人です~!!と心の中で叫びながら、いきなり動くとそのまま殺される気がするので動けずにいた。クラルテクロスをまとっている間は声を出しても相手に聞こえない。もしこのままナイフで喉元を掻っ切られてしまえば、いくら王と言えどなんの強化もしていない状態なのでおそらく死ぬだろう。
「(ひぃぃ…テゾール!私です!レナータです!!)」
「この神聖な宝物庫に土足で踏み込むなんていい度胸してますね。…ふざけんじゃねぇぞ、生かして返さねぇからな……」
急に口調がいつもの丁寧語ではなくなり、今度こそ声を上げてしまうが彼には聞こえない。
「じゃあ最後にその面拝ませてもらおうか!〈武装強制解除〉!!」
アビリタをかけられ、私のクラルテクロスが実体化する。
それを掴まれ思い切り引き剥がされた。
「わっ…!」
「──!?レナータ様⁉」
目を見開き驚くテゾールに少し気まずい私。
テゾールもどうしていいのか分からないのか、ずっと固まっている。
「あ、あの~、実は今従者達がどうやって過ごしてるかこっそり見てまわってて…」
「…も、申し訳ございません!!貴方様に刃を向けるなどっ!!俺はなんて事を……!!ど、どうやって償えば……⁉」
自分が守るべき存在に刃を向けてしまったことにかなり動揺している様で、カランとナイフが音を立てて落ち、目はめちゃくちゃ泳いでいて手も恐ろしいぐらい震えている。
息も荒く過呼吸でも起こすのではないかと心配するレベルだ。
「お、俺は……」
「大丈夫!大丈夫だから、ね?」
そう言い震える手を両手で包み込み顔を覗き込む。
それでもまだ自分のした事が許せないのか、私に処分されるのが怖いのか、手の震えは止まらない。
ならば、とテゾールをぎゅっと抱きしめ、背中を優しくさする。
「レ、ナータ様…?」
「ごめんね、テゾールは私がコソコソ隠れてたから勘違いしただけで、何も悪くないよ。私が悪かった」
「あ、貴方様が謝ることなど何も!!」
「駄目、私の謝罪を受け入れなさい。命令!」
「……はい」
しばらく背中をさすっていると手の震えや荒い息も落ち着いてきて、私のとった行動は正解だったかと安心する。
もう大丈夫かなと体を離そうとすると今度は逆にテゾールが私をぎゅうっと抱きしめてきた。多分全力の力だ。苦しい。
「ちょ、ちょっと苦しいかな~…」
「しばらくこのままで…お願いします……」
腕のチカラが緩められ、私の肩に顔を埋めるテゾール。
なんだか大きい子供みたいだと思い、いいよと返事をしてまた背中をぽんぽんと撫でる。
すーはーすーはーと肩口で物凄く深呼吸されているが、彼の奇妙な行動は今に始まったことでは無いのでスルーする事にした。
──
私との別れを惜しむテゾールのホールドから何とか抜け出し、自室に戻ってきた。
「ふぅ、ちょっと疲れたな……」
またまたベッドにダイブして、ごろごろしながら色々振り返る。
街に出した従者達は思った以上に周りに馴染めていて、上手く生活しているようで安心した。私が急に決めたことなのでもしかしたら上手くいってないんじゃないかと思っていたが、余計な心配だったようだ。
従者達を召喚してまだ1ヶ月も経っていないので、これからまた彼らの事を知っていけたらいいと思う。今度は隠れてじゃなくて堂々と会いに行こうかなと思ったが、街にいきなり王がやってきたら迷惑じゃないかと色々悩みが出てきた。
コンコンッ
「レナータ様、サージェ様がお越しになられています。明日の会議についてお話があるようです」
「分かった、すぐ行く!!」
この事はまた今度考えよう。
それより先に、明日の運命に選ばれし王達の会議についてだ。私はベッドから降り服装を整えた後、部屋から出た。
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