第3話 八人の子達

「……」


ぼんやりと、意識が浮上する。

ふわふわとする意識の中、天井をぼーっと見るとなんだろうか、布。そして自分が横たわっているのは異様に寝心地の良いマットレスに、被っているのは柔らかいシーツ。服はいつものではなく寝やすそうな軽装に変えられていた。天蓋が有り、これは……ベッドか。そうしてやっと意識がはっきりしてくる。


自分の最後の記憶は──そう、従者の召還で無茶をした後、8人分の衣装の制作をし、達成感ではしゃいだ後に座り込みそのまま寝てしまったのだ。


……マヌケだ。もう少し頑張る予定だったが失態を見せてしまったと小さくため息を吐く。

周りを見ると、天蓋から垂れる布でよく見えないが人の気配がする。

声を出そうとしたが、思ったより掠れた声が自分からでて驚く。


「レナータ様?」


ふわりとした柔らかい声が返ってくる。

すると布越しに見える人影が濃くなり、誰かが側まで来てくれたのが分かる。


「お目覚めになられたのですね、よかった…。ご体調の方はいかがですか?」

「ん~、結構スッキリしたかも」


上半身を起こし大きく伸びをした後、ベッドから降りる。布を履けて出ると、そこには先程会話をした人物が居た。

左目にモノクルを付けた空色の髪の女性。召喚した従者の1人だ。

緑色のくりっとした目が私を見つめている。


「私もしかして結構寝ちゃった?1日ぐらい……かな?」


自分が衣装を作っている時は深夜だったが、窓から西日がさしている所を見ると、かなりの時間が経過したのではと予想する。


「いえ、その…5日間でございます」

「へぇ、5日。ん⁉5日間⁉」

「はい、私達を召喚してくださった事によってかなりの精神力を消費して、疲労が溜まってしまっていたのでしょう」

「それにしても5日…寝すぎだよ私……」


逆によく1回も起きずに5日間寝られたなと呆れを通り越して感動すら覚える。

ずっと寝ていたということはその間は皆に負担をかけてしまったのであろう。王がやるべき仕事を放置してしまっていたのだから。そもそも自分は王がどんな仕事をするか全然知らないのだが。


「私が寝てる間、皆はどうしてたの?王が意識不明な状態って国を攻めるのに絶好のチャンスなんだと思うけど……大丈夫だった?」

「そこは考慮しまして、外部に情報が漏れないように慎重に行動しましたのでご安心を」


自分が呑気に寝ている間に、みんなに苦労をさせてしまったようだ。私が出来る償いといえば、一刻も早く皆に元気な姿を見せることだろうか。

このままの姿ではなんだと着替えがしたいと提案する。


「畏まりました。では、お手伝いします」

「え」


手伝うとは…着替えを?何を手伝うのかと思う。ただ服を脱いでいつもの服に着替えるだけだ。

思ってもみなかった返答に若干戸惑いながらも、肩や腕の部分の甲冑はベルトが多く一人では時間かがかかるので、結局手伝って貰うことにした。


          ──


着替え終わるとまた謁見の間へ連れられ、またまたあの玉座に座らされた。恐らくこれから何度も座る様になるのだろうからいい加減慣れないとな、と考える。


「では、皆を呼びますので少々お時間をいただきます」

「うん、よろしく」

「〈メサージュ〉〈エクステション〉」


メサージュという遠くにいる相手と会話ができる魔法を使い彼女は従者全員を呼び出し始める。

エクステションというのは低位の強化魔法で恐らくメサージュを強化して、多数と連絡が取れるようにしたのだろう。しかし大人数で喋り出すと聞き取れないのでこれを使う時は大体が一方通行の連絡、という使い方になる。


「皆を呼びました。直ぐにこちらへ来ると思います」

「ありが──」

「レナータ様!!お目覚めになられたのですね!!」

「……え」


早い。あまりにも早すぎる。まだお礼も言わないうちに従者がここへ到着したのだ。

それも1人や2人ではない、全員だ。

扉の前でずっと待ってたのかと思うほど早かった

皆が早歩き(走るというのは場に相応しくないからだろうか)で階段の所まで来て跪く。


「お体の調子はどうでしょうか?」「何処か痛みはありませんか?」「お腹は空いていませんか?」「水をお持ちしましょうか?」「元気になるアイテムを……」

「いや、ストップ、ストップ!!」


皆が口々に私の身を按じる言葉を掛けてくれるが、一斉に喋られても聞き取れない。私は聖徳太子では無いのだ。

全員がしんと黙り込み、私の次の言葉を待っている。


「そのー、心配かけてごめん。体調は見ての通りピンピンしてるからそこは心配しないで、大丈夫。今は私が寝てた5日間に何があったか教えて欲しいな」


もしかしたら大きな変化があったかもしれないと不安で仕方なかった。仕事で初日からミスした様な不安。自分のせいで周りの人に迷惑がかかったのではないかとそわそわする。

しかし……誰も喋り出さない。どうしたのかと様子を伺っているとどうやら誰が報告するか戸惑っているようだ。

さっきの様にタイミングが合わず皆で話してしまったら私に叱られると思っているのだろう。


「あ~、じゃあ貴方」


そういい一人の従者を指さす。白の布地に黄色で刺繍がされたマントを羽織った赤い瞳の青年。青年…と言うにはかなり落ち着いた、貫禄のある雰囲気を醸し出しているが。


「貴方に…ん?待って。もしかしてみんな名前……」

「はい、まだありません」


やらかした……。そういえば従者の名前は王が決めてあげるのだとルイスから事前に聞いていた。

この5日間従者たちがどうやって過ごしたか考えると頭を抱えたくなる。


「みんなごめん!!」

「いえ、貴方様が謝る事など何もございません。私共はレナータ様から名前を頂けるだろうとルイスさんから聞いておりましたので、ただただ楽しみにお待ちしておりました」


にこりと満面の笑みを浮かべられ、余計に申し訳なさを感じた。

名前か、と腕を組みうーんと唸る。命名などした事がないのでいざ考えようとすると案外難しいものだなと悩む。

さて誰からつけたものかと従者達をじっと見つめた。


「よしっ!」


手を叩き、ガチャッと手甲が鳴る。

折角皆が揃っているのだ、召喚した日にまともに話も出来なかったので良い機会だと思う。


「みんな、面接しよう!」

「面接、でございますか?」

「うん、私みんなとあんまり話も出来なかったし、みんなの事もっと知りたいから」

「私共に興味を持って頂いて大変心嬉しく思います」


さっきより深い笑みを浮かべ喜ぶ従者。

他の従者達もとても嬉しそうだ。思ったより私に物凄い忠誠心があり、私が命令すれば何でも聞いてくれるような気がする。いや、実際そうだろう。……つい甘えてしまいそうだ。


「ここじゃあアレだし、執務室に移動しようか」


          ──


コンコン


「どーぞ」

「失礼致します」


執務室に移動して、1対1で話を聞くからと順番を決めて1人ずつ入ってもらう事になった。待機メンバーは廊下で待っていて、まるで会社の面接のようだと思う。面接官になった気分がして何故かこちらが緊張してきた。


最初に入って来たのは先程私が指名しようとした白いフードの青年。口元は布で隠れていて表情が読みにくそうだと思ったが、よく見たらシースルーになっていてにこりと弧を描いた口が見えた。

だが…一番気になるのは彼の頭部だ。深いフードで隠れてはいるが、ツルッとした頭が見える。そう、頭髪が無い。

若いのに苦労してるな…と、憐れむが召喚したのは自分なのでもしや私のせいかも知れないと焦る。


「レナータ様?どうかなさいましたか?」

「いや、大丈夫、全然大丈夫!」


何が大丈夫なんだ、と自分にツッコミを入れてどうにか平静を保つ。もしかしたら気にしているかもしれないのでそこの話題は避けようと誓った。


「あ~、私従者についてあんまり知識ないから質問が多くなっちゃうかもしれないけど、いい?」

「はい、勿論です。貴方様のお役に立てるなら願ってもない事にございます」

「じゃあ…まず気になってるのは、皆が自分の事……そうだなー例えば好きな食べ物とか、趣味とかあと特技とか?そういうのを理解出来てるのかな?、と。だって私が召喚してからまだ5日しか経ってないから、言わば生まれたてなわけでしょ?」

「そのことについては大丈夫でございます。私共が召喚されてから、まるでこの体を随分前から使っていたかのような馴染みを感じました。なので自らの事も不思議と理解が出来ます」


本当に不思議だ、まあ魔法なんてそんなものだろうと勝手に納得する。それと同時に安心した。これから従者達に色々聞く予定なのに返事が全部、分かりません、とかだったらどうしようと若干心配していたのだ。


「では、趣味、長所、短所、あとは得意分野を教えて下さい」

「はい。趣味は読書、長所は頭の回転の速さ、短所はありません。あったとしてもレナータ様の従者として完璧では無い、というのは罪だと思われますので即座に修正します」

「そ、そっか……」

「そして、得意分野は戦略でございます。レナータ様に敵対する者は私の戦略で即座に潰して見せますのでその際はお任せを」

「ほほぅ、心強い!私、頭の方は期待しないで欲しいから貴方みたいな人がいると凄く助かる!」

「ありがとうございます。知識であれば、仮面をつけた赤いマントの彼もかなりその面で活躍出来ると思われます」


仮面をつけた従者。頭で思い浮かべ、国政の事は二人に任せてしまおうと丸投げ作戦を考える。


「よし、じゃあそろそろ名前決めちゃおうかな」

「よろしくお願いします」


う~んと空を見つめながら先程貰った情報をまとめ、名前を考える。一生物なので文字数など真剣に考えたいが、この世界で名前の文字数での運勢の善し悪しがあるのかと疑問に思い、直感でビビっと来たものを与えようと思う。

まあ、気に入らなければ改名しても全然良いのだけど。ちょっと寂しいが。

その時、ふっと名が降りてきた。


「サージェ、貴方をサージェ・ミタリーと命名します」

「有り難き幸せにございます!このサージェ・ミタリー、貴方様に絶対なる忠誠を誓います」


彼の、サージェの周りにぱぁっと花が咲くのが見える気がするほど喜びが伝わってくる。どうやら気に入ってもらえたようだ。


「じゃあ、悪いけど次の人呼んでもらっていい?」

「畏まりました」


失礼しますと退室した後、外から「サージェ・ミタリーと素敵で大変素晴らしい名を頂戴しました」と嬉しそうに報告する声と、「おお~」と羨ましがるような声と共に拍手が聞こえる。


……私のプレッシャーが倍増した。



そしてちょっとしてからノックが聞こえた。


「どうぞ」

「失礼します……」


キョロキョロと周りを見渡しながらかなり緊張した様子で入ってきたのは、私が目覚めた時に話をした空色の髪をした女性だ。水色の十字架の模様が入った膝下まである服に、上から緑色のフードの付いた外套を着ている。

左目につけたモノクルは相手の体力や魔力の量が見えるマジカルアイテムでチェーンについている十字形のシンボルが揺れている。そして上から下まで見たあと、分かり切ったことだったが彼女の豊満な胸に視線がいってしまう。私の馬鹿野郎。


「あの、何からお話したら良いでしょうか?」

「はっ、そうだった。ごめんごめん、ちょっとむ、いやなんでもないよ」


流石に胸ばっかり見てましたとは言えないので笑顔で誤魔化した。幸い彼女は私の真意には気づいてないようで、そうですかと笑顔を返してくれた。


「んんっ、じゃあ気を取り直して…趣味、長所、短所、あと得意分野を教えて下さい」

「はい。趣味はお菓子作りです。あと長所…ですか…おそらく細かい所に気がつける事だと思います。短所は一度怒りにとらわれると歯止めが効かなくなる所で、得意分野は回復魔法です。それ以外では取り柄はありませんが、逆に言えば回復魔法に関しては誰にも負けない自信があります!」

「なるほど…お菓子って何が作れる?」


つい私の中の食いしん坊がそこに飛びついてしまった。他にもっと聞くべきところがあるだろう、まったく。


「ええっと、クッキーやシュークリーム、あとアップルパイと…あ、ケーキも作れます!」

「おー、凄い……。ちょっとお腹空いてきちゃった」

「それは大変です!何かお作りしてお持ちしましょうか⁉」

「いや、今はみんなの名前から考えたいから、よかったら…後で何か作ってもらえる?」


何だか真っ先にお菓子の話題に興味を持ってしまった自分が今更恥ずかしくなり控えめに尋ねると彼女は喜んで、とても嬉しそうにしていた。

ちょっと脱線したなと思い、彼女の名を考える。


「ん~、よし!貴方をルポゼ・マータと命名します」

「あ、ありがとうございます!」


またもやサージェと同様に彼女の周りに花が咲いたように見える。


「じゃあ次の人呼んでもらおうかな」

「はい、畏まりました!」


深々とお辞儀をした後、失礼しますと退室すると、またまた名前への賞賛と続く拍手が聞こえる。


「子供の名前考える親ってこんな気分なのかな……」


残り6人。私の直感命名能力(笑)がフル稼働する事を願うばかりだ。



そして3人目、ちょっと強めなノックと、やっちゃった…と悲しそうな声が聞こえたので入室を許可する。

入ってきたのは冠を被った白に少し黄色が混じった髪色の、本来耳がある場所に小さな翼がついた天使の女の子。濃いピンク色の瞳が私を申し訳なさそうに見つめる。理由は先程のノックだろうか。咎めたりなんかしないのになぁと思いつつも、原因は彼女が手に嵌めている手甲だろうと思う。


その手甲は成人男性の頭も軽々と潰せるだろうと予想できるほどの大きさで、恐らく軽いデコピンでこの部屋の扉どころか壁さえも破壊できるほど強力な武器だ。


「あたし…その……」

「うんうん、大丈夫だから。例え扉ぶち破ったとしても私は怒らないから、ね?」

「よ、よかった……」

「じゃあ、趣味、長所、短所、あとは得意分野を教えて下さい」

「はい!趣味は武器の手入れで、長所は諦めない心!短所は一人で突っ走ちゃう所です!得意分野は物理攻撃を得意としてます!よろしくお願いします!」

「うん、こちらこそよろしく!それで…その、手甲での力加減とか大丈夫?付けさせた私が言うのも何だけど他の武器に変えようか?」

「いえ、大丈夫です!あたし、この手甲凄く気に入ってますので!それに力加減を間違えてもあたしの旦那はかなり硬めのガードが出来るので相殺してくれると思います!」

「へぇ、旦那さまがねぇ…旦那⁉え、貴方結婚してるの⁉」

「はい、あの青い角が生えてる笑顔が素敵な彼です」


若干惚気を聞かせられた気がしたけどそこは深く考えない事にした。それにしても、夫婦か…この子が結婚……。

犯罪臭がするのだがと言いたいとこだが、この国ではどれくらいの年齢から結婚が許されているのかよく知らないので大丈夫なのかと、自分の中のなにかと葛藤する。


「失礼だけど…貴方いくつ?」

「あ、はい!正確には覚えてないんですが…300歳ぐらいはいってると思います!」

「300!?へぇ…てっきり幼女かと……」

「紛らわしい事をして申し訳ございません…実はいつまでも若くて可愛いお嫁さんでいたくて今の状態は魔力を調整して小さくしてるんです……」


いや、若いにも程があるだろう。もしかして旦那さまとやらはロリコンなのではと疑惑が浮上する中、もじもじと恥ずかしがっている彼女を見て全て許した。幸せならオッケーです。


「でも、心配なさらないで下さい!戦闘の際は元の姿に戻ってフルパワーで戦いますので!!」

「もし戦う事になったら多分最前線で戦ってもらう事になると思うからその時はよろしくね」

「はいっ、お任せ下さい!」

「ではそろそろ……」


実はと言うと彼女の名前は話の途中で降臨してきていた。私の直感命名能力は上手く働いてくれているらしい。


「貴方をアタリル・イブズと命名します」

「ありがとうございます!凄く嬉しいです!!」

「ふふ、よかった」


最後にずっと気になっていた翼の形をした耳を少々見せてもらって何で聞こえるんだろうと疑問に思ったが、可愛いので全てどうでもよくなった。かわいいは正義なのだ。

そしてまた退室した後の賞賛と拍手の嵐。

多分全員やるんだろうなと少し笑ってしまった。



そして4人目。ちょっと大きめのノックの後に入ってきたのは先程アタリルの話に出た角の生えた男性。角と尖った耳、あとは牙がある所以外その特徴がないので分かりづらいが、彼は悪魔だ。天使と悪魔の夫婦。禁断の恋というやつだろうか。


「よろしくお願いします!!」

「はい。命名!ディーフェル・アダムズ!!」

「ありがとうございます!大事にします!!」


即効で命名したので、そのまま頭を下げドアノブに手をかけ退室しそうな雰囲気になり急いで引き止める。


「いやいや、実はさっきアタリルが貴方の事話してたから、つい、こう直感がね」

「そうですか!レナータ様の直感は素晴らしいです!!凄い格好良い名をもらえて俺、すげぇ嬉しいです!!」

「そっかそっか」


てっきり適当に考えたんじゃないかと抗議されるものかと思ったが、当人は凄く嬉しそうだった。

あまりのスピード命名でディーフェルと話が出来ないところだったが。


「一応、趣味、長所、短所、あとは得意分野を教えて下さい」

「分かりました!趣味は防具の手入れ、長所は大体の事は笑って許せるとこです!多分!!短所は難しい話とか分からないところです!正直サージェが説明してる半分も意味わかりません!」

「そりゃ大変だ!」

「だけどあいつ凄いんで、俺が分かんないのを分かって色々考えてくれるのでありがたいです!!」

「サージェに感謝だね!!」

「はい!!」


つい彼の大きい声につられて自分も結構大きめの声で喋ってしまう。多分彼は声だけじゃなくて器も大きい人だろう。何でも笑って許してくれるというのは心が辛い時傍に居てくれたら凄くありがたい存在だ。

アタリルはいいお嫁さんだし、ディーフェルはいい旦那さんだと思う。優しく見守ろう。


「あとー、得意分野は物理防御です!一応もっと悪魔に近い形態になれば攻撃力も上がります!」

「ディーフェルも今は本当の姿じゃないんだね」

「いえ、俺の方はアタリルと違って変態するとかなり魔力を使うのでこっちの方が本当の姿ですね!」

「なるほど……」


もっと悪魔に近い形態。少し見てみたい気もするが、魔力消費が激しいなら必要に迫られた時だけ使ってもらうことにしよう。

入って十秒ぐらいで命名してしまったが、ディーフェルの人柄が大体掴めてきたので次の人と交代してもらうことにした。

そしていつもの。4回目となると自分も混ざって拍手したい気分になった。



そして5人目。入ってきたのは紫色の髪をしたぴょんぴょんと揺れる大きなアホ毛が特徴的な少年。右と左で色の違うベストを着て、シャツの袖はまくっている。ニコッとVの字を描く口がとても可愛らしい。

そう思っていると、他の従者とは違って私のデスクの前まで来てぺこりと頭を下げたあと両手をバッと私に差し出す。


「……?」

「お久しぶりですレナータ様!よかったら握手して下さい!」

「あ、ああ。握手ね、いいよ」


私が手を差し出すと小さい両手でキュッと握って軽く振る。そして手を離すと嬉しそうに拳を強く握っている。


「ありがとうございます、もう手を洗いません!」

「いや、ちゃんと洗おうね。握手ならいつでもしてあげるから」


アイドルの握手会に来たファンの様なことを言い、他の従者と同じぐらいの距離の場所へてこてこと戻ってゆく。

心做しか大きなアホ毛がぴょこぴょこ動いているように見える。…あれは感情と連動して動くの…?


「では、よろしくお願いします!」

「じゃあ、趣味、長所、短所、あとは得意分野を教えて下さい」

「はい!趣味はマジカルアイテムの点検と整理です!長所は、んー?嘘をつけないところです!短所は人を無自覚に煽ってしまうところだって仮面のお兄さんに叱られました!あとー、得意分野は回避術です!」


もう既に叱られるほど何かやらかしたのかと、少し呆れつつそういえばさっきもかなりマイペースで悪くいえば空気の読めない子なのだろうかと思う。子供なのでその辺は許容範囲なのだが。


「君は…今いくつ?」

「8歳です!」

「8歳の従者か……」


王を守るための精鋭が8歳とはどうなのだろう。こんな小さな子供を戦闘に出すのは流石に心が痛む。回避術に自信があると言っているので痛い思いはあまりしないで戦えるのかもしれないが、彼にはあまり戦わないでいられるように後でサージェにお願いしようと考える。

まあ本音を言えば、他の従者達にも痛い思いはして欲しくないのだが。


私の沈黙を自分に対する不満だと思ったのか、少年はしょんぼりと項垂れてさっきまで元気にぴょこぴょこしていたアホ毛もしなっとしている。


「やっぱり僕みたいな子供じゃ駄目ですか…?僕は処分されるんでしょうか?」

「……処分って?」

「もし召喚した従者を気に入らなかった場合、殺して新しく召喚し直す事があるって聞きました……」


私は顔を顰める。そんな事する王がこの世にいる事に怒りを覚えた。召喚する従者は確かに容姿や能力、年齢や性別、種族など選べるものでは無い。だがそんな、自分が気に入らなかったという身勝手な理由で殺すなんてあまりにも非道だ。

少年の瞳は揺れ、今にも泣き出しそうだった。


「ぼ、僕、子供だけど他の従者さんと同じぐらいの戦いは出来ると思います!だから……」

「大丈夫、心配しないで。私が君を召喚したのにも何かの縁や、意味があると思うんだ。だから処分なんて酷いこと絶対にしないよ」

「!」

「それに私は貴方にの事を大切に思ってるよ?」

「あ、ありがとうございます!」


少年は涙を零したがそれは嬉し涙のようで、私は微笑む。

私の言葉が余程嬉しかったのか、大切…大切かぁ…と小さく繰り返しながら顔を赤くしていた。


「うんうん、じゃあそろそろ……。貴方をエルバト・スキートと命名します」

「はい!ありがとうございます!僕、これからも頑張ります!!」

「よろしくね」


アホ毛がちぎれんばかりにブンブン揺れているが…あれは神経が通ってるのだろうかとじっと見ながら不思議に思う。

ぺこーっと効果音が見えそうなほど可愛らしいお辞儀をしたあと、入って来た時と同じ様に口がVの字な笑顔を浮かべ退室した。あれ可愛いな……。


そしてお決まりの…と、思ったが今回は動揺の声が聞こえた。私がエルバトを泣かしてしまったのでその事に対してだろう。しかしその後、「これは嬉し涙です!レナータ様は本当に素晴らしい御方です!!」とエルバトの声が聞こえ、その後より一層大きい拍手が聞こえる。

私の株がどんどん上がっているが皆の期待に応えられる様な王になれるだろうかとちょっと不安になる。



そして6人目。控えめなノックの後に入ってきたのは、反転目の微笑みを絶やさない人狼の男性。左右で色の違う獣耳は私が獣人にイメージする場所ではなく、普通に人間と同じ位置についている。にこりと私に向けた笑顔はサージェと違って爽やかと言うよりは、怪しげな…という風な印象だ。


「お久しぶりですレナータ様。こうしてまたお会い出来たことを大変喜ばしく思います」

「そうだね~、久しぶり。私もこうやってみんなと話できて嬉しいよ」

「そうですね…こうして密室で、二人きりで……。ふふっ」


え、怖……。

もしかして私に不満があって二人きりという絶好のチャンスに仕留めようとして…などと不穏な事を考えたが、そういえば王が死ぬと従者も消滅してしまうのでその可能性は低いかと安心する。じゃあさっきの不敵な笑みは何だったのか。


「え、えっと、趣味、長所、短所、あとは得意分野を教えて下さい」

「畏まりました。趣味は社交ダンス、長所は善人悪人の見極めができるところで、短所は他人を見下す所があるとあの仮面の彼に注意されましたね」


貴方もか。もしかしたらその仮面の従者は風紀委員みたいな人なんだろうか……?


「得意分野は暗殺です。あとは弓での遠距離攻撃が得意です」

「あ、暗殺…もし、もしだよ!私を暗殺しようと思ったら……できる?」

「貴方様をですか⁉」

「いや、私と同じぐらいの戦闘力の敵だったら出来るのかな?って」

「恐らく…他の従者と協力すれば可能だと思います。ですが、それはあくまで相手が一人の場合によります。例えば、他の運命に選ばれし王だった場合はその王の従者に妨害され不可能だと思います」

「そっか……」


別に他の王を暗殺しようなんて微塵も思っていないが……逆に相手が敵対行動を取った時、私はどうするのだろうか。


「誰か殺して欲しい人物がいらっしゃるのですか?」

「いやいや、居ないよ!ただちょっと興味本位でね」

「そうでございますか。……レナータ様」

「ん?何?」

「私からも質問させてもらって良いでしょうか?」

「お、うん。いいよ」


従者にこうやって質問というのは初めてのパターンなので少し嬉しかった。何を聞かれるのだろうとわくわくする。彼は言うのを迷うように少し黙ったあと、真剣な眼差しで私を見た。


「そ、その……」

「?」

「レナータ様はどのような男性が好みですか?」

「……え、好み?」

「はい」


少々どもりながら聞かれたのがまさか好きな男性のタイプとは。予想斜め上の質問で思わず聞き返してしまった。

しかし、好きなタイプ……花の10代は部活に夢中だったし、この世界に来てからは生きることに必死だったためそんなこと考えた事もなかった。


「ん、ん~どうだろう…。私の事ちゃんと見てくれて、愛してくれる人かな?ははっ、何だか恥ずかしいなぁ……」

「そうでございますか!」

「う、うん」


かなり食い気味に返事をされ、逆に私は引き気味に答える。

こういう恋愛の話は今まであまりしてこなかったせいか少し恥ずかしく、この場の空気をどうにかしようと軽く咳払いをする。


「では、名前を!」

「はい」

「貴方をテゾール・ゴルドと命名します」

「──はっ、承りました。有り難き幸せにございます」


ありがとうございます、と手を胸に当てお辞儀をされる。凄く紳士的だ。微笑み方は怪しげだが。

彼は退室しようと扉へ向かったが、ドアノブに手をかけたところで動きが止まる。


「どうかした?」

「私は…いつでも貴方様を見ておりますので……」


そしてまたにこりと笑った後、部屋を出ていった。


……やはり何か私に不満があるのかもしれない。いつでも見てるって…ずっと自分の主人に相応しいか監視するという事だろうか。うわ~どうしよう。自信ないぞ……。

そしてお決まりの拍手喝采。私はクラッカーとかあったかなと、マジカルアイテムが入ったカバンを探る。



残りに2人。入ってきたのは今までで一番カチコチに緊張した赤髪の女性。9対1でピシッと分かれた前髪に後ろ髪は下の位置でお団子にまとめてある。赤を基調としたワンピースに、黒のコルセットはかなり絞っているのかウエストが凄く細い。銀のプレートアーマと肩に羽織った軍服が格好良い印象の女性だ。


「よっ、よろしくお願い致します!!」

「よろしく。そんなに緊張しなくても大丈夫、何も取って食いはしないよ」

「とって食う……!レナータ様はカニバリズムのご趣味がおありなのですか⁉」

「いやいやいや!言葉のあや!」

「はっ、はい!!申し訳ございません!!」


これは、ものすごく緊張しているみたいだ。

どうにか緊張を解いてあげようと、質問からではなく軽く他愛ない話から始めようと思う。


「私がデザインした衣装だけど…気に入ってくれた?」

「はい、とっても格好良くて、可愛くて、こんな素敵な服を頂けて本当に幸せです!!」

「そっか~、よかった」


ニッコリと笑うと彼女もぎこちなくだが笑い返してきてくれて、よしよしと内心頷く。これなら質問に移ってもいいだろう。


「じゃあ、趣味、長所、短所、あとは得意分野とか教えてくれるかな?」

「は、はい!趣味は鍛錬です。長所は感の鋭さで、短所はその……怒りっぽいとこです!得意分野は自分はバランスの取れた戦い方ができるので臨機応変に戦える事だと思います!」

「なるほど…バランス型か。回復系の魔法とか使える?」

「魔法ではなく回復系のアビリタを習得しています。自身だけが対象ですが……」

「なるほど、よし……、貴方をヴィゴーレ・アルマと命名します」

「──っ!!」


しん、と場が静まり返る。

今までの従者ならお礼をいい喜んでくれたが、ついに気に入らないと抗議される時が来たかと心の中で頭を抱える。

やっぱり女の子なのにヴィゴーレなどという男の様な名前が気に入らなかったのだろうか。

しかし私は彼女が男性に対して憧れを持っているように感じたのだ。


「……別の名前にしようか?」

「その、自分の様な未熟者、いえ、レナータ様の従者であれば完璧な従者である事が当たり前なのだと思いますが、私はヴィゴーレという強く格好良い名前に見合う様な人間なのでしょうか……」

「う〜ん?」


一応、気に入ってはくれているのかなと一安心するが、ちょっとどういう意味か分からない。もらった名前が凄すぎて自分にはその名を名乗る資格がない、という事だろうか。

彼女はとても真面目な人物らしい。


「じゃあ、貴女が自分自身が納得出来る程の強さになったら、ヴィゴーレと名乗ればいいんじゃないかな?それまではアルマって呼んでもらうとかは……どう?」

「は、はい!素晴らしい考えだと思います!!流石はレナータ様です!」


ありがとうございました!と入ってきた時とは違い、笑顔で退室して行った。

そしていつもの。私はやっとカバンからクラッカーを見つけた。



そして最後の1人。例の風紀委員の仮面の従者だ。

ノックの後に失礼します、と低めの声が聞こえる。

金色の髪に、黄色の模様が入った赤い仮面をつけ、そこから覗く瞳は髪と同じ色をしている。赤く長いマントに、濃いワインカラーのベストを着て、中に着ているバンドカラーのシャツは胸元がガバッと空いていて厚い胸板が見える。


衣装作成の際には第一ボタンまで閉めさせていたのだが、もぞもぞと落ち着かない様子だったので好きにさせてみたらプチプチと第三ボタンまで外し、ふうっとすっきりした表情を浮かべていた。首元が閉まるのが好きじゃないらしい。


「こうしてまたお話できることを光栄に思います。どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ、じゃあ始めようか」


そう言っていつもの質問をしようとしたが、何故だか彼を見ていると不思議な気分になる。随分前から知っていたような、懐かしく暖かい感じ。

仮面で彼の顔が隠れている事に、何故か寂しさを感じる。


「悪いんだけど、今仮面を外してもらう事って出来る?」

「勿論です。主のご命令とあれば」


そういい彼が仮面を外す。

隠れていて分からなかった、目は私のツリ目とは対照的に少々タレ目気味だ。私の中でタレ目といったらほんわかしたようなイメージだが、彼のキリッとした眉と引き締まった表情がそのイメージを裏切った。良い意味で。

率直に言うと、とても整った顔立ちで少し見蕩れてしまう。


「如何致しましたか?」

「い、いや、何でもない!ありがとう!」


そうですか、とまた仮面をつけ顔が隠れた事に残念がる自分がいることに気づく。何を考えているんだ私は。

彼の仮面は魔力を増幅させるマジカルアイテムだ。なので彼にとっても私にとっても良いことなのだと、自分に言い聞かせる。


「じゃあ、趣味、長所、短所、あと得意分野を教えて下さい」

「畏まりました。趣味は料理、後は鍛錬です。長所は面倒みが良いところだと言われました。短所は無いかと思われます。得意分野は支援系の魔法です」

「支援系というと、攻撃力、防御力の向上とか?」

「はい、それもありますが、毒、眠り、混乱などの状態異常付与系も使えます」

「なるほど、戦闘では後方支援って感じかな」

「はい」


では名はどうしようかと、彼を見ると、彼もこちらを見つめていた。透き通った金色の瞳に思わず釘付けになる。

じぃっと見た後、ふと我に返り自分の不審な行動に自分自身でさえ理解が出来なかった。

どうやら私は彼の事になると何だかよく分からない行動をしてしまうみたいだ。 魅了系の魔法でもかかっているのだろうか。


「貴方はポリシーとかある?」

「そうですね……常に貴方様の味方でいることです。俺達は不老ではありますが不死の存在ではありません。ですのでこの身が朽ちるときまで主の味方であり続け、傍にいる事を貴方様に誓います」


まるで熱烈な告白を受けたようで、照れて赤くなった頬を片手で覆って隠し、悩んでいるふりをして誤魔化す。

そうかそうかと何度か頷き、顔の火照りが少々落ち着いて来たところでまた彼と向き会う。


「では、貴方をエンド・ストーリアと命名します」

「素敵な名を頂けて大変嬉しく思います。これからもより一層深い忠誠を貴方様へ捧げます」

「うん、ありがとう」


これで8人の従者の命名が終わった。

もう執務室に用はないので、エンドと一緒に部屋を出る。

外にはエンドを除く7人の従者全員がちゃんと待っていてくれた。


「エンド・ストーリアという素晴らしい名を頂戴した」

「おめでとうございます」


サージェの祝福の声と共に拍手が。

やっとこの現場に居合わせ自分も交じる事が出来た事に少々喜びつつ、私は先程見つけたクラッカーを鳴らし皆をお祝いした。

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