第2話 従者

「……」

「……」


気まずい沈黙が続く。

いや、向こうはずっと笑顔でこちらを見ているので気まずいと思っているのは恐らく自分だけだ。

現在、先程ルイスと名乗った老人と馬車に乗っている。


「陛下?どうかなさいましたか?」

「いや、なんでも無いです……」


彼は私の気持ちなど知らないのだろう。じっと笑顔で見続けられるのは結構な苦痛なんだぞと伝えたいが、悪意ない微笑みに結局絆されてしまう。

これは自分から切り出さないとずっとこのままだなと察したので軽く咳払いをして、話題を考える。


「その…陛下って呼び方じゃなくて、レナータって呼んでください。何だか性に合わなくて……」

「左様でございますか?本来なら某ごとき使用人がそのように気安くお名前を呼ぶことをは恐れ多いのですが……」

「私さっき王になったばっかりで緊張もしてるので、私のためだと思って!ね?」

「畏まりました。では、レナータ様」

「はいっ」


ふふ、とお互い軽く笑い合い、先程の重い沈黙がなくなったことでカチコチに力が入っていた体が少し楽になった気がした。


「では、某からもお願いしたい事がございます」

「はい、なんでも!」

「敬語はお辞めになさっていただきたいです。こう見えて某も王に敬語を使わせてしまって少々緊張しております」

「え⁉あ、ごめんなさい!!じゃないや……ごめん?」

「はい、願いを聞き入れて頂きありがとうございます」


良く考えれば王が使用人に敬語なんて世間一般的にはおかしいだろう。自分としては年上のルイスさんに敬意を払うのは当然だと敬語を使っていたが、逆に気を使わせてしまっていたらしい。王様というのは難しいなと思う。

自分はずっと旅人だっため、王という身分の高い人と話すどころか会ったことすらない。

そもそも、前の王はどんな人物だったのかさえも知らなかった。


「私の前の王様ってどんな人だった?私はそういう人とは無縁の生活してたから……」

「前ヴィシュヌ王陛下はそうですね…強き御方でした。他の運命に選ばし王とはあまり仲がよろしくなかったようですが、運命に選ばれし王としての使命を果たそうと宝に辿り着く為の努力は惜しみませんでした。ですが……」


ルイスさんは先程とは変わり、悲しい表情を見せる。

そう、私が新しく運命に選ばれたという事は前王は亡くなったという事になる。王が死んだ瞬間に、どこかで新しい王が選ばれるのだ。

そこでやっと気がつく。自分がさっき王になったということは前王が亡くなったのは、ほんの数時間前の事だと。


「あ、あの、ルイスさん!私の所なんかじゃなくて、その王様の所に居てあげた方がよかったんじゃ……」

「いえ、執事長が新しき王をお迎えにあがることは決まっておりますゆえ。お気遣いありがとうございます」


ルイスさんがどうだったかは分からないが、どんなに慕っていた王が亡くなったとしても傍には居られないのが執事長なのかと、少し不憫に思えた。


「そう…前王様はなんでなんで亡くなったの?」

「申し訳ございませんが、某にもまだ分からないのです。前王様…クリファス陛下は他の王とお会いになると外出なさいましたので……」

「じゃあなんで前王様が亡くなったって分かったの?」

「クリファス殿下が召喚なさった従者様方が急に消滅してしまったので、これは、と」


従者とは、運命に選ばれし王が精神力と呼ばれるものを削って召喚する、王に忠実な下僕の事だ。

従者は王と深い繋がりで結ばれているため召喚主となる王が死亡した場合、同じく死んでしまう。

逆に従者が死亡した場合は死にはしないが王に強い痛みが伝わるのだとか。


「そっか……私も従者を召喚する事になるんだよね?」

「そうでございます。従者様は御身を守る重要な役目を持ちます。勿論王ご自身が驚異的な力をお持ちになっている為に普通の軍隊に襲われたとしても御一人で全滅させる事は可能だと思われます」

「じゃあ……」

「しかし、他の運命に選ばれし王が相手となれば、話は別でございます」


そもそも運命に選ばれし王というのは協力し合うのが前提で存在しているはずなのだが……世の中そう簡単にはいかないらしい。


「それに運命に選ばれし王というのは、なんの経験もなくいきなり王になれられる御方ばかりです。そのサポートをするという役目もございます。従者様は豊富な知識を持つ方々ばかりでした。レナータ様も従者様を召喚なされたら、必ずや貴方様のお力添えになるでしょう」

「確かに、急に王に選ばれて右も左も分からない状態だしね」


ただの旅人だった私がいきなり王に選ばれて行先が不安だったが、従者がいてくれるなら大丈夫だろう……多分。

自分が召喚する従者はどんな人物だろうか。少し楽しみになった。

最初はなんと話をかけようか、名前は自分がつけるのだろうかと色々と思いを馳せる。

すると馬車のスピードが徐々に下がってくる。


「どうやら国に着いたようです」

「国って、イデアーレ王国?」

「はい、貴方様の国でございます」


私の国……なんだかプレッシャーで体が急に重く感じた。


          ──


イデアーレ王国に着くとあれよあれよと言う前に城へ連れられ、一通り城内を案内された。一通りと言っても城がなかりの大きさで広いため、それなりの時間がかかった。最後に案内されたのがここ、謁見の間だ。

多くある部屋の中でも広く、そして長い階段の上に豪華な玉座が神々しく置かれている。

自分があの玉座に座る事を想像する。玉座に座りふんぞり返る私……あまりにも似合わない。


「では、レナータ様。玉座へ」

「え、もう?」


先程想像して似合わないと結論が出たばかりなのに、まだ心の準備が出来ていない。

何か逃げ道はないかと模索したがルイスさんの真剣な眼差しを受けて私は諦め頷いた。


長いカーペットを歩き、そしてこれまた長い階段を一段一段登ってゆく。たかが椅子に座るだけなのに心臓がバクバクと早く脈打つのを感じる。

玉座の前に着きくるっと後ろを向くと、いつの間にかルイスさんは階段の手前で跪いてた。

これはもう、座るしかない。

ストンと玉座に座ると凄く座り心地がよく、おおと声をあげそうになる。自分が今まで座ってきた木製のボロい椅子とは比べ物にならないし、まず比べること自体が失礼だ。

肘置きをスッと軽くなで、そういえば座ってどうするのかと思う。まさか座り心地の確認だけではないだろう。


「ルイスさん、私これから何すれば……?」

「まずは御身の安全のために従者様の召喚をなさった方がよろしいかと。それと某の事は呼び捨てで構いません」

「うん、分かった。よーし、じゃあいっちょやりますか!!」

「従者様の人数は平均2、3人となっております。あまり多くの人数を呼び出してしまうと精神力が持たなくなり発狂してしまうのでご注意を」

「…ちなみに発狂したらどうなるの?」

「死にます」

「……そっか!!うん、大丈夫!!」


少々怖いことを聞いたが、覚悟を決め勢いよく玉座から立ち上がり、腕をバッと前に出す。

なんとなーく召喚したい人数を思い浮かべ、すうっと息を吸い、叫んだ。


「従者召喚!!」


シーン……


何故だろう。何も起こらない。


「申し訳ございません。従者様を召喚するには特定の言葉が必要となります……」

「あ、はい」


ルイスのなんとも言えない表情にノリノリで叫んだ自分が恥ずかしくなる。穴があったら入りたい気分だ。入って埋まりたい。

ルイスからちゃんと召喚のキーとなる言葉を教えてもらい、いざテイク2。


「忠実なる下僕よ、我が呼びかけに応え、我の剣となり盾となりこの身をを守れ!!」


すると今度は変化があった。広い謁見の間に、白い魔法陣が浮かび上がる。

その数、8つ。


「―なっ⁉レナータ様⁉」


ルイスが立ち上がり心配そうに私を見上げる中、私は心配ないと彼に笑いかける。自分の体からどんどん何かが削られていくおぞましい感覚に耐えながら。


──苦しい。

精神力を削りすぎると発狂していまうというのも、分かる気がした。

冷や汗が額に浮かび、視界も徐々に歪んでくる。しかし目の前の魔法陣から人型の光が浮かび上がるのを見て、ふらつく体に鞭を打ち目を見開く。

精神力という目には見えないものだが、自分の一部を削って従者達が、生命が生まれる瞬間をちゃんと目に焼き付けておきたかった。


「レナータ様!!ご無理をなさらないで下さい!!このままでは貴方様が死んでしまいます!!」

「だいっ…じょうぶ!必ず……召喚してみせる!!」


8つの魔法陣から浮かび上がった人型の光が、完全に人を型どる。その時やっと苦しさがなくなり、倒れ込むように椅子に座ってはあはあと肩で息をした。


「ちゃんと、召喚できた?」


8人の従者が一斉に跪き、第一声を発する。


「レナータ・ヴィシュヌ女王陛下。我ら従者、この身が朽ちるまで貴方様に絶対なる忠誠を捧げる事を誓います」


そして皆がさらに深々と頭を下げた。

感動の瞬間。ちょっと無茶をしたが少しでも多く召喚したいという自分の願いは叶ったようだ。

そう、感動の瞬間のはずなのだが……


「皆まず……服、着ようか」


最初の感想はそれだった。

確かに生命皆、誕生した直後は衣服は身につけていないだろう。常識だ。

だが、召喚という普通とは違う生まれ方をしたならば何か簡単なものでも着させてあげてもいいのでは?


「何か……誰か毛布とか持ってない?」


この場にはルイスと従者達しかいないが、あまりの動揺に居ないものに毛布を求める。


「レナータ様。初めに頂く衣服は従者様方にとって特別な物となります。もし、お心遣い頂けるならレナータ様が選ばれた物を頂けると良いのですが……城には多くの衣服がありますゆえ」


ルイスがそういうと頭を下げ、私に願った。

従者達にとって特別。それなら私はと、おもむろに翼を出し窓に駆け寄ると縁に足をかける。


「悪いけどちょっと待ってて!30分!……いや、10分で済ます!!」

「レナータ様⁉」


足に力を込め思い切り空へ飛ぶ、王になって強くなった自分の体にあまり慣れていなかったので、少し窓枠がミシッと音を立てた気がしたが……聞かなかったことにした。

暗い空をびゅうびゅうと風を切る音がうるさく聞こえるほどのスピードを出し、向かう場所は洞窟だ。他にも周る所がある。


「じゃあ、素材狩りといきますか!!」


王が体内に持つ神器と呼ばれる特殊武器を体から取り出し、軽く振る。驚くほど身に馴染むその双剣を初めに使うのは、従者達の衣服の素材を手に入れる為の狩りだ。


          ──


「ただいま!!」


王国に戻り、飛び出したのと同じ窓から帰還する。しかし血にまみれた私を見てその場の誰もがぎょっとしている。


「レナータ様⁉その血は⁉」

「大丈夫、全部返り血」


早く拭かないと、と焦るルイスをよそに従者達に向かって歩く。

全員が跪いたままキョトンとした顔で私を見ていた。ずっとその体勢でいたのかと申し訳なさを感じながら、あるカバンを掲げ皆に見せる。


「待たせてごめんね。素材を取ってきたので、これでみんなの服を1から作ろうと思います!という事でルイス、私はいいから悪いけど衣服製造が出来るアビリタ持ってる人集めてくれない?」

「は、はいっ!畏まりました!」


アビリタというのは、人が持つ特殊技能の事だ。

強力な技だったり、攻撃力を上げたりと戦闘面に使えるものもあれば、先程言ったように魔法の篭もった特別な服を作ることの出来るアビリタもある。

アビリタは魔法と違って習得するのに本人の才能が関係しやすい。

そして運命に選ばれし王とその従者はアビリタの上位、クアリタというものが使えると馬車に乗っている時説明された。


急いで何処からか取ってきた高級そうなタオルを私に渡したあと、ルイスはまたまた急いで謁見の間を出ていった。


「えっと、みんなこのままで悪いんだけど別の部屋まで行こうか。男性と女性で衣装作る部屋分けた方がいいだろうし……」

「畏まりました」


従者の代表だろうか、召喚の直後に誓を宣言したのと同じく従者が返事をする。

するとルイスが戻ってきて、数名のメイドや執事を連れてきた。


「はぁっ…はぁ……。連れて参りました…!!」

「お、お疲れ…。ありがとうね」


老体に無理をさせただろうかと反省し、城を案内して貰った時に空き部屋だと言っていた部屋へ皆を連れていく。

異様な光景だ。

裸の男女達とメイド、執事、そしてそれを連れる王。

誰にも見られませんようにと祈るしか無かった。


部屋に着いたらそれはもう忙しかった。

服のデザインを考えるのは私なので、男性用の部屋と女性用の部屋を行き来しながらああしてこうしてとメイドや執事に伝え、衣服を作ってもらう。

元々城にあった装飾品などを手の空いている使用人に持ってこさせて衣装のできた人からどれがいいか付けさせてみたりあれやこれやを試す。


そうしてやっと8人全員が自分の理想通りの衣装を身にまとって目の前に揃った時は感動で拍手までした。


「ああ、やっと全員分出来た……」

「お見事でございます、レナータ様」

「ありがとう、ルイス…あーそろそろ限界かも……」


衣装を作っている時、使用人達に何度顔が青白いと心配されただろうか。実を言うと従者を召喚したことでかなりの疲労が体にのしかかっていた。

達成感で一気にその疲労を感じ、もう立つどころか意識を失いそうだ。

床に座り込み少し目をつむっただけで、私はそのまま眠ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る