第1話 運命に選ばれし王
「ちょっと、ちょっといい⁉」
一階の酒場でこの宿屋の店主に駆け寄る。夜中の割には客がそれなりに酒を飲み交わし他愛ない話をしているが、今の私はそんなのはお構い無しだ。
「お、おう、何だい嬢ちゃん…って、レナータか。それより、男の前でその格好は不味いんじゃねぇか?」
取り乱す私に若干引きながらも、下着にワイシャツ一枚という私の軽装を気にする店主。
「そんな事をはどうでもいいから!この店に[運命に選ばれし王]についての本ってない⁉」
「んなのあるに決まってんだろ!この世の常識だぜ?」
「それかして!早く!!」
「そう急かすなって……ほらよ」
店主が差し出した本を奪い取るように受け取る。店主は私が慌ててページをめくり始めたのを、興味なさげに見つめている。
運命に選ばれし王というのは、この世界の不思議な理の事だ。
この世界には三大王国と言う大きな3つの国があり、[王の証]をもつ運命に選ばれた人物が強制的に国王となる。ブラフマーの称号をもつアズモンド王国、ヴィシュヌの称号をもつイデアーレ王国、そしてシヴァの称号をもつディアストリク王国の3つ。
王に選ばれる人に性別、種族、身分は関係なく突然体のどこかに現れる紋章で判別され、その日から城と強力な武器(神器と言う)を与えられ、王として生きることが義務付けられている。
本の初めに書かれているのは簡単に説明すればそのような事で、この世界では常識だ。
私は本を更にバサバサと捲り目的のページを探す。
「おいおい、大事にしてくれよ」
悪いが店主の言葉を無視して、やっと知りたい情報が書かれたページを見つけた。
[王の証]、それぞれの王がもつシンボルだ。
本にはそれぞれ、ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの証が描かれている。
そして自分の服の胸元をガバッと開け、本に描かれている絵と見比べた。
「お、おい⁉」
「やっぱり…一緒だ……」
自分の胸に刻まれているものと、ヴィシュヌの王の証が同じだった。
と、言うことは……
「私…運命に選ばれたんだ」
『!!』
私のその一言で、騒がしかった酒場が一気に静まりかえった。この場にいる人達の視線が全て私に集まる。
そして──大爆笑。
「ぎゃはははは!!おもしれぇ冗談だ!!」
「こんな小娘が王だとよ⁉」
「笑っちまうぜ!がはははははっ!!」
酒場にいた大勢の人に笑われ、恥ずかしさやら怒りやらが込み上げてくる。
「でも見て!王の証が!!」
そう言って私が服の胸元を開き見せると、おおっと声が上がり皆の視線が集まる。おいそこの酔っ払い!!見て欲しいのは乳じゃなくて王の証だ!!
「どう考えても偽物だろ!上手に描いたな!!」
「そういや最近もあったな、偽物事件!」
「やめときなって嬢ちゃん!バチが当たるぞ!!」
口々にケチを付けられだんだんと苛立ってきた私はむっとしながら拳を強く握った。
「もー!本当なんだって!!」
そう言って傍にあったカウンターに拳を叩きつけると、バキバキッと大き音を立てて、カウンターが真っ二つに割れた。
そして再びの静寂。
「お、おい…マジかよ……」
「……」
皆が真っ二つのカウンターを凝視した後、視線を私に戻す。
「え、え~っと……。後で弁償するから……」
「いや、そこじゃねぇだろ!」
私が苦笑いで言うと店主からのツッコミが飛ぶ。
ただちょっと怒りを知ってもらうと拳を叩きつけただけだ。何も破壊しようだなんて思ってないし、思っていても出来ないだろう。普通は。
そうだ、普通は出来ないはず。
「こりゃ、本気で嬢ちゃんが王に選ばれたんじゃないか?運命に選ばれし王ってのは基礎能力がドカンと上がっちまうらしいじゃねぇか!」
「ほらっ!だから言ったじゃん!!」
店主からの後押しでふふんと胸を張ってドヤ顔をする。
客があーだこーだと暫く議論する中、すっと通る声が聞こえた。客が出す騒音に掻き消されない、とても澄んだ声だ。
「少々よろしいでしょうか?」
声の主を探すと宿屋の入口に老人が立っていた。見るからに仕立ての良い燕尾服に、老けていても分かる整った顔立ち、明らかにただ者では無い。
「らっしゃい…?」
「申し訳ございませんが、某は客ではごさいません。こちらに──」
彼はにこりと笑顔で皆を一瞥したあと、最後にハッキリと私を見つめた。
「運命に選ばれた御方がいらっしゃいませんか?」
その場にいた全員が私をすごい勢いで見る。老人は笑みを深め私に1度深く頭を下げた。
「嗚呼、やはり貴方様でしたか」
「多分私……だと思います」
謎の老人が私から少し距離のある位置まで歩きピタッと立ち止まると、そこで跪いた。
「あ、え⁉」
「申し遅れました、某はルイス・カリタ。イデアーレ王国のお城で執事長を務めさせていただいております」
「はぁ、これはどうもご丁寧に……」
突然の状況に戸惑いながらも一応返事はする。
「僭越ながら、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あ、レナータって言います……」
「では、レナータ・ヴィシュヌ女王陛下。貴方様を城へご案内致します」
「……女王陛下?私が⁉」
「はい、そうでございます。貴方様は運命に選ばれました。その瞬間から貴方様もう王なのでございます」
「はぇ~……」
運命に選ばれし王なんて自分とは無関係の世界だった。おとぎ話のような感覚だ。それが今、崩れ去った。
目の前には跪く執事、先程まで私を笑っていた酔っ払い達からは尊敬の眼差しを向けられている……気がする。
あまりの急展開に目眩すら起こしそうだ。
「では御手を。外に馬車を用意してありますので」
いつの間にか私の側まで来ていたルイスさんに手を差し出される。エスコート、と言うやつだろうか…?
この手を取ればもう、戻れない気がした。
モンスターを狩って、狩って、狩りまくって生きていた今までの日々から。
しかし急な展開に正直どうしていいのか分からなかった。
「そ、その、悪いけど荷物取って来ていいですか?まだ部屋に置きっぱなしだから!あとこの格好のままじゃ…ね?」
「これは失礼しました!某としたことが事を急いでしまいました……」
「急ぐので、ちょっと待っててください!!」
そういい早足に階段を駆け上り、宛てがわれた部屋に入って扉を勢いよく閉めた。その扉に寄りかかりずるずると座り込み大きなため息をつく。
「……あ~!!どうしよう、いきなり王様とか無理!!怖い!!私そんな器じゃないし、自信ないよ!」
先程までの緊張の糸がきれ、どっと愚痴が溢れた。
そして、ふと窓が視界に入る。
あそこから逃げようと思えば逃げれるだろう、しかし私は首を大きく横に振ったあと、バチンと大きな音を立てて自分の両頬を強く叩く。
「また逃げようとしてる…もう逃げない……」
あの時決めたじゃないかと何度も頭で繰り返し、決心する。
「王様……面白いじゃん!!なってやろうじゃない!!」
私は急いでいつもの服に着替え荷物をまとめると、待ってくれているだろうルイスさんの元へ走った。
1536年3月21日、0時0分。
イデアーレ王国15代目国王、レナータ・ヴィシュヌ女王。生誕。
__
アズモンド王国
とある貴族の屋敷
「くそっ…あいつらまたわざと汚しやがったな……」
ある大きな屋敷の一室、雑巾を持ち一人でこの広い広い床を掃除してどのくらい経っただろう。イライラしながら床を磨き、思い耽る。
この屋敷の主人に奴隷として買われ、かなりの月日が経つ。何度も売られては買われを繰り返し、色々な場所を転々としたが今の主人は俺の事をかなり気に入っているようだ。加虐の対象として。
どれだけ仕事を完璧にこなしても、罵倒され、殴られ、蹴られ、日々生傷がたえない。
早く抜け出したかった。こんなクソッタレな日々から。
扉の外から音が聞こえる。
この家の主人、ジャムダールが帰ってきたのだろう。ドスドスと煩い足音がここに近づくのを聞き内心ため息を吐いた。
急いで立ち上がり、ふんぞり返るジャムダールに頭を下げた。
「おう、ちゃんと仕事してるか?アンディート」
「……はい」
「本当、お前は使えねぇんだから何倍も努力しなきゃなぁ?あの勝手に死んじまった親友とやらの分までな!ははははっ!!」
「──っ!!」
親友。俺と一緒にこの家に買われた奴隷の事だ。
忘れたくても、忘れられない。あの日、俺の親友は、こいつのせいで──
「…なんだ?その反抗的な目は……」
俺の頬に拳が飛ぶと、もう慣れた、いや慣れてしまったその暴力にただただ目を瞑り、歯を食いしばって耐えた。
しかしジャムダールの怒りは収まらない。
「ぐぁっ!!」
「お前は!!誰に向かってそんな目をっ!!向けてるんだ!!」
ジャムダールが思い切りみぞおちを蹴り飛ばし、倒れる俺を蹴る。何度も何度も蹴られるが、抵抗は出来ない。何もかも俺の首に嵌められた奴隷の証である首輪が原因だ。
「かはっ……!!」
「このゴミが!!」
連続する痛みに耐えるが、打ちどころが悪かったのか意識が朦朧としてくる。
ただ、ただ普通に生きたかっただけだ。それなのになんの恨みがあってこんな人生になってしまったのか。そんな事を遠ざかる意識の中考える。
その時、蹴られている腹部とは違う所、右腕に痛みを感じた。
「──ぐぁっ⁉」
痛む部分を見ると、何かが刻まれていくのが見えた。
「な、なんだ⁉早くそれをやめろ!!」
「くそっ、自分の意思でやってんじゃねぇよ!!」
「なっ、主に暴言を吐くとは……!!この無礼者め!!」
何かの紋章が完成するのと、ジャムダールが俺を蹴るのとは同時だった。
……蹴られたところが、痛くない。
「…どうなってんだ?」
黒かった紋章が光り輝き、赤に染まる。
その紋章をみたジャムダールは恐ろしく怯えているようだった。
「そ、それは…ブラフマーの……!!何故⁉何故お前なんだ⁉」
起き上がり、先程まで痛みを感じた自分の右の二の腕を確認する。
運命に選ばれし王の、王の証。
「はっ、あははははっ!!そうか、運命に選ばれたのか!!俺が⁉」
怯えるジャムダールにゆっくりと近づく。後退しながら尻もちをつき、動けないやつに俺は一歩一歩距離を詰める。
「た、頼む。殺さないでくれ!いや、下さい!!なんでもします!!なんでも!!」
散々俺をゴミのように扱い、暴行を続けてきてこいつは何を言っているんだと思う。
「そうだな……じゃあ命令だ」
「はい!!なんでも!!」
「死ね」
今までの怒りを込めて、ジャムダールに回し蹴りを叩き込む。
バキボキッと骨の折れる音が聞こえ、そのまま吹っ飛んだ体は壁を突き抜けて、どこかへ落ちた。
悲鳴や助けを呼ぶ声が聞こえるあたりから、ホールにでも落ちたのだろう。だがそんな事はどうでもいい。
ずっと憎かった首輪を俺は掴み破壊して笑う、笑う。
「やったぞミラ……!!俺達の夢が叶ったんだ!!」
笑いながら、泣きながら、今は亡き親友へと語りかける。
1536年3月21日、0時0分。
アズモンド王国20代目国王、アンディート・ブラフマー王。生誕。
__
ディアストリク王国
城内、謁見の間
「おい、みな跪け!!頭が高いぞ!!」
王座に座る小太りな男が叫ぶと、怯えたメイド達は下げていた頭をさらに深く下げた。
「ふんっ、それでいい。全く礼儀の知らない無礼物ばかりだ!!俺は運命に選ばれし王だぞ!!」
少し声を荒らげただけではあはあと呼吸を荒くするこの男、ルッタは自らが37代目のシヴァ王だと名乗りを上げ、こうしてふんぞり返っているのだ。
しかし怪しい。
執事が確認した王の証はぐにゃぐにゃと曲がっていた上に、他の証拠を見せてくれと頼むと明らかに焦り激怒したのだ。
本来は運命に選ばれし王の居場所を示すコンパスがあるのだが、それは不運な事に前王の息子のイタズラによってどこかへ隠されてしまっていた。
疑わしいが、本当に運命に選ばれし王だった場合のことが怖いので誰も何も言えずにいる。
「チッ、お前ら俺を疑ってんだろ⁉丸分かりなんだよ!!いいかよく聞け、俺様こそが──」
バァンッ!!
大きな音と共に、ルッタの声が途切れた。
何が起こったのか。皆が下げていた頭を上げ、確認する。
王座に座るルッタは頭から血を流し、口をぽかっと開けたまま唾液を垂らし絶命している。
誰かが悲鳴をあげた。
「この俺様こそが……偽物の王だ!!ってね」
そして王座の後ろから声が聞こえた。
いつの間に居たのか分からないが、そこにはにこりと笑う白髪の少年が立っていた。
その少年はルッタの遺体を片手で王座から落とし、思い切り蹴り飛ばす。
「無礼物なのはオマエの方だよ、豚ごときが……皆遅くなってごめんね、ボクが正式な37代目シヴァ王だよ」
ニッコリと微笑むその少年の顔を、その場にいる皆が知っていた。その名をムームア。前王の2番目の息子だ。
「改めて、よろしくね!」
その無邪気なはずの笑みは、今日は歪んで見えた。
1536年3月21日、0時0分。
ディアストリク王国37代目国王、ムームア・シヴァ王。生誕。
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