ポニテ少女にまたねと言われる

リノスブロック

第一幕 本番、後片付け

「背景の車窓枠よし、パイプ椅子よし、照明よし、タブレットよし、小道具箱よし、衣装箱よし。……OKです。全部あります」

 

 俺は一つ一つ指差し確認をし、問題ない事を先輩に告げた。

 先輩はワゴンのドアを閉めようとして……閉まらない。


「先輩、なんか引っかかってますよねこれ」

「あーこれパイプ椅子か? 悪い悠木ゆうき、ちょっとドア支えておいてくれ」

「了解っす」

 

 俺はその冷たいドアに手で抑える。軍手越しだから凄い冷たいって事はないが。

「はー……」 

 冷たい風が吹き、俺は身を竦ませる。

 乾いた落ち葉がカラカラと音をたてて転がっていった。


「うしっ。多分取れた! 悠木、閉めてくれ」

「了解っす。んっ!」

 

 ワゴン車のドアを閉める。バンッ!と段ボールを両手で叩いた様な音がした。

 搬入口って、駐車場とはまた違う音の跳ね返り方するよな。

 外ではあるけど、天井と二面壁に覆われてるからだろうか。

 まぁ、後で綾代との話の種にしよう。

 

 先輩が、軍手に包まれた両手をパンパンと鳴らしながら、

「よし、これで終わりだな。後は俺に任せとけ」

 と言った。


「なんかすいません。全部任せちゃって」

 

 俺は先輩に軽く頭を下げた。

 誰かがまだ仕事をしてるっていうのに、自分だけ役目が終わるって何か微妙な気分だ。


「いや、行きに荷物運んだの悠木だろ。交代しただけだし」

「いやまぁ、そうなんですけどね」

「あぁ、じゃあこの後全部悠木がやるかぁ? 俺すげー助かるんだが」

 

 先輩は口元の片側を引き上げて笑った。にやりと悪い笑顔。


「いやです」

「ほれみろ。まぁ、恐縮する気持ちはわからなくもない、けど」


 先輩が言葉の途中で、視線を左に動かした。俺もつられて右を見る。

 

 道路に制服を身に付けた3人の女子が、姦しい声を上げながら通り過ぎていく。

 姦しいって漢字考えたやつには表彰状を送りたい。マジでそのままだもんな。

 ともかく、その3人はうちの部員だった。

  

 それを見つつ先輩が乾いた笑みを浮かべながら、


「ああいうのを見るとなー。仕事しないってことに罪悪感感じるよなー」

「でしょう?」

「あぁ。誰かに仕事してもらって当たり前っていう人間にゃなりたくないね」 

「俺もそう思います」

 俺と先輩は一緒にため息を付いた。


「ただまぁ、俺もいつもの事ってのはわかってますし」

「そうなー。でもさ、必ずお礼しろ! とか手伝え! とか言う気はねーけどさ。もうちょっとなんかこう、なぁ?」

「それはまぁ、そうっすね」

 確かに。せめて一瞥くらいは欲しいとは思う。


「なー悠木よ」

「なんすか先輩」

「俺はもう卒業だからいいけど、いや良くねぇけど! おまえはちゃんと主張しろよ。女尊男卑の部活ったって、限度があるぞ」

「うっす。ただまぁ、味方が居ないわけでもないんで、なんとか」

「うわっ、もう終わっちゃってる!」

「え」

 

 なんとかなりますよ、と言い切るはずが、慌てた女子の声で中断される。

 

 後ろを振り返ると、腰まで伸びる長い髪を振り乱しつつ、一人の女子が駆け寄ってきていた。


「あ、綾代あやしろか」

「ありゃ、もしかして手伝いに来てくれたのか?」

 

 俺と先輩は口々にその女子に声をかける。


「そうですよ。朝霞先輩と、かなも来る……って事になってます」

 

 綾代が少し荒っぽい声で言った。

 周囲から彼女の声が跳ね返ってくるので、いつもより大きく聞こえる。

 事になってるっていうのは、女子一人で手伝いに来ると色々面倒な事が起きるからだ。

 色恋沙汰っていうのは、本当に面倒だ。

 問題が起こる前から気を使わなければいけないし。


「あぁ、んじゃ悠木を手伝ってやってくれ。俺はもう行くわ。めっちゃ待たせてるし」

 先輩がワゴンの運転席を指差したので、そこで気付いた。

 車の運転を買って出てくれた、演劇部員の保護者の方を待たせていたんだった。

 にこやかに笑うメガネの男性が、別に大丈夫だよー、と手を振っている。

 すると先輩が悪い笑みを俺に向けて、


「悠木、その味方大事にしろよ。女子だらけの部活ったって、綾代さんみたいな子はなかなか居ないぜ」

「早く行った方がいいっすよ先輩。女子を目の前にそういう事言うから針のむしろにされるんすよ」

 綾代にチラッと見ると、わかるーそれなーみたいな顔をしている。


「いや今俺、結構真っ当な事言ったよな?」

「先輩、日頃の行いって言葉知ってます?」

「ひでぇなおまえ!?」 

 

 先輩が憤慨した。

 俺が辛辣に返したのは、きちんと理由がある。

 今先輩が俺に言った『味方を大事にしろ』というのは、文字通りの意味ではない。色恋の話でもない。

 見た目が可愛くてスタイルのいい女子は中々居ないと言っているのだ。

 先輩は社会的に死んでいる。

 けど俺は死にたくない!


「ったく。綾代さん。悠木のケア、任せたぞ」

「あ、嫌です」

「即答かよ!?」

 

 俺は素っ気ない綾代の言葉にツッコミを入れた。


「はっはっは! 悠木もまだ苦労しそうだなぁ。そんじゃまた……」

 

 先輩は言葉を途中で切った。

 俺や綾代を見て、その後俺達の後ろの方を見て、左右や上を見上げて、


「え、何かありました?」

 

 俺も先輩の視線の先を追ってみる。

 しかし見えるのは、ホールと道路と搬入口くらいだった。

 何でそんな事を……って、あっ。

 そうだ。

 今日で先輩は最後の舞台だったんだから。

 

「いやなんも。まぁともかく、悠木、綾代さん。お疲れさんでした」

 

 先輩の最後の労いの言葉に、俺も最後の返答を返す。

「はい。……先輩、今日までお疲れ様でした」

「おうよ」

 

 続いて綾代も言う。


「お疲れ様でした」

「おぉ。綾代さんもありがとな」

 

 先輩は頷いて助手席のドアを開け、乗り込んだ。

 ワゴン車が搬入口を離れ、あっという間に後ろ姿が見えなくなった。


「さて、と。綾代、来てくれてありがとな」

「別にいいよ。なんも出来なかったし。はぁ……」

 

 綾代は腕を組みながら小さく息を吐いた。

 来てくれただけでも十分嬉しいんだけどな。


「あーあ最悪だ-最悪だー最悪だー」

 

 綾代が棒読みで騒ぎつつ、搬入口へと足を向けた。


「何がだよ?」

「全部男子に任せっきりで後片付けが終わってしまったことです。あーあ」

 

 綾代は拗ねた子供みたいな声を上げる。


「やっぱお手洗いも行かず、楽屋の掃除も後回しにしてここに来るべきだったなー」

「いやトイレには行けよ」

「行って来ましたとも! すっきりしてからここに来ました!」

 

 綾代は急に振り向くと、長い髪がそれに合わせて揺れる。そして俺を睨んだ。

 別に睨まれても怖くない。俺は綾代の隣に並び、搬入口の方へ。


「女子としての慎みを持て! でかい声で言うな!」

「女子だってお手洗いくらい行くんですー人類ですー」

「こじらせた男子の夢みたいな話をしてるんじゃない!」

「にしては、そういうとこうるさいんだよなーお父さんか!」

「だってさ、スカートは気にすんのに言葉は気にしないのかよ」

「別問題過ぎんでしょそれ」

 

 綾代と俺は、いわゆる喧々囂々なやり取りを続けながら、楽屋まで戻ってきた。

 綾代が楽屋の扉を開けて、電気をつける。


「ほれほれ、早くカバンを持ってくるのだ」

「あいよ……ってあれ」

 

 俺のカバンのそばに水筒やペットボトル、台本なんかが綺麗にまとめてあった。

 全部俺の私物だ。

 まぁ、誰がやってくれたかなんとなく想像はつく。

 ただお礼は言わない。だって綾代じゃなかったらなんか恥ずかしいし。

 俺は荷物をカバンにつっこみつつ、綾代に声を投げた。


「そういや、かなと朝霞先輩は?」

「楽屋の後始末してもらったよ。今は先生んところ行ってる筈」

「……なるほど。楽屋の鍵は?」

「あるよ」

「おっけーおっけー」

 

 俺は頷いて、水筒を手にとってカバンに入れようとして、


「おわっ」

 

 手から水筒が滑り落ち、床に落とした。ガァーン! と甲高い音が辺りに響く。


「ひぇっ! ちょ、ちょっと大丈夫!?」

「いや平気、手が滑っただけだ」

 

 水筒を拾って、床と水筒を確認。両者ともに傷はなかったので、ほっと息を吐く。


「もーしっかりしてよー」

 

 綾代が低いけど柔らかい声で言った。

 少なくともただ苦言を呈してきたわけじゃなく、心配も含まれてると思う。


「悪い悪い」

 

 俺は綾代に謝りつつ、ぱっぱと荷物整理を済ました。

「うし。終わったぞ」

「うむ。電気消すから早く来なー」

「あいよ……んっ?」

 

 カバンを背負おうとして、いつもと違う重量感を感じた。


「え、何悠木。どったの?」

「いや、カバンがちょっと重くてさ」

「ありゃ。余分なものとか入れちゃってるんじゃないの?」

「そういうんじゃなくてな。多分、ちょっと疲れたんだと思う」

 

 それを聞いた綾代は、

「そういう事はちゃんと言う! ホント大丈夫?」

 お叱りと心配の言葉をかけてくれた。


「平気平気。まぁさっさとうちに帰るとするさ」

「んー……ん。んじゃ早く行こ。このままじゃ先生も帰れないし」

 

 綾代は少しだけ何かを悩んだ後、言葉を続けた。

 普通に心配されてるなぁ……。ありがたいはありがたいんだが。

 俺はその空気を払拭すべく、明るめの声で、


「おう。つーか、先生どこに居るんだ?」

「あー、とりあえずメッセ送っておくよ」

「いや電話でいいんじゃね?」

 

 とポケットからスマホを取り出す。

 スマホのロックを解除しようとして、綾代に手で制された。


「いいよいいよ。後はあたしがやっとくから」

「いや、そういうわけにもいかんだろ?」

 

 俺の言葉に綾代は、それはそれは綺麗な笑顔で、


「さ・っ・さ・とうちに帰るんじゃなかったっけ?」

「……はい、そうします」

 

 俺は大きく頭を下げた。


「んっ、と」

 

 カバンをもう一度背負いなおして位置を微調整。


「んじゃ俺は先に帰らせてもらうわ。またな、綾代」

 

 俺は綾代に向けてピラピラと手を振って見せた。

 綾代は、少しだけ微笑みつつ、


「うん。それじゃーね」

 

 と、俺へ手だけで振り返してさらに言った。


「またね、バイバイ」

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